11月30日のIMF理事会は人民元の国際通貨入りを決定。構成比率は日本円を凌駕し第3位に。習政権の反腐敗運動の目的の一つは「金融の透明化」だが、今般の決定を自国の国有企業改革の外的圧力にするつもりだ。
円を上回った人民元
IMF(国際通貨基金)は、11月30日に開かれた理事会で、外貨不足に陥った加盟国に外貨を融通する「特別引き出し権(Special Drawing Rights:SDR)」の構成通貨に、人民元を採用することを決定した。11月1日付けの本コラム「南シナ海、米中心理戦を読み解く――焦っているのはどちらか?」でも述べたように、ドル、ユーロ、ポンド、日本円に次ぐ、第5の国際通貨(準備通貨)として人民元を認めたのである。
そればかりではない。
SDR構成比率において、人民元は10.92%と、ドル(41.73%)、ユーロ(30.93%)に次ぐ3番目の構成通貨として、日本円(8.33%)を凌駕した。この構成比率は貿易と金融取引の度合いをベースに算出される。つまり国際社会における貿易と金融取引において、中国が日本を抜いたということである。
反腐敗運動は「金融の透明化」をアピールするため
筆者は、胡錦濤政権時代のチャイナ・ナインにおいては激しい権力闘争が起きていたことを『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』で描いた。一方、習近平政権のチャイナ・セブンにおいては、習近平総書記&国家主席自身が江沢民の推薦によってのし上がってきた男であるため、反腐敗運動は権力闘争ではないと主張し続けてきた。
しかし日本のメディアや中国研究者は、筆者が植え付けてしまったチャイナ・ナインの権力闘争という概念から抜け出すことができず、習近平政権になってもなお、この「権力闘争説」で中国を分析しようとして、日本人を喜ばせた。その方が面白いし、「ああ、習近平政権はダメだなぁ」と思うことができるので、痛快になるからであろう。
これがいかに間違っているかは、今般のIMFが出した結果を見ても明らかだ。
これまで何度も随所で書いてきたが、反腐敗運動は権力闘争ではなく、その第一の目的は共産党一党支配体制をなんとか崩壊させないようにするためだが、もう一つの大きな目的は、腐敗を撲滅しようとする姿勢を見せることによって「金融の透明性」を国際社会にアピールしようとしたことにある。
「金融の透明性」がなければ、AIIB(アジアインフラ投資銀行)は成立しない。北京や上海が金融の中心地になることなど、夢のまた夢となる。
習近平政権は、その「中国の金融の夢」に一歩でも近づくためにも、反腐敗運動を展開したのである。
さらに、人民元ができるだけ多くの国で使われるように戦略を練り、シンガポールやオーストラリアなど華人華僑の多い国だけでなく、イギリスのシティを中心にして人民元の国際化に力を入れてきた。イギリスが動けば競争心の強いフランスやドイツも動く。結果、これら多くの国々と人民元建ての債券発行や人民元で取引できる銀行の設置など、金融協力を着々と進めていった。
それはイギリスのAIIB加盟により一気に進み、G7を切り崩していったことは記憶に新しい。
今般の国際通貨入りは、いよいよAIIBにより日米などを除いた圧倒的多数の国を人民元取引に惹きつけ、これまでのドルを基軸とした国際金融体制を、人民元を基軸とした国際金融体制へと移行させていこうという戦略だ。
こうしてこそ習近平政権が描く「中華民族の偉大なる復興」への夢へと近づく。
しかし、その阻害要因が実は中国の国内にある。
それはあまりに激しい一党支配体制が生んだ強固な国有企業の構造基盤であり、そこが生み出す腐敗天国だ。
そのためすでに30万人近い大小の「虎やハエ」を退治してきたが、それでも本格的な構造改革はできていない。習近平政権は、今般のIMF決定を、国内の構造改革への外的圧力にして、「構造改革を徹底できなければ、世界金融の王者はめざせない」とハッパをかけるつもりなのだ。銀行を含めた国有企業が金融の透明性を阻んでいるからである。
SDR構成通貨決定を受けて、パリのCOP21に参加していた習近平国家主席も、中国人民銀行もまた「(中国の)金融改革と対外開放を促進する」と強調したのは、そのためだ。
