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クオリティ・オブ・ライフの尊重がゲームの未来を切り開く

ニューズウィーク日本版 2016年1月15日 11時12分


[課題] 好まれるゲームを素早くリリースしたい
[施策] ライフスタイルを尊重して自律性を養う
[成果] 世界的なゲームカンパニーへ


 2013年8月、NHNのゲーム事業部門が独立して生まれた「NHNエンターテインメント」(以下、NHN)。系列会社を束ねると資産規模1兆ウォン(約988億円/2014年8月現在)に達する、世界的ゲームカンパニーだ。日本でも、オンラインゲームのポータルサイト「ハンゲーム」の運営で名を知られる。

 彼らが入居する地上10階・地下1階建ての社屋「プレイ・ミュージアム」を、コンセプト作りからデザインに至るまで手がけたのは、同社のブランドチーム。日常、製品やサービスのほか、ポスターや広告、社内で使用される封筒や便箋など、同社のブランディングツールすべてを統括する部署だ。とはいえ、オフィスデザインを外注せず、社内のブランドチームに一任する企業は珍しい。同社理事のヤン・ソンユル氏は、その理由をこう説明する。

「私たちはここを、単なるオフィスではなく、われわれのサービスと製品にとっての基準点であるべきだと考えたのです。どちらも生み出す主体となるのは社員たち。ならば、製品やサービスと一貫するディテール、クオリティを持ったオフィス空間で仕事をしてもらうのが、必然だろうと」

より愛されるゲームを、より早くリリースする

「プレイ・ミュージアム」にはもう一つ、明らかな狙いがある。同社が直面する経営課題の解決だ。すなわち「開発のスピードアップ」。言い換えるなら、「より愛されるゲームを、より早くリリースする」企業への進化だ。

 ゲーム産業の中心がPCオンラインからモバイルへと移行した結果、開発からリリースまでのサイクルは高速化の一途をたどっている。競争で優位に立つのは、既存のメジャーカンパニーではなく、小回りの利く中小ゲームスタジオだ。NHN自身、制作期間1~2年におよぶ大型ゲームに注力する一方で、10人以内のスタッフで作る小型モバイルゲームの比重を高めつつある。より愛されるゲームを、より早くリリースすること。これは目下、あらゆるゲームメーカーが直面している課題だ。

「ゲームのもとになるアイデアは、各社似たものがあります。しかしヒットするのは、先にリリースされたものか、より完成度を高められたゲーム。いずれにせよ、開発のスピードが全てを決定する時代なのです」(ヤン・ソンユル氏)

コミュニケーション・スピードを上げるためにデザインされたオフィス

 NHNが大きくなるに連れて避けられない問題となったのが開発のスピードだが、この新社屋はまさしくその課題を解決するために生まれたものだと言える。FGT(Focus Group Test)ルームとサウンドフォトスタジオを社内に備えているのは、さすが世界的ゲームカンパニーといったところ。FGTルームは数人のユーザーを集めてリリース前のテストをする設備。サウンドフォトスタジオでは映像作業と音響作業が行われる。いずれも開発プロセスのスピードアップに寄与する設備であることは間違いない。

(左上)同社が位置するパンギョ・テクノバレーは政策の一環としてゲーム、Web、通信などの企業が集約された地区。税制上の優遇措置などがとられている。(左下)デスク頭上を「葉っぱ」で覆い、作業に集中するため周囲の目を遮断する社員。上からの照明を遮り、間接照明を演出する効果もある。「葉っぱ」は分社化前に全社員に配布。(右)建物中央を貫いている「中階段」。分断されがちな各フロアを連結し、社員同士のごく自然な意志疎通を促す機能を果たしている。

1階ロビーにはブロック状のカラフルなソファを配置。カジュアルでクリエイティブな同社のイメージを訪問者に伝える。

「ハイブ」と呼ばれるスペース。英語の「ミツバチの巣箱」の意味から、「クローズドな打ち合わせスペース」を表す。中階段の周辺にはこうしたボックス型の会議室が点在している。

 だが、同社が何より重視したのは「コミュニケーション」のスピードアップだ。「プレイ・ミュージアム」の大部分は、そのためにこそ設計されたものだと言える。

 ヤン・ソンユル氏が同ビル最大の特徴として挙げるのは、「プレイ・ミュージアム」中央に位置する「中階段」である。これが、フロアによって分断されている社員たちを繋げる触媒としての機能を果たしているという。

