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銃乱射犯に負け犬の若い男が多い理由

ニューズウィーク日本版 2016年1月14日 19時30分

 殺人の85%以上は男性によるものだ。さらにいえば、同性間で発生した殺人の91%、加害者と被害者が見ず知らずの同性間殺人の97%が、男性によるものだ。

 驚くべき数字だが、銃乱射事件といえば犯人は男性、というのもまた実感だ(ただし、昨年12月にカリフォルニア州サンバーナディーノの福祉施設で発生した銃撃事件は、夫婦2人が銃撃犯という異例のケースだった)。

 銃乱射事件が起きると、政治家とメディアは判で押したように精神疾患対策の不備や銃規制の必要性といったお決まりの問題を引き合いに出して悲劇を読み解こうとする。

 しかし、こうした解釈はある重要な疑問を覆い隠してしまう。つまり、銃乱射事件を起こすのがいつも男性なのはなぜか、犯人が必ずといっていいほど若い男性なのはなぜなのか、という疑問だ。

 その答えのヒントは、進化心理学にある。

不安定な男らしさ

 心理学者のジョセフ・バンデロとジェニファー・ボッソンは、「precarious manhood(不安定な男らしさ)」という用語を生み出し、男性のみが直面すると思われるジレンマを説明しようとした。

 簡単に言えば、「男らしい」というステータスは、絶えず獲得し続けなければならないものだ、というのだ。そして男性の自尊心は、「本物の男」としてみなされることと結びついている。

 不安定なのは、その地位がいともたやすく失われてしまうからだ。身体的な勇敢さを試されたり、ほかの男性と人望や地位を争うときなど、状況はさまざまだ。

 筆者がそうした考え方を男子学生に紹介すると、すぐさま私の言わんとしていることを理解する。だが女性は、困惑した表情を浮かべることが多い。話をすれば、「男らしさ」は「女らしさ」よりも不安定であることは明らかだ。

 男らしさははかないものだが、それを獲得し続けなければ自尊心を保てない──男性が直面するこのジレンマは、歴史をはるかに遡った有史以前から存在していた。

 動物の世界では、メスにとって最も魅力のないオス同士が、繁殖相手を求めて争う。序列の高いオスは、常により多くのメスと繁殖機会を得るが、その地位をめぐる生存競争は熾烈を極める。

 南米アマゾンのヤノマミ族の研究を長年にわたって行なってきた人類学者のナポレオン・シャグノンは、ほかの男性を殺した男性のほうが、誰も殺さなかった男性よりもはるかに多くの妻を得ていることを発見した。しかも、集団における男性の地位はたいてい、その人の肉体的な強さにどれだけ真実味があるかで決まっているようだ。

「支配的地位」を追求する男性の行動には、文化による違いもあるのかもしれない。しかし世界中どこであっても、支配的地位を得れば充実感と見返りが待っている、という支配への動機づけが男性にあることは確かだ。

 ジョナサン・ゴットシャルという研究者はこう表現する。「肉体的にほかの男性を支配することには、中毒性の魅力がある」

 そして、正しいタイミングで正しい人々に暴力をふるうことは、社会的な成功へとつながるのだ。

競争の原動力

 若い男性が、地位や優位性にとりわけ強い関心を寄せるのには、しかるべき進化上の理由がある。

 人類社会の草創期には、成人初期の段階で競争に勝つか負けるかで、集団におけるその男性の生涯の地位が確定した。10代はきわめて重要な時期だったのだ。

 そのため、若い男性にとって危険に満ちた戦いに挑むことは、食料や財産を手に入れたり、力を誇示したり、挑戦者から自分の地位を守るための能力を「見せつける」絶好の機会だった。勇敢な行為や恐れを知らない無謀な行為には、地位と尊敬という見返りが与えられたのだ。

 現代社会では、スポーツが広く推奨されている。そしてそれはどう見ても、進化を遂げた若い男性が自らの性質と折り合いをつけられるよう、暴力の建設的な代替手段として発達したものだ。

 古代ローマの剣闘士が戦った闘技場ではなく、法的に認められた場所で、若い男性は走ったり格闘したりして、優位を競い合う。古代の環境でも彼らはきっと、優秀な剣闘士や猟師になれただろう。

若い男性症候群

 よく知られているように、大半の人は、年配男性の暴力より若い男性の暴力に大きな恐怖心を抱く。この恐怖心には根拠がある。

 危険で攻撃的な行動に手を出しがちな若い男性の傾向に、カナダの心理学者、マーゴ・ウィルソンとマーティン・デイリーは名前をつけた。「若い男性症候群」だ。

 この2名の心理学者が、1975年のアメリカで年齢や性別によって殺人の被害者になる確率がどう変わるかを研究したところ、1人の女性が殺される確率は一生を通じてさほど変わらなかった。一方、男性に見られるパターンは驚きだ。10歳の時点では男性も女性も殺人の被害者になる確率は同じなのだが、男性は20代に入ると、殺される可能性が6倍に跳ね上がる。

