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日本の貧困は「オシャレで携帯も持っている」から見えにくい

ニューズウィーク日本版 2015年11月24日 15時55分

『子どもの貧困連鎖』(保坂渉、池谷孝司著、新潮文庫)のもとになっているのは、2010年4月から11年2月までの長期にわたり、共同通信社が配信した連載企画「ルポ 子どもの貧困」。2012年5月に光文社から刊行され、今年5月に文庫化された。

 つまり、大幅に加筆修正されているとはいうものの、最初の取材からは5年以上が経過していることになる。

 いや、本書の内容に文句をつけたいという意味ではなく、まず現実問題としての時間の経過が気になったのだ。つまり、それだけの時間が経過しているなら、子どもの貧困問題は現在さらに深刻化しているのだろうなということ。

 事実、「はじめに」では2009年の子どもの貧困率が14.3%だったと書かれているが、去る2015年11月21日の毎日新聞は、「2012年の国民生活基礎調査によると、子どもの貧困率は16.3%で過去最悪を更新した」と報じている。だとすれば、そこからさらに3年を経た現在、状況がより悪化していたとしてもまったく不思議ではないはずだ。

 しかも本編に書かれている子どもたちの実態は、こちらのお節介な推量をはるかに超えるものだ。まず登場するのは、百円ショップで買ったオブラートを食べて飢えをしのぐ3人の女子高生。どの子も家の事情で生活がままならなくなり、働きながら夜間定時制高校に通っている。

 そのうちのひとりは睡眠時間を2時間にし、朝が9時までコンビニのレジ打ち、昼は10時から午後3時までファストフード店。夜は5時半すぎから9時まで授業に出たあと、飲食店で深夜労働と、日に3つのバイトを掛け持ちした時期もあったそうだ。そして、そんなときは駅のトイレで寝泊まりしていたのだという。


「あのころはホームレスみたいでした。夜、仕事が終わると、もう電車がないんです。だから、駅の多目的トイレで寝泊まりしてました。全部合わせると、三十回ぐらい泊まったかな」(18ページより)


 ふんわりとした印象もあるこの言葉だけを抜き出せば、女子高生のお泊まりごっこのように思えるかもしれない。しかし苦肉の策であることは事実であり、裕福な家庭環境から一気にどん底に落とされた彼女は、やがてリストカットをはじめ、その延長線上で首吊りによる自殺未遂も経験している。根底には自己否定感があるというが、当然ながら彼女自身に責任はない。

 そして事情は、他の子たちにしても似たり寄ったりだ。定期代を節約するために学校までの約30キロを自転車通学する子、親が国民健康保険料を滞納して無保険状態なので病院へ行けない子、奨学金を家賃に回さなければ生きていけない子など、多くの子がさまざまな問題を抱えながら生きている。


 日本では、子どもが路上で泣いているわけではなく、今は安い服もありますし、オシャレだったり携帯電話も持っていたりして、困窮状態にあるかどうかは見た目でははっきりと分からない場合も多い。(中略)だから「ない」とか「たいしたことない」とかになってしまう。本人にもプライドがあって隠そうとします。(中略)それで助けを求めずに状況を悪くし、疲れて絶望的になって家族内で荒れたりします。(74ページ「識者インタビュー 教育予算の大幅増と学校機能の拡充を 東京大学教授 本田由紀さん」より)


 現代の貧困が目に見えにくいという話はよく聞くが、たしかに高校生が携帯電話をいじっている姿は貧しそうに見えないだろう。しかし現実問題として、アルバイトのシフト変更などを知るために必要な携帯電話は彼らの大切なライフラインだったりもする。つまり、誤解に直結しやすいひとつひとつの"イメージ"が、彼らの実態を不明瞭なものにしているわけだ。

 しかし、そのような状況に心を痛めながら読み進めていくと、第四章「幼い命育む砦に」で読者はさらにショックを受けることになるだろう。なぜならここでは、小中高生だけでなく、就学前の幼児にまで貧困の影響が及んでいることが明らかになるからである。


「先生、孫だけでも夜、保育園に泊めてもらえませんか」
 五歳児クラスの純の祖母の直子が、重い足取りで入って来るなり、切り出した。(中略)
「一カ月前から、家族で車の中で寝泊まりしているんです」
 車上生活と聞いて、ベテランの園長の鈴木も、思わぬ事態に一瞬言葉を失った。(中略)
「消費者金融からの借金が返済できず、家を手放して立ち退くしかなかったんです」
 直子は車上生活に追い込まれた理由を話した。その後は、トイレと水道が使える公園に車を止めて、寝泊まりしていた。(220~221ページより)


 いくら子どもとはいえ、いや、子どもだからこそ、車の座席がベッド代わりでは熟睡できるはずもない。ストレスもたまるだろうし、健全な成長は望めないだろう。しかし現実に、そういう子がいるのだ。

 以後もさまざまな境遇に置かれた子どもが紹介されるが、食事を与えられなかったり、風呂にも入れなかったり、ボロボロの服を着続けているような子が予想以上に多いことに衝撃を受ける。

 政府は「アベノミクス」によって景気が回復傾向にあると強調するが、だとすればここで明らかにされている子どもたちの状況についてはどう説明できるのだろう?

 しかも問題は、本書のタイトルにもある貧困の連鎖だ。「あとがき」で著者も書いているとおり、親に経済力がなかった場合、子どもは人生のスタートラインから差がついてしまう。そしてそこから連鎖がはじまり、将来も生活に苦しむという貧困の連鎖が生まれがちだ。

 だからこそ、連鎖を断ち切ることが急務だ。貧困の連鎖を止めるために教育の保障を改善し、子どもたちを連鎖から抜け出させること。それこそが、いま求められることなのではないだろうか。「一億総活躍」などとおめでたいことをいうのは簡単だが、まず先にすべきことがあるはずだ。

 ひとりでも多くの方に本書を読んでいただきたいと感じている。もしも身近に子どもがいなかったとしても、これはすべての日本人の将来を左右する重大な問題であるからだ。

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『子どもの貧困連鎖』
 保坂 渉、池谷孝司 著
 新潮文庫

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