2010年3月に日本で刊行された『20歳のときに知っておきたかったこと』(高遠裕子訳、三ツ松新解説、CCCメディアハウス)という本がある。スタンフォード大学の起業家育成のエキスパート、ティナ・シーリグが「人生を変える方法」を指南した同書は、日本だけで32万部を売り、世界各国でベストセラーとなった。
このたび刊行されたシーリグの新刊『スタンフォード大学 夢をかなえる集中講義』(高遠裕子訳、三ツ松新解説、CCCメディアハウス)には、こんな男が登場する。タバコに酒、コカイン、ギャンブル、ポルノにストリップ通いと悪行をやり尽くしたが、改心し、世界の8億人に安全な飲料水を届けようと慈善団体を立ち上げる男だ。シーリグはこの男の話から、こんな教訓を提示している――「情熱は後からついてくる」。
【参考記事】フェイスブックの難民支援は慈善では済まない
以下、同書の「第I部 想像力」から抜粋する。
◇ ◇ ◇
スコット・ハリソンの生活はすさんでいました。ナイトクラブのプロモーターとして、客を集めては泥酔させるという生活を一〇年以上続けていましたが、ある日、どうしようもなく惨めな気持ちに襲われます。自分は「がれきの山」を築いてきたのだとしか思えませんでした。スタンフォード大学での講演で、つぎのように語っています。
二八歳までに、夜の世界に付き物の悪行はやり尽くしました。毎日マルボロを二箱半吸い、酒は浴びるように飲みました。コカインやMDMAにも手を出しました。ギャンブルに狂い、ポルノに狂い、ストリップクラブ通いが止められない。一〇年もこんな生活を続けて、よくも真っ当な人間に戻れたものだと思います。
南米のプンタデルエステに滞在していたとき、突然、自覚したんです。僕は自分が知っている人間のなかでいちばん惨めで、そのうえ最低の人間だと。僕以上に自己中心的で、滅茶苦茶な人間はいない。何を残したかと言えば、パーティを開いては客を酔っぱらわせただけの人間としての評判しかない。僕は、あちこちにがれきの山をつくってきたのだと気づいたのです。
そんな生き方に嫌気が差したスコットは、すべてを変えなければという思いに駆られます。「いまとは一八〇度違う生活とは、どんなものだろう」――何週間もそう考えた末に行き着いた答えは、困った人たちを助ける、ということでした。
そこで、慈善団体をいくつもリストアップし、ボランティアとして働かせてほしいと頼みましたが、ことごとく断られます。およそ人のために汗を流せる人間には見えなかったのです。それでもめげずに門を叩き続け、ついに受け入れてくれる組織に巡り合います。世界の最貧国を病院船で巡回し、無料で医療サービスを提供する非営利組織(NPO)、マーシー・シップでした。旅費を本人が負担すればボランティアとして採用するといわれたスコットは、このチャンスに飛びつきました。
マーシー・シップでは、二週間を一クールとし、ボランティアの医師が外科手術や薬の処方を行ないます。スコットが乗船した船の行き先は、西アフリカのリベリア。フォトジャーナリストとして、医療サービスを受けた患者の話をまとめる仕事を任されました。この経験でスコットは、苦しむ人たちの世界をほんとうの意味で知ることになります。ひどい疾患に苦しむ人たちに数多く出会いましたが、その多くはバクテリアや寄生虫、下水などで汚染された飲料水が原因でした。スコットが撮った写真には、清潔な水が手に入らないために体を壊した若者や老人の悲惨な姿がありました。
この問題をなんとかしなければいけない、自分にできることは何だろう。考え抜いた末、ニューヨークに戻ったスコットは二〇〇六年、世界の八億人に清潔で安全な飲料水を届けることを目標に、NPOのチャリティー・ウォーターを設立します。クラブのプロモーターとして身につけたスキルを生かし、世界中の人々から支援を得るべく駆けずり回りました。有名企業の幹部も相次いで支援を約束し、彼らがその影響力を使ってさらに支援の輪を広げてくれました。チャリティー・ウォーターの戦略は単純明快です。地元の組織と相談しながら清潔な水が出そうな場所を探して井戸を掘り、雨水を貯めておく装置をつくり、砂や泥を濾過するシステムを構築していきます。
スコット・ハリソンの物語から学べる大切な教訓が二つあります。第一に、情熱は後からついてくるものであって、やってみるのが先だということです。実際に経験してみると、想像力が刺激され、自分はこうしたい、こうありたいといった最高のビジョンを描くことができるようになります。スコットの場合、慈善団体でのボランティアが天命だと思えたわけですが、そこに至るまでには何の予備知識もありませんでした。それは、誰しもおなじではないでしょうか。第二の教訓は、人生の舞台を決めるのは、私たち一人ひとりだということです。選択肢は無数にあり、どれを選ぶかは自分次第なのです。
