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「農村=貧困」では本当の中国を理解できない

ニューズウィーク日本版 2016年2月19日 11時0分

 今や世界的な映画監督となった中国のチャン・イーモウだが、その初期作品は『紅いコーリャン』『菊豆(チュイトウ)』『あの子を探して』など農村を舞台にした作品が多い。貧しく、もの悲しい光景に胸を打たれた人も多いのではないか。

 中国農村は今、どうなっているのか。百年一日のごとく変わらぬ顔を持つ一方で、ステレオタイプのイメージとは異なる姿も存在する。

【参考記事】農民がショベルカーを「土砲」で攻撃する社会

都市住民の琴線に触れる「農村残酷物語」

 2016年2月8日の旧正月当日、あるネット掲示板のスレッドが爆発的な話題となった。書き込み主は上海人の女性。農村出身の男性とつきあっているが、結婚の前提となるマンション購入もしばらくは無理。両親も結婚に反対している。どうしようかと悩んでいたが、今年の旧正月は彼氏の実家を訪問することにした。

 すると驚くばかりの貧しさで、大みそかの食事ですら、とても食べられないようなひどいものだったと嘆いている。この書き込みに他のネットユーザーがあれやこれやコメントをつけていき、上海人の女性と会話している。最終的には「別れるんだったら気持ちを断ち切るためにすぐに帰れ」というアドバイスに従って、旧正月当日に彼氏の実家から立ち去った......という内容だ。

 地名などディティールがあやふやなことから、おそらく虚構の内容、いわゆる「釣り」の書き込みだった可能性が高いといわれているが、それでも人気を集めたのは中国人の琴線に触れる要素が盛り込まれていたからだ。

 その要素とは、第一に結婚難。中国都市部では結婚する前に男性側がマンションとマイカーをそろえることが条件と言われており、交際相手がいても収入的に結婚できないケースが少なくない。若者が自力でマンションを買うことは難しい。親が支援するしかないのだが、貧しい家庭の出身ではそれも無理だ。

 第二に上海人叩き。上海は中国で一番裕福な地方で、上海人はねたみもあってか他地域では嫌われていることが多い。横暴で傲慢、わがままというのが上海人のステレオタイプとなる。

 そして第三に農村の問題だ。発展から取り残された貧しい農民たちの生活に心を痛める人は少なくない。その象徴ともいえるのが昨年6月に貴州省畢節市で起きた事件だ。4人の子どもが農薬を飲んで死亡したのだが、母親が失踪し父親も新たな恋人を作って消えたなか、子どもたちだけで生活していたことが明らかになった。子どもたちは長男が13歳になった時にみなで一緒に死ぬと決めており、計画通りに実行したのだった。

 確かに中国の農村はさまざまな問題を抱えている。貧困から脱出できない地域も多いほか、両親が出稼ぎに行って取り残された「留守児童」の問題もある。親についていって都市部で生活できればいいのだが、中国では戸籍の移動は制限されており、公教育を受けるためには地元に残らざるを得ないという事情もある。

 また、両親が別々の地域に出稼ぎに行き、寂しさをまぎらわすために現地で不倫してしまって家庭が崩壊するのもよくある話。逆に、地元に取り残された子どもが近所の大人から性的暴行の被害を受けたり、あるいは勉強に身が入らずに退学、暴力団の手先のチンピラに身をやつしたりといった問題もある。

 さらに、若者が出稼ぎに出かけたため、農村に残っているのは老人と子どもだけという空洞化の問題もある。日本には「三ちゃん農業」(おじいちゃん、おばあちゃん、おかあちゃんだけで農業を担っている状態)という言葉があったが、中国はおかあちゃんも出稼ぎに行っているので、いわば「二ちゃん農業」の状態だ。

 ことほどさように中国農村には問題が山積みで、都市住民であっても心を痛めるテーマである。農村といえば貧困であり悲惨というイメージが、中国の都市住民の間にもしみついている。旅行で訪れた日本で農村を見ては、裕福で美しいじゃないかと驚くゆえんだ。

土地成金にEC成金......農村のもう一つの顔

 中国農村といえば残酷物語ばかりが報じられているわけだが、中国は広い。一言に農村といってもその内実はきわめて多様だ。そこでここでは、ステレオタイプに反したエピソードも紹介したい。

【参考記事】知られざる「一人っ子政策」残酷物語

 最近、話題なのは外車を乗り回す成金農民の皆さんだ。以前は政府による土地収用といえば二束三文で放り出されるというケースが多く、激烈な反発を招いてきた。近年ではそれなりの補償金が支払われることが多く、とりわけ大都市近辺では土地成金が大量に出現している。

 中国には「城中村」という言葉があるが、これは拡大した都市によって飲み込まれた農村を意味する。行政区分的には農村だが、実際には都市の一角にあるために土地収用される場合でも補償金が高く、また住宅地や工業用地として貸し出しても十分な収入が得られる。かくして突然、大量のお金が手に入ったために自己管理できず、ギャンブルにのめりこんだたりアルコール中毒になってしまった......という話が珍しくない。

 また、商売で成功している農村もある。私が習った日本の社会科の教科書には「郷鎮企業」という言葉が載っていた。人民公社解体後に登場した、農民たちの集団所有の企業だ。失敗した企業も多いが、いまだに生き残っている企業もある。江蘇省無錫市の華西村がその代表格で、超高層ビルを建てたり純金の雄牛像を作ってみたりとすさまじい景気のよさだ。

 郷鎮企業の21世紀版が「タオバオ村」だろう。中国EC最大手アリババが運営するネットショッピングモール「タオバオ」で特産品を売ることに特化した村を指す。すでに200以上の農村がタオバオ村として認定されている。農作物を売るケースもあれば、家具や靴、お菓子などに特化した村などさまざまだが、中国政府も農村振興の切り札として奨励し、ネットインフラの整備をはじめさまざまな支援策を打ち出している。

 そこまで景気のいい話ではなくとも、そこそこの暮らしができている農村は少なくない。その象徴が「懶田」(怠け農業)だ。農業ではたいして稼げないこともあるが、必死に農作業をするより、適当に働いても国家の補助金があればそこそこ暮らせるじゃないかという考え方が広がり、社会問題となっている。

 習近平政権では生産性向上を課題に掲げているが、その主要分野の一つが農業。農民たちにいかにやる気を出してもらうかが課題となっている。とはいえ、一度与えた補助金を剥奪すれば大騒ぎになるのは間違いないだけに、対策も難しい。農地を集約して大農家や企業による農業経営を企画しているが、土地の平等な分配という社会主義の根幹にかかわる問題だけに、抜本的な改革が打ち出せないでいる状況だ。

 誤解しないでいただきたいのだが、中国ではいまだに貧困にあえぐ農村も多い。だが、「農村=貧困」というイメージでは片付けられない多様な姿が存在することも事実だ。中国政府にとって農村・農業・農民という三農問題は最重要課題の一つだが、これほどまでの多様性がある以上、解決策は一筋縄には行かない。それぞれの地域と状況にあわせた解決策を見出す必要がある。巨大国家が内包する多様性、それこそが中国の面白さであり難しさであると言えるのではないか。

[筆者]
高口康太
ジャーナリスト、翻訳家。1976年生まれ。千葉大学人文社会科学研究科(博士課程)単位取得退学。独自の切り口から中国・新興国を論じるニュースサイト「KINBRICKS NOW」を運営。著書に『なぜ、習近平は激怒したのか――人気漫画家が亡命した理由』(祥伝社)。

高口康太(ジャーナリスト、翻訳家)

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