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コストゼロ&シェアの時代のマネタイズ戦略

ニューズウィーク日本版 2015年11月19日 16時20分

 これからの10年で、コストはゼロに近づいていく。人工知能、モノのインターネット(IoT)、クラウドファンディング、デジタルファブリケーション(デジタルデータを3Dプリンタなどのデジタル機器によってモノへと作り上げる技術)等の普及によって、在庫コスト、物流コスト、限界コスト、取引コストが大幅に削減されていく。これを私は「コストゼロ社会」と呼んでいる。

 更に、そのトレンドから鮮明に映し出されてきているのが「シェアリングエコノミー」である。あらゆるものを「共有する」という概念の中で広がっていく経済圏のことであり、民泊仲介サービス「Airbnb」やタクシー配車サービス「Uber」の拡大はまさにその象徴的事例である。

 私は、世界の次世代ビジネストレンドを常にウォッチするイノベーションリサーチャーであり、それを元に経営や事業開発におけるコンサルティングを行っている。これからの社会とビジネスモデルがどうなっていくかという予測を記し、最近上梓した『ビジネスモデル2025』(ソシム)はおかげさまで好評をいただいている。

 そこにも記したが、上記は、共有できるものを価格帯と日常性の軸で4つに分けた図である。比較的安くて日常的に使うもの、また自分がどうしてもそばに置いておきたいお気に入りの商品だけは、相変わらず旧来の概念である「所有」を続けていくが、一方でそれ以外のものは、ほとんどが共有の対象になる可能性がある。

 拙著では、このコストゼロ社会とシェアリングエコノミーが広がる中で、重要となるビジネスモデルを7つご紹介した。

 例えば、人の代わりに警備をするロボットや、ペンで手書きの手紙を代わりに書いてくれるロボットが活躍する「ロボットの継続課金モデル」。あるいは、労働集約的なクラウドソーシングを超え、仕事を単にマッチングするだけでないゼロからの事業創造が行われる「クラウドソーシング利用モデル」。また、モノが情報として流通する時代、家具のデジタルデータや住宅の設計図がオープンプラットフォームで共有され、それらを元に各地で個人と地域が活かされていく「新たなサプライチェーン」が登場し、世界を席巻していくことについても書かせていただいた。

「買う」は消費概念のごく一部になる

 これらのビジネスモデルに注目したい理由の1つは、「消費」の概念が進化するからである。下記は21世紀の消費の概念を記した「価値消費ピラミッド」だ。これからの消費は、これまでの一般的な「買う」という概念だけでは説明できなくなる。つまり21世紀の消費概念は進化し、「買う」という行為は氷山の一角となるのだ。

『ビジネスモデル2025』より

 今年は、持ち物を最小限に抑える「ミニマリスト」という概念が広く注目を集めたが、これは一部のマニアックな人達から好まれる概念ではなく、21世紀の基本コンセプトとなるだろう。

「買う」という行為の前に、「作る」「もらう/あげる」「交換する」「借りる」といった行為がくる。情報密度が高く取引コストが極限的に下がっていく世界の中では、物々交換経済、贈与経済をも包含したシェアリングエコノミーがゆっくりと拡大するのである。

 更に、最も幅広く実施される消費形態は「使用価値にアクセスする」という概念である。例えば、燃費の安い電気自動車や自動運転車が一般的になる2020年代以降は、クルマは所有するのではなく、必要な時だけ使うという利用形態が広がる可能性が高い。

 つまり利用者は、その用途、状況にあわせて最も適切な車種をその場に呼び出すようになる。海沿いをドライブする時にはオープンカーを、夫婦2人水入らずで食事に行く時には優雅なセダンを、家族でアウトドアに出かける時には4輪駆動のSUVを、そして日常のちょっとした買い物の際には軽自動車をと、その都度呼び出して使うわけである。