日本の課題――日本が出遅れた原因
こういった世界の動きに日本が乗り遅れた感は否めない。
日本がAIIBに加盟しないことは評価するが、今般、人民元のSDR構成比率が日本円を抜いた原因の一つには、中国の反腐敗運動を「金融の透明化」と「人民元の国際化」への序章であることに気づかない日本のツケがあると言っていいだろう。もしあの激しい反腐敗運動を、「人民元の国際化のため」と見る目を持っていたら、日本政府はもっとその方向の戦略を考えたのではないだろうか。
反腐敗運動を権力闘争だと主張して、日本人を喜ばせた中国研究者やメディアの罪は小さくない。
もっとも、胡錦濤政権のチャイナ・ナインに対してではあるものの、共青団や太子党あるいは上海閥(江沢民派)などの「権力闘争」という概念を日本に強く植え付けたのは筆者自身なのだから、自分を責める以外にないのかもしれないが。
もう一つの原因は、なんといっても根本的には険悪な日中関係にあるだろう。
習近平政権が、あれだけ声高に歴史カードを日本に突き付けてくれば、日本人の嫌中感情は高まる一方だ。それは当然、日本企業の中国との取引を手控える重しになっている。
それでいながら、このたび『毛沢東 日本軍と共謀した男』を出版してみて、いかに(一部の)日本人が中宣部のプロパガンダに洗脳されてしまっているかを知った。「毛沢東が日中戦争時代、日本軍と共謀していたなんて、そんなことを言っていいのだろうか」という「自制心」を持っている日本人が多いのだ。中にはこの厳然たる事実を「デマ」だと誹謗する者もいるのには驚いた。
左であれ右であれ、日本人はもっと自分自身の思想的殻を抜け出し、自由な思考を発展させなければならないだろう。
客観的事実を日本人自身が認め、中国にも堂々と歴史を直視することを求め、それを国際社会に知らしめていくことは喫緊の課題だ。
やがてアメリカを抜いて世界のナンバー1に昇りつめたい中国は、戦後のドル基軸体制から、「人民元基軸体制」へと国際金融界を持っていこうとしている。今はまだ世界一であるドルの価値を低下させるために、何とかアメリカのプレゼンスを低下させようとしている。
そのためにアメリカとの日米同盟を強固にさせている日本を標的にしている。中国はアメリカを凌駕するために、強固な同盟国である日本を叩こうとしているのだ。それは武力という手段でなく、歴史認識問題を国際社会の共通認識に持っていくことによって日本を卑しめ、アメリカのプレゼンスを低めることに真の目的があることを見逃してはならない。
だから日本は「毛沢東が日本軍と共謀していた事実」を堂々と発信していき、国際社会の共通認識に持っていくことによって、日本の存在を矮小化させないよう全力を注がなければならない。このまま放置しておけば、アジアにおける貿易や投資で人民元が優勢になり、日本は形勢不利となっていく。
歴史カードと人民元の国際化がリンクしているなど、想像はつかないかもしれないが、中国の遠大な戦略を、あなどらない方がいい。
アメリカは少なくとも、IMFで人民元がSDR構成通貨入りを拒否はしなかった。それでいながら南シナ海で対立しているようなパフォーマンスを演じている。こちらも、なかなかにしたたかだ。
人民元の国際的信用がどこまでいくかには疑問が残るものの、日本はせめてこれを契機に、反腐敗運動を権力闘争などと言って日本人を喜ばせるのは、やめた方がいいだろう。中国を見まちがえて、これ以上出遅れるのは日本にとって好ましくない。また形式上、どんなに日中友好といった交流をしても、中国の歴史認識に関する戦略は変わらないことを肝に銘じるべきだ。
[執筆者]
遠藤 誉
1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。東京福祉大学国際交流センター長、筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会科学研究所客員研究員・教授などを歴任。『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など著書多数。近著に『毛沢東 日本軍と共謀した男』(新潮新書)
