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人工知能、「予測」を制する者が世界を制す

ニューズウィーク日本版 2016年1月13日 16時30分

 新年になると、多くの予測記事が出る。たいていは当然すぎる予測(アップルが新製品を発売する)か、間違った予測(アップルが電気自動車ベンチャーのテスラモーターズを買収する)だ。

 ここで披露するのは、予測についての予測――社会に大きな影響を与える「予測マシン」がまもなく生み出される。いや、誰も知らないところで既に存在している可能性もある。もし誰かが予測マシンを持っていたら、黙っているに違いないからだ。

 予測マシン以上に強力な発明品はないだろう。この先に何が起こるかを前もって知り、行動することができれば、これに勝る競争優位はない。最も正確な予測を手にした者が勝者となるのは間違いない。

 もちろん今でも、膨大なデータを読み込んで分析結果を導き出す「予測分析」と呼ばれるテクノロジーはあり、レストランチェーンがどの地域に出店すれば成功するかを予測する際などに使われている。

 しかしここで取り上げるのは、世界で起こったさまざまな出来事を読み込んで、経済動向や消費者行動、戦争、移民、政権交代といった事象を驚くほど正確に予測するシステムだ。政情予測で信頼のおけるマシンがあれば、安心してその国に留まれるのか、荷物をまとめて逃げるべきかもわかるだろう。

 この予測マシン開発に取り組んでいるのは、CIA(米中央情報局)のような米情報機関やヘッジファンドだ。世界最大のヘッジファンド、ブリッジウォーター・アソシエイツは、予測マシン開発のために著名なコンピューター科学者のデービッド・フェルッチを雇い入れている。フェルッチは、2011年にアメリカのテレビ番組で人間のクイズ王を負かしたIBMの人工知能(AI)、「ワトソン」の開発を指揮していた。

肝心なのは人間にもある「予期思考」

 一方、IBMなど他の企業も予測マシンの開発は続けており、予測技術の専門家を集めたイスラエルのボールトというベンチャーは、脚本を読み込むだけでその映画がいくら稼ぐかを予測できると主張している。

 肝心なのは、100パーセント正確な予測を行うテクノロジーの開発ではない。それは永遠に不可能だ。求められているのは、誰よりも多くの回数、誰よりも正確な予測ができるシステムだ。

 実際、開発のカギとなるのは、才能ある人と一般の人とを分かつ特質だ。人の予測能力を長年研究してきたゲリー・クラインは、それを「予期思考」と呼ぶ。経験豊富な運転手が初心者より運転がうまいのは、さまざまな状況で次に何が起こりそうかを予測することを学んできたから。優秀なCEOの経営判断の"打率"がいいのは、その判断がどんな結果をもたらしそうかをうまく予測しているからだ。

 こうした能力こそ、ブリッジウォーターやCIA(米中央情報局)のような組織が予測マシンに期待しているものだ。ライバル企業や敵国に対する優位性を築くために、予期思考を活用したいというわけだ。CIAのアンドリュー・ホールマン副長官は軍事サイト「ディフェンス・ワン」のインタビューの中で、それを「予期知能」と呼んだ。「その知能は、他を圧倒するものになる」

 予期知能を獲得するには本やソーシャルメディア、公文書、科学論文、テレビ番組、計測データなどありとあらゆるものから情報を吸収し、それを基に様々なシナリオを組み立て、それが実際に起こる可能性を割り出し、そのシナリオを常にアップデートし続けなければならない。機械学習もこのレベルになると、複雑で人間にはとても手出しできない域に入る。

「超予測者」発掘のための試合も

 皮肉なことに、成功のカギの1つは、人間がいかに予測するかコンピューターに教え込めるかどうかにかかっている。CIAでは「グッドジャッジメント(的確な判断力)」という名のプロジェクトを進めている。ペンシルベニア大学経営大学院のフィリップ・テトロック教授が率いるこのプロジェクトでは、専門家以外も広く参加者を募り、定期的に予測トーナメントを開催している。例えば「イランは核合意を守るか?」などの課題に取り組むゲームを通じ、テトロックは人より予測の確度が高い「スーパーフォーキャスター(超予測者)」たちを発掘してきた。そして彼らの能力の秘密を調べたところ、それらは識別可能で学習もできる能力だったというのだ。

 もし超予測者の特質が学習できるなら、プログラムもできる。アルゴリズムは現在の数学を超えたものかもしれないが、少なくとも何を目指せばいいかはわかる。もしCIAが超予測者のように「考える」プログラムを作れるなら、コンピューターがスーパーフォーキャスターになる日も遠くない。コンピューターが人間には想像もつかないほど大量の情報を短期間に学び、休む必要さえないことを考えると、ある時点で超予測者の予測力を超えることになるのは自明だろう。

 IBMリサーチのダーメンドラ・モーダの研究室は、コンピューターをもっと人間のように考え予測できるようにするためもう何年も、人間の脳を研究している。「今のコンピューターの構造と脳の構造はあまりに違い過ぎて、道半ばまで目標を達成できれば、それだけで世界を変えることができる」と、彼はかつて語った。

ファンドが求める投資のための「GPS」

 ヘッジファンドのブリッジウォーターは長いこと、フェルッチの研究についてコメントを拒否していた。だがCEOのレイ・ダリオはいつも、世界経済の予測モデルを作ろうとしてきた。何のためかは、言わなくてもわかるだろう。

 ダリオによれば、それはいわば、投資の現在位置を知るためのGPSを作る試みだという。「物事には論理的な因果関係があるので、過去には何度も同じような経済現象が繰り返し起こっているはすだ」と、彼は昨年のプレスリリースで語った。「だとすれば、我々の投資方針をコンピューターにインプットするだけで、GPSのように確度の高い未来のガイド役になるはずだ」

 予測マシンが近い将来、GPSと同じような人類のパートナーになれるのは確かだろう。人間が見落としがちなアドバイスや推論を教えてくれたり、人間の予測の精度を高める存在として。テトロックによれば、フェルッチはかつて、コンピューターが人間の超予測者を上回るのは2040年ごろまで無理だろうと語っていたという。もちろん、もっと早い可能性もある。人工知能(AI)は近年、専門家の予測をはるかに上回って進歩しているからだ。

 予測力で機械が人間を上回るようになったらどうなるだろうか──その予測はとても難しい。


ケビン・メイニー

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