甘粛省で記者が相次いで失踪、逮捕されている。背後にはチョコレートを万引きし自殺に追い込まれた少女の追跡取材や、年一回開催される地方両会(県議会などに相当)と全国両会(国会に相当)(北京で開催)がある。
チョコレート万引き少女の自殺に抗議して暴徒化した民衆――貧富の格差と政府への不満
昨年12月28日、甘粛省金昌市永昌県の13歳になる少女が華東超市(華東スーパーマーケット)東街店でチョコレートを万引きした。少女はその日の昼、水しか飲んでいなかった。昼食のために学校から家に戻ってみると、テーブルの上にはわずかな小銭が置いてあるだけだった。華東スーパーがある広場でポップコーンを売っている父親に電話すると、その金で何か買って食べてくれという。少女は家で水だけ飲むと、その小銭で父親のためにうどんを買い、父親に届けた。お前が食べろという父親に「おなか空いてないから、いらない」と言い、その場を離れた。父親は無理やり別の小銭を少女に渡した。
目の前には何でも売っているスーパーマーケットがある。
少女は思わず店の中に陳列してあるチョコレートに手を伸ばしていた。
家は貧乏で、チョコレートを買うお金などない。
スーパーの監視カメラが少女の行動を撮っていた。
店員に捕まり、客の前で激しい詰問が始まる。
「名前は?」「さっさと名前を言いなさい!」「学校はどこなの?!」「親の名前は?!」「親の電話番号を言いなさい!」
店主も出てきて、容赦なく罵声を浴びせた。
周りの客が、「もう、その辺でいいだろ?品物も返したんだし...。学校に戻してあげたら?まだ子供なんだし...」とかばうが、店主は引かない。
少女は屈辱のあまり何も答えられず、ようやく母親の電話番号を言った。
母親が来ると、店側はチョコレートの10倍はする150元を出せという(1元は約18円)。払わなければ警察に通報し、学校に通知すると脅した。
しかし母親は10元しか持っていない。
母親は娘を店で待たせ、ポップコーンを売っている夫のところに飛んでいき事情を話した。二人合わせてかき集めた金額は95元。急いで店に戻り、店主に有り金ぜんぶを渡した。
「だめだ! 足りない! 150元出さなければ警察に通報するぞ!」
押し問答をしている内に娘の姿が消えていることに気がついた。
ハッとした時には遅かった。
少女は17階の屋上に行き、飛び降り自殺をしてしまったのである。
翌日、千人以上の民衆が華東スーパーを囲み抗議を始めた。
30日になると群衆の数は万を越え、暴徒化してしまう。
警察3000人以上が出動し、それでも騒ぎは収まらずに、ついに蘭州軍区から3000人の武装警察が出動。大きな事件に発展してしまう。その様子を伝えた画像はほぼ削除されてしまって、今ではあまり見つからないが、その一部は「Yahoo香港」や「文学城」などの写真から伺われる。10人ほどが拘束された。
貧乏なのだ。
特に甘粛省やチベット自治区あるいはウィグル自治区などの辺境の地に行けば行くほど、貧富の格差は激しい。今回の暴動は、「貧富の格差」に対する民衆の怒りと全ての不平等に対する政府への怒りが、少女の自殺をきっかけに爆発したと言っていいだろう。
このような暴動は全国各地で毎日数百件は起きている。2014年に清華大学の教授が計算したところによれば、年間18万件ほど起きているという。少し前までは、(その昔、筆者がいた)中国社会科学院の社会学研究所が統計を取っていたのだが、年間10万件を越える段階で統計作業を中止している。
あまりに暴動が多いために、中国の治安維持費は軍事費を上回っているほどだ。
両会が始まろうとしていた
中国には年に一回開かれる「両会」というのがある。全国レベルで言うならば、立法機関である全国人民代表大会(全人代)とその諮問機関のような役割をする政治協商会議(全国政協)の二つを指す。3月初旬に北京で開催されるが、その前に1月に入ると中国全土の行政区分レベルで開催される。
甘粛省の場合は甘粛省政協が1月15日から19日まで、甘粛省人代が1月16日から20日まで、それぞれ蘭州で開かれることになっている。
1月13日には中国共産党甘粛省委員会宣伝部が「両会新聞宣伝工作会議」を開催し、甘粛省の全てのメディアがこれを報道することを要求した。
地方レベルであろうと、地方の両会から選ばれた全国両会であろうと、その期間にはいかなる「不祥事」も起きてはならない。警戒レベルは最高に達する。それが中国だ。
なぜ複数の新聞記者が連続失踪し逮捕されたのか?
