アメリカのジミー・カーター元大統領は昨年12月、最新の免疫療法で癌がほぼ消えたと発表した。カーターは数年前、致死性が特に高いタイプのメラノーマ(悪性黒色腫)と診断された。死刑宣告を受けたも同然だった。
多くの患者に希望を与えたこのニュースは、メラノーマ治療の目覚ましい進歩を印象づけると同時に、より有効な治療薬の開発を支援する政策の重要性も浮き彫りにした。
カーターは退任後は人道支援活動に取り組んできたことでも知られる。癌を克服し、ライフワークに復帰できたのは、「患者の免疫システムに癌を攻撃させる、まったく新しいタイプの治療薬」のおかげだと主治医は語っている。
私たちは数十年の研究・臨床経験を持つ癌の専門家として、同僚の医師たちや製薬業界と共同で免疫療法の開発に取り組んできた。この分野の研究がもどかしいほど後れている状況を身をもって知っている。
メラノーマの余命が延びた
新しい治療が高くつくことを問題にする声があるのは当然だが、一般の人たちも、政策立案にかかわる人たちも、これを機会に研究開発への投資の重要性を理解してほしい。新薬は患者に測り知れない恩恵をもたらす。
癌などの疾患の治療薬の値段が驚くべきペースで上がっていることは否めない。
96年には新型の癌治療薬は、寿命1年ごとにざっと5万4000ドル(約670万円)だった。13年にはそれがほぼ4倍の20万ドル(約2360万円)になった。
この問題は社会政治・経済の観点で議論されているが、患者の寿命が劇的に延びたこと、生活の質が大幅に改善されたことを薬価に関する議論から外してはならない。
11年には、カーター元大統領と同じく、肝臓と脳に転移したステージ4のメラノーマと診断された患者の平均余命は3~6カ月だった。それまでの30年間、治療上の大きな進歩はなかった。このタイプの患者の大多数には既存の治療薬は効果がなく、民間療法などに頼って症状を悪化させるケースが多かった。
その後の進展は奇跡と言っていい。11年以降、製薬会社は3種類の主要な免疫治療薬の実用化にこぎつけた。今では免疫療法は患者の3分の2に有効で、効果が現れた患者の過半数は当初の予想より何年も余命が延びている。
カーター元大統領のように、新型の免疫治療薬の投与と標的を絞った放射線療法の併用治療を数カ月行って寛解した患者も多くいる。
このタイプの患者の場合、化学療法は効果が一時的で、副作用が強い上、患者は家族と職場から長期間引き離されることになる。化学療法以外の治療の選択肢ができただけでも画期的なことだ。
こうした画期的な新薬はここ数年で立て続けに生まれたように見えるが、奇跡の新薬が生まれるまでには何十年、いや何世代にも及ぶ研究が必要だった。
98年以降、失敗に終わったメラノーマの治療薬開発プロジェクトは少なくとも96件ある。同時期に何らかの成果を挙げた研究は10件にすぎない。
山のような失敗とわずかの成功を通じて、メラノーマそのもの、そして癌細胞を攻撃する免疫システムの役割についての理解が深まった。それを土台に、より有効で安全性の高い治療薬の開発が始まる。臨床試験の実施と併せて、この段階でも長い時間が必要だ。
恩恵と負担のどちらが大きい?
新薬開発の最終段階に多額のコストがかかることは避けられない。とくにここ数年はコストの膨張に拍車がかかっている。タフツ大学の研究チームによると、新薬開発の平均コストは過去10年間で約8億ドルから26億ドルに膨れ上がった。
成功した治療薬ひとつで、失敗した何十件ものプロジェクトの費用を賄わなければならない。
研究開発費の元が取れず、進行中のプロジェクトの予算が圧迫され、株主に十分な配当金を支払えない──そうした見通しがあるかぎり、製薬会社がメラノーマなど致死性の高い病気の新薬開発に及び腰になるのも当然だ。
コストは度外視できないが、新薬がもたらす恩恵を考えれば、その創造を推進する政策の重要性は改めて指摘するまでもない。
新しい治療薬のおかげで、癌患者の平均余命はかつてなく延び、辛い副作用はほとんどなくなった。カーター元大統領の元気な姿がそれを実証している。カーターにとって、家族や友人たちと過ごす時間は思いがけない贈り物だ。彼は今も世界各地を飛び回ってライフワークの慈善活動を続けている。
免疫療法はまだ新しい分野で、今後数年にどんな新発見がもたらされるか予想もつかないが、現時点で明らかなことがひとつある。研究支援を渋れば、未来の患者から命を救う治療薬を奪うことになる、ということだ。
(筆者のチャールズ・ボルチはサウスウエスタン医療センターとテキサス大学MDアンダーソン癌センターの教授で専門は外科。ジョン・カークウッドはピッツバーグ大学癌研究所のメラノーマ・プログラムの共同ディレクター)
