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暴言大炎上でも共和党の「トランプ降ろし」が困難な理由 - 冷泉彰彦 プリンストン発 日本/アメリカ 新時代

ニューズウィーク日本版 2015年12月10日 16時15分

 今週飛び出したドナルド・トランプの「すべてのイスラム教徒のアメリカ入国を拒否すべきだ」というコメントは、与野党一体となっての非難の大合唱に包まれました。

 オバマ政権のアーネスト報道官が「大統領候補の資格なし」と切って捨てたのを筆頭に、民主党サイドだけでなく、ブッシュ前大統領、チェイニー前副大統領、ライアン下院議長などの共和党の大物も口を極めて非難をしています。

 ペンシルベニア州のフィラデルフィアといえばアメリカ建国時の首都であり、来年7月に民主党の党大会が予定されている大都市ですが、同市のマイケル・ナッター市長は「トランプの入市禁止」を宣言。一方で海を渡ったイギリスでも、「トランプ入国禁止措置を求める請願」が盛り上がっています。

 そんなわけで、まともな政治家やジャーナリストの中でトランプを擁護する人間は一人もいなくなっただけでなく、保守・リベラルに関わらず、ほとんどの政治家がトランプを積極的に非難するという事態になっています。

 ですが、その一方で共和党は深刻な苦悩を抱えています。

 それは「トランプ降ろし」が難しいという悩みです。

 トランプの暴走が止まらない中、そのトランプは今でも共和党内の支持率1位というポジションを守っています。来年2月から始まる予備選・党員集会のプロセスをトランプが生き残り、7月に共和党の統一候補となったケースはどうでしょう。その場合は巨大な中間層・無党派層におけるトランプ支持は低いため、おそらくヒラリーになると思われる民主党候補には負けるでしょう。

 それどころか、大統領選と自動的に「同時選挙」となる上院の3分の1、下院の全議席の改選においても、共和党は党としての一体感を持った選挙戦ができずに後退する可能性があります。

 では、今回の発言を「憲法違反」だとして、共和党全国委員会が「トランプは候補として失格」という烙印を押したとします。その場合には「違う爆弾」が炸裂するというのです。それは「トランプが無所属で出馬する」という可能性です。

 この点に関しては、今回の大統領候補レースの初期段階である今年9月の時点ですでに懸念が出ていました。トランプは「予備選で負けても無所属で出るのではないか?」という不安が共和党にはありました。そこで共和党の全国委員会は、トランプに対して「予備選で負けた場合は無所属では出ません」という「宣誓書」を作ってサインさせているのです。

 問題は、その宣誓書の効力です。そもそも憲法で定められた被選挙権を否定する効力は持たないという法解釈もあるのですが、それ以前の問題として例えば現時点で「トランプ失格」を宣言すると、トランプは「予備選で負けていないのに追放された」として堂々と誓約書を無視して無所属で出てくる可能性があるというのです。

 実際トランプは、直近のFOXニュースの番組内で「公正に扱われないようなら無所属で出馬する」可能性を言明し、さらなる炎上を招いています。

 どうして、共和党全国委員会が「トランプの無所属出馬」を警戒しているのかというと、92年大統領選の苦い経験があるからです。このとき、二期目に挑んだ現職のブッシュ(父)は、当時42歳のビル・クリントンに負けたのですが、その原因としては「湾岸戦争と冷戦に勝ったが経済が悪かった」とか「日本の宮中晩餐会で嘔吐して健康不安が出た」というような解説が多いようです。

 ですが、本当の敗因は「保守分裂選挙」にあったというのが多くの歴史家の見方となっています。徹底した歳出圧縮と減税を主張したロス・ペローという富豪が18.9%の票を獲得して、保守票を食ってしまったのです。

 今回の選挙も、仮にトランプが「第三極」として出てくると、似たような結果、つまり92年同様に「クリントン」の勝利が濃厚になってくるわけで、これは共和党にとっては恐怖のシナリオなのです。しかも、トランプはペローと同じ大富豪で、相当額の資金を自分で供給できる人物です。

 それにしても、ここまで「暴言」を続けるトランプにどうして支持が集まるのでしょうか?

 例えば、CNNが9日の朝に「トランプの支持者」を集めて討論をさせていたのですが、その場でのやり取りが参考になると思います。トランプの熱心な支持者8人の討論の中で、キャスターが「共和党のリンジー・グラハム議員」が「トランプ発言を批判」している映像を見せました。

 おそらくはリベラル寄りと思われるキャスターは、「アンタ達保守の権化のような軍事タカ派のグラハム議員もダメと言っている」ことを突きつければ、支持者は「ひるむ」と思っていたようです。ですが、支持者の反応は違いました。1人の女性は興奮して「グラハムとかマケインとか、あるいはブッシュ、チェイニーなんかも全部ダメ。利権団体が後ろにいる腹黒だから」と言い放ったのです。

 政治評論、とりわけ選挙評論の専門家であるNBCのチャック・トッドによると、「トランプは、ブルーカラー保守の大票田を掘り起こして」しまい、彼等は「リーマン・ショック以降の景気低迷の傷が癒えない中で、既成の権威のすべてを疑っている」層だと言うのです。「この人達は、仮にトランプが無所属で出ればついていく」という分析もあります。

 そうは言っても、トランプの発言については「憲法違反」であり「大統領候補失格」だということで、メディアも与野党の政治家も「完全に一致」しつつあります。ということは、このままの状態で共和党の大統領予備選を進行するのもまた、かなり難しい状況となっています。

 とりあえず、来週火曜の15日にCNNと地元ラジオの主催による「共和党候補討論会」がラスベガスで行われます。ここで共和党全国委員会とCNNがトランプの出席を認めるかどうかが注目されます。

 空前の視聴率が見込まれるだけに、CNNとしてはトランプの参加を期待しているかもしれませんが、共和党としては難しい判断になります。もしかするとトランプが先手を打ってボイコットするかもしれません。来週は大統領選にとって年内の大きなヤマ場になると思います。

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