◇ ◇ ◇
まもなく東日本大震災から5年になる。あの震災を機に、自分の生き方を見つめ直した人は多いのではないだろうか。安定した大企業で働く代わり映えのしない生活でいいのか。人生において意味のあることを成し遂げなくていいのか。本当は自分にもやりたいことがあったのではないか。
今からでも遅くはない。情熱なんて、最初はなくてもいい。まずは行動してみることだ。
人生においてなにか意味のあることをしたいと思っている人は多くいるが、頭の中にあるアイデアを形にできる人はそう多くないと、シーリグは言う。そこで彼女は本書を著した。アイデアも、創造力も、解決策も、ひらめきを生んで実現するのはスキルにほかならないと考えているからだ。スキルであれば、誰もが学び、実践できる。
【参考記事】心が疲れると、正しい決断はできない
シーリグによれば、思い描く未来にたどり着くために必要なことは3つある。第一が起業家的な心構えであり、それは『20歳のときに知っておきたかったこと』にまとめたという。第二は、問題を解決し、チャンスを活かすためのツール。それは2作目の著書『未来を発明するためにいまできること』(高遠裕子訳、三ツ松新解説、CCCメディアハウス)で取り上げた。
そして第三に必要なのが、ひらめきを形にするためのロードマップだ。最新刊『スタンフォード大学 夢をかなえる集中講義』のテーマである。これから、本書に収められたさまざまなエピソードをいくつか抜粋し、シーリグのメッセージと共に紹介していこう。
※スタンフォード大学 集中講義(2):レゴ社の「原点」が記されていた1974年の手紙
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『スタンフォード大学 夢をかなえる集中講義』
ティナ・シーリグ 著
高遠裕子 訳
三ツ松 新 解説
CCCメディアハウス
『20歳のときに知っておきたかったこと
――スタンフォード大学 集中講義』
ティナ・シーリグ 著
高遠裕子 訳
三ツ松 新 解説
CCCメディアハウス
『未来を発明するためにいまできること
――スタンフォード大学 集中講義II』
ティナ・シーリグ 著
高遠裕子 訳
三ツ松 新 解説
CCCメディアハウス
スコット・ハリソンのスタンフォード大学での講演
このたび刊行されたシーリグの新刊『スタンフォード大学 夢をかなえる集中講義』(高遠裕子訳、三ツ松新解説、CCCメディアハウス)には、こんな男が登場する。タバコに酒、コカイン、ギャンブル、ポルノにストリップ通いと悪行をやり尽くしたが、改心し、世界の8億人に安全な飲料水を届けようと慈善団体を立ち上げる男だ。シーリグはこの男の話から、こんな教訓を提示している――「情熱は後からついてくる」。
【参考記事】フェイスブックの難民支援は慈善では済まない
以下、同書の「第I部 想像力」から抜粋する。
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スコット・ハリソンの生活はすさんでいました。ナイトクラブのプロモーターとして、客を集めては泥酔させるという生活を一〇年以上続けていましたが、ある日、どうしようもなく惨めな気持ちに襲われます。自分は「がれきの山」を築いてきたのだとしか思えませんでした。スタンフォード大学での講演で、つぎのように語っています。
二八歳までに、夜の世界に付き物の悪行はやり尽くしました。毎日マルボロを二箱半吸い、酒は浴びるように飲みました。コカインやMDMAにも手を出しました。ギャンブルに狂い、ポルノに狂い、ストリップクラブ通いが止められない。一〇年もこんな生活を続けて、よくも真っ当な人間に戻れたものだと思います。
南米のプンタデルエステに滞在していたとき、突然、自覚したんです。僕は自分が知っている人間のなかでいちばん惨めで、そのうえ最低の人間だと。僕以上に自己中心的で、滅茶苦茶な人間はいない。何を残したかと言えば、パーティを開いては客を酔っぱらわせただけの人間としての評判しかない。僕は、あちこちにがれきの山をつくってきたのだと気づいたのです。
そんな生き方に嫌気が差したスコットは、すべてを変えなければという思いに駆られます。「いまとは一八〇度違う生活とは、どんなものだろう」――何週間もそう考えた末に行き着いた答えは、困った人たちを助ける、ということでした。
