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パレスチナ人の一斉蜂起「インティファーダ」は防げるか

ニューズウィーク日本版 2016年2月3日 16時0分

 エルサレムのすぐ北、パレスチナ自治区ヨルダン川西岸にある難民キャンプのカランディア。昨年10月以降、イスラエル軍との衝突などでこのキャンプの若者9人が死亡した。キャンプ内の地域センターは今では住民たちの追悼の場になっている。

 先日の午後、センターに集まった男たちがコーヒーをすすりながら、今後の見通しを語り合っていた。希望的な観測はほとんど聞かれない。「政治的な解決に至らなければ、騒乱は収まらず、エスカレートの一途をたどるだろう」。地区の住民自治会の世話役ジャマル・ラフィはそう言ってため息をついた。

 パレスチナ人によるユダヤ人襲撃が頻発し始めたのは昨秋から。きっかけは東エルサレムの聖地「神殿の丘」近辺で起きたイスラエルの警察とパレスチナ人のデモ隊との衝突だった。

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 10月以降、パレスチナ人の襲撃で死亡したイスラエル人は24人。銃殺ではなく、ナイフで刺すか、車で激突するなどの手口がほとんどだ。同時期にイスラエルの治安部隊や銃を携帯するイスラエル人に殺されたパレスチナ人は少なくとも144人。うち92人は「襲撃犯」だと、イスラエル当局は主張している。

 パレスチナ人の襲撃は組織的・計画的なものではなさそうだが、事件が起きるたびにほぼ毎回、ソーシャルメディアで祝福のメッセージが飛び交う。

 とはいえ、いくつかの理由から本格的な蜂起に発展する確率は低いとみていい。今のところローンウルフ(一匹狼)型の襲撃に限られ、第2次インティファーダ(パレスチナ人の抵抗運動)で頻発したような自爆テロは1件も起きていない。2000~05年の第2次インティファーダでは、イスラエル人1000人以上、パレスチナ人5000人以上が死亡した。

アッバスから離れる民心

 ヨルダン川西岸のパレスチナ人の多くは襲撃を支持しているが、自分もやろうと思う人は少数派だ。第2次インティファーダであまりに多くの犠牲者が出たこと、暴力では事態は改善されなかったことが一定の歯止めになっているようだ。

 今回、イスラエル軍はパレスチナ人の不満に一気に火が付くような措置をおおむね自重している。例えば分離壁のゲート閉鎖だ。閉鎖すれば、パレスチナ人はイスラエル領内やユダヤ人入植地に働きに行けなくなる。

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 もう1つ、「第3次インティファーダ」を防ぐ決定的な要因がある。パレスチナ自治政府のマフムード・アッバス議長(80)が、一連の襲撃に対して厳しい姿勢を見せていることだ。

 イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相はアッバスが暴力をそそのかしていると公然と非難しているが、イスラエルの治安専門家の見方は違う。自治政府は暴力的な抵抗をやめるよう呼び掛け、インティファーダの発生を防ごうとしているというのだ。

 第2次インティファーダが収束した後、アッバスは武力闘争を放棄し、西岸でのイスラエルの占領を非暴力の抵抗で阻止しようと同胞に呼び掛けてきた。しかし、多くのパレスチナ人はこのメッセージに背を向けるだろう。

 パレスチナ政策調査研究センター(PSR)が昨年12月に実施した世論調査では、パレスチナ人の67%がナイフによる襲撃を支持した。一連の襲撃が「武力によるインティファーダ」に発展すれば、交渉を行うよりも自分たちの要求が通る可能性が高くなると答えた人が66%にも上った。現状を改善できないアッバスが穏健路線を掲げても、民心離れは止まらないということだ。

 カランディア・キャンプでは、亡くなった若者の遺族が身内の「名誉ある死」を誇らしげに語っていた。ユダヤ人入植地を車で襲撃して死亡した若者の父親は、お悔やみの言葉は要らないと言った。「息子の殉教を祝福してくれ」。その笑顔は引きつっていた。

 キャンプの若者たちの多くはこの父親と同じ考えだ。彼らの望みは一連の襲撃が第3次インティファーダに発展し、カランディアがその象徴の地になること。「今やめるわけにはいかない。僕らが死んでも、後に続く者たちがいる」と、22歳のフセイン・シェハデは息巻く。

