[課題] 自律的なワーカーの仕事場をつくる
[施策] 個人のナレッジをシェアすることに価値をおいた場づくりへ
[成果] オランダだけで77箇所以上のネットワークを構築
オランダ国内に77カ所で展開するコワーキングスペース、シーツ・ツー・ミート(以下S2M)。創業からわずか8年あまりでここまでの成長を遂げた理由は、何と無料でワーカーに開放していること。
もっとも、正確に言えば「タダのようでタダではない」。お金ではなく、ユーザー個人が持つ知識やスキル、ネットワークなどの社会資本を対価として扱うところに、S2Mの革新がある。
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まずは拠点をめぐろう。今回、案内してもらったのはデザインの異なる3つのロケーション。とはいえ、どれも同じシステムで運営されている。
「人と人が出会い、知識を共有し、共に働く場所」
アムステルダムのオフィスは、コワーキングスペースのほかテナントが併設されている。建物は1911年に証券取引所として建てられたものだが、そこには興味深い謂われがある。
オランダ人建築家ベルラーヘのデザインだ。「100年前、共産主義だった彼は建物の建設中に兄弟に宛てて手紙を送っています。『ここはアムステルダムの資本主義の象徴となることだろう。しかし、市場経済が破綻したとき、公の、市民のための場所となる。人と人が出会い、知識を共有し、共に働く場所になると思う』。100年かかりましたが、この手紙のおかげで彼のビジョンとS2Mのビジョンがひとつになり、その思いが現実となったのです」と担当マネジャーのシミーナ・ヨンカー氏が説明する。S2Mにとっても、そのコンセプトを象徴する特別なロケーションである。
続いてアムステルダム郊外のベッドタウン、アルメレ。ここはパブリックスペースにS2Mのコンセプトがうまく取り入れられた例で、図書館内にS2Mの専用エリアが20席設けられている。アムステルダムと違い商業性はなく、地域に根ざした協業の場となっている。
(左上)アムステルダムのベッドタウン、アルメレにあるユニークなデザインの公立図書館。この一角にS2Mのスペースがある。(右上)その日に行われている会議の予定が壁に貼られている。気になる内容があればアクセスすることも可能だ。(下)ふんだんに自然光の入るミーティングルーム。
「テンションが生まれる空間」を目指し、拠点ごとにデザインを変えているのが特徴のコワーキングスペース。
青を基調としたオープンスペース。多くのワーカーがS2Mのシステムを活用し、つながりを生かしながら働いている。
最後に、ユトレヒト駅舎に直結するS2Mの本部を訪ねた。デザインコンセプトは「テンションが生まれる空間」と共同オーナーのロナルド・ファン・デル・ホフは言う。内装にはさまざまな色や素材が用いられ、ミニマルとは正反対。また廊下をあえてカーブさせていたり、天井と床が並行でなかったり。どれも空間に緊張感を生み出し、思考を喚起するのが狙いだ。
自分が持つ社会資本をシェアすることが"S2Mの利用料"の代わりとなる
どのロケーションにおいても、ユーザーはオンラインで予約するが、あわせて自分が持つ知識やスキル、専門分野を登録するよう求められる。
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登録内容は各拠点に置かれた「セレンディピティ・マシーン」上に表示され、誰もが閲覧可能。そのときS2Mに集まっているユーザーが持つ社会資本を一目で確認できることになる。これが「無料」のコワーキングスペースを可能にした根幹のシステムだ。
「私なら、『アムステルダムで活動中、PRやイベントマネジャーができて......』などと登録してあります。それを見て、私に何か聞きたい、相談したいという人がやってくれば協力します。例えば、『イベントを企画しているが、いいケータリングの会社を知らないか』と聞かれたら、そこで教えてあげられる。つまり、私が持つ社会資本をシェアするわけですね。S2Mでは、これが支払いの代わりなんです。といっても、堅苦しいことは何もありません。他の人と普通に交流して、情報交換をしていれば大丈夫です」(ヨンカー氏)