※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。
遠藤誉(東京福祉大学国際交流センター長)
円を上回った人民元
IMF(国際通貨基金)は、11月30日に開かれた理事会で、外貨不足に陥った加盟国に外貨を融通する「特別引き出し権(Special Drawing Rights:SDR)」の構成通貨に、人民元を採用することを決定した。11月1日付けの本コラム「南シナ海、米中心理戦を読み解く――焦っているのはどちらか?」でも述べたように、ドル、ユーロ、ポンド、日本円に次ぐ、第5の国際通貨(準備通貨)として人民元を認めたのである。
そればかりではない。
SDR構成比率において、人民元は10.92%と、ドル(41.73%)、ユーロ(30.93%)に次ぐ3番目の構成通貨として、日本円(8.33%)を凌駕した。この構成比率は貿易と金融取引の度合いをベースに算出される。つまり国際社会における貿易と金融取引において、中国が日本を抜いたということである。
反腐敗運動は「金融の透明化」をアピールするため
筆者は、胡錦濤政権時代のチャイナ・ナインにおいては激しい権力闘争が起きていたことを『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』で描いた。一方、習近平政権のチャイナ・セブンにおいては、習近平総書記&国家主席自身が江沢民の推薦によってのし上がってきた男であるため、反腐敗運動は権力闘争ではないと主張し続けてきた。
しかし日本のメディアや中国研究者は、筆者が植え付けてしまったチャイナ・ナインの権力闘争という概念から抜け出すことができず、習近平政権になってもなお、この「権力闘争説」で中国を分析しようとして、日本人を喜ばせた。その方が面白いし、「ああ、習近平政権はダメだなぁ」と思うことができるので、痛快になるからであろう。
これがいかに間違っているかは、今般のIMFが出した結果を見ても明らかだ。
これまで何度も随所で書いてきたが、反腐敗運動は権力闘争ではなく、その第一の目的は共産党一党支配体制をなんとか崩壊させないようにするためだが、もう一つの大きな目的は、腐敗を撲滅しようとする姿勢を見せることによって「金融の透明性」を国際社会にアピールしようとしたことにある。
「金融の透明性」がなければ、AIIB(アジアインフラ投資銀行)は成立しない。北京や上海が金融の中心地になることなど、夢のまた夢となる。
習近平政権は、その「中国の金融の夢」に一歩でも近づくためにも、反腐敗運動を展開したのである。
さらに、人民元ができるだけ多くの国で使われるように戦略を練り、シンガポールやオーストラリアなど華人華僑の多い国だけでなく、イギリスのシティを中心にして人民元の国際化に力を入れてきた。イギリスが動けば競争心の強いフランスやドイツも動く。結果、これら多くの国々と人民元建ての債券発行や人民元で取引できる銀行の設置など、金融協力を着々と進めていった。
それはイギリスのAIIB加盟により一気に進み、G7を切り崩していったことは記憶に新しい。
今般の国際通貨入りは、いよいよAIIBにより日米などを除いた圧倒的多数の国を人民元取引に惹きつけ、これまでのドルを基軸とした国際金融体制を、人民元を基軸とした国際金融体制へと移行させていこうという戦略だ。
こうしてこそ習近平政権が描く「中華民族の偉大なる復興」への夢へと近づく。
しかし、その阻害要因が実は中国の国内にある。
それはあまりに激しい一党支配体制が生んだ強固な国有企業の構造基盤であり、そこが生み出す腐敗天国だ。
そのためすでに30万人近い大小の「虎やハエ」を退治してきたが、それでも本格的な構造改革はできていない。習近平政権は、今般のIMF決定を、国内の構造改革への外的圧力にして、「構造改革を徹底できなければ、世界金融の王者はめざせない」とハッパをかけるつもりなのだ。銀行を含めた国有企業が金融の透明性を阻んでいるからである。
SDR構成通貨決定を受けて、パリのCOP21に参加していた習近平国家主席も、中国人民銀行もまた「(中国の)金融改革と対外開放を促進する」と強調したのは、そのためだ。
日本の課題――日本が出遅れた原因
こういった世界の動きに日本が乗り遅れた感は否めない。
