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サンダース旋風の裏にある異様なヒラリー・バッシング

ニューズウィーク日本版 2016年2月17日 15時30分

 2008年の大統領選挙では、若者たちがバラク・オバマを熱狂的に支持した。共和党のブッシュ大統領(当時)が始めたイラク戦争が泥沼化し、膠着状態に陥った連邦議会への不信が高まるなか、黒人で、新人上院議員のオバマは、「政治と国を変えてくれる救世主」としてすがりつくのに最適の人物だった。当時若者の間では、アメリカの古い世代とその価値観を否定する行為として、フェイスブックの名前のミドルネームをオバマにならって「フセイン」にするのが「かっこいい」こととして流行った。

 今回2016年の大統領予備選挙で、リベラルな若者たちから熱狂的に支持されているのは、自称「民主的社会主義者」のバーニー・サンダースだ。昨年大統領選への出馬を発表したときには、メディアから「絶対に勝ち目はない」と笑い者にすらされていたサンダースだが、今月9日のニューハンプシャー州予備選では、ヒラリー・クリントンに支持率で25ポイントの大差をつけて圧勝した。

 この珍現象を可能にしたのは、ちょうど大学生くらいの年代の若者たちだ。

 連邦議会の議員としては、ヒラリーより長いキャリアを持ち、しかも6歳も年上の74歳の白人のサンダースを、なぜ若者が支持するのだろうか?

 アメリカでも不思議に思われているこの現象を、ニューハンプシャー予備選の取材を通して体感してきた。

【参考記事】<ニューハンプシャー州予備選>左右のポピュリストを勝たせた米政界への怒り

 予備選の投票の4日前、バーニーとヒラリーの両候補が講演する民主党のイベントが開催された。会場前では、マイナス10度の厳しい寒さにもかかわらず、候補のボランティアたちがプラカードを持って立っていた。

 ここまではよくある風景だが、会場入り口に近づくと大音響で音楽が流れている。「政治イベントにしては現代的でヒップな曲だな」と思い見てみると、録音ではなく、テントでDJがプレイしている。テントにはサンダースの愛称「バーニー」と書いてあり、その前で若い女性がフラフープを回しながら腰をくねらせて踊っている。

「どこかで見たような風景だ」と思って、すぐに気付いた。ロックコンサート、それもグレイトフル・デッドのコンサートだ。

 グレイトフル・デッドは、1960~70年代にかけて流行ったヒッピー文化とカウンターカルチャーを代表するロックバンド。この時代の若者はベトナム戦争で政府への不信感を募らせ、既成の社会体制を否定して新しい価値観を見出そうとしていた。それがカウンターカルチャーであり、ヒッピー・ムーブメントだった。

 サンダースの支持者は、他の候補と比べると圧倒的に若者が多い。「民主的社会主義」の理念でアメリカの政治を根本的に変えることを約束するサンダースは、現代の若者にとっては「反体制」の指導者であり、21世紀のカウンターカルチャーのリーダーとみなされている。

民主党のイベント会場の前ではサンダース支持者のDJが軽快な音楽を流していた(筆者撮影)

 もちろん違いはある。20世紀のカウンターカルチャーの背景にはベトナム戦争があったが、徴兵制度がない今の若者にとって、泥沼化しているイラク戦争はさほど身近なものではない。それよりも、値上がりを続ける大学の授業料と就職難のほうが肌で感じる切実な問題なのだ。

 トップ大学の学費は年間500万円を超え、学費ローンという借金を抱える大学卒業生は半数以上。卒業時点での借金の平均は現時点で500万円程度だという。しかも、アメリカでは、四年制の大学を卒業しただけでは高給の職には就けない。「海洋生物学を学んだのに、それを活かすためには大学院に行く必要があり、その資金を貯める就職先がない」と嘆く若者や、「非営利団体での仕事は楽しいけれど、給料が安いのでローンを返せない」とぼやく若者が筆者の知り合いにも沢山いる。しかも彼らは、アメリカでは収入が上位10%に属する中産階級の子弟なのだ。

 国民の収入格差は、現代アメリカが抱える深刻な問題だ。上位0.1%に属する少数の金持ちが持つ富は、下方90%が持つ富の合計と等しく 、70年代にはアメリカの過半数だった「中産階級」(調査機関ピュー研究所の定義では、国民の平均年収の3分の2から2倍の収入がある層) が消えつつある。

 サンダースは、大衆の心をとらえやすく、覚えやすいようにするためだろう、「99% vs 1%」という数字を使っている。不公平な時代に生まれたことに憤る若者たちにアピールするのが、サンダースの「近年では、経済がもたらす新たな収入の99%は、上位1%に行っている」 というスピーチと、次のような公約だ。

・大学の学費を無料にする
・北欧のように国民全員が無料で医療を受けられるようにする
・中産階級から搾取して富を独占するウォール街を解体し、収入と富の平等を図る

 60年代の若者の敵は、戦争や人種差別を続ける政府だった。サンダースを支持する現代の若者の最大の敵は「上位1%に属する大富豪」であり、その1%を独占する「ウォール街」だ。このあたりは、2011年の「ウォール街を占拠せよ(Occupy Wall Street)」運動の流れを受け継いでいる。

【参考記事】アイオワ州党員集会 共和党は正常化、民主党は異常事態へ

 彼らは、共和党候補だけでなく、サンダースのライバルであるヒラリーと、ヒラリーを応援する政治家も、上位1%を支える「体制」側の敵とみなしている。ニューハンプシャー州マンチェスター市で開催された民主党のディナーイベントで、それは如実に見て取れた。

