「テロとの戦い」は複雑怪奇な連鎖反応を示している。
10月31日のロシア機墜落、11月12日のレバノン・ベイルートでの連続自爆テロ、そして翌13日のパリ同時多発テロなど、相次ぐ事件は世界に大きな衝撃を与えた。欧州では難民受け入れの是非を問う声が高まったほか、フランス軍によるイスラム国への空爆、トルコによるロシア軍機撃墜、さらにはシリアの反政府武装勢力によるロシア軍ヘリコプターへの攻撃と連鎖反応を引き起こし、情勢はさらに混迷の度合いを増している。
シリア、イスラム国、そして欧米の情勢に注目が集まるなか、中国も「テロとの戦い」に名乗りを挙げているのはご存知だろうか。中国の王毅外相は15日、G20首脳会合のために訪問したトルコで、新疆ウイグル自治区の過激派との戦いも世界的な「テロとの戦い」の一部であると発言し、国際社会に共同戦線の必要性を訴えた。世界を揺るがす「テロ」を奇貨として、中国は新たなプロパガンダを展開している。
自国民に火炎放射器、ウイグル人28人を"殲滅"
人民解放軍の機関紙「解放軍報」は11月23日、「"反テロの先鋒"人民の平和を守る」と題した記事を掲載した。新疆ウイグル自治区の対テロ特殊部隊の戦いを生々しく描いたものだ。その一部を引用しよう。
ちょうどこの時、トランシーバーに偵察情報が入った。テロリストの形跡を発見した、と!
タカが獲物を発見したかのように、特殊部隊隊員たちは血をたぎらせた。暴徒らは断崖絶壁の洞穴に隠れている。攻めづらく守りやすい地形だ。幾度かの説得は無駄に終わった。催涙弾やスタングレネードが次々と打ち込まれたが動きはない。夕方となり空は次第に暗くなりつつある。
「火焔放射器を使え!」劉琳隊長の命令が下るや、一条の怒りの炎が洞窟に吸い込まれていった。隠れ家を失った10人あまりのテロリストどもが刀を手にし、凶悪な様相で特殊部隊に襲いかかってくる。「バン、バン、バン!」王聖小隊長は速やかに発砲し、あっという間に3人を撃ち倒した。その後、他の隊員と協力しテロリストを全滅させたのだった。
この戦いの場所、時間について詳細は記載されていないが、おそらく11月上旬の新疆ウイグル自治区での山狩りに関するものだろう。9月にウイグル人が同区アクス地区の炭鉱を襲撃し、16人が死亡する事件が起きたが、その後、当局は大規模な山狩りを展開。自首した1人をのぞく、メンバー28人を殲滅したと11月20日に発表した。残党をすべて射殺したという最後の戦いを描いた記事である可能性が高い。
殺人を犯した襲撃犯とはいえ、自国民に火炎放射器をぶっ放すという恐ろしい話をなぜ官制メディアが報じたのだろうか。
それだけではない。自由アジア放送(RFA)などの米メディアによると、パリ同時多発テロ事件が起きた後から中国のSNSでは、ムスリムに対するヘイトスピーチなどが散見されるようになったという。厳格な言論統制をしく中国では、ヘイトスピーチも削除の対象だ。実際、一定期間後、こうした書き込みはネットから消えたという。
中国語強制、ラマダン禁止、ビール一気飲み等の弾圧がテロの土壌に
世界的にテロへの注目が高まる中で、ウイグル人に対する弾圧、支配強化に対する大義名分を手に入れたい。それが中国の動機だろう。
実際、新疆ウイグル自治区では新たな規制が導入されたとニューヨーク・タイムズが報じている。中国にはグレート・ファイヤー・ウォール(GFW)と呼ばれる厳しいネット検閲が存在するが、ヴァーチャル・プライベート・ネットワーク(VPN)などの壁越えツールを使うことで検閲を回避することが可能だ。ところが11月中旬以降、新疆ウイグル自治区では、スマートフォンでVPNを使用すると携帯電話会社から回線を停止される事例が相次いでいるという。
