度重なる北朝鮮の挑発行為をかばってきた中国は、いよいよしびれを切らすのか──。先週、北朝鮮が「水爆実験成功」を発表。06年以来4回目となる核実験を機に、中国が北東アジアの平和と安定の維持により建設的な役割を果たすかどうかが注目されている。
北朝鮮は、弾道ミサイルの発射実験など挑発行為を繰り返してきた。それでも中国はこの同盟国の暴挙に対して驚くほどの寛容さを示してきた。不快感を示す場合でも言葉での非難や国連安全保障理事会による制裁への同意にとどまり、北朝鮮をより厳しく罰することにはたいてい及び腰だ。
中国が北朝鮮に甘い理由については2つの説がある。1つは北朝鮮政権を是が非でも存続させたいからだという説。もう1つは北朝鮮に対して影響力を持たないからという説だ。
1つ目の説によれば、北朝鮮の挑発行為を黙認する中国の方針は、中国の安全保障に対する考え方と、民主主義を敵視するイデオロギーに深く根差している。中国の人民解放軍にとって北朝鮮はアメリカとの貴重な戦略的緩衝地帯なのだ。
2つ目の説(たいてい中国自らが主張している)は、中国は北朝鮮に対してほとんど影響力を持たないというもの。しかし実際には、中国にはその気になれば北朝鮮に対していつでも使える切り札がいくらでもある。
例えば原油だ。北朝鮮は原油の大部分を中国に頼っている。中国が原油の輸出を止めれば北朝鮮の経済は大打撃を受け、軍の機能は麻痺しかねない。ロシア産に切り替えるにしても現時点での輸入比率は約20%にすぎない。中国がその気になりさえすれば、北朝鮮に対して短期間で大打撃を与えることができる。
中国は北朝鮮に圧力をかけてより責任ある振る舞いを迫るだけの影響力は持っている。欠けているのは意志だけだ。とはいえ、今回の一件で中国は態度を一変させるだろうか。
今度こそ中国指導部は、長きにわたって北朝鮮の悪事に手を貸してきた不毛な政策に終止符を打つはずだ、という主張は一見、もっともに感じる。
「水爆保有発言」に激怒
中国が方針転換する理由として最も説得力があるのは、北朝鮮の33歳の独裁者、金正恩(キム・ジョンウン)第1書記が中国の安全保障を脅かしているというものだ。
北朝鮮は06年の初の核実験以来、着々と核兵器の開発を進化させてきた。中国との国境付近には国連の査察に応じていない核施設が存在し(今回の核実験場は中国から80キロ程度しか離れていない)、チェルノブイリのような事故が起きてもおかしくない。
北朝鮮の暴挙は中国とアメリカの軍事対立も激化させかねない。北朝鮮の核による挑発を受けて、アメリカは北朝鮮に対する抑止力として東アジアにおける軍事力を強化するに違いない。アメリカにとって東アジアで最も重要な同盟国である日本も、地域の安全保障に一層積極的な役割を果たすよう求められるはずだ。そうなれば中国は自国を封じ込めるための陰謀と見なし、緊張が高まるのは避けられない。
北朝鮮による核実験は中国の習近平(シー・チンピン)国家主席のメンツにも関わる。習は13年の就任以来、それまでの対北朝鮮政策を見直し、北朝鮮を罰しているとはとても言えないものの距離を置いてはいる。過去3年間、両国関係はこれまでになく冷え込み、習はまだ金を中国に招待していない。
ようやく雪解けの兆しが見え始めたのは昨秋だ。10月に中国政府高官が平壌を訪問、12月中旬には金お抱えの女性音楽集団「モランボン楽団」が北京入りした。ところが楽団は北京公演を直前にキャンセルして帰国した。詳しい理由は不明だが、金は公演直前に突然「水爆保有発言」をしており、それが習を激怒させたとされる。
これで習も北朝鮮を懲らしめざるを得ないはず──と思うのは甘い。どれほどメンツをつぶされても、残念ながら中国の戦略的計算は変わりそうにない。習にとっても中国共産党幹部にとっても、自国の安全保障と党の存続に対する最大の脅威は依然としてアメリカだ。北朝鮮はそのアメリカに対抗するための切り札。お説教は必要だが、つぶすわけにはいかないのだ。
