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廃棄と再利用、循環型社会が認める「ダブルスタンダード」とは - 冷泉彰彦 プリンストン発 日本/アメリカ 新時代

ニューズウィーク日本版 2016年1月26日 15時45分

 日本の有名カレーショップチェーンが廃棄処分にした「冷凍カツ」を、廃棄業者が廃棄しないで食品として転売していた事件は、食の安全という問題を考えると深刻な問題です。この問題では「食品ではないものを食品として販売した」ばかりか、その際に元の有名ブランドを使って売ったのですから、違法性は明らかであり社会的にも非難されて当然だと思います。

 今回のような事件がどうして起きたのでしょうか? 例えば風評被害の結果売れなくなったとか、異物混入のために健康被害は見込まれないが大量廃棄を決定したような場合は、食品そのものは「食べられ」ます。一方で、廃棄を決定した側はブランド価値を守るために廃棄したので、勝手にリユース(廃棄処分から「復活?」したのですから、一種のリユースでしょう)されては困るわけです。

 そこに今回のように倫理感覚のない業者が関与すると、「まだ食べられる」商品として「訳あり食品」を流通させてしまうことはあり得ます。その背景には「構造的な違いを抱えた2つのマーケット」があります。

 一つのマーケットは、ブランドネームを大事にしている会社と、そのファンである消費者で構成された世界です。そこでは、風評被害を受けた食材や、形状に問題のある食材、率は低くても異物混入の可能性が否定出来ないロットは、徹底して排除されます。

 もう一つのマーケットは、独立系のスーパーとその商圏です。そこでは、「何となく訳あり」の匂いのする「冷凍カツ」でも、激安価格であれば購入するという関係が成立しています。

 その2つのマーケットというのは、一見すると「格差社会の上と下」に見えますが、必ずしもそうではありません。チェーンのカレー店で食事をする人が富裕層で、安売りの冷食に飛びつく人の層は違うというわけでは「ない」と思います。

 では、何が違うのかというと、チェーン店のブランドは巨大なカネを産む一方で、ブランドイメージの維持コストも巨額だということがあります。一方の独立系スーパーの場合は、そうした種類のビジネスではありません。その「差」に、今回のような悪徳業者が暗躍する余地があったと見ることができます。

 リユースや廃棄に関する、このような「差」というのは、他の産業でも見られます。例えば、ある国やマーケットでは「廃棄処分」になるものが、国境を越えたり、マーケットが変わったりすると商品価値を持つ場合があります。中古の輸送用機器がいい例です。

 航空機の場合ですと、20年ぐらい経過した機材について各国のメガキャリアは「退役」させるわけですが、それがLCC(格安航空会社)や貨物輸送のマーケットでは受け入れられるということがあります。メガキャリアは機体の新しさが安全性の保証だというマーケティング的な理由から機材更新をするのですが、LCCや貨物の場合は運送コストの削減を優先するので中古機材でも構わないという判断をします。

 乗客や荷主とすれば、LCCや貨物でも最新機材による安全性が保証されれば、それに越したことはないわけですが、価格を考えると古い機材でも構わないとして受け入れるのです。ただし、この場合は中古機材でもメーカーの厳しいメンテナンス・マニュアルは運用されて整備がされ、当該機種の免許を持った機長が操縦するという最低限のガイドラインは守られるのが前提となっています。

 自動車やバイクの場合も、日本の中古品が海外で人気商品になる現象があります。この場合は、整備はメーカー・マニュアルに準拠していないでしょうし、交換部品も純正でない可能性が高いわけで、信頼性ということでは日本国内で運用していた場合より落ちるかもしれません。ですが、少なくとも輸入国の車検を通っているのであれば違法性はなく、またその国の「国内産の新車・中古車」よりも車両として安全性が高いのであれば、倫理的な問題も少ないでしょう。

 中古の鉄道車両の輸出というのはもっと特殊で、日本側でも輸出組合を作って品質管理をしていますし、政府もODAで移送費を援助するなど国策として推進しています。鉄道車両の場合は、経済性の追求や車両の統一化の推進、あるいは最新のATC(自動列車制御装置)に対応するなど、更新の理由が日本独自であって、客観基準から見て「安全性に問題のない中古」が発生するという特殊事情があるのも事実です。

 ということは、航空機、自動車、バイク、鉄道車両の場合は、新品を使うマーケットや国と、中古でも構わないマーケットの間には、お互いに構造的な違いがあり、それぞれの事情で中古品を売買することが「ウィン・ウィン」の関係になるということが言えます。いわば「ダブルスタンダード」ではありますが、それはそれで構わないということです。

 問題になるのが、電気製品です。電気製品の場合は、リサイクルが義務付けられていて、リユースは禁じられているものがあります。というのは、電熱器を使用しているもの、大電流が流れるものなどで、老朽化が事故につながる場合があるからです。ですが、一定の耐用年数を越えても、実際は使用可能なものは多く、リユースを禁止していても闇市場から輸出がされるというケースはあるようです。

 電気製品が輸送用機器と決定的に異なるのは、製品のコストに比べてメンテのコストが異常に高価であることから、定期的な点検や部品交換を前提としていないということも指摘できます。ですから、「リユースを禁ずる」という考え方には正当性があるのですが、「もったいない」とか「まだ使える」という感覚から不適正な長期使用や、違法なリユースが発生することになります。

 この電気製品のケースは「訳あり」冷凍食品に似た要素があります。それは、表面的にはリユース可能に見えても、安全性という観点からは「リユースを禁じなくてはならない」ということです。そして安全性という問題においては「ダブルスタンダード」はあってはならない、つまり国やマーケットによって「差」があってはならないのだと思います。

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