今、新しいタイプのアメリカ留学ブームが起きていると、本誌ウェブコラム「プリンストン発 日本/アメリカ 新時代」でお馴染みの在米ジャーナリスト、冷泉彰彦氏は言う。グローバル化の潮流を背景に、日本の優秀な高校生が「アイビーリーグ」の8校をはじめとするアメリカの一流大学を志望する、全く新しい動きが起こっているのだ。
実は冷泉氏は、1997年以来、ニュージャージー州にあるプリンストン日本語学校高等部で進路指導にあたってきた。プリンストンやコロンビア、カーネギー・メロンなど多くの名門大学に高校生を送り出してきた経験をもとに、『アイビーリーグの入り方――アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)を上梓した冷泉氏。アメリカの高等教育の仕組みから、秘密のベールに包まれた「アイビーリーグ入試」の実態、厳選した名門大学30校のデータまでを1冊にまとめている。
アメリカの各大学では「アドミッション・オフィス(Admission Office=入試事務室)」という組織が入試の実務を担っている。日本の「AO入試」は簡易型の選考というイメージが出来上がってしまっているが、それとは全く違い、AOは高度な専門職だと冷泉氏は説明する。
これまで3回、本書の「Chapter 1 志望校をどうやって選ぶのか?」から一部を抜粋したが、それに続き「Chapter 3 入試事務室は何を考えているのか?」から一部を抜粋し、3回に分けて掲載する。アメリカの大学では、どんな学生が求められているのだろうか。
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『アイビーリーグの入り方
――アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』
冷泉彰彦 著
CCCメディアハウス
※第1回:これまでと違う「アメリカ留学ブーム」が始まっている はこちら
※第2回:アイビーに比肩する名門のリベラルアーツ・カレッジがある はこちら
※第3回:アメリカの女子大には「上昇志向の強い」女性が集まる はこちら
※第4回:米大学がいちばん欲しいのは「専攻が決まっている学生」 はこちら
※第5回:教職員や卒業生の子供が「合格しやすい」のは本当? はこちら
◇ ◇ ◇
期待される学生像「多様な人材を世界中から」
アメリカの名門私立大学、特にアイビーリーグ加盟校に関しては、「入学させる学生の多様化」を進めた歴史というのは、実は比較的浅いのです。
例えば女子学生の入学許可に関しては、1970年代まで認められていませんでした(創立直後から共学であったコーネルを除く)。それまでは、例えばハーバードはラドクリフ・カレッジ、コロンビアはバーナード・カレッジという文字通り「姉妹校」である女子大学を併設していて女子学生は「そちらへ」という時代が長く続いていたのです。
ちなみに、70年代に一気に「男女共学(Co-Ed コ・エド)」が実現すると、ラドクリフ・カレッジはハーバードに合併されて、ラドクリフに入学した学生も卒業する時にはハーバードの学士号を得ていきました。
皇太子妃の雅子妃殿下はちょうどその年代に当たりますが、雅子妃より年長であるキャロライン・ケネディ駐日米国大使はラドクリフの卒業生です。一方のバーナード・カレッジは現在でも、コロンビアの姉妹校である名門女子大学としてニューヨークの教育界に大きな存在感を持っています。
そうした「共学化」がされる前のアイビーというのは、白人の男子学生が圧倒的な多数を占める文字通りの「お坊ちゃん学校」でした。彼らの多くは代々がその大学の卒業生という「レガシー枠」でありましたし、各大学に併設された「プレップスクール(Prep School)」という私立進学校から「エスカレーター式」に進学してきた学生も多かったのです。
もちろん、そうした「前世紀のアイビー」も教育内容に関しては一流を目指していましたし、事実そうした中からアメリカを背負うリーダーや、優秀な学者たちは育っています。ですが、それもこれも、白人男性優位という時代の枠組みの中でのことでした。
1970年代以降のアメリカの大学は段階を追って多様な人材を集めていくようになりました。まず、女性の問題があります。70年代から80年代にかけてが「男女共学」の体制の確立期であったとすると、90年代から2000年代は完成期であったと言えます。
現在は、一部の理系専門の大学を除いて、公立大学のほとんどすべてに加えて、アイビーをはじめとする名門私立大学に至るまで、合格者数から最終入学者数に至るまで「ほぼ男女同数」になるというところまで来ています。
この問題に関して言えば、例えばハーバードでは元合衆国連邦財務長官(日本の財務大臣+金融大臣に相当)を務めたローレンス・サマーズ氏が学長を務めていたのですが、サマーズ氏は何を考えたのか「理系の技術者にはやはり女性は不向きだ」などという「大失言」をやらかして、学長のイスを追われています。