中階段を起点としたコミュニケーションが社内のリンクを作る

 以前のオフィスは、階段といえば「非常階段」であり、オフィスの片隅に追いやられていた。そもそも高層ビルに入居していると社員がフロア間を移動する機会はまれ。フロアが異なる社員と顔を合わせることは少なく、他部署の社員と会うためにわざわざ日程を調整し、会議室を予約することもしばしばだった。そのため、コミュニケーションはメールや電話が中心。プロジェクト終了まで顔を合わせないことすらあった。

「私には、それがとても非効率的な働き方に見えました。気軽に『あの人とディスカッションしてみようか』という気になれない環境では、スピード感をもって仕事を進めることは難しいと感じていたのです」(ヤン・ソンユル氏)

 この問題を解決したのが「中階段」だった。オフィス中央部に階段を配置したことで、フロアの異なる社員同士が頻繁に顔を合わせるようになった。偶然すれ違った2人が階段の踊り場で打ち合わせを済ませてしまうなど、社員同士の意思疎通や業務処理のスピードは格段に増した。

 コミュニケーションの活性化から始まる、業務のスピードアップ。「HIVE(ハイブ)」と呼ばれるボックス型の小さな会議室が点在するのも同じ意図によるものだ。ハイブは、エレベーター付近や人通りの多い場所に設置した。偶然すれ違った者同士の会話が弾み、そばにあるハイブで腰を据えた会議に発展することも多いという。中階段付近には冷蔵庫やトースター、コーヒーマシンなどを備えたハイブがあり、社員間のカジュアルなコミュニケーションを促している。

率直で飾りのないやりとりがクリエイティビティを生む

 またフラットな空間作りは、上司と部下間のヒエラルキーを感じさせない。10階の会議室は「スーパーフラット会議室」と名付けた。「輪」になって座るため、どこが上座、下座と決められておらず、参加者全員が同等な立場で討論ができる。上司ばかりが話し続ける垂直的な会議ではなく、さまざまな年齢、役職の人が議論しあう会議こそが創造的であり建設的、との社風が表れている。

(左)NHNエンターテインメント・デザイングループ長ヤン・ソンユル(Sung-Yul Yang)(右上)スーパーフラット会議室。ゲーム企業らしく、現代アートに囲まれた明るくカジュアルな空間。(右下)FGT(Focus Group Test)ルーム。ゲームを市場にリリースする前に、ユーザーを集めて事前テストを行う。

キッチンや冷蔵庫、コーヒーマシンなどを備えたハイブも。

同じハイブでもソファの形状や空間デザインはさまざま。畳敷きになっている部屋も。

「外から見ると、当社は『自由』なイメージがあるかもしれません。でも私たちとしては、特別自由であるとは思っていないのです。社員の自律性を大切にしつつも、一般企業にあるような、出勤退勤、休暇など、守るべきルールは存在していますから。当社の社風を表現するとしたら、『虚礼虚飾のない』『素直』といったキーワードになるでしょうか。コミュニケーションにおいても、率直で、飾りのないものを大切にしています。それがクリエイティビティを生み、新しいゲームの種をもたらしてくれるものだと思うからです」(ヤン・ソンユル氏)

ゲーム作りの根底には豊かなライフスタイルがある

 NHNの社員は、20代から30代がほとんどだ。開発、企画、デザインなど専門的な職種が目立つが、大半は学生時代の専攻と無関係だという。共通するのは「ゲームが好き」の一点のみ。彼らのような若く多様な社員たちのライフスタイルを尊重する空間作りも、「プレイ・ミュージアム」のコンセプトだ。特に、福利厚生施設には力を入れている。

 たとえば2階のユーティリティゾーンには、心と体を癒す檜の原木を使用。授乳室があり、託児施設も近隣に完備されている。業界平均より多い40%もの女性社員比率は、その成果だと言えるだろう。

 もっとも、よくある福利厚生施設とは一線を画す。「その多くが、ダイナミックかつクリエイティブ」と評するのは、広報チームのキム・ジョンミン氏だ。

「開発業務をサポートするにはクリエイティブなアイデアが得られる空間であり、かつ居心地が良く、楽しい空間であることが重要です。私自身、毎朝このオフィスに来るのを楽しみにしています」

カフェテリアからゲームスペース、屋内駐輪場まで

 プレイ・ミュージアムの地下1階に降りると港をモチーフとしたカフェテリア「PORT629」が現れる。館内スタッフの制服までコンセプトは一貫しており、航海士をイメージしている。629という数字は、建物があるサムピョンドン629番地にちなんだものだ。オフィス移転に際して、「ここ629番地から新たな航海を始めよう」とのメッセージを打ち出したのだ。

