今週トルコとシリアの国境付近のおそらくはシリア上空で、ロシア空軍のスホイ24(Su-24、後期型のタイプM)戦闘爆撃機がトルコの領空を侵犯したとして、トルコ軍のF16型戦闘機に撃墜されました。ロシア機はシリア領内に墜落した、と報じられています。トルコ軍は、国籍不明機が領空を侵犯し、警告をしたが領空侵犯を続けたために撃墜したと主張しています。
この事件は、当初「ロシアとNATOの緊張が高まっている」とアメリカで大きく報道されましたが、その後の報道はやや沈静化しています。背景にある問題が非常に複雑ですので、今後の影響を考えるのは簡単ではありません。本稿では、とりあえず以降の推移を予測する上での観点を整理しておこうと思います。
まず、撃墜の経緯ですが、本当にロシア機はトルコの領空を侵犯していたのでしょうか? ニューヨーク・タイムズの報道によれば、この墜落現場はシリアの地中海沿岸から25キロほど内陸に入ったところで、そこへ北からトルコの領土が下向きの半島のように突き出しています。そのトルコ領の「突き出し」は2キロの幅しかなく、ロシア機はそこを横切る形で侵犯をしたというのです。
ですが、スホイは仮に巡航速度だったとしても、マッハ0.9つまり時速1000キロ前後で飛行していたと思われ、そう考えると2キロの距離を7.2秒で飛んでしまいます。その7.2秒の「侵犯」に対して、トルコが攻撃したということになります。仮にトルコ領土の最先端であれば、その7.2秒はもっと短くなります。
ですから、本当に侵犯があったのかどうかは、レーダーの誤差等を考えると100%の確度ではわかりそうもありません。一方ロシア側も、そのようにトルコ領の「先端」を「かすめる」ように飛行して、挑発していた可能性もあります。
乗員の生死の問題もよく分かりません。現時点では、撃墜されたロシア機の乗員2人が、ミサイルをロックされた時点で脱出して、パラシュート降下している動画が出回っています。ですが、その降下の際に銃撃されたということで、1人が死亡したという報道があります。また、ロシアの救援ヘリが攻撃を受けたという報道もあります。それ以前の問題として、炎上したロシア機やパラシュート降下に関する、ここまで鮮明な動画が出回っていることについても、背景や事情がありそうです。
今回の事態で、シリアをめぐるロシアとトルコの確執が表面化しました。ロシアは、シリア領内でISILへの攻撃だけでなく、原理主義的な危険性を持った反政府勢力にも空爆および地上戦を仕掛けているとされていましたが、そのメインターゲットはトルコ系でトルコが支援している「トルクメン人」のグループだったのです。
ロシアは、このトルクメン人のグループを標的としてきたばかりか、今回の撃墜事件を受けて、トルコへの敵意を改めて顕在化させた格好です。これによって、シリア情勢をめぐって次のようなそれぞれの思惑が浮かび上がってきました。
まずトルコに関しては、ISILへの攻撃だけでなく、この地域でのクルド人勢力を抑え込むことと、シリア領内のトルコ系住民を支援したいという別の目的を持って行動しているということがあります。
一方のロシアとしては、単に盟友であるアサド政権を応援するだけでなく、歴史的なトルコとの確執を意識しながらシリアへ関与するという姿勢が明らかとなっています。
この歴史的経緯ですが、帝国主義時代に「ロシアの南下をオスマントルコが妨害」したという第一幕、そして冷戦期に「ソ連を牽制する位置付けでトルコがNATO入りした」という第二幕を経て、現在に至っています。
そのNATOでは、加盟国のトルコに関する安全保障上の緊急課題が発生したということで、緊急の大使級会議を招集しました。トルコが会議の招集を要請したというのですが、NATOとしてはロシアとの緊張を拡大する方向に進みたくはないでしょう。そうなると、反対にNATOとしてはトルコに対して自制を求めることとなり、ロシアの思う壺ということになるかもしれません。
ですが、どちらかといえばイスラム的な保守勢力に支えられているトルコのエルドアン政権としては、「欧米の圧力に屈して自制する」という姿勢を見せれば、政治的には大きな失点になりますから、依然として楽観はできないと思います。結果として、NATOの中でトルコが孤立を深めてしまえば、まさにプーチンとしては「大成果」ということになります。
今後は事態の推移を見守るしかないのですが、一つ明らかとなったのは、「対ISIL作戦」の「順序」として、「まず米仏ロが連携してISILを叩くのが先」という考え方は、難しいのではないかということです。仮に作戦が成功して「ISILという共通の問題が消滅した」場合には、改めて「アサド=ロシア」対「トルコ=NATO」の確執が危険なまでに顕在化する可能性があるからです。
