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「中国は弱かった!」香港サッカーブームの政治的背景

ニューズウィーク日本版 2015年11月19日 17時42分

 今、香港でサッカーブームが起きている。

 11月17日、サッカーW杯アジア2次予選の香港代表対中国代表の一戦が行われた。香港代表のホームである香港・旺角大球場のチケットは、早々にソールドアウト。発売日前から行列を作っていた人から抗議の声が上がったほどだ。街中では各所でゲリラ的なパブリックビューイングが開催され、多くの人々がテレビに釘付けとなった。

 試合も人々の期待に応える熱い展開となった。実力的には上の中国代表が圧倒的にボールを保持し攻め立てるが、香港代表は堅いブロックを形成して必死に防戦。幾度も決定機を作られるが体を投げだしてゴールを守る。さらにカウンター攻撃をしかけ、中国代表のゴールを脅かすシーンもいくつかあった。

 中国の決定的なシュートがゴールポストに嫌われるシーンもあり、試合は0対0の引き分けで終わった。この結果、中国代表はグループ3位にとどまり、予選敗退がきわめて濃厚となった。9月に行われた中国のホームゲームでも中国と香港は0対0の引き分け。香港相手に喫した2つの引き分けが中国にとっての致命傷となった。

 グループ2位の香港も最終予選進出はきわめて厳しい状況だが、中国に勝たせなかったというだけで勝利したかのような喜びぶりだった。あるパブリックビューイング会場では試合後にクイーンの「We Are The Champions」が流され、盛り上がっていたという。

11月17日の中国との大事な一戦で、繁華街に設けられたパブリックビューイング会場(写真提供:香港在住者)

「Hong Kong is not China」の横断幕

 香港のサッカーブーム、この背景には何があるのか。発端は中国サッカー協会の失敗だった。アジア2次予選香港戦の告知ポスターで「どんな敵も軽視してはならない。このチームには黒い皮膚、黄色い皮膚、白い皮膚の選手が揃っている。このようなチームは警戒しなくてはならない」とのキャッチコピーをつけた。皮膚の色を取り上げるだけで問題ではあるが、それだけではない。英国植民地の歴史がある香港には中国系のみならず、さまざまな人種の市民がいる。この多様性こそが香港だという反発を招いた。

 脱中国化を唱える政治勢力、本土派がサッカーの応援に乗りだした。パブリックビューイングも多くは本土派が実施したものだという。また試合会場にも集まり、「We are Hong Kong」「Hong Kong is not China」の横断幕が掲げられた。試合後、中国代表のゴールキーパー、王大雷はSNSに香港サポーターの写真を上げ、「CNMD」(中国語でクソッタレの略語)とつぶやいている。

中国戦の行われた11月17日、試合会場付近で植民地旗を振る本土派(写真提供:香港在住者)

 中国との対戦はそれだけで盛り上がるとはいえ、政治的要因がさらに追い風となってサッカーブームを招いたと言えよう。対中国戦だけではなく、他の試合でも市民の関心は高い。熱気に後押しされるように、香港代表は7戦して4勝2敗1分と好結果を出している。

 また、香港代表も試合前に演奏される国歌は中国と同じく義勇軍行進曲だが、「Hong Kong is not China」の精神を体現するべく、ここ数試合では国歌演奏中に香港人観客がブーイングをあげていた。国歌に対する侮辱としてFIFA(国際サッカー連盟)から罰金が科され、今後も同様の事態が続けば勝ち点剥奪などさらに重い処分が与えられると警告されていた。そのため17日の試合では国歌演奏中に「Boo」と書かれた紙を掲げたり、背中を向けたりという方法で抗議する姿も見られた。

予選敗退濃厚、なぜ中国代表は弱いのか

 さて、中国側から見ると、「国足」(中国代表)がまた失態をやらかしたということになる。中国代表は2002年に初のW杯出場を果たしたものの、その後は最終予選にすら進めない低迷が続いている。中国でサッカーはバスケットボールと並ぶ人気スポーツだが、レベルの高い欧州リーグがテレビ中継されるということもあって、「中国のレベルはひどい」と嘆くのが中国人サッカーファンの常だ。

 この状況を一転させると期待されたのが習近平国家主席の登場だった。習主席は大のサッカー好きとして知られ、先日の英国訪問でもプレミアリーグを視察したほど。「夢は中国代表をW杯で優勝させることだ」と公言してはばからない。

 すでに大々的な強化プランがスタートしている。2017年までに全国に2万校ものサッカー特色学校を設立する。小中高校の6~8%がサッカー特色学校に指定されるという。関連してサッカー専門教員の研修、専用スタジアムの建設が進められるほか、優秀な選手の欧州留学をサポートすることが決まった。

 またプロリーグである中国スーパーリーグのレベルアップのため、世界的なスター選手を招聘するよう各クラブに通達されている。サッカー好きの習主席の歓心を買うためといってはうがちすぎかもしれないが、中国のクラブは指示通り次々と有力選手を獲得している。トップチームである広州恒大クラブはすでに、AFCチャンピオンズリーグで優勝し、アジア最強の地位を確立した。

 とはいえ、これで中国サッカーが強化されるかどうかは未知数だ。そもそも中国スポーツの低迷には根本的な原因がある。旧ソ連同様、中国のスポーツはステートアマ育成に重点を置いていた。ステートアマとは国によって身分や生活を保障され、スポーツに専念できる環境を与えられた選手のことだ。個人がアマチュア選手としてスポーツに打ち込むわけでも、プロ選手としての成功を目指すわけでもない。政府の指示によってスポーツに取り組む選手を意味する。こうしたステートアマを育成するため、中国各地にスポーツ専門校が設立され、才能ある若者を子ども時代から練習漬けにしてトップ選手が育成された。

 国の栄誉のためにプレーするのはもちろんのこと、こうした強化には自治体のメンツ、地方官僚の政治的業績という側面もあった。全国運動会(日本の国体に相当)で自治体同士のメダル争いで勝利すれば、それは官僚の業績となる。メダル争いをするためには何十人もの選手で一つのメダルしか取れない球技よりも、個人種目のほうが効率的。そのため団体種目の強化は個人種目と比べておろそかになりがちだ。

 また中国社会が豊かになるにつれ、子どもをスポーツ選手にさせたがらない親も増えてきた。トップ選手になったとしても引退すれば使い捨てされるだけ、ちゃんと教育を受けさせたほうがいいと考える人が少なくない。現在ではトップ選手を大学や大学院に所属させ、ちゃんと学歴をつけさせようという方針が採られているが、人々の観念を変えるまでにはいたっていないようだ。ステートアマ制度の弱体化と経済成長の二つの要因によって中国若年層のサッカー人口は激減し、代表の実力低下を招いたとされている。

 こうした状況を変えようと、中国も改革を続けている。2万校のサッカー特色学校は日本の部活動を参照したもの。学校スポーツという受け皿によって、スポーツ人口のすそ野を広げる狙いだ。ただし激烈な受験競争が繰り広げられる中国では、スポーツをしている暇があったら勉強して欲しいというのが親の願い。政府の旗振りどおりにサッカーを楽しむ子どもが増えるかどうかは未知数だ。

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[執筆者]
高口康太
ジャーナリスト、翻訳家。1976年生まれ。千葉大学人文社会科学研究科(博士課程)単位取得退学。独自の切り口から中国・新興国を論じるニュースサイト「KINBRICKS NOW」を運営。著書に『なぜ、習近平は激怒したのか――人気漫画家が亡命した理由』(祥伝社)。

高口康太(ジャーナリスト、翻訳家)

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