北朝鮮が地球観測衛星(事実上の長距離弾道ミサイル)発射を予告した2日、中国の武大偉・朝鮮半島問題特別代表が訪朝。国連制裁決議が強硬すぎると難色を示す中国の落としどころに関して中国政府関係者を取材した。
4回目の核実験に対する国連制裁決議に対する中国の本音
北朝鮮が水爆実験と称する、4回目の核実験を行なったことに対し、中国はことのほか強い怒りを覚えていた。このことは1月7日の本コラム「北朝鮮核実験と中国のジレンマ――中国は事前に予感していた」などに書いた通りだ。本来なら中国は国連の対北朝鮮制裁決議に同調するはずだったが、アメリカは中国が想定していた内容を遥かに超える要求を出してきた。
「金融制裁の強化」だけでなく、「北朝鮮船舶の入港を世界中で禁止すること」を始め、「北朝鮮への原油輸出禁止」「鉱物資源の輸入禁止」「北朝鮮国営の高麗航空の各国領空通過禁止」などが含まれる。
中国が考えていた制裁は、あくまでも「核やミサイル開発を抑止させる」程度にとどめるべきというもので、それを越えて市民生活に大きなダメージを与える貿易や経済にまで影響を及ぼすものを想定してはいない。
まずは、これに関して「中国の本音」を中国政府関係者に聞いてみた。
すると、いつも通り「人道主義的立場から賛同できないのだ」という模範解答が戻ってきた。
「本音は違うのではないか」と筆者は詰め寄り、「本当は北朝鮮が崩壊するのを中国は恐れているのではないのですか? 北が崩壊するということは韓国が朝鮮半島を統一することになり、そうすれば中国の陸続きに韓国にいた米軍が駐在することになる。それは中国にとって非常に不快なことであり、安全保障上受け入れられないという事情があるのでは?」とストレートに聞いた。
相手はしばらく黙ったが、不快そうに「当然だろう」と答える。
「中国は絶対に朝鮮半島全体に米軍が駐留していることなど、容認することはしない」と本音をもらす。しかし、と相手は続けた。
「しかしですね、よく考えてみて下さい。米軍は何のために韓国に駐留していると思っているんですか?」
今度は先方が筆者に詰め寄ってきた。
「それは当然、かつての朝鮮戦争を戦ったときに韓国を支援した連合軍の代表として、北から南(韓国)を守るためでしょう」
そう回答しながら、ハッとした。
すると、筆者の次の発言を待たずに先方は決定的な言葉を発したのだ。
「ということは、北が存在しなくなったのなら、『北の脅威から南(韓国)を守る』という大義名分はなくなりますよね。つまり朝鮮半島に米軍が駐留すべき正当な理由がなくなる。すなわち、アメリカは北朝鮮が崩壊すると、本当は困るんですよ!」
これはアメリカの政治ゲームさ、と投げ捨てるように語気を荒げた。
武大偉氏訪朝の目的は?
「では、武大偉が、このタイミングで北朝鮮を訪問した目的は何なのでしょう? 北朝鮮に到着したその日に、金正恩は今月8日から25日の間に地球観測衛星を打ち上げると発表しましたよね。あれは長距離弾道ミサイルの発射予告と同じだと世界は解釈しています。ということは、中国は北朝鮮のミサイル発射をとめることはできないということになりますか?」
筆者が次の質問に移ると、先方は「おもしろくない」という語調で答えてきた。
「ご存じのように、李源朝(国家副主席)が訪朝しても、政治局常務委員の劉雲山が行っても、あの若造は態度を変えませんでしたよね。武大偉の職位は、李源朝や劉雲山の職位とは比較にならないほど低い。その武大偉が行って、北を抑えることができるとでも思っているのですか?」
「いえ、思っていません。武大偉は六か国協議の座長ですから、その目的で行ったとしか考えていません。でも、今さら北が六カ国会議に賛同するなどということは考えられないでしょ?」
「そう思うでしょうね。あの若造は、ふつうの良識的行動などをする人物ではない。しかし、それでも武大偉がいかなる成果もなしに戻ってくるというようなことをするために訪朝したりすると思っていますか? 中国はそういうことは絶対にしない。表に出たからには、必ずその前に水面下で緊密な外交交渉があり、何らかの見通しがあったからこそ、メディアにも分かる形で行動する。おめおめ、手ぶらで帰ってくるのを知った上で訪朝したりなどはしませんよ」
なるほど――。
ということは、中聯部(中国共産党中央委員会対外連絡部)が動いたことになる。中国では北朝鮮との関係は中国政府(国務院)系列の外交部(外務省に相当)ではなく、中国共産党が北朝鮮の労働党と交渉するという、建国以来の習わしがある。
アメリカはケリー国務長官を1月27日に訪中させて、中国政府高官と会談させた。
中国は中国共産党と朝鮮労働党が中聯部を通して接触している。
これらの接触の間に、表には出ない「交渉」が行われているということだろう。
その内容が何であったのかに関しては、中国政府関係者も言わないし、筆者も聞かない。
ここは限界であり、中国政府関係者から情報を取得する際のキーポイントだ。
聞いてはならないことは聞かない。
言ってはならないことは絶対に言わない。
だからこそ、一定程度までの情報なら取得できる、という状況が続いているのである。
中国としては、核実験もミサイル発射に関しても「あの若造は中国の言うことに耳を貸さない」ということを学習してきた。
しかし何としても、六か国協議に関してはせめて「席に着く」というところまでは持っていきたい。席に着いてから何らかの妥協点にいたる「結論」が出るか否かに関しては、希望を持っていないだろう。
では、中国はどうするつもりなのか?
