9日に予備選が実施されたニューハンプシャー州は、1日に党員集会が開催されたアイオワ州と同様に、人口が少なくしたがって大統領選の代議員数も少ない。しかしその予備選は、共和党と民主党、両党の最終候補選びだけでなく、11月の大統領選本選をも左右すると言われている。
その理由は3つある。
1つ目は、先週のアイオワが中西部の典型的な「保守州」である一方、ニューハンプシャーは北東部の「リベラル州」であること。このため、両党ともに有権者の中のリベラル寄りのグループが「どんな選択をするか?」というトレンドが見えてくる。
2つ目は、アイオワの結果を受けて各候補がどう行動し、有権者がどう判断をするかという結果から、選挙全体の「軌道修正」が行われる。つまり、アイオワで勝った候補も、ニューハンプシャーで負ければ勢いが止まるし、反対にニューハンプシャーを「逆転へ向けた再スタート」にすることもできる。
3つ目は、このニューハンプシャーが「準オープン予備選」を採用していること。つまり支持政党を登録していない有権者も、投票所で「即席の支持政党宣言」をすれば投票できる。従って純然たる無党派層も「今回は共和党のレースで1票を行使しよう」ということが可能になる。このため政党支持者に加えて、無党派層の動向が結果に反映される。つまり11月の本選のシミュレーションという意味合いがある。
こうした特性から、ニューハンプシャー州予備選は「予備選序盤戦の方向を決める」ものだと言われ、州民もそれを誇りにしている。事実、歴史上多くのドラマがこのニューハンプシャーで生まれている。例えば、76年のカーターの勝利、92年のクリントンの2位浮上、2012年のロムニーの勝利などは、その後の予備選勝利へのターニングポイントとなった。
では、今回はどんな「ドラマ」があったのだろうか?
まず民主党では、アイオワでヒラリー・クリントンに対して「ほぼ互角」にまで猛追したバーニー・サンダースが注目された。そうは言っても、サンダースにとっては、今回のニューハンプシャーは事実上の地元である。長い間、隣のバーモント州でバーリントン市の市長、そして同州選出の無所属上院議員として活動してきた評判は有名で、今回も事前の世論調査では支持率でヒラリーに10〜15%の大差をつけていた。「勝利は当然」というのが下馬評だった。
ヒラリー陣営も心得ていて、ここでの敗北は「織り込み済み」で、むしろ次のサウスカロライナ州で大きく飛躍するというシナリオを描いていたと見られている。結果として、サンダースはヒラリーに60%対38%(集計率92%時点)と、20ポイント以上の大差をつけて勝利した。ヒラリーは、開票開始直後にサンダースに電話で祝意を述べるとともに、早々に敗北を認める(コンセッション)スピーチに臨んでいる。
スピーチでヒラリーは、「人々が現状に怒っているのはよくわかる。だが、その解決法を知っているのは私だけだ」と胸を張り、ワシントン政界への「アンチ」に大きく流れる民意を自分への支持に誘導しようと必死の訴えをしていた。
一方でサンダースの勝利演説は、例によって威勢は良かったし、支持者の盛り上がりもあったのだが、内容が前回の繰り返しで新味がなかった点が気になる。ヒラリーとの20ポイントの差をどう評価したらいいのか、サンダース人気が「全国区のホンモノ」なのかどうか、次のサウスカロライナとネバダでの結果を待たなければ判断はできない。
【参考記事】アイオワ州党員集会 共和党は正常化、民主党は異常事態へ
共和党のレースはもっと複雑だ。まずトランプだが、アイオワの敗戦に続いて、このニューハンプシャーでの敗戦は「命取り」になるという見方があった。しかし蓋を開けてみれば、35%を獲得して断トツの一位をキープ(集計率92%時点)。出口調査では、中間層からも右派からも、富裕層からも貧困層からも、とにかく幅広い支持を集めており「旋風」は当分続きそうな気配だ。
その一方で注目されたのがマルコ・ルビオだ。アイオワでの20%超獲得は事前の予想を上回るもので、「エスタブリッシュメント(既成の政治家)候補の代表」として、ニューハンプシャーでは無党派層の票も含めて急上昇が期待されていた。