[2016.1.19号掲載]
ミンシン・ペイ(米クレアモントマッケンナ大学ケック国際戦略研究所所長)
北朝鮮は、弾道ミサイルの発射実験など挑発行為を繰り返してきた。それでも中国はこの同盟国の暴挙に対して驚くほどの寛容さを示してきた。不快感を示す場合でも言葉での非難や国連安全保障理事会による制裁への同意にとどまり、北朝鮮をより厳しく罰することにはたいてい及び腰だ。
中国が北朝鮮に甘い理由については2つの説がある。1つは北朝鮮政権を是が非でも存続させたいからだという説。もう1つは北朝鮮に対して影響力を持たないからという説だ。
1つ目の説によれば、北朝鮮の挑発行為を黙認する中国の方針は、中国の安全保障に対する考え方と、民主主義を敵視するイデオロギーに深く根差している。中国の人民解放軍にとって北朝鮮はアメリカとの貴重な戦略的緩衝地帯なのだ。
2つ目の説(たいてい中国自らが主張している)は、中国は北朝鮮に対してほとんど影響力を持たないというもの。しかし実際には、中国にはその気になれば北朝鮮に対していつでも使える切り札がいくらでもある。
例えば原油だ。北朝鮮は原油の大部分を中国に頼っている。中国が原油の輸出を止めれば北朝鮮の経済は大打撃を受け、軍の機能は麻痺しかねない。ロシア産に切り替えるにしても現時点での輸入比率は約20%にすぎない。中国がその気になりさえすれば、北朝鮮に対して短期間で大打撃を与えることができる。
中国は北朝鮮に圧力をかけてより責任ある振る舞いを迫るだけの影響力は持っている。欠けているのは意志だけだ。とはいえ、今回の一件で中国は態度を一変させるだろうか。
今度こそ中国指導部は、長きにわたって北朝鮮の悪事に手を貸してきた不毛な政策に終止符を打つはずだ、という主張は一見、もっともに感じる。
「水爆保有発言」に激怒
中国が方針転換する理由として最も説得力があるのは、北朝鮮の33歳の独裁者、金正恩(キム・ジョンウン)第1書記が中国の安全保障を脅かしているというものだ。
北朝鮮は06年の初の核実験以来、着々と核兵器の開発を進化させてきた。中国との国境付近には国連の査察に応じていない核施設が存在し(今回の核実験場は中国から80キロ程度しか離れていない)、チェルノブイリのような事故が起きてもおかしくない。
北朝鮮の暴挙は中国とアメリカの軍事対立も激化させかねない。北朝鮮の核による挑発を受けて、アメリカは北朝鮮に対する抑止力として東アジアにおける軍事力を強化するに違いない。アメリカにとって東アジアで最も重要な同盟国である日本も、地域の安全保障に一層積極的な役割を果たすよう求められるはずだ。そうなれば中国は自国を封じ込めるための陰謀と見なし、緊張が高まるのは避けられない。
北朝鮮による核実験は中国の習近平(シー・チンピン)国家主席のメンツにも関わる。習は13年の就任以来、それまでの対北朝鮮政策を見直し、北朝鮮を罰しているとはとても言えないものの距離を置いてはいる。過去3年間、両国関係はこれまでになく冷え込み、習はまだ金を中国に招待していない。
ようやく雪解けの兆しが見え始めたのは昨秋だ。10月に中国政府高官が平壌を訪問、12月中旬には金お抱えの女性音楽集団「モランボン楽団」が北京入りした。ところが楽団は北京公演を直前にキャンセルして帰国した。詳しい理由は不明だが、金は公演直前に突然「水爆保有発言」をしており、それが習を激怒させたとされる。
これで習も北朝鮮を懲らしめざるを得ないはず──と思うのは甘い。どれほどメンツをつぶされても、残念ながら中国の戦略的計算は変わりそうにない。習にとっても中国共産党幹部にとっても、自国の安全保障と党の存続に対する最大の脅威は依然としてアメリカだ。北朝鮮はそのアメリカに対抗するための切り札。お説教は必要だが、つぶすわけにはいかないのだ。
[2016.1.19号掲載]
ミンシン・ペイ(米クレアモントマッケンナ大学ケック国際戦略研究所所長)