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2016年米大統領選挙とシンクタンク

ニューズウィーク日本版 2016年2月19日 18時4分

 スコット・ベイツ氏は米国のシンクタンクを代表する1人であり、民主党系シンクタンク「国家政策センター」の理事長を務めている。論壇誌「アステイオン」(公益財団法人サントリー文化財団・アステイオン編集委員会編、CCCメディアハウス)83号では、國學院大学兼任講師の宮田智之氏がベイツ氏のインタビューを行った。
 ベイツ氏によれば、シンクタンクとは「忙しい政策担当者に代わり、中長期的な課題について分析し、解決策を提案」する公共政策研究機関だ(8歳になる自身の息子からもどんな仕事かと聞かれ、「国家にとって有益なアイディアを提案している」と答えたそうだ)。シンクタンクはまた「政府の職を離れた人々に政策研究に従事する機会」を提供する存在でもある。
 米国には1000を超えるシンクタンクが存在し、「政治的インフラストラクチャー」として多大な影響力を発揮している。なぜ米国でのみこれほど発達したのか、また代表的なシンクタンクはどこで、米国政治においてどんな役割を担っているのか――。米国シンクタンクを考える上で貴重な資料ともなっている本インタビューから、今年の米大統領選に関わる箇所を中心に抜粋・転載する(なお、インタビューは昨年7月30日に実施されたもの)。


二〇一六年大統領選挙とシンクタンク

宮田 二〇一六年大統領選挙とシンクタンクの関係はどうでしょうか。大統領選挙は、シンクタンクの研究員にとっても自らを売り込む絶好の機会だと思います。毎回、多くのシンクタンクの研究員が大統領候補のアドバイザーに就任し、選挙運動に積極的に関わる傾向があると思いますが、二〇一六年についてはどうでしょうか。

ベイツ シンクタンク研究員ら政策の専門家は、積極的に大統領選挙に関わり、特定候補を全力で応援します。自分も二〇〇四年大統領選挙においてケリー陣営の安全保障チームの一員として働きましたが、そのチームには一五〇名ほどの専門家が集まっていました。

【参考記事】サンダース旋風の裏にある異様なヒラリー・バッシング

 二〇一六年大統領選挙については、民主党候補争いではヒラリー・クリントンとアメリカ進歩センターの関係が非常に密接です。勿論、内国歳入法によってアメリカ進歩センター自体がクリントンの選挙運動を直接応援することはできませんが、ジョン・ポデスタをはじめクリントン陣営幹部にはアメリカ進歩センター関係者が集まっています。また、クリントンはアメリカ進歩センターの政策提言を積極的に取り入れており、公約を発表する場としてもアメリカ進歩センターをしばしば利用しています。アメリカ進歩センター以外のシンクタンク関係者もクリントンのもとに駆けつけています。たとえば、オバマ政権の政府要職を歴任し、トルーマン・プロジェクト出身者でもあるジェイク・サリヴァンは、現在クリントンの外交政策顧問です。また、他のトルーマン・プロジェクト関係者も、クリントンのもとに駆けつけているようです。

 候補者乱立の様相を呈している共和党候補争いでは、ほとんどの候補がシンクタンクの研究員の支持を得ようとワシントンを頻繁に訪れ、熾烈な争いを繰り広げています(注)。シンクタンクにいる専門家からのお墨付きは、十分な資質・能力をもっている証となります。つい先日も、候補者の一人が有力シンクタンク関係者と会合をもったばかりです。このように、大統領候補はシンクタンクとの関係を重視しますが、ドナルド・トランプについてはそうではないかもしれません。トランプこそ、シンクタンク研究員らのお墨付きが必要だと思いますが、シンクタンク研究員の評価など全く気にしないでしょう。

 この「最初の予備選挙」とも言える、シンクタンクの支持を求める争いにおいて、AEIの評価はなかでも重要です。一方、同じ保守系シンクタンクでもヘリテージ財団は以前ほどの重要性を有していないように思います。ヘリテージ財団が、ティーパーティ系の草の根保守層に乗っ取られてしまったと見られているからです。その他では、フーバー研究所(Hoover Institution)も無視できません。二〇〇〇年大統領選挙の前年、ジョージ・W・ブッシュがフーバー研究所を訪れたことは広く知られています。当時テキサス州知事であったブッシュに対しては、軍の最高司令官が務まるのかと懸念や批判が噴出していました。しかし、ブッシュはフーバー研究所において見事にそうした懸念を打ち消し、常に安全保障について考えている一流の専門家から高い評価を得ることに成功しました。この例は、大統領選挙においてシンクタンクが大きな役割を演じていることを象徴的に示しています。

宮田 ベイツ先生自身、いずれかの大統領候補の政策アドバイザーを務める予定はありますか。

ベイツ 友人であり、CNP副会長のハンター・バイデンはバイデン副大統領の息子です。自分はバイデン副大統領を大変尊敬しています。バイデン副大統領が立候補するかどうかは分かりませんが、もし手伝ってくれと頼まれれば、断ることはできないでしょう。ヒラリー・クリントンについては、先ほど述べたように、非常に多くの人々が彼女のもとに既に結集しています。

