1月16日に台湾で4年に一度の総統選挙が行われる。民進党の蔡英文氏の支持率が依然として高い。果たして台湾に初の女性総統が誕生するのか? 民意調査と台湾の若者たちの声、そして中国大陸の動向を考察する。
圧倒的支持率を誇る民進党の蔡英文
1月16日、台湾の総統選と立法院(国会)議員の選挙が行われる。これまで多くの民意調査で民進党の蔡英文氏の優勢が伝えられてきた。大きな原因の一つは、国民党・馬英九政権による中国大陸寄りの施政に対する反発で、若者を中心として広がった「ひまわり運動」が象徴的だ。ひまわり運動とは、台中間のサービス分野の市場開放を目指す「サービス貿易協定」に反対して、2014年3月に台湾の若者たち立法院を選挙した運動を指す。メディアまでが中国に買収され、精神活動の制限を受けることに若者たちは激しく抗議した。そのため2014年末の統一地方選挙では、国民党は惨敗している。
台湾では、選挙日の10日前になると総統選候補者の支持率などに関する民意調査が禁止されたために、ここでは最新の情報として1月4日に公表された台湾の「蘋果日報」(リンゴ日報、デイリー・アップル)と、1月5日の台湾の「自由時報」の情報に基づいて分析する。
デイリー・アップルの調査は、世新大学民意調査センターに委託して、1月1日~2日に行われている。調査結果の数値に関しては、
蔡英文(民進党):42.1%
朱立倫(国民党):21.4%
宋楚瑜(親民党):13.5%
となっている。
1月5日に公表された「自由時報」によれば、
蔡英文(民進党):47.9%
朱立倫(国民党):14.8%
宋楚瑜(親民党):10.3%
と、蔡英文氏と朱立倫氏の差が、さらに大きくなっていることがわかる。
これは調査したメディアが異なるためかもしれない。自由時報によれば、調査自身は1月2日~4日まで行い、5日に集計結果を公表したとのこと。いずれにしても蔡英文氏と朱立倫氏の間には、20%~30%の差がついていることはたしかだ。圧倒的な支持率で、蔡英文氏が上回っている。
国民党の支持率を上げようと、馬英九総統は昨年11月7日、シンガポールで習近平国家主席と1949年の国共分断後、初めての中台首脳会談を行なったが、その効果は総統選挙には反映されていない。
若者たちの支持率が高い蔡英文氏
筆者が台湾にいる教え子たちを通して若者を直接取材したところによれば、若者の90%くらいは民進党の蔡英文氏を支持しているとのことだ。
「自由日報」にも類似のことが書いてあり、「若者たちの朱立倫氏への支持率は、わずか4.6%」だとのこと。ただし、蔡英文氏への支持率は、データによれば54.62%で、筆者が直接取材した若者たちよりは低い。「若者の90%が支持している」という回答は、それくらいの感覚だ、という情感的なものだと思われる。
理由は「ひまわり運動」に見られるように、北京政府寄りの国民党には見切りをつけ、中国大陸の思想統一に巻き込まれたくないという若者たちの思いがあるからだ。
筆者が2014年に台湾で行なった若者の意識調査によれば、若者たちが最も嫌う国は「中国」だった。嫌う最大の原因は「イデオロギー」で、「自由と民主」を失いたくないという気持と、「自分たちは台湾人だ」という「本土意識」があるからだ。
蔡英文氏自身は前回の総裁選において、中台の平和統一を目指す「九二コンセンサス」に反対して「台湾コンセンサス」を唱え、中台貿易に期待する経済人たちの不評を買って敗退したので、今回は「現状維持」を唱えている。しかしそれでも国民党のような北京政府寄りの精神は持っておらず、若者たちの「本土意識」に共鳴するものがある。
蔡英文氏の訪米&訪日は台湾同胞に対する選挙活動
蔡英文氏は2015年5月末にアメリカを訪問し、10月6日には日本を訪問しているが、これらは蔡政権誕生後の挨拶まわりという意味も多少あるが、実態は在日および在米の台湾同胞に対する選挙活動だったと、在米台湾人が教えてくれた。
そのため今年に入ると多くの在米台湾人が里帰りをしているが、16日の投票を済ませたら、すぐにアメリカに戻るのだと言っている。
ただ、今回は蔡英文氏が当選するだろうことがほぼ確実なので、それほど何が何でも帰国しようという人は多くなく、それがプラスに働くのかマイナスに働くのか、逆に不安だとも、もらしている。