サマーズ氏は、この「前科」が後々まで尾を引いて、2013年にはベン・バーナンキ氏の後継としてFRB 議長(連銀総裁)にあと一歩というところで、ジャネット・イエレン氏という女性候補にその座を奪われています。
このサマーズ氏とハーバードが「もたついて」いる間に、全米、全世界から優秀な理系の女子学生を集めていたのがプリンストンです。プリンストンは女性学長のリーダーシップの下で、単に女子学生の入学を5割に持っていくだけでなく、理系の各学科における男女比をほぼ50%に持っていくことに努力をして、現在では優秀な女性の理系研究者の教育機関として評価を高めているのです。
現在では、まだ男子学生がやや多いMIT、カルテック、ジョージア工科大学などの一流理系大学も必死になって「優秀な理系女子」を集めようとしています。
期待される学生像「とにかく凄い学生」
こうした要素に加えて、アメリカの特に名門大学が目を皿のようにして探しているのが「とにかく凄(すご)い学生」という概念です。
伝統の維持とか破壊とか、あるいは秀才だとか天才だというようなカテゴリとはまた別に、「非凡な人材」を確保しようというのです。
学力だけでなくスポーツや音楽の活動を重視するというのは、本章で述べてきたように「マルチタスク処理能力」を見るためですが、それに加えてスポーツや音楽などの活動を通じて「非凡な世界を経験した非凡な人材」を迎え入れたいという意志があるのです。
ハーバードはこうした「非凡な人材」を入学させることで有名です。
例えば、すでに芸能や芸術の世界で活躍しているトップクラスの人材として、女優のナタリー・ポートマン、バイオリニストの五嶋龍といった例が挙げられます。芸能とか音楽と言っても、高校の演劇部やオーケストラで活躍したというレベルではないわけです。
では、この2人の場合は、それぞれ演劇や音楽が専攻であったかというとそうではなく、ポートマンは心理学を、五嶋の場合は物理学を専攻しています。これは、すでに有名人である人間を入学させることで大学のイメージの向上を図ろうというのではなく、このような「非凡な人材」を入学させることで、研究や教育のコミュニティとしても「非凡」であること、そうした大学としての強みを維持していこうということと理解できます。
こうした戦略を取っているのは、何もハーバードだけではありません。例えば、コロンビア大学が歌手のアリシア・キーズや宇多田ヒカルを入学させたのも、少し以前になりますが、イェールが女優のジョディ・フォスターを入学させたのも同じことです。
イェールと言えば、2002年のソルトレイクシティ五輪で、女子フィギュアスケートで金メダルを取ったアメリカのサラ・ヒューズが、その後はスケートから引退してイェール大学に進学しています。彼女の場合は、履歴書のスポーツ活動の欄に「オリンピックでの金メダル」ということを書いて合格したわけです。ちなみに、専攻はアメリカ政治だそうです。
こうした「非凡」だとか「凄い学生」という点では、何も「超一流」だけが評価されるのではありません。反対に、大変な逆境の中から出てきた才能というのも重視されます。例えば、2012年にハーバードは「ホームレス高校生」を入学させたということで話題になりました。
この年に合格したノースカロライナ州出身のドーン・ロギンスさんという受験生は、貧困とドラッグ中毒に囲まれて育ち、父親からも母親からも遺棄された文字通りの「ホームレス高校生」でした。
高校に進学した時点では、不登校が目立ち、学校は彼女をドロップアウト(中退)候補とみなしていたそうですが、「バイオ(生物)を極める中で何か新しい発見に関わっていきたい」という夢を持っていた彼女は、高校から「生徒と用務員としての二重在籍」を認めるという特例を受けて、放課後は校舎の掃除をして生活費を得て、勉強に打ち込んだのだそうです。
ハーバード入学後のロギンスさんは、ハーバードではフェイスブック創業者のマーク・ザッカーバーグが暮らしていた寮に入り、優秀な成績で学生生活のスタートを切ったと言います。
この他にもハーバードは、同じ年にオハイオ州クリーブランド出身のホームレス高校生を入学させていますし、2000年に入学して、同大学卒業後に心理カウンセリングの会社を立ち上げているニューヨーク出身のリズ・マレー氏も有名です。彼女に関しては、都市型の退廃した生活に陥った両親からネグレクトを受ける中で、15歳の時に母親がエイズで死亡、父親はホームレスの救護所に入ってしまって、自分は遺棄されているのです。
こうした経験を踏み台に、マレー氏は自身の半生を『ブレイキング・ナイト』(邦訳・阪急コミュニケーションズ)という書籍にまとめ、現在は同様のケースに陥った人々を救済する活動をしています。こうしたホームレス高校生をハーバードが入学させるのは、そこにあるキャラクターの強さという資質、つまり「凄い学生」であることを評価するからだと言えます。