 食事はすべて無料で、常時二つの日替わりメニューが提供されている。食事時間以外は100人を収容する講演会場として使うこともできる。バスケットボールやバドミントンなど各種スポーツやアーケードゲームを楽しむスペースを併設している。社員同士の親睦と意思疎通を考慮した空間としても設計された。

 熱心なスポーツファンである同社イ・ジュンホ会長の意向を反映し、社員たちの健康面への配慮も念入りだ。

(左上)サウンドフォトスタジオ。映像作業と音響作業をスピーディに行う。(右上)小川が流れる屋上。休憩時間に散策を楽しむ社員の姿が見られる。足つぼを刺激してくれる石畳があり、その上を裸足で歩く人も多い。(下)社員全員が使えるフィットネスルーム。希望者は個人トレーニングも受けられる。無料ではないが、会費の一部を会社が負担している。

執務エリア。座席位置は部署単位で自由に決められる。各デスクに最大三つのモニターを設置可能。

「PORT629」のエントランスは、港にある倉庫街のイメージ。同社が手がけるゲーム同様、ディテールが考え抜かれている。

 イ会長のアイデアが具現化したものに、屋内駐輪場がある。社員が通勤で利用する約100台の自転車が並ぶ。天井から自転車を吊すことで、さらに収容することも可能だ。

 駐輪場奧のスペースには常駐スタッフが控えている。簡単な自転車の点検や修理を無償で依頼できるほか、「新しい自転車を買うならどれがいい?」といった個別の質問にも答えてくれる。イ会長自身、趣味の一つが休日のサイクリングということもあり、高価な自転車を自費で20台購入し、社員にプレゼントしたことも。その甲斐あって、自転車通勤の社員は増えつつある。

 以前のオフィスでは駐輪場は屋外にあり、盗難の恐れがあった。また雨で自転車が傷むことにも悩まされていた。新オフィスで駐輪場を屋内に設置したのは、社員からのアイデアとのこと。

社員の健康維持に寄与する投資は惜しまない

 そのほか、シックハウス予防のために社員一人ひとりに化学物質を吸着させる炭やおがくずを配ったり、歯磨き専用スペース「チカチカルーム(チカチカは韓国語で歯磨きを意味する)」を各階に設置するなど、社員たちの健康維持に投資を惜しまない。これらの設備もすべて、社員の要望によって実現したものだ。

「私たちの仕事は、ゲーム開発が中心です。そのため、決められた勤務時間内に決められた仕事をするというワークスタイルとはいえません。時には、昼夜が逆転してしまうことも避けられない。しかし、そこで健康を害するようだと、創意工夫がおぼつかなくなります。ですから会社としても、社員が心身ともに健康になれる施設をたくさん用意したいのです。逆に、何か意思決定をするとき、これは社員の健康にとって害になると考えられるものがあると、真っ先に排除されるんです」

社内のコンビニエンスストア。ここも「PORT629」のテイストに合わせて、海、港にちなんだものに統一されている。

(左上)授乳室。「母子の部屋」と名付けられている。託児施設は「プレイ・ミュージアム」近隣に別に設けている。(左下)頻繁に海外出張する社員をサポートするため、社内に旅行会社を備える。また入社すると本人とその家族は自動的に保険に加入する仕組み。(右)食事後の歯磨き専用スペース「チカチカルーム」。通常、歯磨きにはトイレの洗面台が利用されるものだが、「誰かが用を足している横で歯を磨くのは嫌だ」という意見から作られた。男女それぞれ用意されている。

「PORT629」内部。卓球台にかわるテーブルも。ビームプロジェクタが用意され、食事しながら会議をすることも可能。

2階の「サポートデスク」。社員宛の郵便物の受け取りや消耗品の交換、PC関連のトラブルシューティングなど業務サポートを一手に引き受ける。

屋内駐輪場。180平方メートル、約100台が駐輪可能。専門スタッフが常駐しており、自転車の修理や点検を無償で受けられる。

創業:2013年
売上高:約657億6000万円(2013)
純利益:約183億3000万円(2013)
従業員数:2333人(2014.8) http://www.nhnent.com

コンサルティング(ワークスタイル):自社
インテリア設計:自社、Eomji House CO.LTD
建築設計:Heerim Architects & Planners

WORKSIGHT 06(2014.10)より

※当記事はWORKSIGHTの提供記事です




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