 それは、現代のカーシェアリングのような細々とした手続きさえないサービスで、クルマを借りに行く手間や、返しにいく面倒なプロセスが必要なくなる可能性が高い。つまり、スマホやウェアラブルデバイスで簡単瞬時にクルマを予約でき、指定する場所までタクシーのように迎えに来てくれるのだ。また目的地までクルマが到着したら、そのクルマは次に使う顧客に最適にマッチングされていくため、クルマを返しに行く必要がない。

 まさにこの利用形態は、"クルマの使用価値にアクセスする社会"である。あらゆるプロダクト、サービスにおいてこのような消費形態が主流になるはずだ。

再現性ではなく、一回性によって稼ぐ時代へ

 さて、このような世界の中で、ビジネスはどう進化していくのか。物々交換経済、贈与経済までも包含したシェアリングエコノミーが拡大すると「貨幣経済」の立ち位置は厳しくなるのではないか、と思われるかもしれない。つまり、ビジネスにおけるマネタイズの議論である。

 現代において、もはや意識することもなく空気のように当たり前になった世界観は、科学的世界観である。あまねく全てのもの、生活におけるあらゆる事柄は、客観的視点に立つことで数値化できると考えるこの世界観は、普遍性、再現性を評価する社会を生み出した。近代におけるビジネス社会も、その影響を丸ごと受けており、ここでは「再現性」を「生産性」の概念で語り、それは常に会社の利益と直結していると考えられてきた。

 しかし、再現性は、これからは必ずしも高い価値につながるとは限らない。なぜなら、再現可能な価値は、常に「コピー」の可能性を含み、強烈な価格低減圧力にさらされていくからだ。それは、YouTubeによって音楽業界が陥った危機と同じである。

 今、ビジネス社会に変化が訪れている。それは「一回性の価値」の希求だ。分かりやすく言えば、人生でたった一度しか起こらない何か、を価値の担保とする志向性である。

 例えば、文芸やアート、歴史などは、まさに一回性の価値に担保されている領域だ。小説に書かれている物語、そして、絵画に描かれる対象は、もう二度と起こりえない、描き得ない輝きを価値の背景に宿している。

 P.F.ドラッカーは、これを「分析から知覚へ」という表現で語っている。この「知覚領域」こそがこれからの重要な価値になることを予言していた。知覚というのは、感覚ということであるが、より厳密に言うならば、「その瞬間、一度きりの命の実感」とでも言えようか。

 ホテルからAirbnbへ。これも「再現性から一回性へ」と言い換えていい。いつも変わらぬ機能性を提供してくれるビジネスホテルから、そこにしかない部屋、一度しかないホストとの出会いに価値を置くわけである。

 最近Airbnbでは、料理や観光、スポーツなどのアクティビティの予約が可能になった。宿泊場所を提供するホストが、自身の得意な領域で、宿泊者にサービスを提供できる。これによって、Airbnbは21世紀の「働くプラットフォーム」へと進化を遂げた。しかしこれも、その場所、そのホストとの"一回性の価値"が背景に宿っていることは言うまでもない。

 重ねるが、再現性のあるもの、コピーできるものの価値は驚くほど速く低下していく。よってビジネスにおいては、この一回性に担保された価値を、どのように事業の中でデザインするかが重要になっていくわけである。

 最もテクノロジーの影響を受けやすい音楽業界ではすでに、アーティストは、曲の販売というよりもライブで稼ぐ時代になっている。それは、ファンとの「関係性」とライブ会場という「場」に根ざした一回性によってマネタイズされる時代へと変化したことを意味する。

 ビジネスは、普遍性と再現性に根ざした「機能性」でマネタイズする時代から、関係性と場所性に根ざした「一回性」によってマネタイズする時代へと徐々に舵を切ろうとしているのだ。

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『ビジネスモデル2025』
 長沼博之 著
 ソシム


長沼博之(イノベーションリサーチャー、経営コンサルタント、Social Design Newsファウンダー)

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