回線を復活させるためには、派出所で壁越えツールは二度と使用しないと誓約する必要がある。中国のSNSでは「インスタグラムが見たかっただけなのに諦めた」などの書き込みもあった。他地域ではこうした規制は導入されていないだけに、新疆ウイグル自治区を狙い撃ちした規制強化は現地の人々の不満を高めるものとなるだろう。
今回のVPN規制に限らず、中国政府はさまざまな弾圧を繰り返してきた。中国語での教育普及を強化し、母語の教育機会が奪われた。公務員や国有企業などのエリートコースを歩みたければ中国語は必須となる。さらに大学生や公務員に対してはラマダン(断食月)の禁止が強要された。昼間に人前で食事するよう強制されるという「踏み絵」もあったという。さらにヒゲやヒジャブの禁止といったファッションの規制や、厳格なイスラム教徒ではないことを示すためにビール一気飲みイベントを開催するといった冗談にしか思えないような話まで伝えられている。
約200人が死亡したと中国政府が発表した2009年のウルムチ騒乱、市民31人が死亡した雲南省昆明市の通り魔事件、今年9月の鉱山襲撃事件......厳しい弾圧が不満を高め、新疆で襲撃事件が相次ぐ背景となっている。さらに宗教的・文化的自由を求めて国外に脱出するウイグル人も少なくない。歴史学者の水谷尚子氏によると、トルコには3万人もの亡命ウイグル人が居住していると推定されているが、その一部はシリアの反政府武装勢力やイスラム国に参加しているという(『文藝春秋』2015年8月号)。
パリ同時多発テロ事件がそうであったように、中国でも軍事訓練を受けたシリアからの帰国者によるテロが起きたとしても不思議ではない。どのようにして未然に防ぐか、テロが起きる土壌そのものをいかになくしていくかが課題となる。
中国は「テロとの戦い」では国際的な協調を打ち出しているが、一方で国際社会が掲げる人権などの普遍的理念についてはきわめて冷淡な対応を見せている。国際社会と足並みをそろえるならば、「戦い」ではなく「理念」ではないだろうか。
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[執筆者]
高口康太
ジャーナリスト、翻訳家。1976年生まれ。千葉大学人文社会科学研究科(博士課程)単位取得退学。独自の切り口から中国・新興国を論じるニュースサイト「KINBRICKS NOW」を運営。著書に『なぜ、習近平は激怒したのか――人気漫画家が亡命した理由』(祥伝社)。
高口康太(ジャーナリスト、翻訳家)
10月31日のロシア機墜落、11月12日のレバノン・ベイルートでの連続自爆テロ、そして翌13日のパリ同時多発テロなど、相次ぐ事件は世界に大きな衝撃を与えた。欧州では難民受け入れの是非を問う声が高まったほか、フランス軍によるイスラム国への空爆、トルコによるロシア軍機撃墜、さらにはシリアの反政府武装勢力によるロシア軍ヘリコプターへの攻撃と連鎖反応を引き起こし、情勢はさらに混迷の度合いを増している。
シリア、イスラム国、そして欧米の情勢に注目が集まるなか、中国も「テロとの戦い」に名乗りを挙げているのはご存知だろうか。中国の王毅外相は15日、G20首脳会合のために訪問したトルコで、新疆ウイグル自治区の過激派との戦いも世界的な「テロとの戦い」の一部であると発言し、国際社会に共同戦線の必要性を訴えた。世界を揺るがす「テロ」を奇貨として、中国は新たなプロパガンダを展開している。
自国民に火炎放射器、ウイグル人28人を"殲滅"
人民解放軍の機関紙「解放軍報」は11月23日、「"反テロの先鋒"人民の平和を守る」と題した記事を掲載した。新疆ウイグル自治区の対テロ特殊部隊の戦いを生々しく描いたものだ。その一部を引用しよう。
ちょうどこの時、トランシーバーに偵察情報が入った。テロリストの形跡を発見した、と!
