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「ゴミを捨てないで」が景観を損なってしまうという矛盾

ニューズウィーク日本版 2015年11月19日 19時46分

 デザインが気に入って買ったけれど、持ち帰ってみたら使いにくかった、あるいは、合わなかった。そんな経験をしたことはないだろうか。

 どんなにカッコよかったとしても、それは「良いデザイン」ではない。デザイナーであり、京都造形芸術大学大学院でSDI(ソーシャルデザイン・インスティチュート)の所長を務める村田智明氏に言わせれば、今デザインに求められているのは見た目の美しさだけではないのだ。

 村田氏は、人の行動に着目し、改善点を見つけてより良く、美しくしていくための手法として「行為のデザイン」を提唱している。どういうことかと言うと、例えば会議室のような広い部屋に必要なのは、美しいスイッチ盤ではなく、暗闇で照明をつけようとしたときに、どのスイッチが天井のどの照明と対応しているか迷わなくて済むようなスイッチ盤だ。あるいは、ショッピングセンターや駅の構内に必要なのは、「上に上がろう」と思って近づいたら「下り」だったという失敗をしないで済むような、遠目でもどちらの方向に動いているかがわかる視認性が高いエスカレーターだ。

 大切なのは、ユーザーがスムーズに目的の行為を進められるようにすること。そして、そのためには開発者や技術職、営業職など、デザイナー以外の人からも複合的な知恵を結集しなければならない。村田氏は、それらを達成する新しいデザインマネジメントの手法を『問題解決に効く「行為のデザイン」思考法』(CCCメディアハウス)で余すところなく解説。パナソニックや富士通、コクヨファニチャーなど多くの企業が導入し、実績を挙げたワークショップの開き方まで伝授している。

 これまで2回、本書の「第1章 行為のデザインは、開発力を加速させる」から一部を抜粋したが、それに続き「第2章 バグの種類とその解決法」から一部を抜粋し、前後半に分けて掲載する。村田氏によれば、ユーザーの行為を止めてしまう「バグ」は8種類にパターン化でき、それぞれにソリューションがあるという。ここでは、そのうち2種類のバグを紹介しよう。

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『問題解決に効く「行為のデザイン」思考法』
 村田智明 著
 CCCメディアハウス


※抜粋第1回:不都合や不便を感じるデザインでは、もう生き残れない はこちら
※抜粋第2回:店頭での見栄えだけを考えた商品は、価値がない はこちら

◇ ◇ ◇

1.矛盾のバグ(コントラディクション・バグ)

 これは、目的を果たすために施したデザインによって反対の効果が出てしまい、結局目的を果たせなくなってしまうバグです。

 iPhoneは世界中に広まったモバイルツールの一つです。アップル社の製品はもともとデザインと美しさが重視され、材質やパーツ構成を含めて形状が細かく計算されています。しかし、iPhoneを裸で持つ人はあまりいません。せっかくのデザインなのに「傷をつけたくないから」とカバーをつけて使い、美しい姿を見るのは買ったときだけという人がほとんどなのです。これも実は矛盾のバグになります。

 目的のためにしたことが裏目に出ている、そんな矛盾の事例はほかにもあります。

 たとえば昔、飲食店で見かけたハエ取り紙もそうです。本来はハエのいない清潔な店内にしたいと考えるから置くものですが、ハエ取り紙がむき出しに吊されていては捕まえた虫がずっとユーザーの目に触れます。すると、かえって気持ちのよい空間ではなくなってしまうのです。

 また、大きなバッグ内がごちゃごちゃになるのを防ぐためにバッグの中に入れて持ち物を整頓する「バッグインバッグ」がありますが、これもポケットが多すぎたり容量が大きすぎると、結局物がどこにあるのかわからなくなるバグが生まれます。

 日常の動きを一度見直すと、少し使いづらくても「こういうものだ」とバグの感覚を封印して使い続けている行為が数多くあります。矛盾のバグはその中でも見つけやすいジャンルと言えます。

風光明媚な場所なのに無粋なサイン

 美しい観光名所だからこそ汚してほしくない、観光客にはきれいに使ってほしい。その思いが矛盾のバグとなってしまうのが、観光地にあるサインの数々です。「ゴミを捨てないでください」「景観を保ちましょう」などのサインはいろんなところで見かけますが、デザインという観点で考えると、そのサイン自体が美しさを壊しています。

 きれいだから写真に残したいと考えても、カメラアングルの一番良いポジションで看板やご当地キャラが入り込んでいるケースが少なくありません。

 美しい場所にある無粋なサインは美のバランスを崩し、せっかくの場所がそのせいで美しくないように感じられて、かえってチラシが貼られたり、ポイ捨てなどが横行します。求める効果とは反対の事象が起きてしまうのです。

 その場所全体の美しさを大切にしている観光地は必要なサインと景観が計算されています。目に入るのは、景色の邪魔をしない、存在自体が景色の価値を引き立てるようなサインです。これならメッセージを観光客にうまく届けられます。

人を怖がらせてしまう点滴スタンド

 点滴スタンドは患者の治療をするためにあり、本来なら患者を安心させる存在です。しかし従来の点滴スタンドは点滴ボトルが直に見えたり、ステンレスの無機質さが冷たく感じられるなど、むしろ患者を不安にさせる要素が多くありました。これは矛盾のバグです。

 看護師の山本典子さんは、現場での経験をもとに医療機器に足りない気づきを商品化する会社、株式会社メディディア 医療デザイン研究所を立ち上げました。そこからデザイン依頼を受け、生まれたのが点滴スタンド「feel」です。

 材質を木製に替え、北欧家具のようなインテリア性を備えています。子どもと一緒に移動する際、サポートできる円形の持ち手やバッグを掛けられるフックなどが、手がふさがる患者の行為を想定してつけられています。

 子どもが点滴ボトルに不安感を抱かないように、かわいいアイコン黒板で覆うなど、「医療器具は、機能だけでなくポジティブな環境作りにも貢献するべき」という「サムシング・インサイド」を核にして、さまざまな賞を受賞したプロダクトとなりました。

一般的な点滴スタンド(上)と、矛盾のバグを解決した「feel」(『問題解決に効く「行為のデザイン」思考法』より)

※後編:「上に行くエスカレーター?」と迷わせたら、デザインの負け はこちら

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