実は冷泉氏は、1997年以来、ニュージャージー州にあるプリンストン日本語学校高等部で進路指導にあたってきた。プリンストンやコロンビア、カーネギー・メロンなど多くの名門大学に高校生を送り出してきた経験をもとに、『アイビーリーグの入り方――アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)を上梓した冷泉氏。アメリカの高等教育の仕組みから、秘密のベールに包まれた「アイビーリーグ入試」の実態、厳選した名門大学30校のデータまでを1冊にまとめている。
アメリカの各大学では「アドミッション・オフィス(Admission Office=入試事務室)」という組織が入試の実務を担っている。日本の「AO入試」は簡易型の選考というイメージが出来上がってしまっているが、それとは全く違い、AOは高度な専門職だと冷泉氏は説明する。
これまで3回、本書の「Chapter 1 志望校をどうやって選ぶのか?」から一部を抜粋したが、それに続き「Chapter 3 入試事務室は何を考えているのか?」から一部を抜粋し、3回に分けて掲載する。アメリカの大学では、どんな学生が求められているのだろうか。
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――アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』
冷泉彰彦 著
CCCメディアハウス
※第1回:これまでと違う「アメリカ留学ブーム」が始まっている はこちら
※第2回:アイビーに比肩する名門のリベラルアーツ・カレッジがある はこちら
※第3回:アメリカの女子大には「上昇志向の強い」女性が集まる はこちら
※第4回:米大学がいちばん欲しいのは「専攻が決まっている学生」 はこちら
※第5回:教職員や卒業生の子供が「合格しやすい」のは本当? はこちら
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期待される学生像「多様な人材を世界中から」
アメリカの名門私立大学、特にアイビーリーグ加盟校に関しては、「入学させる学生の多様化」を進めた歴史というのは、実は比較的浅いのです。
例えば女子学生の入学許可に関しては、1970年代まで認められていませんでした(創立直後から共学であったコーネルを除く)。それまでは、例えばハーバードはラドクリフ・カレッジ、コロンビアはバーナード・カレッジという文字通り「姉妹校」である女子大学を併設していて女子学生は「そちらへ」という時代が長く続いていたのです。
ちなみに、70年代に一気に「男女共学(Co-Ed コ・エド)」が実現すると、ラドクリフ・カレッジはハーバードに合併されて、ラドクリフに入学した学生も卒業する時にはハーバードの学士号を得ていきました。
皇太子妃の雅子妃殿下はちょうどその年代に当たりますが、雅子妃より年長であるキャロライン・ケネディ駐日米国大使はラドクリフの卒業生です。一方のバーナード・カレッジは現在でも、コロンビアの姉妹校である名門女子大学としてニューヨークの教育界に大きな存在感を持っています。
そうした「共学化」がされる前のアイビーというのは、白人の男子学生が圧倒的な多数を占める文字通りの「お坊ちゃん学校」でした。彼らの多くは代々がその大学の卒業生という「レガシー枠」でありましたし、各大学に併設された「プレップスクール(Prep School)」という私立進学校から「エスカレーター式」に進学してきた学生も多かったのです。
もちろん、そうした「前世紀のアイビー」も教育内容に関しては一流を目指していましたし、事実そうした中からアメリカを背負うリーダーや、優秀な学者たちは育っています。ですが、それもこれも、白人男性優位という時代の枠組みの中でのことでした。
1970年代以降のアメリカの大学は段階を追って多様な人材を集めていくようになりました。まず、女性の問題があります。70年代から80年代にかけてが「男女共学」の体制の確立期であったとすると、90年代から2000年代は完成期であったと言えます。
現在は、一部の理系専門の大学を除いて、公立大学のほとんどすべてに加えて、アイビーをはじめとする名門私立大学に至るまで、合格者数から最終入学者数に至るまで「ほぼ男女同数」になるというところまで来ています。
この問題に関して言えば、例えばハーバードでは元合衆国連邦財務長官(日本の財務大臣+金融大臣に相当)を務めたローレンス・サマーズ氏が学長を務めていたのですが、サマーズ氏は何を考えたのか「理系の技術者にはやはり女性は不向きだ」などという「大失言」をやらかして、学長のイスを追われています。