1月7日になると、「蘭州晨報」(朝刊)、「蘭州晩報」(夕刊)や「西部商報」などの記者が相次いで消息不明になったことがわかった。
1月25日には、「ゆすり」や「脅し」を理由に3人が拘束されていたことが判明。
3人に共通していたのは、「チョコレート少女」の追跡取材をしていたことである。もう一つの共通点は、「社会の負のニュースも報道する」という勇気を持っていたことだ。
中国では、これは「勇気」ではない。「犯罪」に相当する。おまけに反骨精神を持っていた3人は、1月13日の中国共産党宣伝部の宣伝内容を報道しようとしなかったという「報道しない自由」をも使おうとしたという。これはもっと重い「犯罪」に相当すると言っていいだろう。
しかし、これらを逮捕理由にしたのでは、また暴動を招く。
そこで当局は「ゆすりや脅し」という理由を付けたのだが、どのような脅迫をしたのかに関して、理由が二転三転している。
3人のうち2人は釈放され、1人は逮捕されたが、その理由の中に「反政府的な公開状をネットに載せた」というのが付いていた。
逮捕状などに関する具体的画像を見たい方は、「観察者」というウェブサイトをご覧いただきたい。逮捕状そのものも貼り付けてある。政府を批判する公開状は、本人が書いたものではないと、所属の新聞社は言っている。
逮捕の正当性を裏付けるために「おとり捜査」も実行したようだが、要は「報道の自由」を弾圧したというひとことに尽きる。
習近平政権になってから、報道の自由への弾圧が一段と厳しくなってきた。
一党支配体制を崩壊させないために反腐敗運動の強化や国家新都市化計画により2.67億人に上る農民工の福利厚生問題を解決すべく取り組んではいる。そのために経済の成長が鈍化し、人民に逆に不満が出てくるといけないので、報道の自由に対する弾圧が非常に厳しくなっている。人権派弁護士ら、民主活動家からは「改革開放以来、最大の言論弾圧が起きている」という悲鳴が筆者のもとにも届く。
1月5日付の本コラム<香港「反中」書店関係者、謎の連続失踪――国際問題化する中国の言論弾圧>にも書いたように、言論弾圧は中国本土(大陸)だけでなく香港にも及んでいる。
しかし、このようなことをすればするほど、人民の不満は高まるばかりだろう。携帯を通してネットにアクセスする「網民」(ネット人口)は今年1月の統計で9億人に達した。
言論弾圧は逆効果だ。自由に発信する中国型LINE「微信」は、民主活動家や勇気のある記者の逮捕という旧来の言論弾圧手法では抑えきれない勢いになっている。規制されればされるほど、人民の「知る欲求」と政府への不満は強まっていき、政府転覆へとつながりかねないだろう。
一党支配の限界を感じさせる事件であった。
[執筆者]
遠藤 誉
1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。東京福祉大学国際交流センター長、筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会科学研究所客員研究員・教授などを歴任。『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など著書多数。近著に『毛沢東 日本軍と共謀した男』(新潮新書)
※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。
遠藤誉(東京福祉大学国際交流センター長)
チョコレート万引き少女の自殺に抗議して暴徒化した民衆――貧富の格差と政府への不満
昨年12月28日、甘粛省金昌市永昌県の13歳になる少女が華東超市(華東スーパーマーケット)東街店でチョコレートを万引きした。少女はその日の昼、水しか飲んでいなかった。昼食のために学校から家に戻ってみると、テーブルの上にはわずかな小銭が置いてあるだけだった。華東スーパーがある広場でポップコーンを売っている父親に電話すると、その金で何か買って食べてくれという。少女は家で水だけ飲むと、その小銭で父親のためにうどんを買い、父親に届けた。お前が食べろという父親に「おなか空いてないから、いらない」と言い、その場を離れた。父親は無理やり別の小銭を少女に渡した。
目の前には何でも売っているスーパーマーケットがある。
少女は思わず店の中に陳列してあるチョコレートに手を伸ばしていた。
家は貧乏で、チョコレートを買うお金などない。
スーパーの監視カメラが少女の行動を撮っていた。
店員に捕まり、客の前で激しい詰問が始まる。
「名前は?」「さっさと名前を言いなさい!」「学校はどこなの?!」「親の名前は?!」「親の電話番号を言いなさい!」
店主も出てきて、容赦なく罵声を浴びせた。
周りの客が、「もう、その辺でいいだろ?品物も返したんだし...。学校に戻してあげたら?まだ子供なんだし...」とかばうが、店主は引かない。
少女は屈辱のあまり何も答えられず、ようやく母親の電話番号を言った。
母親が来ると、店側はチョコレートの10倍はする150元を出せという(1元は約18円)。払わなければ警察に通報し、学校に通知すると脅した。
しかし母親は10元しか持っていない。
母親は娘を店で待たせ、ポップコーンを売っている夫のところに飛んでいき事情を話した。二人合わせてかき集めた金額は95元。急いで店に戻り、店主に有り金ぜんぶを渡した。
「だめだ! 足りない! 150元出さなければ警察に通報するぞ!」
押し問答をしている内に娘の姿が消えていることに気がついた。
ハッとした時には遅かった。
少女は17階の屋上に行き、飛び降り自殺をしてしまったのである。
