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日本企業が「爆売り」すれば、爆買いブームは終わらない

ニューズウィーク日本版 2015年12月4日 16時1分

 2015年の「新語・流行語大賞」が発表され、プロ野球の「トリプルスリー」とともに「爆買い」が大賞に選出された。だが、そもそも爆買いとはなんだろうか。なぜ中国人は爆買いするのか、爆買いはいつまで続くのかをここで考えてみたい。

「爆買い」は当初は海外資源買収を指していた

 そもそも爆買いとは、「海外からの旅行客が日本で大量に買い物をすること」との意味だそうだが、主に中国人観光客をイメージしている。2014年秋以降に中国人観光客が激増、2015年の旧正月でこの言葉が定着した感がある。

 それ以後、日本のデパートや家電量販店では中国人需要を確保しようと、中国風の飾り付けをしてお出迎え。今年10月1日の国慶節(建国記念日)には、ある家電量販店に「祝国慶節」の飾り付けが登場し、「日本の建国記念日って10月1日だっけ?」と中国人を惑わすほどの力の入れようとなった。中国人対策の飾り付けやセールを目にした日本人は多く、これが爆買いの印象を深めたことは間違いない。

 爆買いという言葉が定着したのは最近だが、さかのぼると、ここ5~6年ほど中国による海外資源買収が「爆買い」「爆食」と表現されてきた。中東の油田を、オーストラリアの鉱山を......といった話だが、中国経済の低迷もあって資源関連はすっかり影が薄くなってしまった。

 また中国人観光客による買い物というと、ネガティブな海外ニュースとして使われてきた感がある。たとえば、2008年に中国で粉ミルクにメラミンが混入された事件が起きた後では、「中国人観光客や個人輸入代行業者が粉ミルクを買い占めた! 保護者激怒! 小売店は販売個数を制限」といったニュースがたびたび報じられた。特に中国本土と地続きの香港では影響が大きく、2013年には粉ミルクの持ち出しは1.8キロまでという「粉ミルク持ち出し規制」が導入されたほど。

 現在の日本でも一部商品が品薄になっているが、さほど大きく報じられていないのが興味深い。香港の反中国デモではかつて「俺たちのヤクルトを返せ」との横断幕が掲げられたこともあった。ヤクルトに美肌効果がある、抗ガン作用があるといった噂が広がり、中国人が買い占めたことに反発したものだ。ヘイトスピーチが注目を集める日本だが、買い占めや品薄といった身近な問題は外国人排斥に結びついていないようだ。

「ジャパンブランドの信頼性」は勘違い

 なぜ中国人はこれほど日本の商品を買ってくれるのだろうか。「ジャパンブランドの信頼性」「富裕層の購買力はすさまじい」という話をする人もいるが、少しピントがずれている。

 日本の製品、サービスに対して高い信頼性があることは事実だが、ドイツや米国と比べて上だというわけではない。日本というよりも、先進国全般に対する信頼と憧れだと解釈するべきだろう。日本は中国からもっとも近い先進国という地理的条件にあり、その意味では中国人観光客招致の優位性を持っている。

 先進国に対する信頼性は一貫して存在していたが、2014年秋になって急に中国人観光客の数が増えたのには理由がある。円安、ビザ要件緩和、そして日中首脳会談実現による日中対立の改善という三点セットだ。政治的対立と民間交流は別という人もいるが、こと中国に関してはそれはあてはまらないことは注意しておく点だろう。

 円安の結果、中国と比べると日本のほうが安いという10年前ならば信じられないような状況が出現してしまった。中国で買うよりもお得なために、中国人観光客の皆さんは激しく爆買いをするわけだ。しかも、親戚友人一同からあれを買ってきてこれを買ってきてと頼まれているだけに買い物量は膨大だ。

 私も何度かお供をしたことがあるが、炊飯器や保温タンブラー、電動歯ブラシ、時計、お菓子を山ほど抱えてその重さに立ち往生したほど。買い物を楽しむというよりも、もはや必死という表現が正しいが、自分のものならともかく頼まれ物とあっては買い逃すわけにはいかない。いやはや、爆買いも楽ではないのだ。

爆買いは終わるのか終わらないのか

 さて、流行語大賞に選ばれるとブームが終焉するというジンクスがあるという。果たして爆買いもそのジンクスに従うのだろうか。中国経済の減速という背景もあって、「爆買いは終わるのか否か」は今、中国ニュース界隈ではちょっとしたホットトピックとなっている。

 終わる派はというと、「株価低迷などで可処分所得が減れば当然旅行支出も減る」「中国の統計では海外旅行支出が減少に転じた」といったマクロ的視点が中心だ。終わらない派はというと、「中国中産層の暮らしぶりに変化はない」「日本人気はむしろ盛り上がる一方」「景気減速というが、まわりでクビになった人はいない」といったミクロ的視点が中心だ。

 日本旅行や日本製品に対する需要を考えると、中国全体というよりも、一定の所得を持つ都市中産層の懐具合が重要であり、そこに大打撃がないかぎり爆買い需要は堅調なのではないかと考えている。なにせ日本で買う方がお得なのだから。

 ただし、人気となる商品・サービスが移ろいやすいことは注意するべきだろう。爆買い人気の原動力はなんといっても口コミやネットの情報。実際に使ったことがないものでも、「よくわからんがともかくいいらしい」という情報だけで買ってくれているのが現状だ。「一度使えば日本製品のトリコになる」といった過剰な自信も禁物だ。爆買い中国人のお宅にうかがえば、「口コミに乗せられて買ってみたけど結局使わなかったアイテム」が山と積まれているのを見ることができるだろう。

 先進国というブランド、そして円安などをきっかけに始まった中国人の日本爆買いブームだが、殿様商売を続けていればすぐに幻想ははがれ、そっぽをむかれるのではないかと危惧している。必要なのは、中国人が勝手に買ってくれるという「爆買い」の思い込みを捨て、幻想ではなく本当にモノを分かってもらった上で買ってもらうこと。日本の企業が主体的に中国向けに売り込む「爆売り」をすべきではないだろうか。

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[執筆者]
高口康太
ジャーナリスト、翻訳家。1976年生まれ。千葉大学人文社会科学研究科(博士課程)単位取得退学。独自の切り口から中国・新興国を論じるニュースサイト「KINBRICKS NOW」を運営。著書に『なぜ、習近平は激怒したのか――人気漫画家が亡命した理由』(祥伝社)。


高口康太(ジャーナリスト、翻訳家)

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