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深セン土砂崩れ遠因、党と政府側の責任者は?――浮かび上がった不正の正体

ニューズウィーク日本版 2015年12月23日 15時3分

 20日に起きた土砂崩れの企業側責任者に関しては昨日のコラムで書いたが、それなら事態発生の遠因に関して責任がある政府側あるいは党側の人物は誰なのか? 浮かび上がったのは江沢民派の元深セン市書記・王栄らだ。

企業側の詳細な動きから見えてくるもの

 昨日のコラム「深セン土砂崩れの裏に緑威公司と地方政府の利権構造」で書いたように、土砂を採石場に堆積させてきた企業は「深セン市緑威物業管理有限公司」(以下、緑威公司)で、緑威公司は、その経営権を政府に無断で「深セン市益相龍投資発展有限公司」(以下、益相龍公司)に売り渡していた。

 その間の詳細な動きを見ることによって、当時の政府側、特に市のトップである中国共産党委員会書記の誰と関係しており、誰に主たる責任があるのかを分析してみよう。

 データは主として、今年12月22日付の中国政府の通信社「新華社」深センのウェブサイト「新華網‐新華視点」に基づく(この記事の内容は、2015年12月23日午前0時22分まではあったなが、23日午前6時41分に再度アクセスしたときには削除されていた!)。

 22日0時22分までに得た情報には以下のことが書いてあった。

1.2013年8月7日、緑威公司が土砂処理に関する経営権を深セン政府から落札した。

2.2013年7月23日、緑威公司と益相龍公司は土砂処理経営権に関して水面下で提携し、「合作協議」の文書に署名していた。

3. つまり、形の上では緑威公司が落札しながら、落札前にすでに経営権を益相龍公司に、こっそり譲渡していたことになる。(筆者注:その理由として、一つには経営権を売ることによって緑威公司がさらに利益を得るということと、もう一つには実は緑威公司には土砂などの廃棄物処理業務に関する資格がなく、「物業」という「ビルなどのメンテナンス」に関する営業資格しか持ってないことが考えられる。益相龍公司は廃棄物処理に関する営業資格を持っている。)

4.これは、「益相龍公司は落札結果が出る前から、このプロジェクトは必ず緑威公司が落札するということを知っていた」ことの証拠となり得る。

 これこそまさに、中国全土で花盛りである「腐敗の構造」で、どこに落札するかは、政府側あるいは党側責任者のポケットに入る金額で決まっており、ここ深セン市では、必ず緑威公司と最初から決まっているのだ。

 昨日のコラムに書いた「環球網」の報道にある通り、「毎日経済新聞」の記者が突き止めたところによれば、他の個所でも深セン市内のプロジェクトであるならば、必ず緑威公司が落札している。たとえば:

●2013年9月:深セン市宝安区新安街道財政管理所管轄下の宝民小学物業管理と非教学時の安全監理サービスに関するプロジェクトに緑威公司が99.1万元(約1883万円)で落札。

●2014年1月:深セン市宝安区福永街道塘尾万里学校の物業管理と、鳳凰小学校の物業管理などを、緑威公司が77.5万元で落札。

●2014年12月:深セン市宝安区新安街道財政管理所および福永街道事務局が申請した
学校物業管理などに関するプロジェクトを落札。

 ......などなどだ。

「新華網」深センはさらに、今般の土砂処理の工事は、2015年2月21日が期限だったことを突き止めている。それ以上延期して土砂を投棄すると許容限度を超えて危険が生じるため、期限が切ってあったというのだ。しかし、期限を10カ月以上も越えて土砂を捨て続けたのは、落札した経営権を他の企業に譲渡していたため責任の所在が不明確になっていたのと、政府側に「不正を受け容れる相手」がいたからということ以外の何ものでもない。

 10カ月延期したことによって儲けた金額は7500万元(約14億2500万円)という。

深セン市の最高責任者は誰だったのか?

 それなら、この時期の深セン市政府あるいは(および)中国共産党深セン市委員会の責任者(市長and/or党書記)は誰だったのか、ということに問題は絞られていく。

 それを考察するために、今般の土砂処理の経営権を緑威公司が落札した2013年8月のころの市長や書記が誰だったのか、何か不審な動きが見れらないかを調べてみた。

 その結果、浮かび上がってきたのは王栄という書記だ。

 王栄は1958年に江蘇省に生まれ、江蘇省無錫市や蘇州市などで中国共産党委員会の書記や市長などを務めたあと、2009年に深セン市の市長代理を兼ねながら、2010年に深セン市の中国共産党委員会書記に昇進している。

 江沢民も江蘇省の生まれで、何かと江蘇省の人間を自分の味方につけようとしていた。(一部では王栄は江沢民の妻と親戚関係にあるという噂もあるが、その真偽は別として、江沢民の息がかかっていることだけは確かだ。)

