9月のある日、アニマルレスキューのチームに救出されたジャーマンシェパードのノアが運ばれてきたとき、VERGI動物救急病院(ヒューストン)のセーラ・デューハースト獣医師は「身の毛がよだった」と言う。
飼い主の虐待と放棄の結果、右前足の毛皮と肉球がなくなり、骨と化膿した組織が剝き出しになっていた。「肩から切断するしかないと思った」。脚に重傷を負った犬の標準的な治療法だ。
しかしそのとき、同僚からビル・ビックリーの取り組みを教えられた。ビックリーがヒューストンに設立したペット・アーティフィシャル・リムズ・アンド・サポーツ社(PALS)では、動物のための義肢・装具を作っているというのだ。
動物用の義肢・装具は、21世紀に入って生まれた新しい分野。10年余り人間用の義肢・装具を作ってきたビックリーが動物用義肢・装具の存在を知ったのは、わずか3年前だ。
動物用義肢・装具にはまだ改善の余地があると、ビックリーは感じた。ほとんどの場合、「弾むことや自然な動きをすることができないので、大きな負担が掛かっていた」のだ。
研究の末、彼はカーボンファイバー(炭素繊維)を使うことを思い付いた。頑丈で柔軟性に優れたカーボンファイバーは、下肢切断者の陸上競技用義足で使用される素材だ。
カーボンファイバーの入手には苦労した。最初に電話した5社には、「笑いものにされたり、もっと大きな業者としか取引しないと言われたりした」と言う。
それでも、デボテック社が協力してくれることになった。オリンピック競技で用いるボブスレーや軍用機、さらにはランボルギーニの自動車などに素材を提供してきた企業だ。「私は犬を3頭飼っていて、動物が好きなんだ」と、創業者のハンス・デボットは振り返る。
ビックリーとデボットは試作を繰り返し、やがてあるアイデアに到達した。犬の体の大きさに応じて義足の接地部分の反発力を変えるべきだと気付いたのだ。また、後肢の義足は上部を比較的硬くし、下部には柔軟性を持たせるようにした。さらに、着地の衝撃を和らげるためにシリコンゲルで「足」も作った。
寿命を左右する場合も
2人だけではない。動物用義肢・装具作りの関係者たちは、それぞれの方法で改良に取り組んでいる。ファイバーグラスで脚の型を取り、それをスキャンしてデジタルの3Dモデルを作るのは、この分野の先駆者であるマーティンとエイミーのカウフマン夫妻だ。3Dモデルに基づいて機械で発泡体素材を切り出し、その後それをプラスチックで真空成形する。
人間の義肢・装具を作っていたカウフマン夫妻は、02年に親戚の家のシュナウザーが脳卒中で歩けなくなったことをきっかけに、自宅のガレージで動物用義肢・装具作りを始めた。07年には動物用に専念し、現在は21人の従業員を使っている。夫妻が設立したオーソペッツ社(コロラド州)が国内外の提携クリニックを通じて義肢・装具を提供している動物は、月に約200頭にも上る。
ビックリーは今も主として人間用の義肢・装具で生計を立てているが、動物向けでも着々と評判を確立している。作っているのはほとんどが犬用だが、地元の動物園のフラミンゴの膝用装具やヒツジの義足も手掛けた。
犬用義足の値段は1500ドルほど。ほかに、年間100ドルの整備費が掛かる。犬は、義足を体に取り付けているストラップを噛み切ってしまうからだ。
「(ビックリーのおかげで)サービスの質を大幅に向上できた」と、ガルフコースト動物専門病院(ヒューストン)のブライアン・ビール獣医師は言う。「カーボンファイバーの義肢は柔軟性に優れていて、犬たちの違和感もおそらく少ない。義肢でしっかり走ることができる」
動物用義肢・装具に関してはまだ正式な教育プログラムや免許制度はなく、効果についての本格的な研究もなされていない。ビールによれば、多くの獣医師はいまだに「脚を切断し、その後は残った3本で事足りるだろうという発想だ」という。
しかし、3本脚で生活していると「関節炎を患いやすく、犬の寿命を縮めかねない」と、VERGIのデューハーストは言う。ジャーマンシェパードのノアは幸い、デューハーストの手術を受け、ビックリーが作った義足を着けて、今は4本の足で元気よく走り回っている。
元気な犬たちの姿を見よ
ビックリーやカウフマン夫妻は、獣医師や飼い主たちへの啓蒙活動にも力を入れている。「5年前に比べれば、だいぶ意識が高まった」と、エイミー・カウフマンは言う。
動物用義肢・装具に関する教育をカリキュラムに加える獣医学校も出てきている。カリフォルニア大学デービス校獣医学教育病院のジェイミー・ペイトンによれば、同校では講義と週1回の実習を行っている。
カウフマン夫妻も16年に動物用義肢・装具についての教科書を刊行する予定だ。「教科書はとても価値あるものになるだろう」と、ペイトンも期待する。
もっとも、ペイトンに言わせれば、「本当に人々の意識が変わるのは、効果を目の当たりにしたとき。3本脚で生活していた犬が義足を着けて自然に走れるようになった姿を見るのが一番だ」。
