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人権派弁護士の「RTが多いから有罪」判決が意味するもの

ニューズウィーク日本版 2015年12月25日 20時10分

 2015年12月22日、北京市第2中級人民法院は、人権派弁護士の浦志強氏に対し、懲役3年執行猶予3年の判決を言い渡した。人権派弁護士や活動家に対する裁判で執行猶予がつくことはきわめて稀で、異例の判決とも言える。

内側から中国を変える――浦志強の歩み

 浦志強氏は1965年生まれの50歳。天津市の南開大学歴史学部を卒業後、1989年の民主化運動に身を投じ、ハンガーストライキを行った。その後、1995年に弁護士資格を取得。政府や官僚を相手取った裁判を数々手がけ、中国を代表する人権派弁護士として知られるようになる。2008年には本誌の特集『中国を変える47人』(8月6日号)の一人に選ばれている。

 その活動は実際に「中国を変えた」と言っても過言ではない。中国共産党は2013年12月に「労働教養制度」の廃止を決定した。この制度はもともと1950年代に反革命分子の粛清のためにもうけられたもので、対象者を施設に送り込み強制労働を科すものだった。

 実質的な懲役刑だが、裁判にかけることなく、すなわち対象者に反論の機会を与えることなく罰することができるという点が異なる。かくして地方政府が不都合な人物を長期にわたり拘束するための便利な手段として乱用されるようになった。

 この労働教養制度は2013年に廃止されたのだが、長年にわたり制度の違憲性を唱えてきたのが浦志強氏だった。司法手続きを経ずして人身の自由を奪うのは違憲だというのがその主張だ。中華人民共和国の現行憲法、法律が不十分なものであったとしても、正しく活用することで社会を良い方向に変えることができる。現実とかけ離れた空想ではなく、地に足の着いた改革を摸索するという意味で、浦志強氏のアプローチはきわめて強い力を持っていた。

 浦志強氏は労働教養制度に続き、「双規」の廃止にも取り組んでいた。「双規」とは中国共産党党紀に基づく処罰で、共産党員に対する拘束、取り調べを意味する。汚職官僚摘発において多用され、拉致されるかのごとく拘束され、拷問をかけられた党員も少なくない。労働教養制度同様、司法手続きを経ない身柄拘束は違憲だというのが浦志強氏の主張だった。

 この「双規」廃止の主張は、共産党員の人権問題を越えた射程を持っていた。現在の中国は中国共産党と中華人民共和国、すなわち党と国家による二重支配体制となっている。例えば北京市ならば、党のリーダーである書記と国家のリーダーである市長とが並立する関係にある。

 党の指導が国家よりも優先されるのが現状だ。取り調べにおいても、司法機関の捜査よりも党紀律部門による「双規」が優先権を持つ。浦志強氏による「双規」廃止の主張は、中国の根本的問題である二重支配体制の正当性、合憲性を問うものであったと言えるだろう。

リツイートの多さが「罪」になる

 2014年5月、浦志強氏は当局に拘束される。天安門事件25周年を回顧する内輪の勉強会に出席したことがきっかけとなった。もっとも具体的にどのような罪に問えるのか、捜査当局も苦慮したようで、当初容疑とされていた国家分裂煽動罪や個人情報の不正取得の容疑は取り下げられている。

 最終的に罪状とされたのはSNSでの書き込みだ。


「2012年1月から2014年5月にかけ、被告人・浦志強は複数の新浪微博アカウントを用いて、8回にわたり、民族対立や民族の憎しみを煽るつぶやきを書き込んだ。つぶやきは合計で2500回以上のリツイート、1300あまりのコメントを集め、ネットユーザーの民族対立感情を引き起こした。

また2011年から被告人は複数のアカウントで、注目の社会的事件について、侮辱的なつぶやきを書き込んだ。関連するつぶやきは900回あまりのリツイート、500あまりのコメントを集めた。大量の侮辱的なつぶやき、ネガティブな言論を引き起こし、社会に悪影響を与えた」(新華網、2015年12月22日。一部抜粋)


 裁判所は以上のように認定し、「民族の憎しみを煽った罪」「挑発騒動罪」で懲役3年執行猶予3年の判決を言い渡したのである。浦志強氏は控訴の意志がないことを示し、即日解放された。また有罪判決を受けたことで弁護士資格を喪失している。

 民族の憎しみを煽ったといっても、つぶやきの中身自体はたいしたことはない。


「チベット自治区の寺院は「九有」を徹底しなければならないという。毛沢東、江沢民、胡錦濤など指導者の肖像画を掲げ、(新疆ウイグル自治区の)伊寧ではムスリムがひげをはやしたり、ベールをかぶったりすることが禁じられた。(少数民族は)一連の政策によって傷ついている。宗教意識を弱めるなどというが、漢人の頭(あたま)は狂ってしまったのか。いや、漢人の頭(かしら)が狂っているのか」


 というような内容だ。通常ならば、つぶやきが削除されるだけで終わる話だが、判決文にあるようにリツイート回数、コメント数の多さが有罪判決のカギとされた。

 中国法の研究者である高橋孝治氏によると、「何をやったか」よりも「社会にどれほどの影響を与えたか」で罪が図られるのが社会主義法の特徴だという。2013年の最高人民法院及び最高人民検察の通達では「ネットに誹謗中傷を書き込みし、500回のリツイートを集めた場合には懲役3年」とのガイドラインが示されている。

 中国は厳しい言論統制がしかれている国ではあるが、デモやストライキなどの直接行動を呼びかける書き込みはただちに摘発される一方で、政府批判や風刺はある程度許容する傾向があった。浦志強氏をはじめとする人権派弁護士、活動家はそうした「一線」を熟知し、ネットを利用して人々の注目と支持を集め、政府に対する圧力としてきた。

 この状況が変わったのは習近平体制以降となる。今年7月にも200人以上の人権派弁護士、活動家が拘束され、一部が罪に問われる「暗黒の金曜日」事件が起きたが、これもネットの書き込みが問題視された結果だ。

 人権派弁護士や活動家に対する裁判で執行猶予がつくことはきわめて稀で、浦志強氏が解放されたことは喜ばしい。浦氏の裁判は世界的な注目を集めてきただけに、中国政府も配慮したものと見られる。しかしその一方で大きな問題も残された。人権派弁護士のつぶやきがリツイート数の多寡で有罪になるとの判例が出たことで、ネットを利用して政府に圧力をかける手法は有効性を失ったのではないか。

 中華人民共和国の法律に従い、内側からの改革を目指す浦志強氏らの試みは、本来は政権にとっても歓迎するべきものであったはずだ。きわめて迂遠で可能性が低いものであったにせよ、合法的な手段による問題解決や改革のルートが残されていたことは、体制を批判する人々にとって貴重な希望となってきた。

 そのルートが閉ざされれば、あきらめる人もでるだろうが、非合法の活動へと転換する人もでるだろう。この意味において、浦志強氏の裁判はきわめて重大な意味を持っている。

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[執筆者]
高口康太
ジャーナリスト、翻訳家。1976年生まれ。千葉大学人文社会科学研究科(博士課程)単位取得退学。独自の切り口から中国・新興国を論じるニュースサイト「KINBRICKS NOW」を運営。著書に『なぜ、習近平は激怒したのか――人気漫画家が亡命した理由』(祥伝社)。

高口康太(ジャーナリスト、翻訳家)

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