しかし直前の先週6日に行われたテレビ討論で、オバマ大統領への批判の「決めゼリフ」として、まったく同じフレーズを4回も繰り返したことから、ニュージャージー州のクリスティ知事に突っ込まれ、「ロボットのように同じ言葉を繰り返している未熟な候補」というマイナスのイメージが拡散することとなった。
ライバル候補の支持者と思われる「アンチ・ルビオ」の活動家が、段ボールで作った「ロボット・ルビオ」の着ぐるみをまとって投票当日も出没し、メディアは面白おかしく取り上げ続けた。この問題に関するダメージコントロールをする時間はまったくなく、結果的には5位に沈んで「アイオワの勢いは帳消し」という評価になった。
共和党では、ルビオが沈んだ一方で、オハイオ州のケーシック知事が急浮上して注目されている。選挙戦当初から「トランプ氏は候補失格」だと、ブーイングを浴びても言い続けてきた気骨ある政治家だ。人情味あふれるアドリブのトークや、民主党から共和党に鞍替えした過去を持つ「逃げ隠れしない中道路線」などから、今回の選挙戦の中では異質の存在だったが、16%を獲得しての2位は、今後につながる大きな戦果だ。ニューハンプシャーの有権者の「琴線に触れた」のは事実だろう。
その他、支持率の低下が続いていたジェブ・ブッシュが4位と息を吹き返すなど、アイオワとは構図が異なってきている。アイオワの直後は、「トランプ&クルーズ」のポピュリスト2名を、ルビオが「エスタブリッシュメント代表」として追う展開が予想されたが、現在はトランプの勢いが復活した一方で、ケーシック、ブッシュといった「プロ中のプロ」が盛り返して対抗する構図へと変化した。
【参考記事】サンダースを熱狂的に支持する若者たちは、民主主義を信じていない
そうは言っても、トランプとサンダースという左右のポピュリストが大勝した事実は重い。ヒラリーの指摘にもあったように、ニューハンプシャーの有権者は、やはりワシントンの政界に対して明確な怒りを抱いている。そこには雇用不安と格差への怒りがあり、一部の富裕層やワシントンの政治家だけの利害で動いているように見えるアメリカ政治への不信がある。ヒラリー、そしてケーシック、ブッシュといった知事や知事経験者、そして上院議員であるルビオなどの「プロ」には、有権者の信頼を取り戻すための「問題解決の処方箋」が求められることになる。
<ニューストピックス:【2016米大統領選】最新現地リポート>
≪筆者・冷泉彰彦氏の連載コラム「プリンストン発 日本/アメリカ 新時代」≫
冷泉彰彦(在米ジャーナリスト)
その理由は3つある。
1つ目は、先週のアイオワが中西部の典型的な「保守州」である一方、ニューハンプシャーは北東部の「リベラル州」であること。このため、両党ともに有権者の中のリベラル寄りのグループが「どんな選択をするか?」というトレンドが見えてくる。
2つ目は、アイオワの結果を受けて各候補がどう行動し、有権者がどう判断をするかという結果から、選挙全体の「軌道修正」が行われる。つまり、アイオワで勝った候補も、ニューハンプシャーで負ければ勢いが止まるし、反対にニューハンプシャーを「逆転へ向けた再スタート」にすることもできる。
3つ目は、このニューハンプシャーが「準オープン予備選」を採用していること。つまり支持政党を登録していない有権者も、投票所で「即席の支持政党宣言」をすれば投票できる。従って純然たる無党派層も「今回は共和党のレースで1票を行使しよう」ということが可能になる。このため政党支持者に加えて、無党派層の動向が結果に反映される。つまり11月の本選のシミュレーションという意味合いがある。
こうした特性から、ニューハンプシャー州予備選は「予備選序盤戦の方向を決める」ものだと言われ、州民もそれを誇りにしている。事実、歴史上多くのドラマがこのニューハンプシャーで生まれている。例えば、76年のカーターの勝利、92年のクリントンの2位浮上、2012年のロムニーの勝利などは、その後の予備選勝利へのターニングポイントとなった。
では、今回はどんな「ドラマ」があったのだろうか?