日本がAIIBに加盟しないことは評価するが、今般、人民元のSDR構成比率が日本円を抜いた原因の一つには、中国の反腐敗運動を「金融の透明化」と「人民元の国際化」への序章であることに気づかない日本のツケがあると言っていいだろう。もしあの激しい反腐敗運動を、「人民元の国際化のため」と見る目を持っていたら、日本政府はもっとその方向の戦略を考えたのではないだろうか。
反腐敗運動を権力闘争だと主張して、日本人を喜ばせた中国研究者やメディアの罪は小さくない。
もっとも、胡錦濤政権のチャイナ・ナインに対してではあるものの、共青団や太子党あるいは上海閥(江沢民派)などの「権力闘争」という概念を日本に強く植え付けたのは筆者自身なのだから、自分を責める以外にないのかもしれないが。
もう一つの原因は、なんといっても根本的には険悪な日中関係にあるだろう。
習近平政権が、あれだけ声高に歴史カードを日本に突き付けてくれば、日本人の嫌中感情は高まる一方だ。それは当然、日本企業の中国との取引を手控える重しになっている。
それでいながら、このたび『毛沢東 日本軍と共謀した男』を出版してみて、いかに(一部の)日本人が中宣部のプロパガンダに洗脳されてしまっているかを知った。「毛沢東が日中戦争時代、日本軍と共謀していたなんて、そんなことを言っていいのだろうか」という「自制心」を持っている日本人が多いのだ。中にはこの厳然たる事実を「デマ」だと誹謗する者もいるのには驚いた。
左であれ右であれ、日本人はもっと自分自身の思想的殻を抜け出し、自由な思考を発展させなければならないだろう。
客観的事実を日本人自身が認め、中国にも堂々と歴史を直視することを求め、それを国際社会に知らしめていくことは喫緊の課題だ。
やがてアメリカを抜いて世界のナンバー1に昇りつめたい中国は、戦後のドル基軸体制から、「人民元基軸体制」へと国際金融界を持っていこうとしている。今はまだ世界一であるドルの価値を低下させるために、何とかアメリカのプレゼンスを低下させようとしている。
そのためにアメリカとの日米同盟を強固にさせている日本を標的にしている。中国はアメリカを凌駕するために、強固な同盟国である日本を叩こうとしているのだ。それは武力という手段でなく、歴史認識問題を国際社会の共通認識に持っていくことによって日本を卑しめ、アメリカのプレゼンスを低めることに真の目的があることを見逃してはならない。
だから日本は「毛沢東が日本軍と共謀していた事実」を堂々と発信していき、国際社会の共通認識に持っていくことによって、日本の存在を矮小化させないよう全力を注がなければならない。このまま放置しておけば、アジアにおける貿易や投資で人民元が優勢になり、日本は形勢不利となっていく。
歴史カードと人民元の国際化がリンクしているなど、想像はつかないかもしれないが、中国の遠大な戦略を、あなどらない方がいい。
アメリカは少なくとも、IMFで人民元がSDR構成通貨入りを拒否はしなかった。それでいながら南シナ海で対立しているようなパフォーマンスを演じている。こちらも、なかなかにしたたかだ。
人民元の国際的信用がどこまでいくかには疑問が残るものの、日本はせめてこれを契機に、反腐敗運動を権力闘争などと言って日本人を喜ばせるのは、やめた方がいいだろう。中国を見まちがえて、これ以上出遅れるのは日本にとって好ましくない。また形式上、どんなに日中友好といった交流をしても、中国の歴史認識に関する戦略は変わらないことを肝に銘じるべきだ。
[執筆者]
遠藤 誉
1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。東京福祉大学国際交流センター長、筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会科学研究所客員研究員・教授などを歴任。『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など著書多数。近著に『毛沢東 日本軍と共謀した男』(新潮新書)
※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。
遠藤誉(東京福祉大学国際交流センター長)