これを避けるためには、まず「アサド後継」をハッキリ決め、ロシアとトルコの介入をやめさせ、シリアの内戦終結の方向性を明らかにする、こちらが先決でしょう。そこを棚上げにしてISILだけ叩けばいいというのでは、地域の安定は逆に遠のく危険があります。
この事件は、当初「ロシアとNATOの緊張が高まっている」とアメリカで大きく報道されましたが、その後の報道はやや沈静化しています。背景にある問題が非常に複雑ですので、今後の影響を考えるのは簡単ではありません。本稿では、とりあえず以降の推移を予測する上での観点を整理しておこうと思います。
まず、撃墜の経緯ですが、本当にロシア機はトルコの領空を侵犯していたのでしょうか? ニューヨーク・タイムズの報道によれば、この墜落現場はシリアの地中海沿岸から25キロほど内陸に入ったところで、そこへ北からトルコの領土が下向きの半島のように突き出しています。そのトルコ領の「突き出し」は2キロの幅しかなく、ロシア機はそこを横切る形で侵犯をしたというのです。
ですが、スホイは仮に巡航速度だったとしても、マッハ0.9つまり時速1000キロ前後で飛行していたと思われ、そう考えると2キロの距離を7.2秒で飛んでしまいます。その7.2秒の「侵犯」に対して、トルコが攻撃したということになります。仮にトルコ領土の最先端であれば、その7.2秒はもっと短くなります。
ですから、本当に侵犯があったのかどうかは、レーダーの誤差等を考えると100%の確度ではわかりそうもありません。一方ロシア側も、そのようにトルコ領の「先端」を「かすめる」ように飛行して、挑発していた可能性もあります。
乗員の生死の問題もよく分かりません。現時点では、撃墜されたロシア機の乗員2人が、ミサイルをロックされた時点で脱出して、パラシュート降下している動画が出回っています。ですが、その降下の際に銃撃されたということで、1人が死亡したという報道があります。また、ロシアの救援ヘリが攻撃を受けたという報道もあります。それ以前の問題として、炎上したロシア機やパラシュート降下に関する、ここまで鮮明な動画が出回っていることについても、背景や事情がありそうです。
今回の事態で、シリアをめぐるロシアとトルコの確執が表面化しました。ロシアは、シリア領内でISILへの攻撃だけでなく、原理主義的な危険性を持った反政府勢力にも空爆および地上戦を仕掛けているとされていましたが、そのメインターゲットはトルコ系でトルコが支援している「トルクメン人」のグループだったのです。
ロシアは、このトルクメン人のグループを標的としてきたばかりか、今回の撃墜事件を受けて、トルコへの敵意を改めて顕在化させた格好です。これによって、シリア情勢をめぐって次のようなそれぞれの思惑が浮かび上がってきました。
まずトルコに関しては、ISILへの攻撃だけでなく、この地域でのクルド人勢力を抑え込むことと、シリア領内のトルコ系住民を支援したいという別の目的を持って行動しているということがあります。
一方のロシアとしては、単に盟友であるアサド政権を応援するだけでなく、歴史的なトルコとの確執を意識しながらシリアへ関与するという姿勢が明らかとなっています。
この歴史的経緯ですが、帝国主義時代に「ロシアの南下をオスマントルコが妨害」したという第一幕、そして冷戦期に「ソ連を牽制する位置付けでトルコがNATO入りした」という第二幕を経て、現在に至っています。
そのNATOでは、加盟国のトルコに関する安全保障上の緊急課題が発生したということで、緊急の大使級会議を招集しました。トルコが会議の招集を要請したというのですが、NATOとしてはロシアとの緊張を拡大する方向に進みたくはないでしょう。そうなると、反対にNATOとしてはトルコに対して自制を求めることとなり、ロシアの思う壺ということになるかもしれません。
ですが、どちらかといえばイスラム的な保守勢力に支えられているトルコのエルドアン政権としては、「欧米の圧力に屈して自制する」という姿勢を見せれば、政治的には大きな失点になりますから、依然として楽観はできないと思います。結果として、NATOの中でトルコが孤立を深めてしまえば、まさにプーチンとしては「大成果」ということになります。
今後は事態の推移を見守るしかないのですが、一つ明らかとなったのは、「対ISIL作戦」の「順序」として、「まず米仏ロが連携してISILを叩くのが先」という考え方は、難しいのではないかということです。仮に作戦が成功して「ISILという共通の問題が消滅した」場合には、改めて「アサド=ロシア」対「トルコ=NATO」の確執が危険なまでに顕在化する可能性があるからです。
これを避けるためには、まず「アサド後継」をハッキリ決め、ロシアとトルコの介入をやめさせ、シリアの内戦終結の方向性を明らかにする、こちらが先決でしょう。そこを棚上げにしてISILだけ叩けばいいというのでは、地域の安定は逆に遠のく危険があります。