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生活苦から「ブラックバイト」に追い込まれる日本の学生

ニューズウィーク日本版 2015年11月25日 15時0分

 大学生のアルバイト実施率を国ごとに比べると、主要国の中で日本の比率は最も高い。日本は59.1%の学生が何らかのアルバイトをやっているが、この数字はアメリカでは53.3%、イギリスでは37.8%、フランスでは25.0%となっている(内閣府『我が国と諸外国の若者の意識に関する調査』2013年)。

 こうした傾向は最近になって始まったことではなく、日本の学生がアルバイトに精を出すのは昔から余り変わっていない。しかし最近になって変化したのは、その目的だ。<図1>は、マンモス私大の日本大学のデータで、学生のアルバイトの目的の変化をグラフにしたものだ。



 90年代では交際費やレジャー費など「遊興費」目的が最も多かったが、最近はそれが減って、生活費や食費を得るためという回答が増えている。大学生のアルバイトも、切実なものになっている。昨今の不況で家計が厳しくなり、親に頼れなくなっているのだろう。下宿学生の仕送り額も減っていて、2014年では3人に1人が月額5万円未満(全国大学生協『学生生活実態調査』)。生活費稼ぎのバイトが増えるのも、当然のことだ。

 産業界も人手不足や人件費節約などの理由で、学生バイトを歓迎する。今や飲食業では、全就業者の6人に1人が学生バイトで(総務省『就業構造基本調査』2012年)、即戦力として位置付けられている。無理な勤務を要求される学生は多いが、学生たちの方も生活に困窮しているのでそれを受け入れる(そうせざるを得ない)。こうした社会背景から、「ブラックバイト」という問題が生じている。アルバイトに没頭して学業に支障をきたす学生も少なくない。

 日本の大学の学費が高額で、奨学金制度も貧弱であることを考えると、この問題は深刻だ。周知の通り日本の奨学金は名ばかりで、実質は返済義務のあるローンだ(最近では有利子化も進んでいる)。多額の借金を背負いたくないと学生は利用をためらい、やむなく過重なアルバイトに勤しむことになる。大学の学費が安く(または無償)、給付型の奨学金も充実しているヨーロッパ諸国ではあり得ないことだろう。

 こうした違いは、国が高等教育にどれほどカネをかけているかで生じる。高等教育の費用負担は、社会による違いが顕著で、その主体に着目すると公費型と私費型に分かれる。<図2>は、それを各国で比較したグラフだ。



 公私の比重は社会によってかなり差が出ている。北欧諸国は、9割以上が公費で賄われている公費型。日本は私費のウェイトが高い私費型で、家計に負担を強いる「私」依存型の高等教育はそろそろ限界に達しつつあるのではないか。

 一般の買い物と同様、高等教育の利益は個人に回帰するのだから、その費用は本人が負担すべきだという考え方もある。しかし多くの人が高等教育を受けることで、高度な知識が普及し、教育に基づいた道徳心が増し、犯罪が減るなど社会にとっての利益も期待できる。

 そもそも教育は、私財ではなく公共財としての性格を持っている。能力と意志のある者には家庭の経済状況に関わりなく、その機会が保障されるべきという「教育の機会均等」の原則は、法律でも定められている(教育基本法第4条)。政府はそれを実現する義務があるが、実質ローンの奨学金だけで十分なわけがない。高等教育を私費負担に頼る構造は見直す時に来ている。

<資料:『日本大学学生生活実態調査』(2012年度)、
     OECD『Education at a Glance 2015』>

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[筆者の舞田敏彦氏は武蔵野大学講師(教育学)。公式ブログは「データえっせい」、近著に『教育の使命と実態 データから見た教育社会学試論』(武蔵野大学出版会)。]

舞田敏彦(武蔵野大学講師)

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