中国の今年の春節は2月8日で、2月7日から13日までは春節連休となる。
これを口実に、連休以降まで国連制裁決議の結論を延ばし、その間に「何らかの」譲歩を北から引き出すというのが、今の中国にできる精一杯のことなのかもしれない。
結論的に言えば、武大偉氏が、李源朝や劉雲山ができなかったことをできる、というようなことは「ない」ということだ。
また「アメリカには、北朝鮮に崩壊してもらうと朝鮮半島に米軍を駐留させる大義名分がなくなるので、北朝鮮が崩壊することをアメリカは望んでいないという事情がある」と、中国は踏んでいるということである。
これは筆者にとって新しい知見だった。今回の取材の最大の収穫であったと言っても過言ではない。
となれば、米中と中朝の間の水面下の交渉は単純なものではなく、今般取材した中国政府関係者が言うところの「アメリカの政治ゲーム」をあざ笑うかのような「あの北の若造」の暴走を抑制する困難性を一層際立たせる。
北朝鮮が崩壊することを望んでないのは、中国だけではなくアメリカも同じで、ただアメリカの場合は、崩壊寸前までは北朝鮮を、いや「中国を」追い込みたいというポーズだけは取っていなければならない国内事情があると、中国は見ているということが、今回の取材から見えてきたように思う。
追記:なお本稿はあくまでも「中国側がどう思っているのか」に関して書いただけであって、実際にアメリカがどう思っているかに関して論考したものではない。その問題に言及すると、日本の米軍基地問題に触れなければならなくなるので、ここでは省く。
[執筆者]
遠藤 誉
1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。東京福祉大学国際交流センター長、筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会科学研究所客員研究員・教授などを歴任。『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など著書多数。近著に『毛沢東 日本軍と共謀した男』(新潮新書)
※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。
遠藤 誉(東京福祉大学国際交流センター長)
4回目の核実験に対する国連制裁決議に対する中国の本音
北朝鮮が水爆実験と称する、4回目の核実験を行なったことに対し、中国はことのほか強い怒りを覚えていた。このことは1月7日の本コラム「北朝鮮核実験と中国のジレンマ――中国は事前に予感していた」などに書いた通りだ。本来なら中国は国連の対北朝鮮制裁決議に同調するはずだったが、アメリカは中国が想定していた内容を遥かに超える要求を出してきた。
「金融制裁の強化」だけでなく、「北朝鮮船舶の入港を世界中で禁止すること」を始め、「北朝鮮への原油輸出禁止」「鉱物資源の輸入禁止」「北朝鮮国営の高麗航空の各国領空通過禁止」などが含まれる。
中国が考えていた制裁は、あくまでも「核やミサイル開発を抑止させる」程度にとどめるべきというもので、それを越えて市民生活に大きなダメージを与える貿易や経済にまで影響を及ぼすものを想定してはいない。
まずは、これに関して「中国の本音」を中国政府関係者に聞いてみた。
すると、いつも通り「人道主義的立場から賛同できないのだ」という模範解答が戻ってきた。
「本音は違うのではないか」と筆者は詰め寄り、「本当は北朝鮮が崩壊するのを中国は恐れているのではないのですか? 北が崩壊するということは韓国が朝鮮半島を統一することになり、そうすれば中国の陸続きに韓国にいた米軍が駐在することになる。それは中国にとって非常に不快なことであり、安全保障上受け入れられないという事情があるのでは?」とストレートに聞いた。
相手はしばらく黙ったが、不快そうに「当然だろう」と答える。
「中国は絶対に朝鮮半島全体に米軍が駐留していることなど、容認することはしない」と本音をもらす。しかし、と相手は続けた。
「しかしですね、よく考えてみて下さい。米軍は何のために韓国に駐留していると思っているんですか?」
今度は先方が筆者に詰め寄ってきた。
「それは当然、かつての朝鮮戦争を戦ったときに韓国を支援した連合軍の代表として、北から南(韓国)を守るためでしょう」
そう回答しながら、ハッとした。
すると、筆者の次の発言を待たずに先方は決定的な言葉を発したのだ。
「ということは、北が存在しなくなったのなら、『北の脅威から南(韓国)を守る』という大義名分はなくなりますよね。つまり朝鮮半島に米軍が駐留すべき正当な理由がなくなる。すなわち、アメリカは北朝鮮が崩壊すると、本当は困るんですよ!」
これはアメリカの政治ゲームさ、と投げ捨てるように語気を荒げた。
武大偉氏訪朝の目的は?
