Infoseek 楽天

プーチンはなせ破滅的外交に走るのか

ニューズウィーク日本版 2016年2月12日 20時43分

 現在のロシアが抱えている最大の「外交」問題、すなわちウクライナ問題とシリア問題では、何をもって成功と判断するのかはかなり難しい問題だ。ロシアの究極の目的は何なのだろうか?

 我々はしばしば、ロシアには確固たる目標があり、それに照らして進捗状況が評価されていると考えがちだ。理論的には、ロシア政府はふたつの目標がある。安定した親ロシアのウクライナを確立すること。そしてシリアでは、ISIS(自称「イスラム国」、別名ISIL)や反体制派武装勢力を一掃し、バシャル・アサド大統領が完全な支配を取り戻して内戦が始まった2011年以前のシリアを取り戻すことだ。これらふたつの目標が達成されれば、ロシアは歴史的な強国としてかつての地位を回復できる。

【参考記事】ロシアの対シリア軍事介入はどこまで進むか

 もし本当にそれが狙いなら、悲惨な結果に終わるのは目に見えている。

【参考記事】シリア情勢に影を落とすロシアとトルコの歴史的確執

 シリア空爆ではまだごくささやかな成果しか達成できていない。欧米諸国にはいまだ完全なパートナーとして認められていない。これまで良好な関係だったトルコとも冷戦状態に陥っている。

 ニューヨーク・タイムズ紙のコラムニスト、トム・フリードマンは、ロシアのシリア空爆を戦略的に優れた動きと称賛したアナリストたちを批判してこう書いている。プーチンの『巧妙な』シリア空爆のおかげでロシアの旅客機は撃墜されて200人以上のロシア人乗客の死者を出し、アサド体制を支援することでトルコや欧米との関係は悪化し、ウクライナ問題での立場も不利になった。ISISに対しても、実質的な成果は何も上がっていない。

【参考記事】ロシア機墜落「イスラム国」関与説の信ぴょう性

 ウクライナからの独立とロシアへの編入を目指す親ロ派武装勢力と親EU派のウクライナ政府が昨年2月に交わした停戦合意は、政治的には無益に見える。「クリミア併合の時のように迅速で簡単な解決が期待できないとすれば、ロシア政府は手詰まり状態に陥ることになる」と、アメリカの元外交官カーク・ベネットは記している。「(ロシア政府は)石油とガスの価格が回復し、欧米諸国が分裂し、ウクライナの体制が内部崩壊するのを待つしかない」

【参考記事】ロシアがクリミアの次に狙うバルト3国

莫大な経済的コスト

 ウクライナとシリアにおけるロシアの向こう見ずな戦略の経済的コストは莫大で、しかも増大している。欧米諸国からの孤立はますます既成事実化しつつあり、中国との関係も冷え込んでいる。しかもロシア経済は窮地に陥っている。石油価格の急落やウクライナをめぐる欧米からの経済制裁からくる景気低迷が終わる見通しは立っていない。石油価格は2014年6月をピークに60%下落し、いまだ底は見えない。

 だが不況でも、大多数のロシア人は現状に満足しているようだ。ウラジーミル・プーチン大統領の人気は依然として高い。プーチンを批判してきた者たちの多くも、現在は大統領を支持している。プーチンが彼らに、ロシアが復活するというイメージを与えたからだ。

 独立系世論調査会社レバダセンターの社会学者デニス・ボルコフによれば、最近典型的に聞かれるのは、以下のような意見だという。「我々が牙を剥きだして見せたら、奴らは我々に敬意を払うようになった。好かれはしなくても、恐れられる存在であるべきだ」

 驚くべきことに、景気の悪化にもかかわらず多くのロシア人は自分たちの生活が以前より良くなっていると感じている。2015年は、あらゆる経済指標が悪化していたにもかかわらず、レガタム研究所の繁栄指数でロシアは世界の68位から58位に上昇した(繁栄指数は、物質的豊かさだけでなく主観的な幸福度も組み合わせた指標)。

支配者は常に正しい

「多くの国では、客観的なデータと主観的なデータは一致する。景気が良ければ人々はそれを良いと受け止めるし、悪ければ悪いと受け止める。しかし時に、現実と主観の間にギャップが生じる場合がある。背景には、たいてい興味深いストーリーがある」と、レガタム研究所のピーター・パメラーンツェフとネイサン・ゲームスターは述べている。

 筆者の考えでは、現在の状況があるのは、計画が悪かったせいでもなく、目標達成に失敗したからでもない。ロシアの計画や目標は、元から変化するものなのだ。ロシア政府が本当に気にかけているのは内政問題だ。だがプーチンはずっと以前から、内政問題を解決するための国内的な手段を失っている。だから国境の先に目を向けたのだ。

 外交政策の目標は、その対象国や地域の中に留まらない。ウクライナやシリアにおけるロシアの行動が失敗に見える理由はそのためだ。ロシアはウクライナやシリアで単純な成功を意図したのではなく、政権の安定と維持が目的だ。

 前向きではなく後ろ向きの目標だ。何かを起こすためではなく、何かが起こるのを防ぐために行動を起こしている。

 昨年9月にシリア空爆を始めてから2カ月の間に、ロシア政府は目標を数回変更している。目標は、政治の風向きに応じて動き続けているのだ。トルコは、ある場面では必要とし、他の場面では利用した。

 この状況では、ロシアの経済情勢は取りざたされることすらない。ロシア人たちの収入や、(物質的な)幸福は、犠牲にされてもかまわない。

 ロシアの政治家は、政策目標や特定の軍事目標を達成することによってではなく、紛争によって繁栄する(ちょうど、典型的なロシアの高級官僚が、歳入よりも歳出で栄えるのと同じように)。ロシアの標的は、動く標的なのだ。

 プーチンがシリアのラッカではなくホムスに狙いを定めたとしても、ルーブルを20%ではなく60%引き下げたとしても、ロシア国内で大統領を非難する者はいないだろう。政権が機能している限りは。

 政権を安定的に支配している限り、プーチンは常に正しい。そして、支配できなくなったとたんに、プーチンの正しさはあらゆる意味で否定される。プーチン自身、このように考えているに違いない。そうでなければ彼は、あれほど死に物狂いで操縦桿を引き、絶えず方向転換したりはしていないはずだ。

(この記事における見解は、すべて筆者個人のものである)

Maxim Trudolyubov is a senior fellow at the Kennan Institute of the Woodrow Wilson Center and editor at large of Vedomosti, an independent Russian daily. Read the original article.

The opinions expressed here are solely those of the author.




マクシム・トルボビューボフ(米ウッドロー・ウィルソン・センター/ケナン研究所上級研究員)

この記事の関連ニュース