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プーチンが築く「暴君の劇場」

ニューズウィーク日本版 2016年2月8日 15時22分

 ロシアで「革命」が起きると主張するのは、ロシア・ウオッチャーたちの趣味のようなもの。しかし、14年3月のクリミア併合以降、そのたぐいの予測がますます目立つようになった。原油価格の急落と欧米などの経済制裁により、経済が大打撃を受けるはず、というのが理由だ。

 実際、ロシアの通貨ルーブルは半分に下落し、インフレ率は2倍に跳ね上がったのだが、ウラジーミル・プーチン大統領の支持率は80%台という驚異的な高水準を維持し続けている。対外的な軍事行動と愛国的プロパガンダのたまものだ。

 それでも、高支持率が続く保証はない。「14年がロシア政府暴走の年だったとすれば、15年はロシア国民がそのツケを払わされた年だった」と、ロシアの政治事情に詳しいブライアン・ウィットモアは最近ブログに書いている。「そして16年は、プーチン政権が持ちこたえられるかが問われることになる」

 プーチン政権も、社会不安が高まるときに備え始めたようだ。ロシア議会は先月、テロや武装攻撃の際に、治安機関が女性や子供、障害者を銃撃することを認める法律を成立させた。
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 警察の予算全般が削減されるなかで、内務省の機動隊「オモン」の予算は聖域になっている。内務省は、グレネードランチャー(榴弾砲)など暴動鎮圧用の武器の備蓄も増やし始めた。

 モスクワの国営オスタンキノ・テレビのテレビ塔周辺には、新しい有刺鉄線フェンスが張り巡らされた。ボリス・エリツィン大統領時代の93年10月のように、反大統領派の襲撃を受けて占拠されることを防ぐためだ。常駐する警備チームも、旧ソ連の強大な治安機関KGBの流れをくむ連邦保安局(FSB)の精鋭部隊に格上げされた。

冷蔵庫とテレビの戦い

 テレビは、プーチン人気の基盤を成すナショナリズムの熱狂をあおる上で欠かせない役割を担ってきた。物価上昇と生活水準の下落で国民生活が痛め付けられているにもかかわらず、プーチンが高い支持率を維持できているのは、テレビを通じてナショナリズムを刺激してきたからにほかならない。

 厳しい生活実感と政権によるプロパガンダ──この両者の綱引きを、ロシア国民は「冷蔵庫とテレビの戦い」と呼ぶ。現時点では、冷蔵庫が優勢になりつつあるようだ。モスクワの独立系世論調査機関レバダセンターの最近の調査によると、テレビニュースを信用しているロシア人の割合は、09年の79%から41%まで落ち込んでいる。

 これまでロシア政府は、「敵」を次々とつくり出すという古典的な手法を実践して、国民の不満が政権に向かうことを防いできた。ロシアが直面している困難をアメリカやウクライナ、そして最近はトルコのせいにしてきたのだ。ロシア科学アカデミー社会学研究所の最近の調査では、国民の4人に3人は、自分たちの経済的苦境の原因が欧米にあると思っている。

 もっとも、調査を実施した研究者たちによれば、1年~1年半の間に、そうした集団幻想が?げ落ちて、国民の不満が政府に向かい始める可能性があるという。実際、回答者の60%は、この1年で生活水準が下がったと答えている。「ロシアの敵を打ち負かすために一層の犠牲を払う」ことをいとわない人は、38%にとどまった。

 政府も風向きの変化には気付いているようだ。先月には、大統領や要人の警護を担当してきた連邦警護庁(FSO)の任務を変更し、国内のすべての州で社会不安の芽を早期に発見する役割も担わせた。

 それと合わせて、労働者の不満が爆発しそうな地域を割り出す作業チームも組織した。具体的には、世論調査を行って住民の不満のレベルを調べ、潜在的な社会不安の深刻さに応じて各地域を赤、黄、緑に分類する。そして、リスクが高い地域では、FSOを通じて緊急の経済支援を実施する一方、抗議活動の主導者を逮捕するコワモテの取り締まりもセットで行うという。
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シリア政策と同じ作戦

「非公開の世論調査では、政府のやっていることはすべて正解で、プーチンは国民に愛され、支持されているという結果が一貫して出ている」と言うのは、独立系テレビ局「ドーシチ」で編集長を務めたミハイル・ジガル。プーチン政権の内情に関する著書もある人物だ。「だから、政府に対する反乱は起きないと安心している」

 それなら、ロシア政府はなぜ、治安強化の措置をここにきて相次いで打ち出しているのか。ロシア政治の専門家であるニューヨーク大学のマーク・ガレオッティ教授が最近、独立系オンライン雑誌「ロシア!」で指摘したところによれば、政府の真の狙いは「暴君の劇場」をつくり出すことにある。

「政府が実際よりも強硬で残忍であるかのようなイメージを積極的に生み出し、今後さらに強硬で残忍になり得るというメッセージを熱心に広める」という統治手法だ。ロシアのシリア政策は、少数の軍事力によってロシアの強さを印象付けることを狙っている。同様に、国内でも国民を脅えさせ、政府に盾突く動きを封じようというわけだ。

「いずれの場合も、ロシア政府を実際より強く見せるだけにとどまらず、実際より残忍で、予測不可能で、常軌を逸しているように見せることが肝心だ。そうすることで、立ち向かうよりも従うほうが無難だと思わせる」と、ガレオッティは書いている。「この作戦は非常にうまく機能している」

 とはいえ、社会不安の芽を完全に摘み取りたければ、経済を再び繁栄させる以外にない。原油相場が落ち込んでいる状況では、競争力を高めない限りロシア経済の繁栄はないが、競争力を高めるためには、公正な司法制度を機能させ、官僚機構や治安機関が民間経済を食い物にするのを阻止しなくてはならない。しかしそれは、プーチンが築いてきた略奪的政治体制の土台を突き崩すことを意味する。

 結局、プーチンは基本的に、抑圧と愛国という2つの手段に頼らざるを得ない。今までは、それが成功してきた。問題は、冷蔵庫の中身が空っぽになっても、ロシア国民がテレビを信じ続けるかどうかだ。


オーエン・マシューズ

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