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2つのアイドル謝罪、「社会の縮図」と「欺圧の現実」

ニューズウィーク日本版 2016年1月29日 19時53分

 今月、東アジアで2つの「アイドルによる謝罪」が注目を集めた。

 1つは日本を代表するアイドルグループ「SMAP」の謝罪だ。1月18日、テレビの生放送に出演したSMAPのメンバー5人は黒いスーツに身を包み、深々と頭を下げて謝罪した。日本中のメディアで報じられている通りなので詳細は省くが、何について謝っているのかについては一切言及することなく、ただひたすらに「(世間を)お騒がせした」こと、「たくさんの方々に心配をかけてしまい、そして不安にさせてしま」ったことをわびた。新しい情報らしきものといえば、「ジャニーさんに謝る機会」を得たという発言ぐらいだった。

 そしてもう1つの謝罪は1月15日、韓国の女性アイドルグループ「TWICE」に属する台湾人のツウィ(周子瑜)によるものだった。彼女が韓国のバラエティ番組に出演した際、小さな韓国の国旗と中華民国旗を手にしていたシーンがあったが、台湾の"親中派"歌手の黄安がそれを「台湾独立派」だと指弾。煽られた中国のネットユーザーが激しく批判し、謝罪に追い込まれた。

 この2つの謝罪には多くの類似点があり、一方で相違点もある。そして何より、台湾アイドルの「謝罪事件」は、中華圏ならではの影響を社会にもたらすことになった。

SMAP事件とツウィ事件の類似性

 実は、台湾の中では中華民国旗はむしろ「一つの中国」のシンボルであり、独立派は「台湾旗」など別の旗を用いるのが一般的だ。中国官制メディアCCTV(中国中央電視台)の著名アナウンサーである白岩松はこの事実に言及し、ネットユーザーはもっと勉強するべきと嘆いたほど。誤解に基づくバッシングだったが、ツウィは謝罪会見では弁明するどころか、何が問題だったのかを語ることすらなかった。



 ツウィは「会社と両岸(中国と台湾)のネットユーザーの感情を傷つけたこと」をひたすら謝罪し、「中国は1つ、海峡両岸は一体です。私は自分が中国人であることを誇りに思っています」との声明を読み上げただけだ。

 日本と台湾で繰り広げられたアイドルの謝罪には多くの類似点がある。何が「罪」だったのか一切明かされないこと、一切の抗弁は許されず「さらし者」にされたような印象を視聴者に抱かせたこと、会社に対しての謝罪が含まれていたこと......。

 SMAPとツウィ、2つの事件の類似についてBBCが記事「The dark side of Asia's pop music industry」(アジアのポップミュージック産業における暗黒面)で取り上げている。夢を与える存在とされ、若者たちの憧れの的であるアイドルたちだが、所属事務所にがんじがらめに縛られた存在であることが浮き彫りになったとの結論だ。

「子どもに対する暴力」が社会運動のトリガーに

 一方で、2つの事件には違いもある。SMAPがデビューから25年を迎えた国民的アイドルであるのに対し、ツウィは昨秋デビューしたばかりの新人という点だ。しかしながら事件の影響という点では、ツウィの事件はSMAPのそれを上回るインパクトを残している。なぜだろうか。

「一つの中国」を巡る政治的な問題だった、というだけではない。台湾総統選の投票日前日に謝罪動画が公開されたというタイミングが大きかった。台湾のテレビをザッピングしていたが、選挙以上の注目度だった。わずか1日で10回以上は謝罪動画を目にした記憶がある。

【参考記事】【台湾現地レポート】ミュージシャン出身委員も誕生させた民主主義の「成熟」

 とはいえ、タイミングだけが問題だったわけではない。16歳の子どもという「弱者」が、会社や中国という横暴な「強者」に虐げられるという構図。これは中華圏の人々の怒りを爆発させる伝統的スイッチである。