 ウィルソンとデイリーの研究結果と一致するのが、2003年のシカゴ市のデータだ。殺人事件の犠牲者となった598人のうち87%は男性で、64%は17歳から30歳だった。男性が殺される確率が最大になるのは10代後半から20代後半で、その後、確率はどんどん低くなっていく。

 本能は、男性の暴力性をあおって、男性ホルモンであるテストステロンのレベルを上げ、なすべきことに備えて態勢を整える。

 人類にもっとも近い霊長類の仲間であるチンパンジーの研究から、群れの中で地位が高いオスのチンパンジーは、誰よりも高い攻撃性と、誰よりも高いテストステロン量を示していることがわかっている。その上、大人のオスのチンパンジーは全員、排卵中のメスのチンパンジーを前にすると、テストステロンの量が最大となって攻撃性が増す。

 筆者も含め人間のテストステロンと攻撃性の関係を専門とする研究者は、テストステロンで増幅された暴力が発生する確率が高いのは、男性がほかの男性と競争している時、あるいは、男性の社会的地位が何らかの形で挑戦を受けている時であると考えている。

 増加したテストステロンは、そうした挑戦に立ち向かうために必要な競争的行動を促し、それが暴力に発展する場合もある。

 多くの研究から、男性のテストステロン量は、テニスやレスリング、さらにはチェスといった競技の勝ち負けに応じて、増えたり減ったりすることが明らかになった。

 観戦するファンにも同様の変化が起きる。大事な試合の後に(勝ち負けを問わず)激しい破壊行動が起きるのもそのためだ。

銃がもたらす影響

 では、こうした「暴力の公式」に、銃はどんな影響を与えるのだろうか。

 筆者らは2006年、銃に対する男性の反応に関して臨床実験を実施、科学的心理学会の学術誌『サイコロジカル・サイエンス』に共同論文を発表した。ボードゲームを与えた男性よりも銃を与えた男性のほうが、テストステロンが大幅に増え、より攻撃的な行動が見られることを実証した。

 2014年にカリフォルニア大学サンタバーバラ校で乱射事件を起こした大学生のエリオット・ロジャーは、事件前にYouTubeに背筋の凍るような予告動画を投稿したが、初めて銃を購入したことでテストステロンが増加していることは明らかに見えた。

 動画のなかでロジャーはこう言っている。「銃を買って部屋に持ち帰ったら、力がみなぎるのを感じた。支配者が誰なのかわかるよな、女どもめ」。

銃乱射事件の犯人は、優位性の低い負け犬か

 暴力をふるう可能性がもっとも高いのは、他人から尊敬を得えられない若い男性だ。社会から軽んじられた除け者で、ほしいものや、手に入れて当然だと思えるものを獲得できていないと感じている場合も多い。

 英国の臨床心理学者ポール・ギルバートは、「Social Attention-Holding Theory(社会的注目保持力)」という概念を考案した。彼によれば、私たちは、他人の注目を集めるために互いに競い合うのだという。注目が得られれば高い地位を築くことができるからだ。他人から注目を浴びて地位が上昇すると、ありとあらゆる肯定的な感情が生まれる。一方、他の人から無視される続けると、悪意に満ちた感情、とりわけ妬みと怒りが生まれる。

 メディアが、銃乱射事件の犯人やテロリストを、はみ出し者や孤立した人間として描き出すのは不思議なことではない。彼らは往々にして、実際にそういう人たちなのだ。

 ISIS(自称「イスラム国」、別名ISIL)に10か月間にわたって拘束されたフランス人ジャーナリストのニコラス・ヘナンは、自分を拘束した殺意にあふれる若きジハード戦士を次のように表現している。「彼らは自らをスーパーヒーローだとみなしている。けれども実態は、イデオロギーと権力に酔いしれた、家を持たない若者に過ぎない。フランスには『愚者と悪人』という言い方があるが、彼らは、悪人というよりは愚かなだけの存在だった――殺人につながりうる愚かさというものを軽んじているわけではないのだが」

 どうやら、他の人から十分に注目されないと地位が劣っていることになり、女性とつきあう機会も減るらしい。そこに若い男性のテストステロンが加わると、他に害を及ぼすような「キレやすい」人間が誕生する。

 何百万年もかけて進化してきた「若い男性の精神構造」を変えるのは難しいかもしれない。しかし、そうした精神構造の存在を無視したり否定するのもまた不毛だ。

Frank T. McAndrew, Cornelia H Dudley Professor of Psychology, Knox College

This article was originally published on The Conversation. Read the original article.

フランク・マクアンドリュー(米ノックス大学心理学教授)

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