そこで、慈善団体をいくつもリストアップし、ボランティアとして働かせてほしいと頼みましたが、ことごとく断られます。およそ人のために汗を流せる人間には見えなかったのです。それでもめげずに門を叩き続け、ついに受け入れてくれる組織に巡り合います。世界の最貧国を病院船で巡回し、無料で医療サービスを提供する非営利組織(NPO)、マーシー・シップでした。旅費を本人が負担すればボランティアとして採用するといわれたスコットは、このチャンスに飛びつきました。
マーシー・シップでは、二週間を一クールとし、ボランティアの医師が外科手術や薬の処方を行ないます。スコットが乗船した船の行き先は、西アフリカのリベリア。フォトジャーナリストとして、医療サービスを受けた患者の話をまとめる仕事を任されました。この経験でスコットは、苦しむ人たちの世界をほんとうの意味で知ることになります。ひどい疾患に苦しむ人たちに数多く出会いましたが、その多くはバクテリアや寄生虫、下水などで汚染された飲料水が原因でした。スコットが撮った写真には、清潔な水が手に入らないために体を壊した若者や老人の悲惨な姿がありました。
この問題をなんとかしなければいけない、自分にできることは何だろう。考え抜いた末、ニューヨークに戻ったスコットは二〇〇六年、世界の八億人に清潔で安全な飲料水を届けることを目標に、NPOのチャリティー・ウォーターを設立します。クラブのプロモーターとして身につけたスキルを生かし、世界中の人々から支援を得るべく駆けずり回りました。有名企業の幹部も相次いで支援を約束し、彼らがその影響力を使ってさらに支援の輪を広げてくれました。チャリティー・ウォーターの戦略は単純明快です。地元の組織と相談しながら清潔な水が出そうな場所を探して井戸を掘り、雨水を貯めておく装置をつくり、砂や泥を濾過するシステムを構築していきます。
スコット・ハリソンの物語から学べる大切な教訓が二つあります。第一に、情熱は後からついてくるものであって、やってみるのが先だということです。実際に経験してみると、想像力が刺激され、自分はこうしたい、こうありたいといった最高のビジョンを描くことができるようになります。スコットの場合、慈善団体でのボランティアが天命だと思えたわけですが、そこに至るまでには何の予備知識もありませんでした。それは、誰しもおなじではないでしょうか。第二の教訓は、人生の舞台を決めるのは、私たち一人ひとりだということです。選択肢は無数にあり、どれを選ぶかは自分次第なのです。
◇ ◇ ◇
まもなく東日本大震災から5年になる。あの震災を機に、自分の生き方を見つめ直した人は多いのではないだろうか。安定した大企業で働く代わり映えのしない生活でいいのか。人生において意味のあることを成し遂げなくていいのか。本当は自分にもやりたいことがあったのではないか。
今からでも遅くはない。情熱なんて、最初はなくてもいい。まずは行動してみることだ。
人生においてなにか意味のあることをしたいと思っている人は多くいるが、頭の中にあるアイデアを形にできる人はそう多くないと、シーリグは言う。そこで彼女は本書を著した。アイデアも、創造力も、解決策も、ひらめきを生んで実現するのはスキルにほかならないと考えているからだ。スキルであれば、誰もが学び、実践できる。
【参考記事】心が疲れると、正しい決断はできない
シーリグによれば、思い描く未来にたどり着くために必要なことは3つある。第一が起業家的な心構えであり、それは『20歳のときに知っておきたかったこと』にまとめたという。第二は、問題を解決し、チャンスを活かすためのツール。それは2作目の著書『未来を発明するためにいまできること』(高遠裕子訳、三ツ松新解説、CCCメディアハウス)で取り上げた。
そして第三に必要なのが、ひらめきを形にするためのロードマップだ。最新刊『スタンフォード大学 夢をかなえる集中講義』のテーマである。これから、本書に収められたさまざまなエピソードをいくつか抜粋し、シーリグのメッセージと共に紹介していこう。
※スタンフォード大学 集中講義(2):レゴ社の「原点」が記されていた1974年の手紙
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ティナ・シーリグ 著
高遠裕子 訳
三ツ松 新 解説
CCCメディアハウス
『20歳のときに知っておきたかったこと
――スタンフォード大学 集中講義』
ティナ・シーリグ 著
高遠裕子 訳
三ツ松 新 解説
CCCメディアハウス
『未来を発明するためにいまできること
――スタンフォード大学 集中講義II』
ティナ・シーリグ 著
高遠裕子 訳
三ツ松 新 解説
CCCメディアハウス
スコット・ハリソンのスタンフォード大学での講演