 アッバスは違う考えらしい。パレスチナの若者がイスラエル軍と直接対峙するのを阻止しようと、パレスチナの治安部隊を投入している。西岸の都市ラマラでは昨年の12月25日、数百人がユダヤ人入植地ベイトエルのイスラエル軍検問所を目指してデモ行進を開始。アッバスの議長警護隊に行く手を阻まれ、参加者は私服警官に警棒で殴られたと、デモ参加者は証言する。

【参考記事】ヨルダン川西岸に入植するアメリカ人」

 それでもデモはきっとまた起きると、デモに加わった建設請負業者のハレド・ザワフレは言う。PLO(パレスチナ解放機構)傘下の左派組織・パレスチナ解放民主戦線の活動家でもあるザワフレに言わせれば、アッバスは「インティファーダの敵」だ。12月30日にも別のPLO傘下組織の活動家らの呼び掛けで数百人がベイトエルに向かってデモ行進を試みた。参加者にはPLO主流派でアッバスが率いるファタハ支持者もいた。暴力沙汰にはならなかったものの、デモ隊はやはりパレスチナの治安部隊に追い返された。

 こうした介入が続けばアッバスの支持率低下は加速しそうだ。12月の支持率は35%と、半年前の44%から急落した。同月のPSRの調査でも、パレスチナ人の3人中2人がアッバスは退陣すべきだと考えている。議長としての正統性の問題もある。アッバスが議長に選出されたのは05年1月で任期は09年に切れている。しかしパレスチナはファタハが実効支配する西岸とイスラム過激派組織ハマスが実効支配するガザ地区とに分裂したままで、選挙の見通しは立っていない。

 前任者のヤセル・アラファトは歴戦の勇者でけんかっ早いところがあったが、アッバスはどことなく学者風で感情を表に出さない印象だ。社会不安について公の場では短い発言しかせず、自治政府の長というより政治コメンテーターのようだと、パレスチナの政治評論家ハニ・マスリは言う。

 アッバスは新たな蜂起は望んでいないと、ニムル・ハマド自治政府議長補佐官は主張する。「インティファーダはパレスチナ人の利益にならず、いかなる和解にもつながらない。われわれは交渉による紛争解決を望んでいる」

「弱腰」批判に反論も

 最近はファタハ内部からも、イスラエルとの対決姿勢を強めるべきだという突き上げがある。

 アッバスはイスラエル軍との治安協力を停止するという昨年のPLO中央評議会の決議を守るべきだと、ファタハのナイム・ムラルは言う。西岸のユダヤ人入植地で製造・栽培されたものだけでなく、すべてのイスラエル製品に対する不買運動を承認し、イスラエルの指導者たちを戦犯として国際刑事裁判所で裁くよう強く要求すべきでもある、とムラルは主張する。「ファタハの政治的立場は蜂起の動きと一致させるべきだ」

 マスリも同じ意見だ。「アッバスは発言も行動も指導力を発揮することもしない。枝葉末節の問題にあくせくしている」。マスリによれば、「指導部は袋小路に迷い込んでいる。何をすべきか途方に暮れている。住民に進むべき道を示せるような有効な計画を打ち出せていない。住民は各自の判断で行動するしかない」

 自治政府のハマドはこうした見方に異を唱える。弱腰に見えるのはアッバスの戦略で、国連、アメリカ、EU、ロシアなどをはじめ、影響力を持つ国際機関や国を説得して、西岸での新たな入植地建設と既存の入植地での住宅建設を中止するようイスラエルに圧力をかけさせるのが狙いだと主張する。「イスラエルが今後も入植凍結を拒否し、合意内容の履行を尊重しないなら、国際社会も介入せざるを得なくなるはずだ」

「パレスチナ人の中でも合理的な考え方の持ち主にとって、アッバスは最善の選択肢」だと、あるパレスチナ治安部隊幹部は匿名を条件に語った。「100%支持されているわけではないことは本人も自覚している。ただ、責任ある指導者の役目というのは人々をAという地点からBという地点へ連れて行くことだ。たとえ、AよりBのほうがいいことを人々が理解していなくても、だ」

 今後、暴力はエスカレートしそうだとPSRのハリル・シカキ所長はみている。どの程度悪化するかは、イスラエルとの抗争だけでなく、パレスチナ自身の内部抗争の行方次第かもしれない。

[2016.2. 2号掲載]
ベン・リンフィールド

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