 他の事例を紹介しよう。

 2014年には台湾で学生が議場を占拠する「ひまわり学生運動」が起きた。学生たちは政府の不透明な意志決定や対中政策のあり方をテーマとしていたが、その主張が支持されたというよりも、警官が学生たちに暴力を振るう姿が報じられたことで、一気に学生支持が高まった。

 2014年秋に香港で政府庁舎前や繁華街を占拠した「雨傘革命」も同様だ。当初、大学研究者らが「オキュパイ・セントラル」という名称で路上占拠の抗議活動を計画していたが、支持は集まらなかった。ところが座り込みを行った学生たちが暴力的に排除されたこと、警官隊が催涙弾を使用したことで怒りの声が一気に広がった(催涙弾を防ぐ防具として持ち寄るよう呼びかけられた雨傘が運動のシンボルとなった)。普通選挙導入というお題目よりも、子どもたちに暴力が振るわれたという事実が参加者を結束させるきずなとなったわけだ。

 こうした構図は民主主義が根付いている台湾や香港だけのものではない。中国本土であっても、子どもという「弱者」は感情を呼び起こす機能を果たす。

 2012年7月1日に四川省徳陽市什邡市で、銅モリブデン工場建設に反対する大規模なデモが起きた。1万人を超える住民が市庁舎前に集まり、警官隊と衝突する騒ぎへと発展した。その後政府は工場建設の撤回を発表しているが、大規模デモの発端となったのはやはり子どもたちだった。「街の環境を守れ」と高校生の一団が横断幕を手に小規模なデモを行ったところ、警官に暴行され数十人が逮捕された。子どもたちの犠牲が街の人々の感情を逆なでにしたのである。

怒りのレベルは日本人の想像を超える

 子どもに暴力が振るわれれば、怒るのは当たり前と思われるかもしれない。しかし台湾、香港、中国で起きた大規模な運動の事例からも分かるとおり、その怒りのレベルは日本人の想像を超えている。

 中国語には「欺圧」という言葉がある。「権力を持つ強者が弱者を虐げる」という意味で、中国の伝統的道徳観では許しがたい行いであった。前近代の刑法では犯罪行為とされていたほどだ。「欺圧」と反対の意味の言葉が「公道」だ。「公正、公平、あるべき姿」という意味で、道徳的価値が正しく実現されている理想の状態を意味する。

 SMAPとツウィの事件にひきつけて説明するならば、日本ではファンによる運動はあったものの、大多数は不可解な謝罪を日本の縮図だと諦観する人が多かったのではないか。一方、台湾では正しい状況からゆがめられた現実に怒りを抱き、徹底的に抗議しよう、ツウィを救えとの大合唱が広がった。

「弱者」というキーワードは情報を拡散させ、人々を動かすためのツールとして利用されている。例えば中国では政府の不正を訴える際に、子どもや妊婦、老人に危害が加えられたというエピソードが付け加えられる。ウソであることも多いのだが、「弱者が虐げられる構図」がいかに人々の感情を突き動かすものか、よく知られているがゆえと言える。ツウィの事件もまた、人々の感情を大きく揺さぶり選挙に影響を与えることが分かった上で、広く拡散されたことは間違いない。

 人々の感情を突き動かす道徳観というツールは、選挙結果に影響を及ぼしたり、大規模なデモを生み出したりと強力な力を持つ。その力を否定することはできないが、理性ではなく感情を動力としているだけに危うさを感じるのも事実だ。

 ましてや今回のツウィ事件ではもう一方の側、中国ネットユーザーも近代が生み出した感情のツールであるナショナリズムによって突き動かされていた。中国と台湾、双方の人々がそれぞれ感情のツールによって対立する局面は、政府のコントロールを超えたリスクをはらんでいる。

[筆者]
高口康太
ジャーナリスト、翻訳家。1976年生まれ。千葉大学人文社会科学研究科(博士課程)単位取得退学。独自の切り口から中国・新興国を論じるニュースサイト「KINBRICKS NOW」を運営。著書に『なぜ、習近平は激怒したのか――人気漫画家が亡命した理由』(祥伝社)。


高口康太(ジャーナリスト、翻訳家)

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