中国大陸における報道と中国政府の思惑
中国大陸では、総統選民意調査に関して、非常に奇妙な調査結果を報道している。
たとえば、昨年12月28日付の「新華網」は、台湾のYahoo奇摩が3人の総統候補者演説のあとの民意調査の結果を発表したのを引用して、
蔡英文(民進党):36%
朱立倫(国民党):38%
宋楚瑜(親民党):26%
という、中国にとって「うれしい」データだけを選んで公表した。
また北京政府管轄下の「鳳凰網」は、朱立倫が蔡英文よりも支持率が8%も上だという情報を流している。
上記Yahoo奇摩が2016年1月2日に民意調査を行なったところ、
蔡英文(民進党):33%
朱立倫(国民党):41%
宋楚瑜(親民党):25%
で、なぜか朱立倫氏の支持率がトップだ。
これにより逆に、いかにYahoo奇摩が北京政府寄りであるかが見えてくる。
またアリババの馬雲が買収した香港の「南華早報」も「朱立倫:39%、蔡英文:33%」と書き立てて、喜んでいる。
そう期待したいのだろう。
蔡英文氏がどんなに「現状維持」と言っても、中国は信用していない。
台独(台湾独立)は民進党の党規約にもあるとして、中国は「遠慮しない」という姿勢だ。
中国人民解放軍元高官――台湾を解放する(攻撃する)機は熟した
一軍高官の発言に目くじらを立てるのも適切ではないが、1月13日、とんでもない発言が中国内外のネットを驚かせている。
中国大陸のネット空間にある「頭条(tou-tiao)」(ヘッドライン)というウェブサイトが「元中将が台湾問題を解決する機は熟した:台湾軍隊は何日持ちこたえられるだろうか?」というタイトルの、過激な発言を発信したのだ。
それによれば、中国人民解放軍・南京軍区の副指令員だった王洪光・元中将は、「万一にも蔡英文氏が総統選挙で当選したら、中国はどうするか?」と聞かれたときに、おおむね、つぎのように答えたという(長いので概略を書く)。
――英文が総統になって、ひとことでも「台独」に触れてみろ。中国は「台独」の苦い果実を味わうつもりはない。「一つの中国」の大原則の下に、徹底的に台湾問題を解決する。その機は熟したと思うがいい。「地動山揺(大地が揺れ動く)」とはどういうことかを台湾の島民は思い知ることだろう。中国の軍隊の威力を知る日が来ることを覚悟するがいい。台湾の軍隊の勝算があるとでも思っているのか?何日間持ちこたえられると思っているのか?
筆者は昨年8月13日に本コラムで「中国の軍事パレードは台湾への威嚇」と書いたが、日本人にはあまり共感いただけなかったようだ。しかしこの王洪光元中将は、9月3日に行った軍事パレードのときに「制空権を持った中国大陸の軍隊の下では、台湾を奪取することなど簡単なことだ」と語っている。
つまり中国は9月3日の軍事パレードの目的の一つを、「台湾総統選への威嚇」に置いていたことが、この王洪光の発言によっても明らかなのである。
2015年12月31日に発表した中国の建国以来の大規模軍事改革は、一方では北朝鮮を睨み、そして一方では台湾の総統選挙への威嚇を内在している。
1949年に台湾を「解放」(中国人民解放軍が制圧すること)できなかったのは、中国人民解放軍が制空権と制海権を持ちえなかったからだ。いまその力を付けた中国大陸は、空と海により、日米を寄せ付けまいと、台湾を睨んでいる。
初の女性総統の出現は頼もしいが、激しい牙(きば)が、台湾に向けられていることを忘れてはならない。
女性総統の出現により、日本を含めた東アジアの安全保障情勢は必ず変化していくことだろう。
[執筆者]
遠藤 誉
1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。東京福祉大学国際交流センター長、筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会科学研究所客員研究員・教授などを歴任。『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など著書多数。近著に『毛沢東 日本軍と共謀した男』(新潮新書)