 ただし、いずれの候補であっても、喜んでアドバイスを提供するつもりです。共和党候補にアドバイスを提供することもあるかもしれません。現在、共和党系のマケイン・インスティテュート(McCain Institute for International Leadership)を運営している、元NATO大使のカート・ヴォルカーとは付き合いがあり、昨年もイラクやアフガニスタンにおけるパブリック・ディプロマシーについての研究プロジェクトを共同で実施しています。彼から共和党候補に日米関係に関する助言を提供してくれと頼まれれば、喜んで応じるでしょう。

宮田 大統領選挙に関連して、今日も米国民の多くは政治におけるアイディアの可能性に楽観的でしょうか。言い換えると、現在においても米国民の間でアイディアをもった政治家を好む傾向は観察できるでしょうか。

ベイツ かつてレーガンは説得力のあるアイディアを提示し、人々から支持されました。ロス・ペローも同様でした。人々はペローのアイディアに期待しました。彼らの対極に位置するのが、ジョン・コナリーという共和党の政治家です。コナリーは一九八〇年大統領選挙の共和党候補争いで現在の金額にして三五〇〇万ドルもの大金を投じましたが、最終的に獲得できた代議員はわずか一名でした。コナリーには、人々を魅了するアイディアがありませんでした。

 このような傾向は現在においても観察できます。勿論、一部で政治そのものへの不信感はあります。しかし、無名の政治家から一気に大統領にまで上り詰めたバラク・オバマの運動を見れば分かるように、現在においても政治におけるアイディアに楽観的であり、米国民の多くは説得力のあるアイディアをもった政治家に魅了されます。

 今回の大統領選挙に関して言うと、ジェブ・ブッシュには資金力があります。しかし、人々を興奮させるような政治家ではありません。ブッシュが共和党候補争いを勝ち抜けるかは疑問です。ヒラリー・クリントンも注意すべきでしょう。泡沫扱いされていたバーニー・サンダースが今や二五パーセントもの支持を獲得しています。サンダースは人々の想像力を掴んでいます。

【参考記事】サンダースを熱狂的に支持する若者たちは、民主主義を信じていない

米国外交と米国世論

宮田 民主党内の一部で、反戦の態度が余りにも強く安全保障について語ることを避けようとする傾向もあり、心配しています。ベイツ先生はどうお考えでしょうか。

ベイツ そのような傾向は、民主党内だけでなく実は共和党内でも見られます。過去一五年あまり、グローバル・セキュリティに掛かるコストのほとんどを米国民が一身に引き受けてきました。その結果、国際社会においてリーダーシップを発揮し続けることに対して米国民の間で疲れが生じています。それはシリア情勢への関心の低さに象徴されていますが、この内向きとも言える風潮は左右両派に見られ、共和党内でも対外的関与に批判的なリバタリアンなどが勢いを得ています。勿論、自分も米国世論の現状について心配しています。

 米国のリーダーシップは、明らかに国際社会の平和と安定の礎であり続けてきました。アジアにおける平和と繁栄も、過去六〇年にわたるこの地域での米国の積極的なプレゼンスによって支えられたものでした。そして、二一世紀の国際社会がどういった世界になるかも、太平洋地域における米国のエンゲージメントと同盟国とのパートナーシップに懸かっています。台頭する中国がこの先どこへ向かうかも、我々の対応次第で変わってきます。

 最後に、日本の人々に向けてこの点を強調しておきたいと思います。数年前、日本の大学生と懇談した際、「日本にはカナダのような国になって欲しい」との発言を聞きました。自分は本当に驚き、「カナダを模範としてはいけません。日本は大国であり、力のある国です」と強く訴えました。米国は、大国である日本の助けを必要としています。パンデミック、移民、自然災害、安全保障といった様々なグローバルな課題に対処していく上で、日米の協力は欠かせません。課せられた責任は非常に重く、そうした責任から逃れてはいけないのです。

二〇一五年七月三〇日
(ガーデンコートクラブにて)

[注]
ベイツ氏のコメントに関連し、ワシントン・ポスト紙は次の記事で各共和党候補の動向を詳しく紹介している。Phillip Rucker and Robert Costa, "In the 'credentials caucus,' GOP's 2016 hopefuls study policy and seek advisers," Washington Post, April 6, 2014.

[インタビュイー]
スコット・ベイツ Scott Bates
1965年生まれ。ヴァージニア大学ロースクール修了。ヴァージニア州務長官などを務めた後、2003年に下院国土安全保障特別委員会上級政策顧問に就任。同委員会のために『テロとの戦いに勝利する(Winning the War on Terror )』を執筆。その後、全米民主国際研究所(NDI)上級顧問、国防大学客員教授、国家政策センター副所長兼上級研究員等を務め、2012年から国家政策センター理事長。

[インタビュアー]
宮田智之 Tomoyuki Miyata
1975年生まれ。慶應義塾大学大学院法学研究科博士課程単位取得退学。博士(法学)。在米日本大使館専門調査員、東京大学アメリカ太平洋地域研究センター助教等を経て、現在、國學院大学兼任講師。専攻はアメリカ政治(主にシンクタンク研究)。主な論文に、「アメリカにおけるシンクタンクの政治的影響力―教育改革を事例に」(『東京大学アメリカ太平洋研究』第13号、2013年)他。

※当記事は「アステイオン83」からの転載記事です。





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『アステイオン83』
 特集「マルティプル・ジャパン――多様化する『日本』」
 公益財団法人サントリー文化財団
 アステイオン編集委員会 編
 CCCメディアハウス


スコット・ベイツ+宮田智之 ※アステイオン83より抜粋

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