 突然(広東省)深セン市の書記になった王栄は、当時の広東省の書記・汪洋にことごとく楯突き、身分が遥か上の汪洋と公の場で言い争ったこともあるほどだ。汪洋は江沢民とは犬猿の仲であった胡錦濤の腹心で、共青団派である。

 王栄は2015年2月9日に深セン市書記の地位を離任し、広東省政治協商会議の委員に異動となった。このとき中国内外の中文メディアは「ついに王栄が捕まる」「中央紀律検査委員会の調査を受けることになった」などと噂をしたが、王栄は結局政治協商会議の副主席に選ばれた。政治協商会議というのは名ばかりの閑職で、実権は持っていないから、「市」から「省」へと昇格したように見えるが、実際上は降格ということになる。

 おまけに深セン市書記から離れた時期が、どうも怪しすぎる。なぜなら2015年2月は、まさに今般土砂崩れを起こした土砂堆積場の許容量がオーバーし、土砂運搬期限が切れてしまった時期と一致している。2010年から汪洋が国務院副総理として広東省から去る2013年3月の期間における王栄の行動と、2013年7月以降の緑威公司の異常なまでの「落札ぶり」を知っている周辺の者が、「逃げた」というイメージを持ってもおかしくない。

 深セン市の市長に関して言うならば、2010年6月からは許勤という人物が市長になっているが、彼は専ら北京中央で科学畑や国家発展委員会におけるハイテク担当などに従事した学究肌の人間である。また2015年2月という分岐点となる時期に奇怪な移動をしていない。

 もちろん、深セン市における「非科学的土砂堆積」という現象に対して、責任がないわけではないだろう。ただ、書記はその行政区分の最高決定権を持つトップで、市長はその下の身分なので(共産党委員会が上)、王栄が利害関係を握っていれば、誰も手出しはできない。

今年1月に「環境報告書」が危険を警告

 実は2015年1月12日に「建設項目環境影響報告表」というものが出されていたことを「法制晩報」が深セン市光明新区政府のウェブサイトで見つけた。その環境報告書は、今般の事故があった土砂堆積場に関して、土砂崩れの危険性があることを警告している。

 これに対して深セン市の城管(都市管理)部門が今年5月に視察を行い、「問題あり」としている。さらに7月には、現場の経営権を持ち責任があるはずの緑威公司と、実際に土砂を運搬している会社が異なることに気がついた。そこで9月に、これ以上土砂をここに放棄しないように命じた。

 にもかかわらず、土砂は崩壊の前日まで放棄され続け、堆積量は膨れ上がる一方だったという。

 そこで実は前出の「新華社」深センのウェブサイト「新華網‐新華視点」には、この後、城管部門や不動産部門の責任者を取材した記録が載っていたのだが、23日朝6時40分に再度アクセスしたときには、検閲により削除されており、「この記事は時期が過ぎています」という表示があるのみだった。この記事を転載した中国共産党機関紙「人民網」やsohuなどのページも数多くあるが、すべて一斉に内容が削除されている。

 どうも、新華網にしては、ずいぶんと勇気のある真実を書くものだと感心していたのだが、まさか「新華網-深セン」の記事が削除されるとは思わなかった筆者の判断が甘かった。ダウンロードしてから作業すべきだった。この記事は、「新華網-新華視点」の某記者が追跡したスクープだったのだが、ただこの後に書いてあった基本的な情報は、どの部門に行っても「たらい回し」にされただけで、ノラリクラリと回答を交わしているというものである。そして一か所だけダウンロードしておいたのだが、2015年7月に緑威公司が、光明新区の城管局に「期限を過ぎているので、これ以上の土砂運搬をしないようにしてくれ」と要求したとあった。

 当該記事の最後の言葉が、「この事故は事件であり、背後にはもっと深い鍵が潜んでいる」と書いてあったのは確かだ。

 そこで筆者は、その「深い鍵」の追跡を重んじて、先に王栄の考察をしている内に体力の限界にきてパソコンを閉じてしまったのが迂闊だった。申し訳ない。

 現時点で関係企業の責任者はすでに拘束されているので、いずれ王栄への調査が始まることだろう。

 なお、王栄のあとに就いた深セン市の書記・馬興瑞は、習近平国家主席と李克強国務院総理から現場の陣頭指揮に当たれと直接指示を出されており、「政界の新星」と呼ばれている人物なので、王栄後の責任はまぬかれないとしても、主たる責任は王栄に行くものと思われる。特に馬興瑞は習近平の妻の友人で、石油閥の腐敗問題に関して厳しい態度に出ているので、「安全」だろうと判断される。


[執筆者]
遠藤 誉

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。東京福祉大学国際交流センター長、筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会科学研究所客員研究員・教授などを歴任。『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など著書多数。近著に『毛沢東 日本軍と共謀した男』(新潮新書)

※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。

遠藤誉(東京福祉大学国際交流センター長)

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