※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。
遠藤誉(東京福祉大学国際交流センター長)
圧倒的支持率を誇る民進党の蔡英文
1月16日、台湾の総統選と立法院(国会)議員の選挙が行われる。これまで多くの民意調査で民進党の蔡英文氏の優勢が伝えられてきた。大きな原因の一つは、国民党・馬英九政権による中国大陸寄りの施政に対する反発で、若者を中心として広がった「ひまわり運動」が象徴的だ。ひまわり運動とは、台中間のサービス分野の市場開放を目指す「サービス貿易協定」に反対して、2014年3月に台湾の若者たち立法院を選挙した運動を指す。メディアまでが中国に買収され、精神活動の制限を受けることに若者たちは激しく抗議した。そのため2014年末の統一地方選挙では、国民党は惨敗している。
台湾では、選挙日の10日前になると総統選候補者の支持率などに関する民意調査が禁止されたために、ここでは最新の情報として1月4日に公表された台湾の「蘋果日報」(リンゴ日報、デイリー・アップル)と、1月5日の台湾の「自由時報」の情報に基づいて分析する。
デイリー・アップルの調査は、世新大学民意調査センターに委託して、1月1日~2日に行われている。調査結果の数値に関しては、
蔡英文(民進党):42.1%
朱立倫(国民党):21.4%
宋楚瑜(親民党):13.5%
となっている。
1月5日に公表された「自由時報」によれば、
蔡英文(民進党):47.9%
朱立倫(国民党):14.8%
宋楚瑜(親民党):10.3%
と、蔡英文氏と朱立倫氏の差が、さらに大きくなっていることがわかる。
これは調査したメディアが異なるためかもしれない。自由時報によれば、調査自身は1月2日~4日まで行い、5日に集計結果を公表したとのこと。いずれにしても蔡英文氏と朱立倫氏の間には、20%~30%の差がついていることはたしかだ。圧倒的な支持率で、蔡英文氏が上回っている。
国民党の支持率を上げようと、馬英九総統は昨年11月7日、シンガポールで習近平国家主席と1949年の国共分断後、初めての中台首脳会談を行なったが、その効果は総統選挙には反映されていない。
若者たちの支持率が高い蔡英文氏
筆者が台湾にいる教え子たちを通して若者を直接取材したところによれば、若者の90%くらいは民進党の蔡英文氏を支持しているとのことだ。
「自由日報」にも類似のことが書いてあり、「若者たちの朱立倫氏への支持率は、わずか4.6%」だとのこと。ただし、蔡英文氏への支持率は、データによれば54.62%で、筆者が直接取材した若者たちよりは低い。「若者の90%が支持している」という回答は、それくらいの感覚だ、という情感的なものだと思われる。
理由は「ひまわり運動」に見られるように、北京政府寄りの国民党には見切りをつけ、中国大陸の思想統一に巻き込まれたくないという若者たちの思いがあるからだ。
筆者が2014年に台湾で行なった若者の意識調査によれば、若者たちが最も嫌う国は「中国」だった。嫌う最大の原因は「イデオロギー」で、「自由と民主」を失いたくないという気持と、「自分たちは台湾人だ」という「本土意識」があるからだ。
蔡英文氏自身は前回の総裁選において、中台の平和統一を目指す「九二コンセンサス」に反対して「台湾コンセンサス」を唱え、中台貿易に期待する経済人たちの不評を買って敗退したので、今回は「現状維持」を唱えている。しかしそれでも国民党のような北京政府寄りの精神は持っておらず、若者たちの「本土意識」に共鳴するものがある。
蔡英文氏の訪米&訪日は台湾同胞に対する選挙活動
蔡英文氏は2015年5月末にアメリカを訪問し、10月6日には日本を訪問しているが、これらは蔡政権誕生後の挨拶まわりという意味も多少あるが、実態は在日および在米の台湾同胞に対する選挙活動だったと、在米台湾人が教えてくれた。
そのため今年に入ると多くの在米台湾人が里帰りをしているが、16日の投票を済ませたら、すぐにアメリカに戻るのだと言っている。
ただ、今回は蔡英文氏が当選するだろうことがほぼ確実なので、それほど何が何でも帰国しようという人は多くなく、それがプラスに働くのかマイナスに働くのか、逆に不安だとも、もらしている。
中国大陸における報道と中国政府の思惑
