(前編へ)
デマゴーグは、誤った前提に基づいて立論し、理性よりも感情に訴えるため、「多数論証」や「脅迫論証」、「人身攻撃」などの技巧に頼ることがしばしばだ。
トランプはまた、「逆言法」という修辞技法を使う。逆言法は、「それについては話したくない」と言って責任を回避しながら自分が望む話題を提起し、強調するやり方だ。
例えば、昨年12月1日にニューハンプシャー州でトランプは次のように語っている。「(ほかの候補者は)そろって弱く、とにかく弱い。はっきり言うとすれば、総じて弱い。ただ、それで論争になるのはいやだから、そのことは言わないようにしよう。彼らが総じて弱いということには触れないよういしよう」
トランプの究極の誤謬
では、イスラム教徒に関する2015年12月7日のトランプの悪名高い声明に戻って分析してみよう。
さまざまな世論調査のデータを見るまでもなく、憎悪が理解を超えたものであることは誰にも明らかだ。この憎悪はどこから来て、なぜ私たちは解決を迫られているのか。この問題と、この問題がはらむ危険な脅威を、われわれがこの問題を特定し理解できるようなるまで、ジハード(聖戦)をひたすら信じて、理性を失い、人命も尊重しないような人々による残虐な攻撃に対して、米国を犠牲にすることはできない。もし私が大統領選挙に勝利すれば、われわれは「米国を再び偉大な国」にできる。
トランプはこの声明の中で、アメリカ例外論と、イスラム教徒の米国への憎悪の両方を、自明の理(議論の余地がないこと)と決めつけている。トランプに言わせるば、この2点は、大衆の知恵(多数論証)に支持されており、「誰にとっても明らか」なのだ。
トランプはまた、イスラム教徒を、ジハードをひたすら信じる、憎悪でいっぱいの、人命を尊重しない人々だと定義している。トランプは、モノ(米国)を人として、人(イスラム教徒)をモノとして扱う(関係代名詞に「who」ではなく「that」を使うことでモノだとほのめかされている)方法によって、「自明の理」同士を結合し、自分の主張の根拠としている。「ジハードをひたすら信じる人々による残虐な攻撃に対して、米国を犠牲にすることはできない」
トランプの土台となる論理は、アメリカはこうしたモノの犠牲者だというものだ。モノについては、人ほど配慮する必要がない。だから、私たちがイスラム教徒を入国させないことは正当化される。
最後に、トランプは「証拠」を都合よく歪曲することを指摘しておこう。トランプによれば、アメリカに住むイスラム教徒たちへの調査結果として、「回答者の25%が、アメリカ人への暴力は正当化される」と答えたとされている。だが、この調査の出所である安全保障政策センター(CSP)は、反イスラムのシンクタンクだといわれる。
また同じ調査で、アメリカに住むイスラム教徒の61%が「預言者ムハンマド、コーラン、あるいはイスラム教信仰を侮辱した人々に対する暴力は許容できない」と回答している点に、トランプは触れていない。アメリカ人への暴力をグローバル・ジハードの一環として正当化することはできないと考える人が64%に上ることにも言及していない。
残念ながら、真のデマゴーグの常として、トランプは「事実」には関心がないようだ。(前編)
Jennifer Mercieca, Associate Professor of Communication and Director of the Aggie Agora, Texas A&M University
This article was originally published on The Conversation. Read the original article.
ジェニファー・マルシエカ(テキサスA&M大学コミュニケーション学教授)
デマゴーグは、誤った前提に基づいて立論し、理性よりも感情に訴えるため、「多数論証」や「脅迫論証」、「人身攻撃」などの技巧に頼ることがしばしばだ。
トランプはまた、「逆言法」という修辞技法を使う。逆言法は、「それについては話したくない」と言って責任を回避しながら自分が望む話題を提起し、強調するやり方だ。
例えば、昨年12月1日にニューハンプシャー州でトランプは次のように語っている。「(ほかの候補者は)そろって弱く、とにかく弱い。はっきり言うとすれば、総じて弱い。ただ、それで論争になるのはいやだから、そのことは言わないようにしよう。彼らが総じて弱いということには触れないよういしよう」
トランプの究極の誤謬
では、イスラム教徒に関する2015年12月7日のトランプの悪名高い声明に戻って分析してみよう。
さまざまな世論調査のデータを見るまでもなく、憎悪が理解を超えたものであることは誰にも明らかだ。この憎悪はどこから来て、なぜ私たちは解決を迫られているのか。この問題と、この問題がはらむ危険な脅威を、われわれがこの問題を特定し理解できるようなるまで、ジハード(聖戦)をひたすら信じて、理性を失い、人命も尊重しないような人々による残虐な攻撃に対して、米国を犠牲にすることはできない。もし私が大統領選挙に勝利すれば、われわれは「米国を再び偉大な国」にできる。
トランプはこの声明の中で、アメリカ例外論と、イスラム教徒の米国への憎悪の両方を、自明の理(議論の余地がないこと)と決めつけている。トランプに言わせるば、この2点は、大衆の知恵(多数論証)に支持されており、「誰にとっても明らか」なのだ。
トランプはまた、イスラム教徒を、ジハードをひたすら信じる、憎悪でいっぱいの、人命を尊重しない人々だと定義している。トランプは、モノ(米国)を人として、人(イスラム教徒)をモノとして扱う(関係代名詞に「who」ではなく「that」を使うことでモノだとほのめかされている)方法によって、「自明の理」同士を結合し、自分の主張の根拠としている。「ジハードをひたすら信じる人々による残虐な攻撃に対して、米国を犠牲にすることはできない」
トランプの土台となる論理は、アメリカはこうしたモノの犠牲者だというものだ。モノについては、人ほど配慮する必要がない。だから、私たちがイスラム教徒を入国させないことは正当化される。
最後に、トランプは「証拠」を都合よく歪曲することを指摘しておこう。トランプによれば、アメリカに住むイスラム教徒たちへの調査結果として、「回答者の25%が、アメリカ人への暴力は正当化される」と答えたとされている。だが、この調査の出所である安全保障政策センター(CSP)は、反イスラムのシンクタンクだといわれる。
また同じ調査で、アメリカに住むイスラム教徒の61%が「預言者ムハンマド、コーラン、あるいはイスラム教信仰を侮辱した人々に対する暴力は許容できない」と回答している点に、トランプは触れていない。アメリカ人への暴力をグローバル・ジハードの一環として正当化することはできないと考える人が64%に上ることにも言及していない。
残念ながら、真のデマゴーグの常として、トランプは「事実」には関心がないようだ。(前編)
Jennifer Mercieca, Associate Professor of Communication and Director of the Aggie Agora, Texas A&M University
This article was originally published on The Conversation. Read the original article.
ジェニファー・マルシエカ(テキサスA&M大学コミュニケーション学教授)