まず民主党では、アイオワでヒラリー・クリントンに対して「ほぼ互角」にまで猛追したバーニー・サンダースが注目された。そうは言っても、サンダースにとっては、今回のニューハンプシャーは事実上の地元である。長い間、隣のバーモント州でバーリントン市の市長、そして同州選出の無所属上院議員として活動してきた評判は有名で、今回も事前の世論調査では支持率でヒラリーに10〜15%の大差をつけていた。「勝利は当然」というのが下馬評だった。
ヒラリー陣営も心得ていて、ここでの敗北は「織り込み済み」で、むしろ次のサウスカロライナ州で大きく飛躍するというシナリオを描いていたと見られている。結果として、サンダースはヒラリーに60%対38%(集計率92%時点)と、20ポイント以上の大差をつけて勝利した。ヒラリーは、開票開始直後にサンダースに電話で祝意を述べるとともに、早々に敗北を認める(コンセッション)スピーチに臨んでいる。
スピーチでヒラリーは、「人々が現状に怒っているのはよくわかる。だが、その解決法を知っているのは私だけだ」と胸を張り、ワシントン政界への「アンチ」に大きく流れる民意を自分への支持に誘導しようと必死の訴えをしていた。
一方でサンダースの勝利演説は、例によって威勢は良かったし、支持者の盛り上がりもあったのだが、内容が前回の繰り返しで新味がなかった点が気になる。ヒラリーとの20ポイントの差をどう評価したらいいのか、サンダース人気が「全国区のホンモノ」なのかどうか、次のサウスカロライナとネバダでの結果を待たなければ判断はできない。
【参考記事】アイオワ州党員集会 共和党は正常化、民主党は異常事態へ
共和党のレースはもっと複雑だ。まずトランプだが、アイオワの敗戦に続いて、このニューハンプシャーでの敗戦は「命取り」になるという見方があった。しかし蓋を開けてみれば、35%を獲得して断トツの一位をキープ(集計率92%時点)。出口調査では、中間層からも右派からも、富裕層からも貧困層からも、とにかく幅広い支持を集めており「旋風」は当分続きそうな気配だ。
その一方で注目されたのがマルコ・ルビオだ。アイオワでの20%超獲得は事前の予想を上回るもので、「エスタブリッシュメント(既成の政治家)候補の代表」として、ニューハンプシャーでは無党派層の票も含めて急上昇が期待されていた。
しかし直前の先週6日に行われたテレビ討論で、オバマ大統領への批判の「決めゼリフ」として、まったく同じフレーズを4回も繰り返したことから、ニュージャージー州のクリスティ知事に突っ込まれ、「ロボットのように同じ言葉を繰り返している未熟な候補」というマイナスのイメージが拡散することとなった。
ライバル候補の支持者と思われる「アンチ・ルビオ」の活動家が、段ボールで作った「ロボット・ルビオ」の着ぐるみをまとって投票当日も出没し、メディアは面白おかしく取り上げ続けた。この問題に関するダメージコントロールをする時間はまったくなく、結果的には5位に沈んで「アイオワの勢いは帳消し」という評価になった。
共和党では、ルビオが沈んだ一方で、オハイオ州のケーシック知事が急浮上して注目されている。選挙戦当初から「トランプ氏は候補失格」だと、ブーイングを浴びても言い続けてきた気骨ある政治家だ。人情味あふれるアドリブのトークや、民主党から共和党に鞍替えした過去を持つ「逃げ隠れしない中道路線」などから、今回の選挙戦の中では異質の存在だったが、16%を獲得しての2位は、今後につながる大きな戦果だ。ニューハンプシャーの有権者の「琴線に触れた」のは事実だろう。
その他、支持率の低下が続いていたジェブ・ブッシュが4位と息を吹き返すなど、アイオワとは構図が異なってきている。アイオワの直後は、「トランプ&クルーズ」のポピュリスト2名を、ルビオが「エスタブリッシュメント代表」として追う展開が予想されたが、現在はトランプの勢いが復活した一方で、ケーシック、ブッシュといった「プロ中のプロ」が盛り返して対抗する構図へと変化した。
【参考記事】サンダースを熱狂的に支持する若者たちは、民主主義を信じていない
そうは言っても、トランプとサンダースという左右のポピュリストが大勝した事実は重い。ヒラリーの指摘にもあったように、ニューハンプシャーの有権者は、やはりワシントンの政界に対して明確な怒りを抱いている。そこには雇用不安と格差への怒りがあり、一部の富裕層やワシントンの政治家だけの利害で動いているように見えるアメリカ政治への不信がある。ヒラリー、そしてケーシック、ブッシュといった知事や知事経験者、そして上院議員であるルビオなどの「プロ」には、有権者の信頼を取り戻すための「問題解決の処方箋」が求められることになる。
<ニューストピックス:【2016米大統領選】最新現地リポート>
≪筆者・冷泉彰彦氏の連載コラム「プリンストン発 日本/アメリカ 新時代」≫
冷泉彰彦(在米ジャーナリスト)