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世界2位の経済大国の「隠蔽工作ショー」へようこそ

ニューズウィーク日本版 2015年12月17日 16時2分

「岩山に緑のペンキを塗って緑化と言い張ってみた」

 覚えている人もいるのではないだろうか。2007年、中国は雲南省のトンデモニュースが世界を騒がせた。この「ペンキ緑化」の動機は風水のためだったというが、2010年には陝西省で、地方政府による低コストかつお手軽な「緑化」策として、ペンキで山々が塗りたくられるという事件が起きている。

 この「ペンキ緑化」に勝るとも劣らないトンデモ事件を人民日報が伝えている。2015年12月11日の記事で、次のようなエピソードが紹介されていた。

 ある貧しい農村が上級幹部の視察を迎えることになった。「村は大変豊かになりました」と景気よく出迎えたいと考えた村幹部が思いついたのは、「ビニール袋羊」だった。小学生に白いビニール袋をかぶらせ、山の中腹で寝そべっているように命じた。上級幹部が遠くから山を眺めると、白い羊がいっぱいいるように見えるという寸法だ。

 この記事では他にも、「村人は下水道を敷設して欲しいと訴えたが、下水道を作っても視察に来た上司の目に入らないではないかと一蹴され、代わりにオシャレな広場が作られた」「新農村を建設する際(筆者注:中国では近年、土地の有効利用を図るために農村の住宅地を集約し、余った土地を農地や工業用地に転用する新農村計画が実施されている)、村人は果樹園に近い場所に住みたいと申し出たが、そこでは上司が視察に来ないと不便な場所に家が建てられた。一見するとピカピカの模範住宅だが、住民にとっては不便で仕方がない」といったエピソードが紹介されている。

「メンツ・プロジェクト」と大躍進の大惨事

 ともかくうわべばかりを気にして上司の覚えを良くしようとする地方政府の施策は、中国語で「面子工程」(メンツ・プロジェクト)と呼ばれている。実際に便益があるかないかではなく、メンツを保てるかどうかを基準に資金が投入されているというわけだ。

 私もメンツ・プロジェクトを目にしたことがある。2008年の北京五輪前、中国各地を聖火ランナーが走った。当時、私は天津市に住んでいたが、家のすぐ近くが聖火リレーのルートとなった。ここでメンツ・プロジェクトの登場だ。ルート沿いは徹底的に美化された。建物の壁は塗り直され、エアコンの室外機にはオシャレなカバーがかけられた。ところどころ五輪を歓迎する巨大看板が立てられたが、真の目的は空き地など汚らしいものを隠すことだった。

 聖火リレーのテレビ中継を見ると、驚くほど美しい街並みが映し出されていたが、それはジオラマのように一方向から見た景色に過ぎない。路地を一本入ると以前と変わらぬぼろぼろの街並みが残っている。まさにうわべだけを取りつくろったメンツ・プロジェクトの典型だ。

 こうしたごまかし、取りつくろいは新中国成立以来、脈々と受け継がれてきたもの。その最たるものは大躍進だろう。1958年から1961年にかけて実施された、わずか数年で飛躍的に生産能力を向上させて先進国に追いつこうという壮大な政策である。

 当初、大々的な成果が伝えられたが、その多くはメンツ・プロジェクトに過ぎなかった。他の畑で収穫されたじゃがいもを視察がある畑に前もって埋めておき、記録的な大豊作だと宣伝する。こうした稚拙なごまかしが多発していた。「ペンキ緑化」ならば笑い話ですむが、大躍進の害は笑いごとではない。うわべを取りつくろう一方で実際の生産力は激しく低下し、3000万人以上の死者が出る史上空前の大惨事となった。

温室効果ガス削減でもごまかしが横行するのでは?

 大躍進の被害は空前絶後だが、規模は小さくともメンツ・プロジェクトなどのうわべの取りつくろいは現在も続いている。例えば経済統計だ。正しい経済政策を実施するためには現状の把握が不可欠だが、中国では容易なタスクではない。

 現首相の李克強氏は、遼寧省トップを務めていた2007年に、米国大使相手に「GDP(国内総生産)成長率の統計など信用できません。私は鉄道貨物輸送量、銀行融資残高、電力消費の推移から経済状況を判断しています」と発言している。省のトップでありながら、各種のごまかし、取りつくろいがある統計は信じられないと考えていたわけだ。

 もちろん中国政府も無策ではない。より正確な経済統計を得ようと、さまざまな対策を打ち出している。例えば、企業が中央官庁に直接データを送るシステムだ。これならば地方政府も粉飾できないだろうと考えていたところ、新システム導入からほどなくして、企業のデータ提出前に地方政府が確認し、数値改ざんを指示したという事件が発覚している。

 中国経済は今、転換点を迎えている。ハードランディングを避けつつも、生産能力過剰の解消や地方政府の債務抑制を進めなければならない状況だ。景気刺激と引き締めの微妙なアクセルワークが必要となるだけに正確な状況把握が何よりも肝心だが、政府高官が経済指標を信用できないとあっては、経済運営の難易度はベリーハードと言うしかない。

 世界2位の経済大国となった今、中国のリスクは世界の問題でもある。経済運営の失敗は世界経済に大きな打撃を与えるものとなる。また、先日のCOP21(国連気候変動枠組み条約第21回締約国会議)で中国は温室効果ガス削減の義務を負ったが、削減量を本当に把握できるのか。経済統計同様にごまかしが横行するのではないかと早くも懸念されている。

「中国は新聞記者の天国、統計学者の地獄」という言葉がある。世界を驚かせるようなエピソードが次から次へと出てくる一方で、正確な統計を知ることはきわめて困難だという意味だ。毛沢東の時代からえんえんと続くごまかしと取りつくろい。これをいかに解消するかは中国政府にとっても悩みのタネとなっている。

 中国のリベラル派は、処方箋として「民主メカニズム」の導入を提言している。報道の自由を確保してメディアによる監視を実現すること、不正な官僚を選挙で淘汰すること、法治を確立すること――こうした民主主義的な仕組みで抑止できると考えている。民主化する"べき"というイデオロギーの問題ではなく、経済的な側面から中国は民主主義を必要としているのかもしれない。

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[執筆者]
高口康太
ジャーナリスト、翻訳家。1976年生まれ。千葉大学人文社会科学研究科(博士課程)単位取得退学。独自の切り口から中国・新興国を論じるニュースサイト「KINBRICKS NOW」を運営。著書に『なぜ、習近平は激怒したのか――人気漫画家が亡命した理由』(祥伝社)。


高口康太(ジャーナリスト、翻訳家)

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