翌日、千人以上の民衆が華東スーパーを囲み抗議を始めた。
30日になると群衆の数は万を越え、暴徒化してしまう。
警察3000人以上が出動し、それでも騒ぎは収まらずに、ついに蘭州軍区から3000人の武装警察が出動。大きな事件に発展してしまう。その様子を伝えた画像はほぼ削除されてしまって、今ではあまり見つからないが、その一部は「Yahoo香港」や「文学城」などの写真から伺われる。10人ほどが拘束された。
貧乏なのだ。
特に甘粛省やチベット自治区あるいはウィグル自治区などの辺境の地に行けば行くほど、貧富の格差は激しい。今回の暴動は、「貧富の格差」に対する民衆の怒りと全ての不平等に対する政府への怒りが、少女の自殺をきっかけに爆発したと言っていいだろう。
このような暴動は全国各地で毎日数百件は起きている。2014年に清華大学の教授が計算したところによれば、年間18万件ほど起きているという。少し前までは、(その昔、筆者がいた)中国社会科学院の社会学研究所が統計を取っていたのだが、年間10万件を越える段階で統計作業を中止している。
あまりに暴動が多いために、中国の治安維持費は軍事費を上回っているほどだ。
両会が始まろうとしていた
中国には年に一回開かれる「両会」というのがある。全国レベルで言うならば、立法機関である全国人民代表大会(全人代)とその諮問機関のような役割をする政治協商会議(全国政協)の二つを指す。3月初旬に北京で開催されるが、その前に1月に入ると中国全土の行政区分レベルで開催される。
甘粛省の場合は甘粛省政協が1月15日から19日まで、甘粛省人代が1月16日から20日まで、それぞれ蘭州で開かれることになっている。
1月13日には中国共産党甘粛省委員会宣伝部が「両会新聞宣伝工作会議」を開催し、甘粛省の全てのメディアがこれを報道することを要求した。
地方レベルであろうと、地方の両会から選ばれた全国両会であろうと、その期間にはいかなる「不祥事」も起きてはならない。警戒レベルは最高に達する。それが中国だ。
なぜ複数の新聞記者が連続失踪し逮捕されたのか?
1月7日になると、「蘭州晨報」(朝刊)、「蘭州晩報」(夕刊)や「西部商報」などの記者が相次いで消息不明になったことがわかった。
1月25日には、「ゆすり」や「脅し」を理由に3人が拘束されていたことが判明。
3人に共通していたのは、「チョコレート少女」の追跡取材をしていたことである。もう一つの共通点は、「社会の負のニュースも報道する」という勇気を持っていたことだ。
中国では、これは「勇気」ではない。「犯罪」に相当する。おまけに反骨精神を持っていた3人は、1月13日の中国共産党宣伝部の宣伝内容を報道しようとしなかったという「報道しない自由」をも使おうとしたという。これはもっと重い「犯罪」に相当すると言っていいだろう。
しかし、これらを逮捕理由にしたのでは、また暴動を招く。
そこで当局は「ゆすりや脅し」という理由を付けたのだが、どのような脅迫をしたのかに関して、理由が二転三転している。
3人のうち2人は釈放され、1人は逮捕されたが、その理由の中に「反政府的な公開状をネットに載せた」というのが付いていた。
逮捕状などに関する具体的画像を見たい方は、「観察者」というウェブサイトをご覧いただきたい。逮捕状そのものも貼り付けてある。政府を批判する公開状は、本人が書いたものではないと、所属の新聞社は言っている。
逮捕の正当性を裏付けるために「おとり捜査」も実行したようだが、要は「報道の自由」を弾圧したというひとことに尽きる。
習近平政権になってから、報道の自由への弾圧が一段と厳しくなってきた。
一党支配体制を崩壊させないために反腐敗運動の強化や国家新都市化計画により2.67億人に上る農民工の福利厚生問題を解決すべく取り組んではいる。そのために経済の成長が鈍化し、人民に逆に不満が出てくるといけないので、報道の自由に対する弾圧が非常に厳しくなっている。人権派弁護士ら、民主活動家からは「改革開放以来、最大の言論弾圧が起きている」という悲鳴が筆者のもとにも届く。
1月5日付の本コラム<香港「反中」書店関係者、謎の連続失踪――国際問題化する中国の言論弾圧>にも書いたように、言論弾圧は中国本土(大陸)だけでなく香港にも及んでいる。
しかし、このようなことをすればするほど、人民の不満は高まるばかりだろう。携帯を通してネットにアクセスする「網民」(ネット人口)は今年1月の統計で9億人に達した。
言論弾圧は逆効果だ。自由に発信する中国型LINE「微信」は、民主活動家や勇気のある記者の逮捕という旧来の言論弾圧手法では抑えきれない勢いになっている。規制されればされるほど、人民の「知る欲求」と政府への不満は強まっていき、政府転覆へとつながりかねないだろう。
一党支配の限界を感じさせる事件であった。
[執筆者]
遠藤 誉
1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。東京福祉大学国際交流センター長、筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会科学研究所客員研究員・教授などを歴任。『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など著書多数。近著に『毛沢東 日本軍と共謀した男』(新潮新書)
※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。
遠藤誉(東京福祉大学国際交流センター長)