タカが獲物を発見したかのように、特殊部隊隊員たちは血をたぎらせた。暴徒らは断崖絶壁の洞穴に隠れている。攻めづらく守りやすい地形だ。幾度かの説得は無駄に終わった。催涙弾やスタングレネードが次々と打ち込まれたが動きはない。夕方となり空は次第に暗くなりつつある。
「火焔放射器を使え!」劉琳隊長の命令が下るや、一条の怒りの炎が洞窟に吸い込まれていった。隠れ家を失った10人あまりのテロリストどもが刀を手にし、凶悪な様相で特殊部隊に襲いかかってくる。「バン、バン、バン!」王聖小隊長は速やかに発砲し、あっという間に3人を撃ち倒した。その後、他の隊員と協力しテロリストを全滅させたのだった。
この戦いの場所、時間について詳細は記載されていないが、おそらく11月上旬の新疆ウイグル自治区での山狩りに関するものだろう。9月にウイグル人が同区アクス地区の炭鉱を襲撃し、16人が死亡する事件が起きたが、その後、当局は大規模な山狩りを展開。自首した1人をのぞく、メンバー28人を殲滅したと11月20日に発表した。残党をすべて射殺したという最後の戦いを描いた記事である可能性が高い。
殺人を犯した襲撃犯とはいえ、自国民に火炎放射器をぶっ放すという恐ろしい話をなぜ官制メディアが報じたのだろうか。
それだけではない。自由アジア放送(RFA)などの米メディアによると、パリ同時多発テロ事件が起きた後から中国のSNSでは、ムスリムに対するヘイトスピーチなどが散見されるようになったという。厳格な言論統制をしく中国では、ヘイトスピーチも削除の対象だ。実際、一定期間後、こうした書き込みはネットから消えたという。
中国語強制、ラマダン禁止、ビール一気飲み等の弾圧がテロの土壌に
世界的にテロへの注目が高まる中で、ウイグル人に対する弾圧、支配強化に対する大義名分を手に入れたい。それが中国の動機だろう。
実際、新疆ウイグル自治区では新たな規制が導入されたとニューヨーク・タイムズが報じている。中国にはグレート・ファイヤー・ウォール(GFW)と呼ばれる厳しいネット検閲が存在するが、ヴァーチャル・プライベート・ネットワーク(VPN)などの壁越えツールを使うことで検閲を回避することが可能だ。ところが11月中旬以降、新疆ウイグル自治区では、スマートフォンでVPNを使用すると携帯電話会社から回線を停止される事例が相次いでいるという。
回線を復活させるためには、派出所で壁越えツールは二度と使用しないと誓約する必要がある。中国のSNSでは「インスタグラムが見たかっただけなのに諦めた」などの書き込みもあった。他地域ではこうした規制は導入されていないだけに、新疆ウイグル自治区を狙い撃ちした規制強化は現地の人々の不満を高めるものとなるだろう。
今回のVPN規制に限らず、中国政府はさまざまな弾圧を繰り返してきた。中国語での教育普及を強化し、母語の教育機会が奪われた。公務員や国有企業などのエリートコースを歩みたければ中国語は必須となる。さらに大学生や公務員に対してはラマダン(断食月)の禁止が強要された。昼間に人前で食事するよう強制されるという「踏み絵」もあったという。さらにヒゲやヒジャブの禁止といったファッションの規制や、厳格なイスラム教徒ではないことを示すためにビール一気飲みイベントを開催するといった冗談にしか思えないような話まで伝えられている。
約200人が死亡したと中国政府が発表した2009年のウルムチ騒乱、市民31人が死亡した雲南省昆明市の通り魔事件、今年9月の鉱山襲撃事件......厳しい弾圧が不満を高め、新疆で襲撃事件が相次ぐ背景となっている。さらに宗教的・文化的自由を求めて国外に脱出するウイグル人も少なくない。歴史学者の水谷尚子氏によると、トルコには3万人もの亡命ウイグル人が居住していると推定されているが、その一部はシリアの反政府武装勢力やイスラム国に参加しているという(『文藝春秋』2015年8月号)。
パリ同時多発テロ事件がそうであったように、中国でも軍事訓練を受けたシリアからの帰国者によるテロが起きたとしても不思議ではない。どのようにして未然に防ぐか、テロが起きる土壌そのものをいかになくしていくかが課題となる。
中国は「テロとの戦い」では国際的な協調を打ち出しているが、一方で国際社会が掲げる人権などの普遍的理念についてはきわめて冷淡な対応を見せている。国際社会と足並みをそろえるならば、「戦い」ではなく「理念」ではないだろうか。
<この執筆者の過去の人気記事>
「中国は弱かった!」香港サッカーブームの政治的背景
台湾ではもう「反中か親中か」は意味がない
知られざる「一人っ子政策」残酷物語
[執筆者]
高口康太
ジャーナリスト、翻訳家。1976年生まれ。千葉大学人文社会科学研究科(博士課程)単位取得退学。独自の切り口から中国・新興国を論じるニュースサイト「KINBRICKS NOW」を運営。著書に『なぜ、習近平は激怒したのか――人気漫画家が亡命した理由』(祥伝社)。
高口康太(ジャーナリスト、翻訳家)