ヨーロッパでISIS(自称イスラム国、別名ISIL)が荒れ狂っている。「イスラムのテロ」とよく言われるが、イスラム教徒の大半は穏健だ。中世のバイキングや倭寇も金品を狙った一種のテロだった。ISISもテロを正当化し無知な青年たちを引き込む道具としてイスラムを利用するだけで、指導者たちは野心や利権に駆られて動いているに違いない。
ISISはイラク・シリアのアルカイダ系組織を率いたアブ・バクル・アル・バグダディがアルカイダ指導部とたもとを分かった組織だ。アルカイダはサウジアラビアなどの支援を受け、湾岸諸国の天敵イランに近いシリアのアサド政権を倒すために活動していた。ところが昨年4月、サウジアラビアの総合情報庁長官が解任され、シリア工作を担当したムハマド内相がシリアのイスラム過激派を摘発する方向に転じた。
ISISの動きが表面化したのは昨年初めから。湾岸諸国からの支援が途絶えるのと同時に、自ら金づるを求めて勝手に動き始めたかのようだ。雇い主を失った過激派が国際テロリストになった例は多数ある。アルカイダのウサマ・ビンラディンはアメリカやサウジアラビアの支援を受けて、ソ連軍と戦うアフガニスタンゲリラを指揮していた。
テロを生む背景はさらにある。世界各地に青年の失業者が増えている。先進国内でも経済格差が拡大し、生きがいを求めてISISに参加する青年もいないわけではない。ISISの兵員の半分に当たる約1万人は中東域外の中央アジアやロシア、ヨーロッパなどの国籍を持つと推定されている。
多国籍軍派兵の可能性も
さらなる背景として、大国が介入して政権を倒したり、情勢を流動化させた後に無責任に撤退すると、力の真空状態が生まれ、テロ勢力が横行するようになる。古くはソ連軍が撤退した後のアフガニスタン、今回はイラクといった具合だ。専制支配下にある途上国の民主化を助けようとする欧米NGOの活動も、意に反してその国の情勢を不安定化させてしまうことがある。
中東のテロや難民の問題は対岸の火事ではない。日本は来年G7首脳会議の議長国なので、なおさらだ。欧米ではテロ容疑者の摘発が強化されている。「疑わしき者は検挙する」予防拘束や盗聴など、これまでの法制ではできなかったことも行われるようになった。また難民受け入れを増大しつつ、テロリスト審査は強化するという難しい課題もクリアしないといけない。これらについては、G7でも調整をしないといけないだろう。
もしISISに対する地上での本格的掃討戦が始まれば、日本の対応が課題となる。ヨーロッパがNATOとして作戦を行うなら日本が直接参加を求められることはあるまい。しかしフランスは既にこの件で非難決議案を国連安保理に提出し、採択された。ロシアはウクライナでのマイナスを帳消しにするため、ロシアも加わった多国籍軍を派兵することを提唱する可能性があり、それが実現すると中国軍や日本の自衛隊も関与を求められることになる。
中東の不安定化は、テロと裏表の関係にある難民問題も生んでいる。「日本は(昨年)難民を11人しか受け入れていない」 との数字が独り歩きしている。実は日本では難民認定審査中の者が5000人以上も滞在しているが、そうした実情を広報することも考えないといけない。
また日本は中東から地理的に遠いので、テロや難民を生み出す背景を是正するイニシアチブを取り得る。先進国における景気の回復と格差の縮小(過度の投機抑制など)については、先進国間でコンセンサスは得やすい。他方、南北格差や途上国内での専制・格差をどう是正するかは難問だ。「レジーム・チェンジ」のような暴力的手段ではなく、先進国への出稼ぎ者や移民の枠増大、さらには先進国から途上国への大規模な所得移転によって消費・投資を刺激するなどを提唱してはどうか。
[2015.12. 1号掲載]
河東哲夫(本誌コラムニスト)
ISISはイラク・シリアのアルカイダ系組織を率いたアブ・バクル・アル・バグダディがアルカイダ指導部とたもとを分かった組織だ。アルカイダはサウジアラビアなどの支援を受け、湾岸諸国の天敵イランに近いシリアのアサド政権を倒すために活動していた。ところが昨年4月、サウジアラビアの総合情報庁長官が解任され、シリア工作を担当したムハマド内相がシリアのイスラム過激派を摘発する方向に転じた。
ISISの動きが表面化したのは昨年初めから。湾岸諸国からの支援が途絶えるのと同時に、自ら金づるを求めて勝手に動き始めたかのようだ。雇い主を失った過激派が国際テロリストになった例は多数ある。アルカイダのウサマ・ビンラディンはアメリカやサウジアラビアの支援を受けて、ソ連軍と戦うアフガニスタンゲリラを指揮していた。
テロを生む背景はさらにある。世界各地に青年の失業者が増えている。先進国内でも経済格差が拡大し、生きがいを求めてISISに参加する青年もいないわけではない。ISISの兵員の半分に当たる約1万人は中東域外の中央アジアやロシア、ヨーロッパなどの国籍を持つと推定されている。
多国籍軍派兵の可能性も
さらなる背景として、大国が介入して政権を倒したり、情勢を流動化させた後に無責任に撤退すると、力の真空状態が生まれ、テロ勢力が横行するようになる。古くはソ連軍が撤退した後のアフガニスタン、今回はイラクといった具合だ。専制支配下にある途上国の民主化を助けようとする欧米NGOの活動も、意に反してその国の情勢を不安定化させてしまうことがある。
中東のテロや難民の問題は対岸の火事ではない。日本は来年G7首脳会議の議長国なので、なおさらだ。欧米ではテロ容疑者の摘発が強化されている。「疑わしき者は検挙する」予防拘束や盗聴など、これまでの法制ではできなかったことも行われるようになった。また難民受け入れを増大しつつ、テロリスト審査は強化するという難しい課題もクリアしないといけない。これらについては、G7でも調整をしないといけないだろう。
もしISISに対する地上での本格的掃討戦が始まれば、日本の対応が課題となる。ヨーロッパがNATOとして作戦を行うなら日本が直接参加を求められることはあるまい。しかしフランスは既にこの件で非難決議案を国連安保理に提出し、採択された。ロシアはウクライナでのマイナスを帳消しにするため、ロシアも加わった多国籍軍を派兵することを提唱する可能性があり、それが実現すると中国軍や日本の自衛隊も関与を求められることになる。
中東の不安定化は、テロと裏表の関係にある難民問題も生んでいる。「日本は(昨年)難民を11人しか受け入れていない」 との数字が独り歩きしている。実は日本では難民認定審査中の者が5000人以上も滞在しているが、そうした実情を広報することも考えないといけない。
また日本は中東から地理的に遠いので、テロや難民を生み出す背景を是正するイニシアチブを取り得る。先進国における景気の回復と格差の縮小(過度の投機抑制など)については、先進国間でコンセンサスは得やすい。他方、南北格差や途上国内での専制・格差をどう是正するかは難問だ。「レジーム・チェンジ」のような暴力的手段ではなく、先進国への出稼ぎ者や移民の枠増大、さらには先進国から途上国への大規模な所得移転によって消費・投資を刺激するなどを提唱してはどうか。
[2015.12. 1号掲載]
河東哲夫(本誌コラムニスト)