「では、武大偉が、このタイミングで北朝鮮を訪問した目的は何なのでしょう? 北朝鮮に到着したその日に、金正恩は今月8日から25日の間に地球観測衛星を打ち上げると発表しましたよね。あれは長距離弾道ミサイルの発射予告と同じだと世界は解釈しています。ということは、中国は北朝鮮のミサイル発射をとめることはできないということになりますか?」
筆者が次の質問に移ると、先方は「おもしろくない」という語調で答えてきた。
「ご存じのように、李源朝(国家副主席)が訪朝しても、政治局常務委員の劉雲山が行っても、あの若造は態度を変えませんでしたよね。武大偉の職位は、李源朝や劉雲山の職位とは比較にならないほど低い。その武大偉が行って、北を抑えることができるとでも思っているのですか?」
「いえ、思っていません。武大偉は六か国協議の座長ですから、その目的で行ったとしか考えていません。でも、今さら北が六カ国会議に賛同するなどということは考えられないでしょ?」
「そう思うでしょうね。あの若造は、ふつうの良識的行動などをする人物ではない。しかし、それでも武大偉がいかなる成果もなしに戻ってくるというようなことをするために訪朝したりすると思っていますか? 中国はそういうことは絶対にしない。表に出たからには、必ずその前に水面下で緊密な外交交渉があり、何らかの見通しがあったからこそ、メディアにも分かる形で行動する。おめおめ、手ぶらで帰ってくるのを知った上で訪朝したりなどはしませんよ」
なるほど――。
ということは、中聯部(中国共産党中央委員会対外連絡部)が動いたことになる。中国では北朝鮮との関係は中国政府(国務院)系列の外交部(外務省に相当)ではなく、中国共産党が北朝鮮の労働党と交渉するという、建国以来の習わしがある。
アメリカはケリー国務長官を1月27日に訪中させて、中国政府高官と会談させた。
中国は中国共産党と朝鮮労働党が中聯部を通して接触している。
これらの接触の間に、表には出ない「交渉」が行われているということだろう。
その内容が何であったのかに関しては、中国政府関係者も言わないし、筆者も聞かない。
ここは限界であり、中国政府関係者から情報を取得する際のキーポイントだ。
聞いてはならないことは聞かない。
言ってはならないことは絶対に言わない。
だからこそ、一定程度までの情報なら取得できる、という状況が続いているのである。
中国としては、核実験もミサイル発射に関しても「あの若造は中国の言うことに耳を貸さない」ということを学習してきた。
しかし何としても、六か国協議に関してはせめて「席に着く」というところまでは持っていきたい。席に着いてから何らかの妥協点にいたる「結論」が出るか否かに関しては、希望を持っていないだろう。
では、中国はどうするつもりなのか?
中国の今年の春節は2月8日で、2月7日から13日までは春節連休となる。
これを口実に、連休以降まで国連制裁決議の結論を延ばし、その間に「何らかの」譲歩を北から引き出すというのが、今の中国にできる精一杯のことなのかもしれない。
結論的に言えば、武大偉氏が、李源朝や劉雲山ができなかったことをできる、というようなことは「ない」ということだ。
また「アメリカには、北朝鮮に崩壊してもらうと朝鮮半島に米軍を駐留させる大義名分がなくなるので、北朝鮮が崩壊することをアメリカは望んでいないという事情がある」と、中国は踏んでいるということである。
これは筆者にとって新しい知見だった。今回の取材の最大の収穫であったと言っても過言ではない。
となれば、米中と中朝の間の水面下の交渉は単純なものではなく、今般取材した中国政府関係者が言うところの「アメリカの政治ゲーム」をあざ笑うかのような「あの北の若造」の暴走を抑制する困難性を一層際立たせる。
北朝鮮が崩壊することを望んでないのは、中国だけではなくアメリカも同じで、ただアメリカの場合は、崩壊寸前までは北朝鮮を、いや「中国を」追い込みたいというポーズだけは取っていなければならない国内事情があると、中国は見ているということが、今回の取材から見えてきたように思う。
追記:なお本稿はあくまでも「中国側がどう思っているのか」に関して書いただけであって、実際にアメリカがどう思っているかに関して論考したものではない。その問題に言及すると、日本の米軍基地問題に触れなければならなくなるので、ここでは省く。
[執筆者]
遠藤 誉
1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。東京福祉大学国際交流センター長、筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会科学研究所客員研究員・教授などを歴任。『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など著書多数。近著に『毛沢東 日本軍と共謀した男』(新潮新書)
※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。
遠藤 誉(東京福祉大学国際交流センター長)