サマーズ氏は、この「前科」が後々まで尾を引いて、2013年にはベン・バーナンキ氏の後継としてFRB 議長(連銀総裁)にあと一歩というところで、ジャネット・イエレン氏という女性候補にその座を奪われています。
このサマーズ氏とハーバードが「もたついて」いる間に、全米、全世界から優秀な理系の女子学生を集めていたのがプリンストンです。プリンストンは女性学長のリーダーシップの下で、単に女子学生の入学を5割に持っていくだけでなく、理系の各学科における男女比をほぼ50%に持っていくことに努力をして、現在では優秀な女性の理系研究者の教育機関として評価を高めているのです。
現在では、まだ男子学生がやや多いMIT、カルテック、ジョージア工科大学などの一流理系大学も必死になって「優秀な理系女子」を集めようとしています。
期待される学生像「とにかく凄い学生」
こうした要素に加えて、アメリカの特に名門大学が目を皿のようにして探しているのが「とにかく凄(すご)い学生」という概念です。
伝統の維持とか破壊とか、あるいは秀才だとか天才だというようなカテゴリとはまた別に、「非凡な人材」を確保しようというのです。
学力だけでなくスポーツや音楽の活動を重視するというのは、本章で述べてきたように「マルチタスク処理能力」を見るためですが、それに加えてスポーツや音楽などの活動を通じて「非凡な世界を経験した非凡な人材」を迎え入れたいという意志があるのです。
ハーバードはこうした「非凡な人材」を入学させることで有名です。
例えば、すでに芸能や芸術の世界で活躍しているトップクラスの人材として、女優のナタリー・ポートマン、バイオリニストの五嶋龍といった例が挙げられます。芸能とか音楽と言っても、高校の演劇部やオーケストラで活躍したというレベルではないわけです。
では、この2人の場合は、それぞれ演劇や音楽が専攻であったかというとそうではなく、ポートマンは心理学を、五嶋の場合は物理学を専攻しています。これは、すでに有名人である人間を入学させることで大学のイメージの向上を図ろうというのではなく、このような「非凡な人材」を入学させることで、研究や教育のコミュニティとしても「非凡」であること、そうした大学としての強みを維持していこうということと理解できます。
こうした戦略を取っているのは、何もハーバードだけではありません。例えば、コロンビア大学が歌手のアリシア・キーズや宇多田ヒカルを入学させたのも、少し以前になりますが、イェールが女優のジョディ・フォスターを入学させたのも同じことです。
イェールと言えば、2002年のソルトレイクシティ五輪で、女子フィギュアスケートで金メダルを取ったアメリカのサラ・ヒューズが、その後はスケートから引退してイェール大学に進学しています。彼女の場合は、履歴書のスポーツ活動の欄に「オリンピックでの金メダル」ということを書いて合格したわけです。ちなみに、専攻はアメリカ政治だそうです。
こうした「非凡」だとか「凄い学生」という点では、何も「超一流」だけが評価されるのではありません。反対に、大変な逆境の中から出てきた才能というのも重視されます。例えば、2012年にハーバードは「ホームレス高校生」を入学させたということで話題になりました。
この年に合格したノースカロライナ州出身のドーン・ロギンスさんという受験生は、貧困とドラッグ中毒に囲まれて育ち、父親からも母親からも遺棄された文字通りの「ホームレス高校生」でした。
高校に進学した時点では、不登校が目立ち、学校は彼女をドロップアウト(中退)候補とみなしていたそうですが、「バイオ(生物)を極める中で何か新しい発見に関わっていきたい」という夢を持っていた彼女は、高校から「生徒と用務員としての二重在籍」を認めるという特例を受けて、放課後は校舎の掃除をして生活費を得て、勉強に打ち込んだのだそうです。
ハーバード入学後のロギンスさんは、ハーバードではフェイスブック創業者のマーク・ザッカーバーグが暮らしていた寮に入り、優秀な成績で学生生活のスタートを切ったと言います。
この他にもハーバードは、同じ年にオハイオ州クリーブランド出身のホームレス高校生を入学させていますし、2000年に入学して、同大学卒業後に心理カウンセリングの会社を立ち上げているニューヨーク出身のリズ・マレー氏も有名です。彼女に関しては、都市型の退廃した生活に陥った両親からネグレクトを受ける中で、15歳の時に母親がエイズで死亡、父親はホームレスの救護所に入ってしまって、自分は遺棄されているのです。
こうした経験を踏み台に、マレー氏は自身の半生を『ブレイキング・ナイト』(邦訳・阪急コミュニケーションズ)という書籍にまとめ、現在は同様のケースに陥った人々を救済する活動をしています。こうしたホームレス高校生をハーバードが入学させるのは、そこにあるキャラクターの強さという資質、つまり「凄い学生」であることを評価するからだと言えます。