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予備選直前にペイリンの支持を取り付けたトランプの目算 - 冷泉彰彦 プリンストン発 日本/アメリカ 新時代

ニューズウィーク日本版 2016年1月21日 16時10分

 サラ・ペイリン元アラスカ州知事といえば、2008年の大統領選で共和党のジョン・マケイン候補の「ランニング・メイト」、つまり副大統領候補として「オバマ=バイデン」コンビと戦ったことで有名です。

 その彼女の存在感は、この大統領選で敗北した2年後の2010年の中間選挙でより大きなものとなりました。「ティーパーティー」旋風の「応援団長」として全国を遊説し、多くの共和党候補を勝利に導いたからです。

 その後の彼女は、大統領候補に見立てられたこともありますが、さすがにその「器ではない」という自他の評価もあり、ここ数年は「大人しく」していた感じがあります。ですが、共和党のいわゆる「草の根保守」的な層には現在でも絶大な人気を誇っています。

 そのペイリン氏が今週火曜に、アイオワ州を遊説中のドナルド・トランプ候補の集会に登場して「トランプ支持」を打ち出しました。その際のペイリン氏の演説は例によって威勢のいいもので「トランプ氏は交渉術の大家」だと思い切り持ち上げたばかりか「みなさんと『トランプタワー(実際にニューヨークにある、同氏の建てた高層ビルの名前)』をアメリカに打ち立てましょう」などと言って聴衆を煽っていました。

 またオバマ大統領への批判も徹底していて「2017年の1月には、元大統領になったオバマにプロンプターを背負ってシカゴへ逃げ帰ってもらう」などと散々な言い方をしていました。「その際の合衆国大統領はもちろん、ドナルド・トランプ」だというのです。

 いずれにしても、共和党の「右派ポピュリスト」の代表的な存在である2人が「タッグを組んだ」ということは、かなりのインパクトを与えています。確かに、影響力が一時期と比べると衰えたとは言っても、ペイリン氏といえば「保守派のマドンナ」としての存在感はあるからです。

 ところで、今回の大統領選で言えば、クルーズ、ルビオ、ポールといった候補たちは、いずれも「ティーパーティー」の「ブーム」に乗って中央政界入りした政治家です。そう考えると、ペイリン氏としては、この3人のいずれかがハッキリ頭角を現したところで「支持」を打ち出せば、自分の影響力もアップする可能性があります。

 そんなペイリン氏が、どうして、このような早い時点で「トランプ支持」を打ち出したのでしょうか? 切迫した事情は、トランプ候補側にあります。2月1日のアイオワ州党員集会、そして9日のニューハンプシャー州予備選という「予備選序盤の2州」というのは非常に重要であると言われています。同氏はここでの「2連勝」を狙っているからです。

 この2州のうちニューハンプシャーは、東部で自分の地盤であるニューヨークからも近いことで、優位に選挙戦を進めていましたが、アイオワでは「ドブ板選挙」を徹底していたテッド・クルーズ候補に先行を許していたのです。

 そんな情勢を受けて、年明け以来のトランプ候補は「クルーズ叩き」に走っています。それも「カナダ生まれのクルーズ候補は大統領候補の資格なし」という一方的な法理論でのバッシングだったのですが、それがどういうわけか効いたようで、世論調査の1位を奪っています。そうではあるのですが、トランプ陣営としては「安心できない」と踏んでいるのでしょう。

 そこへ「サラ・ペイリンが支持」ということになれば、一気にアイオワでも1位を固めることができるというわけです。

 一部には、トランプ候補はペイリン氏に対して「副大統領候補のイス」を与えるという密約を結んでいるという説も流れています。そのペイリン氏は何度も「トランプ氏は交渉上手」だと持ち上げているところを見ると、その密約説には一定程度の真実味はあります。ペイリンの支持を「今」必要としているトランプは、そのような「大胆な交渉をして来た」、そんな憶測も可能だからです。

 では、この動きを受けて選挙戦はどうなるでしょうか?

 まずテッド・クルーズ候補は苦しくなってきました。アイオワで首位を取って勢いをつける構想は風前の灯で、頼みにしていた「ティーパーティーのボス」であるペイリン氏にも裏切られたばかりか、アイオワの州知事からも「エネルギー政策で相容れないクルーズ候補は支持しない」と突き放される始末です。もしかすると、意外に早い時期に息切れするかもしれません。

 仮にクルーズ候補がジリジリ後退するようですと、「エスタブリッシュメント」と言われる職業政治家グループの中では、ルビオ候補が浮上してくるでしょう。良いタイミングで、ジェブ・ブッシュ候補が「自分は撤退してルビオ候補を支持」という宣言をすると勢いが出るかもしれません。

 興味深い動きとしては、ニューハンプシャー州の世論調査で、オハイオ州のジョン・ケーシック知事が2位に浮上してきており、一部の調査では20%と有力になってきているということがあります。選挙戦の最初からトランプ氏を「共和党の大統領候補としては不適格」であると一貫して批判してきた姿勢、そして中道実務家の常識人というキャラが、ここへきて輝いてきているということのようです。

 ケーシック知事というのは、最終的に勝てる候補ではないかもしれませんが、仮にルビオ候補などの「若くて経験不足を突っ込まれそうな」候補の場合は、「政界の裏も表も知り尽くした」ケーシック氏のような人物が脇にいることで、有権者に安心感を与えることができるかもしれません。

 そう考えると、「トランプ+ペイリン」という右派ポピュリスト連合が成立したということは、反対に「ルビオ+ブッシュ+ケーシック」という「常識人連合」ができるような「反作用」をもたらすかもしれない、そんな予測も成り立ちます。

 一方の民主党の方は、「社会主義者」を自称するバーニー・サンダース候補が、ここへ来てヒラリー・クリントン氏を猛追しており、選挙戦の全体が左にシフトして「バラマキ政策」を競う格好になっています。ですが、年初来の原油安+株安で「景気失速」のリスクが出てきた中で、そんな党内受けを狙った議論ばかりでは本選が心配になります。

 予備選のスタートを告げる注目のアイオワ党員集会は、2月1日に開催されます。

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