Infoseek 楽天

軽減税率をめぐる、日本とアメリカの常識の違い - 冷泉彰彦 プリンストン発 日本/アメリカ 新時代

ニューズウィーク日本版 2015年12月15日 18時0分

 アメリカの場合、まず消費税というのは国の税金としてはありません。多くの場合は州税で、税率も軽減税率制度も州によって異なります。中には郡や市町村単位での消費税もあり、結果的に消費税制には様々なバリエーションを見ることができます。

 その中には変わった軽減税率もあります。と言いますか、複数税率を適用するのは面倒なので、食料品の関係などは「非課税か課税か」という区分けがされているケースが多く、州によって色々な例があります。(一部、過去の制度を含む)

・「持ち帰りのベーグルは非課税だが、カットしたベーグルは課税」
・「持ち帰りの飲料は課税だが、朝のコーヒーだけは非課税」
・「ドーナツは5つまでは非課税、一度に6つ以上買うと課税」
・「キャンデー類は課税、その一方でダイエット食品は非課税」
・「バナナは非課税、ただし皮をむいたら課税」
・「冷めたピザは非課税、温めたら課税」
・「重さで量り売りのマカロニサラダは非課税、何人前という売り方だと課税」

 ちょっと見ると意味不明ですが、税制というのはその時々の選挙結果や、場合によっては住民投票で「制度が複雑化し、ねじ曲げられる」というのは良くあります。上記のような「一見すると意味不明」な区分けのウラには、各州や各地方自治体の複雑な政治的経緯があるのです。

 ただ、全体を貫く思想は比較的シンプルです。それは「手をかけないと食べられない食材は軽減税率もしくは非課税」とするが、「そのまま食べられることを想定した場合にはフルで課税する」つまり、大ざっぱな言い方をするなら、食材は非課税だが、食事には課税するという考え方です。

 この大原則に関しては、適用している州は多いですし、長い歴史の中で余り大きな議論にはなっていません。その理由としては、調理前の食材に比べて、調理後の食べられる状態の食品は「付加価値があり、その分だけ人件費が上乗せされていて基本的に贅沢だ」という共通理解があります。

 ピザを温めたり、バナナの皮を剥いただけで「課税」になるというのは、それだけ見ればバカバカしい制度に見えますが、原則としては「手がかかっていれば、その分贅沢だ」という考え方に当てはまるということになります。この基本的な原則に関しては、長い年月の経験を重ねた結果として、多くの州で認知されていると言っていいでしょう。

 では、この原則を日本に持ち込んで「軽減税率」の適用範囲に使うことはできないのでしょうか?

 どうも難しいようです。

 まず一般論として、「外食や加工食品は贅沢で、自分で調理するための食材は低付加価値だ」ということが日本の場合は言い難いのです。理由は2つあります。

 日本の場合は単身者家庭が多いことや、廉価な外食があるために「外食や加工食品には付加価値があって、食材より贅沢」ということが当てはまらないのです。

 アメリカの場合は、常識的に考えて「一番安くてお腹を一杯にできる」食事といえば、袋に入った大量生産品のパンを買って、それにジャムやピーナツバターを付けて食べるということになるでしょう。その場合の食材は多くの州で非課税扱いになります。

 一方で、日本の場合は「コンビニおにぎり」が一番安いと思います。廉価なお米を買ってシンプルな炊飯器で炊いたご飯に、一番安い梅干しなり佃煮を入れて、一番安いノリを巻いたとしても、コンビニより高くつくのではないでしょうか。

 食事のイメージとしても、自分で炊いた「炊きたてご飯のおにぎり」は、明らかにコンビニで買うよりも贅沢です。時間的余裕がなければできないし、家族がいるなど一定のロットを確保しないと一食あたりのコストが下がらないなど、社会的な条件を考えても「自炊は贅沢」であり、「コンビニの加工食品は贅沢品ではない」ということが言える社会です。

 その一方で、高級肉や希少な食材など「平均的な外食よりもずっと贅沢な生鮮素材が消費者向けに売られている」という状況もあります。これもアメリカでは一般的には見られない現象です。

 アメリカの場合、スーパーで売られている牛肉は特別に高級な店以外では、一般的にどんなに高くても「1ポンド20ドル前後(100グラム当たり530円見当)」で、もっと高級な肉は通常は外食産業に回ります。ですから、「平均的なステーキハウスで食べるより、いい肉を買ってきて自分の家で焼いたほうが贅沢」という逆転現象は稀です。

 加えて日本の場合は「100グラム3000円の牛肉」でホームパーティをするような富裕層でも、一杯380円の牛丼で一食を済ますような層でも、基本的に納税意識は同じです。つまり誰もが平等に課税を忌避しようとしますから、軽減税率は「逆進性を悪化させる」というような議論に真剣に耳を傾ける人は少ないようです。

 そう考えると、今回の「軽減税率議論」というのは非常に合意形成が難しいように思います。日本の現状を考えると、「一発で制度を固定」するのではなく、導入後に不具合や不公平が顕著となった場合には修正するという、フレキシブルな姿勢でも良いのではないかと思います。

この記事の関連ニュース