[2016.1. 5号掲載]
スチュアート・ミラー
飼い主の虐待と放棄の結果、右前足の毛皮と肉球がなくなり、骨と化膿した組織が剝き出しになっていた。「肩から切断するしかないと思った」。脚に重傷を負った犬の標準的な治療法だ。
しかしそのとき、同僚からビル・ビックリーの取り組みを教えられた。ビックリーがヒューストンに設立したペット・アーティフィシャル・リムズ・アンド・サポーツ社(PALS)では、動物のための義肢・装具を作っているというのだ。
動物用の義肢・装具は、21世紀に入って生まれた新しい分野。10年余り人間用の義肢・装具を作ってきたビックリーが動物用義肢・装具の存在を知ったのは、わずか3年前だ。
動物用義肢・装具にはまだ改善の余地があると、ビックリーは感じた。ほとんどの場合、「弾むことや自然な動きをすることができないので、大きな負担が掛かっていた」のだ。
研究の末、彼はカーボンファイバー(炭素繊維)を使うことを思い付いた。頑丈で柔軟性に優れたカーボンファイバーは、下肢切断者の陸上競技用義足で使用される素材だ。
カーボンファイバーの入手には苦労した。最初に電話した5社には、「笑いものにされたり、もっと大きな業者としか取引しないと言われたりした」と言う。
それでも、デボテック社が協力してくれることになった。オリンピック競技で用いるボブスレーや軍用機、さらにはランボルギーニの自動車などに素材を提供してきた企業だ。「私は犬を3頭飼っていて、動物が好きなんだ」と、創業者のハンス・デボットは振り返る。
ビックリーとデボットは試作を繰り返し、やがてあるアイデアに到達した。犬の体の大きさに応じて義足の接地部分の反発力を変えるべきだと気付いたのだ。また、後肢の義足は上部を比較的硬くし、下部には柔軟性を持たせるようにした。さらに、着地の衝撃を和らげるためにシリコンゲルで「足」も作った。
寿命を左右する場合も
2人だけではない。動物用義肢・装具作りの関係者たちは、それぞれの方法で改良に取り組んでいる。ファイバーグラスで脚の型を取り、それをスキャンしてデジタルの3Dモデルを作るのは、この分野の先駆者であるマーティンとエイミーのカウフマン夫妻だ。3Dモデルに基づいて機械で発泡体素材を切り出し、その後それをプラスチックで真空成形する。
人間の義肢・装具を作っていたカウフマン夫妻は、02年に親戚の家のシュナウザーが脳卒中で歩けなくなったことをきっかけに、自宅のガレージで動物用義肢・装具作りを始めた。07年には動物用に専念し、現在は21人の従業員を使っている。夫妻が設立したオーソペッツ社(コロラド州)が国内外の提携クリニックを通じて義肢・装具を提供している動物は、月に約200頭にも上る。
ビックリーは今も主として人間用の義肢・装具で生計を立てているが、動物向けでも着々と評判を確立している。作っているのはほとんどが犬用だが、地元の動物園のフラミンゴの膝用装具やヒツジの義足も手掛けた。
犬用義足の値段は1500ドルほど。ほかに、年間100ドルの整備費が掛かる。犬は、義足を体に取り付けているストラップを噛み切ってしまうからだ。
「(ビックリーのおかげで)サービスの質を大幅に向上できた」と、ガルフコースト動物専門病院(ヒューストン)のブライアン・ビール獣医師は言う。「カーボンファイバーの義肢は柔軟性に優れていて、犬たちの違和感もおそらく少ない。義肢でしっかり走ることができる」
動物用義肢・装具に関してはまだ正式な教育プログラムや免許制度はなく、効果についての本格的な研究もなされていない。ビールによれば、多くの獣医師はいまだに「脚を切断し、その後は残った3本で事足りるだろうという発想だ」という。
しかし、3本脚で生活していると「関節炎を患いやすく、犬の寿命を縮めかねない」と、VERGIのデューハーストは言う。ジャーマンシェパードのノアは幸い、デューハーストの手術を受け、ビックリーが作った義足を着けて、今は4本の足で元気よく走り回っている。
元気な犬たちの姿を見よ
ビックリーやカウフマン夫妻は、獣医師や飼い主たちへの啓蒙活動にも力を入れている。「5年前に比べれば、だいぶ意識が高まった」と、エイミー・カウフマンは言う。
動物用義肢・装具に関する教育をカリキュラムに加える獣医学校も出てきている。カリフォルニア大学デービス校獣医学教育病院のジェイミー・ペイトンによれば、同校では講義と週1回の実習を行っている。
カウフマン夫妻も16年に動物用義肢・装具についての教科書を刊行する予定だ。「教科書はとても価値あるものになるだろう」と、ペイトンも期待する。
もっとも、ペイトンに言わせれば、「本当に人々の意識が変わるのは、効果を目の当たりにしたとき。3本脚で生活していた犬が義足を着けて自然に走れるようになった姿を見るのが一番だ」。
[2016.1. 5号掲載]
スチュアート・ミラー