 イベント会場は、ふだんはアイスホッケーの試合が行われるアリーナで、面白いことに、バーニーとヒラリーの双方の支持者が、対戦するホッケーチームを応援するファンのように、ステージを挟んで左右に綺麗に分かれて座っていた。

 ヒラリー応援団には、LGBT(レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダー)活動家、人権理事会(HRC)、家族計画連盟(Planned Parenthood Federation)といった支援団体のメンバーが目立ち、まとまった感じだった。

 一方のサンダース応援団は若者が多いが、60~70歳くらいの年配の人が結構混じっている。彼らも、かつてはジャック・ケルアックの本をベルボトムのジーンズのお尻のポケットにつっこみ、ウッドストックや反戦運動に出かけた若者たちなのだろう。

 大学の学費を無料にするためには、巨額な資金が必要だ。医療費もそうだ。「ではその資金はどこから持ってくるのか?」という人々の疑問に対して、サンダース陣営からは「ウォール街から」という答えが戻ってくる。

 シンプルな回答にサンダース支持者は満足しているようだが、少しでも現実的になれば、それが不可能なことは明らかだ。彼らが望むとおりウォール街を解体して搾取しても、経済の混乱を引き起こすだけで国民全員に無料で大学教育と医療を与えることはできない。サンダースが成功例として挙げる北欧諸国は租税や消費税が高いが、彼らはアメリカの税金が上がるのは断固として反対のようだ。トップ1%の金持ちが下方99%のコストを払えばいいと信じている。

 サンダース信奉者たちは、「タダ」を実現するコストについては考えない。

サンダース支持者には往年のヒッピーと見られる年配の人たちの姿も交じっていた(筆者撮影)

 さらに、60年代ヒッピーの合言葉は「ラブ&ピース」だったが、サンダース支持者たちは、どちらかというと「ラブ」よりも「ヘイト(憎しみ)」の方が強いようだ。

「大学の学費を無料にする」というサンダースの政策に対して、ヒラリーは「私とバーニーが求めることは同じ。けれども、私は現実主義者。できることしか約束しない」と反論するが、サンダースの支持者は許さない。理想主義者の彼らは、少しでも「体制」の臭いがするものを徹底的に攻撃する。

 女性で民主党全国委員長のデビー・ワッサーマン・シュルツがスピーチを始めると、すぐにあちこちからヤジが飛び始めた。私は偶然サンダース応援側の席に座っていたのだが、大声でヤジやブーイングをしているのは、私の周囲にいる若い男性たちばかりだ。

 席を2つ挟んだ右手の男性は、サンダースの名前をネオンのように光らせたプラカードを胸に掲げ、「You suck!(おまえは最低だ!)」とひっきりなしに大声で叫び続けている 。

 これがメディアで噂の「Bernie Bros(バーニー・ブラザーズ)」だ。

 サンダース支持者のなかには、ソーシャルメディアやニュースメディアのコメント欄に人格攻撃に近いヒラリー批判を書きこみ、それに反論する女性がいれば、「自分のほうが正しい」という独善的な態度でその女性まで攻撃する若い男性が増えている。彼らは「Bernie Bros」と呼ばれ、インターネットでは以前から話題になっていた。

 メディアでは「そういう人がいても、少数だけ。それで苦情を言うヒラリー陣営は大げさ」と捉えていたが、このイベントでヤジを飛ばす若い男は少数ではない。

 元女性州知事で現職上院議員のジーン・シャヒーンがヒラリー支持表明のスピーチをしている最中も、ブーイングや大声のヤジは続いた。

 60歳くらいのサンダース支持者の女性が、見るに見かねて前に座っている若者に注意したところ、彼は顔を真っ赤にして「憲法修正第1条で保障された表現の自由を知らないのか? 僕には発言の自由がある!」と、注意した女性に向かって怒鳴り始めた。

 共和党候補のトランプのイベントでも、応援にかけつけた政治家に悪態をつく支持者がいたが、態度の悪さでは、サンダース支持者はトランプ・ファンと同等だ。

 Bernie Brosを見ていると、どうやら「革命」を口実にして、「体制」を象徴するヒラリーやその支持者を血祭りにあげることで自己満足に浸っている若い男性が少なくないようだ。

【参考記事】サンダースを熱狂的に支持する若者たちは、民主主義を信じていない

 一般論では「若者が政治に関心を抱き、参加するのは良い事」なのだろうが、Bernie Brosを目撃した今は、疑問を感じずにはいられない。

 妥協を許さない「オール・オア・ナッシング」の理想を貫けば、社会は機能しなくなるし、戦争を回避することもできない。ヒラリーを叩きのめして、11月の本選で共和党候補を勝たせれば、極右の最高裁判事を任命し、「女性が中絶を選ぶ権利」や「同性婚の権利」が撤回される可能性もある。その危険を訴えるLGBTや人権理事会のメンバーからの意見には、サンダースの熱狂的支持者は耳を傾けようとはしない。

 そんな若者たちが、「票」という武器を手にしてソーシャルメディアで仲間に「革命」を呼びかける現状こそが、アメリカの民主主義の危機なのかもしれない。

<ニューストピックス:【2016米大統領選】最新現地リポート>

≪筆者・渡辺由佳里氏の連載コラム「ベストセラーからアメリカを読む」の記事一覧はこちら≫

渡辺由佳里(エッセイスト)

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