ヘルプデスクや営業、宣伝部門すら、セレンディピティ・マシーンが代行する。それが必要ならば、ネットワークでつながったユーザーが自発的にその役割を担うというから、コスト削減効果も大きい。しかし、コワーキングスペースが無料だというなら、S2Mのマネタイズはどこで行われるのだろうか。
答えは、併設されたミーティングルームにある。使用座席数に応じて課金され、混雑する時間帯は料金が高くなる。他にも特徴的な課金方法がある。例えばアムステルダムの拠点では12時から14時まではランチが提供されるが、ここでも5ユーロかかる。
部屋ごとにテーマ性を持たせたミーティングルーム。赤い壁に描かれた文字「SOME LIKE IT HOT」は、マリリン・モンロー主演の映画『お熱いのがお好き』の原題だ。ブレストなど、刺激的で白熱する会議を求める時に適している。
打って変わって真っ白の壁のミーティングルームには、「SSSSSHHHH」の文字が。静かに作業を進めるのにもってこいの部屋だ。
歴史を感じさせるレンガの壁が特徴のアムステルダムのS2Mは、もともとは1911年に証券取引所として建てられたものだ。
クリエイティブな個人と大企業をつなぐ架け橋
とはいえ、それ以外が無料であることに、改めて驚くべきなのかもしれない。コーヒーは無料。コーラなどソフトドリンクやスナック類は値段が決まっておらず、自分が正当だと思う金額をそこに置かれたボトルに入れていく。
このユニークなシステムをつくり出したのは、共同経営者のマリエル・セイハース氏とファン・デル・ホフ氏の2人だ。10年前、彼らは貸会議室業を営んでいたが、「とても古くさい業界で、何か新しいことを始めたかった」とセイハース氏。そんな矢先に、市場の変化に気づいた。
「企業の規模が小さくなり、経済危機で景気が低迷すると、アントレプレナーが行動を起こすようになりました。テクノロジーの向上で個人が1対1の直接取引を仕掛けることも簡単に。しかし、企業と違い個人のワーカーはマーケティングが難しい。そこで、自分のナレッジをオープンにし、シェアしあう、というアイデアを思いついたんです。これなら個人のワーカーが、自分の社会資本を必要とする誰かを発見できる」(ファン・デル・ホフ氏)
蓋を開けてみれば、企業にとってもS2Mはすぐれたリサーチの場となった。クリエイティブな個人を取り込み、イノベーションを起こしたいと願う企業は、S2Mにやってくればいい。個人のワーカーの側もそれは好都合。営業活動なしで企業とのパイプをつくり、ビジネスチャンスを手にできるかもしれない。
そして、企業と個人がつながり始めればS2M側にも新たな利益が生まれる。それまで無料のコワーキングスペースで仕事をしていたワーカーが、有料のミーティングルームのオフィスの使用機会を増やしていくからだ。無料のコワーキングスペースを事業のコアに据えながら、個人、企業、S2Mすべてが恩恵を受けられる環境が、ここにはある。
ロッテルダム・スクール・オブ・ビジネスが行ったS2Mのユーザーアンケートでは、「2週間で新しいプロジェクトが始まった」「フリーランスの仕事が増えた」といった声が寄せられた。オープンして8年で77拠点。「才能ある人に出会いたければ、S2Mに行けばいい」。今や、そんなトレンドまで噂されている。
(左上)ユトレヒトS2M内にあるカフェ。セイハース氏もよく利用しているという。(右上)左)コ・ファウンダー/ディレクターのマリエル・セイハース、右)コ・ファウンダーのロナルド・ファン・デル・ホフ(下)生活者の利用が多い図書館内にあるため、ユトレヒトともアムステルダムとも違う、リビングのような落ち着いたモダンな雰囲気になっている。
創業:2006年
従業員:10人
拠点数:国内77カ所、海外11カ所
https://www.seats2meet.com
コンサルティング(ワークスタイル):In-house
インテリア設計:Bart Vos, Vos Interiors Groningen
建築設計:Bart Vos, Vos Interiors Groningen
WORKSIGHT 07(2015.4)より
※当記事はWORKSIGHTの提供記事です
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