チャールズ・ボルチ、ジョン・カークウッド
多くの患者に希望を与えたこのニュースは、メラノーマ治療の目覚ましい進歩を印象づけると同時に、より有効な治療薬の開発を支援する政策の重要性も浮き彫りにした。
カーターは退任後は人道支援活動に取り組んできたことでも知られる。癌を克服し、ライフワークに復帰できたのは、「患者の免疫システムに癌を攻撃させる、まったく新しいタイプの治療薬」のおかげだと主治医は語っている。
私たちは数十年の研究・臨床経験を持つ癌の専門家として、同僚の医師たちや製薬業界と共同で免疫療法の開発に取り組んできた。この分野の研究がもどかしいほど後れている状況を身をもって知っている。
メラノーマの余命が延びた
新しい治療が高くつくことを問題にする声があるのは当然だが、一般の人たちも、政策立案にかかわる人たちも、これを機会に研究開発への投資の重要性を理解してほしい。新薬は患者に測り知れない恩恵をもたらす。
癌などの疾患の治療薬の値段が驚くべきペースで上がっていることは否めない。
96年には新型の癌治療薬は、寿命1年ごとにざっと5万4000ドル(約670万円)だった。13年にはそれがほぼ4倍の20万ドル(約2360万円)になった。
この問題は社会政治・経済の観点で議論されているが、患者の寿命が劇的に延びたこと、生活の質が大幅に改善されたことを薬価に関する議論から外してはならない。
11年には、カーター元大統領と同じく、肝臓と脳に転移したステージ4のメラノーマと診断された患者の平均余命は3~6カ月だった。それまでの30年間、治療上の大きな進歩はなかった。このタイプの患者の大多数には既存の治療薬は効果がなく、民間療法などに頼って症状を悪化させるケースが多かった。
その後の進展は奇跡と言っていい。11年以降、製薬会社は3種類の主要な免疫治療薬の実用化にこぎつけた。今では免疫療法は患者の3分の2に有効で、効果が現れた患者の過半数は当初の予想より何年も余命が延びている。
カーター元大統領のように、新型の免疫治療薬の投与と標的を絞った放射線療法の併用治療を数カ月行って寛解した患者も多くいる。
このタイプの患者の場合、化学療法は効果が一時的で、副作用が強い上、患者は家族と職場から長期間引き離されることになる。化学療法以外の治療の選択肢ができただけでも画期的なことだ。
こうした画期的な新薬はここ数年で立て続けに生まれたように見えるが、奇跡の新薬が生まれるまでには何十年、いや何世代にも及ぶ研究が必要だった。
98年以降、失敗に終わったメラノーマの治療薬開発プロジェクトは少なくとも96件ある。同時期に何らかの成果を挙げた研究は10件にすぎない。
山のような失敗とわずかの成功を通じて、メラノーマそのもの、そして癌細胞を攻撃する免疫システムの役割についての理解が深まった。それを土台に、より有効で安全性の高い治療薬の開発が始まる。臨床試験の実施と併せて、この段階でも長い時間が必要だ。
恩恵と負担のどちらが大きい?
新薬開発の最終段階に多額のコストがかかることは避けられない。とくにここ数年はコストの膨張に拍車がかかっている。タフツ大学の研究チームによると、新薬開発の平均コストは過去10年間で約8億ドルから26億ドルに膨れ上がった。
成功した治療薬ひとつで、失敗した何十件ものプロジェクトの費用を賄わなければならない。
研究開発費の元が取れず、進行中のプロジェクトの予算が圧迫され、株主に十分な配当金を支払えない──そうした見通しがあるかぎり、製薬会社がメラノーマなど致死性の高い病気の新薬開発に及び腰になるのも当然だ。
コストは度外視できないが、新薬がもたらす恩恵を考えれば、その創造を推進する政策の重要性は改めて指摘するまでもない。
新しい治療薬のおかげで、癌患者の平均余命はかつてなく延び、辛い副作用はほとんどなくなった。カーター元大統領の元気な姿がそれを実証している。カーターにとって、家族や友人たちと過ごす時間は思いがけない贈り物だ。彼は今も世界各地を飛び回ってライフワークの慈善活動を続けている。
免疫療法はまだ新しい分野で、今後数年にどんな新発見がもたらされるか予想もつかないが、現時点で明らかなことがひとつある。研究支援を渋れば、未来の患者から命を救う治療薬を奪うことになる、ということだ。
(筆者のチャールズ・ボルチはサウスウエスタン医療センターとテキサス大学MDアンダーソン癌センターの教授で専門は外科。ジョン・カークウッドはピッツバーグ大学癌研究所のメラノーマ・プログラムの共同ディレクター)
チャールズ・ボルチ、ジョン・カークウッド