中国大陸では、総統選民意調査に関して、非常に奇妙な調査結果を報道している。
たとえば、昨年12月28日付の「新華網」は、台湾のYahoo奇摩が3人の総統候補者演説のあとの民意調査の結果を発表したのを引用して、
蔡英文(民進党):36%
朱立倫(国民党):38%
宋楚瑜(親民党):26%
という、中国にとって「うれしい」データだけを選んで公表した。
また北京政府管轄下の「鳳凰網」は、朱立倫が蔡英文よりも支持率が8%も上だという情報を流している。
上記Yahoo奇摩が2016年1月2日に民意調査を行なったところ、
蔡英文(民進党):33%
朱立倫(国民党):41%
宋楚瑜(親民党):25%
で、なぜか朱立倫氏の支持率がトップだ。
これにより逆に、いかにYahoo奇摩が北京政府寄りであるかが見えてくる。
またアリババの馬雲が買収した香港の「南華早報」も「朱立倫:39%、蔡英文:33%」と書き立てて、喜んでいる。
そう期待したいのだろう。
蔡英文氏がどんなに「現状維持」と言っても、中国は信用していない。
台独(台湾独立)は民進党の党規約にもあるとして、中国は「遠慮しない」という姿勢だ。
中国人民解放軍元高官――台湾を解放する(攻撃する)機は熟した
一軍高官の発言に目くじらを立てるのも適切ではないが、1月13日、とんでもない発言が中国内外のネットを驚かせている。
中国大陸のネット空間にある「頭条(tou-tiao)」(ヘッドライン)というウェブサイトが「元中将が台湾問題を解決する機は熟した:台湾軍隊は何日持ちこたえられるだろうか?」というタイトルの、過激な発言を発信したのだ。
それによれば、中国人民解放軍・南京軍区の副指令員だった王洪光・元中将は、「万一にも蔡英文氏が総統選挙で当選したら、中国はどうするか?」と聞かれたときに、おおむね、つぎのように答えたという(長いので概略を書く)。
――英文が総統になって、ひとことでも「台独」に触れてみろ。中国は「台独」の苦い果実を味わうつもりはない。「一つの中国」の大原則の下に、徹底的に台湾問題を解決する。その機は熟したと思うがいい。「地動山揺(大地が揺れ動く)」とはどういうことかを台湾の島民は思い知ることだろう。中国の軍隊の威力を知る日が来ることを覚悟するがいい。台湾の軍隊の勝算があるとでも思っているのか?何日間持ちこたえられると思っているのか?
筆者は昨年8月13日に本コラムで「中国の軍事パレードは台湾への威嚇」と書いたが、日本人にはあまり共感いただけなかったようだ。しかしこの王洪光元中将は、9月3日に行った軍事パレードのときに「制空権を持った中国大陸の軍隊の下では、台湾を奪取することなど簡単なことだ」と語っている。
つまり中国は9月3日の軍事パレードの目的の一つを、「台湾総統選への威嚇」に置いていたことが、この王洪光の発言によっても明らかなのである。
2015年12月31日に発表した中国の建国以来の大規模軍事改革は、一方では北朝鮮を睨み、そして一方では台湾の総統選挙への威嚇を内在している。
1949年に台湾を「解放」(中国人民解放軍が制圧すること)できなかったのは、中国人民解放軍が制空権と制海権を持ちえなかったからだ。いまその力を付けた中国大陸は、空と海により、日米を寄せ付けまいと、台湾を睨んでいる。
初の女性総統の出現は頼もしいが、激しい牙(きば)が、台湾に向けられていることを忘れてはならない。
女性総統の出現により、日本を含めた東アジアの安全保障情勢は必ず変化していくことだろう。
[執筆者]
遠藤 誉
1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。東京福祉大学国際交流センター長、筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会科学研究所客員研究員・教授などを歴任。『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など著書多数。近著に『毛沢東 日本軍と共謀した男』(新潮新書)
※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。
遠藤誉(東京福祉大学国際交流センター長)