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マイケル・ムーアの豊かな国探し

ニューズウィーク日本版 2016年1月27日 14時36分

 マイケル・ムーア監督の新作『次はどこを侵略しようか(Where to Invade Next)』(日本公開は未定)は、ムーアが米軍幹部から相談を受けたという想定で始まる。

「マイケル、私たちは途方に暮れている」と、ムーアは軍人の声をまねて言う。「最後に勝利したビッグな戦争、すなわち第二次大戦以来、アメリカは連敗を喫している」

 そこでムーアは答える。「俺に任せてくれ」

 こうしてムーアは、空母に乗り込み旅に出る。広大な甲板でアメリカ国旗をはためかせ、「USA!」と威勢のいい声を上げながら。目指すは「俺が名前をちゃんと発音できる白人の国」からなるヨーロッパだ。ただし欲しいのは石油ではなく、社会を機能させるアイデアだ。

 まず向かったのはイタリア。「誰もが、いまセックスをしたばかりみたいに見える」国だ。ムーアはそこでセクシーな中流カップル(男性は警官で女性はデパートのバイヤー)から、イタリアでは誰もが年8週間の有給休暇を取れると聞かされる。

 イタリアの女性には有給の産休もある。イタリアだけではない。世界中の国が、妊産婦に有給の産休を認めている。ムーアに言わせれば、それがないのは「カネが掛かり過ぎて導入できない」パプアニューギニアとアメリカの2カ国だけだ。

 次にムーアは、高速鉄道でフランスのある町に移動する。この町で一番おいしいレストランは、公立学校のカフェテリアだ。そこでは小学生が4皿のランチ(カレー風味のホタテの前菜、子羊とチキンのクスクス、チーズ、デザート)を食べている。

 ムーアは子供たちにコーラを勧める。学校には自動販売機がないから、アシスタントに買いに行かせたものだが、誰も手に取ろうとしない。カフェテリアのシェフにアメリカの公立学校の昼食の写真を見せると、「これは食べ物じゃない。かわいそうに」と言われてしまう。

所得税の6割が軍事費に

 そこでアメリカのテレビ番組の映像が挿入される。シンクタンクのケイトー研究所の専門家と、ラジオ番組司会者のラッシュ・リンボーが、ヨーロッパ諸国の法外な税金を批判する。

 確かにフランスの税金は、アメリカよりも少しばかり高いことを示すグラフを、ムーアは映し出す。しかし続いて、その税金によってフランスで提供されている行政サービスの一覧を示す。医療保険、産休、料金が安くてきめ細かく整備された公共交通機関、育児支援......。そのリストは延々と続く。

 アメリカで同等のサービスを受けようとすると、個人や自治体は、はるかに多くのコストを負担しなければならない。すかさずムーアは、アメリカ人が納めた所得税の59%以上が、軍事費になることを指摘する。

 銃社会の矛盾を描いた『ボウリング・フォー・コロンバイン』、高額医療問題を取り上げた『シッコ』など、ドキュメンタリーの手法でアメリカの問題をあぶり出してきたムーアは、今回もヨーロッパ諸国の「普通」を見せることで、アメリカの「異常」を浮き彫りにする。

 フィンランドの小学校は授業時間が短いのに、子供たちの学力は世界トップクラスだ。スロベニアは大学の授業料が無償だし、ドイツは今もナチスを生んだ反省に多くの時間を割いている。ポルトガルは麻薬を非犯罪化して、麻薬の管理に成功した。

 ノルウェーの刑法は、犯罪者の更生を前提としているため、刑務所はちょっとしたリゾートホテル並みの施設をそろえている。

 アイスランドは、政府と企業の管理職に女性が占める割合が世界一高い。

民族の均質性には触れず

 ヨーロッパの富裕国は今世紀初め、アメリカの保守派が社会主義と呼ぶセーフティーネットを整備することで、経済が悪化しても豊かな生活を維持してきた。だが、同じくらい豊かな国であるはずのアメリカでは、同じことが起きていない。

 ヨーロッパでは、長い休暇や有給の産休や無償の医療は、ある程度豊かになった国が市民に保障するべき当然の権利だと考えられている。いかにもアメリカ中西部出身の、でっぷり太った観光客然としたムーアの旅は、観客を爆笑させながら、そのことを教えてくれる。

 ただ、この映画には欠点もある。例えばムーアは、アメリカの麻薬関連法は、安価に働かせることができる黒人受刑者を大量に生み出したことで、事実上奴隷制を復活させたと主張する。それは検討に値する議論かもしれないが、この映画の本筋からは脱線し過ぎだ。

 それにムーアは、ヨーロッパ諸国は民族の均質性が比較的高く、自立心の高い移民の国アメリカよりも共同社会的政策を取りやすいことが、社会保障制度の違いを生んでいるのかもしれない、といった原因は探らない。

 その結果、皮肉にも『次はどこを侵略しようか』は、ひどく悲しい映画になってしまった。ヨーロッパという「ユートピア」に、星条旗を担いで踏み込んだムーアは、ひたすら持論を展開する、デブで哀れな負け組アメリカ人の典型に見えてしまうのだ。

[2016.1.12号掲載]
ニナ・バーリー

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