「中国経済が倒れると世界経済も倒れる」という呪文が世界で唱えられている。「中国への輸出に依存する日本は危ない」「中国が米国債を大量に売却して米金利がつり上がる」など、おどろおどろしく人々を脅かし、為替や株価を動かし、儲けようとする魂胆が背後にある。中国に限ったことではないが、政治家やマスコミや欧米の大投資銀行などが長年作り上げてきたストーリーやレッテルを剥がさないと、だまされる。
日本は対中輸出に「依存」し、これが「壊滅」すると日本経済は危ないのだろうか。影響は確かにあるだろう。日本は14年、全輸出の約24%、17兆円分を中国(香港を含む)に向けていて、これはGDPの3.5%に相当するからだ。しかし貿易が壊滅するのは、中国が長期の内戦になるようなときだけ。たとえ尖閣諸島で日中が戦っても、中国は輸入をやめない。日本からの部品や機械は、中国国内で組み立てている自動車や電気製品の生産に不可欠だからだ。
【参考記事】鉄鋼のたたき売りに見る中国の危ない改革先延ばし体質
欧米や中国の識者は、「日本は自動車や電気製品を輸出して成り立っている国だ」と思い込んでいるが、これはもう20年以上前の話。今の日本企業は自動車の70%近くを海外で生産しているし、電気製品の輸出は大きく減って(多くの分野で競争力を失っている)、今では最終製品製造のための機械や部品を輸出してしのいでいる。
14年の輸出上位10品目に家電・オーディオ製品は入っていない。部品類は合わせて全輸出の16%で、最終製品で首位の自動車(約15%)をしのいでいる。日本の対中輸出においても、輸出上位10品目のうち(13年、香港を除く)、最終製品では自動車で5200億円強、科学光学機器で8000億円強が入っているだけ。首位の「半導体等電子部品」9800億円強をはじめ、部品、原材料のたぐいで占められている。中国市場で消費され、中国自身の景気に売れ行きが左右される最終製品の比率は小さいのである。
【参考記事】中国進出の外資企業、景気減速でも巨大マーケットの消費者に熱視線
米長期金利に影響はない
「中国に手荒なことをすると、米国債を投げ売りされる」というのも、在米の中国ロビーがよく使う呪文だ。中国が保有する米国債は昨年8月時点で約1兆2700億ドル 。これを投げ売りすると、米金利は大きく上昇して不況になる。
確かに中国は最近人民元の下落を防ぐために、元買いドル売り介入を繰り返している。昨年11月には1カ月だけで外貨準備が872億ドル減ったのもおそらく介入のためで、その際には米国債も売却しただろう。しかし、この程度の売却ではアメリカの長期金利に影響はないどころか、下落傾向さえ示している。
たとえ中国が米国債を大量に投げ売りしても、日本が買えばいい。03~04年、日本は計40兆円分もの円を売って米国債を購入し (平成の大介入)、アメリカのイラクでの戦費を維持。同時に円安を実現して輸出を増やし、小泉政権下で景気回復を演出した。
こうして中国経済に関する呪文を検討してみると、中国の対日、対米経済関係が急激に変わる可能性は低い。少なくとも日米に壊滅的打撃を与えることはないと言える。原油など、中国の1次産品の輸入が急減して値崩れを起こし、世界の資金の流れを乱しているが、これはそのうち静まりそうだ。
むしろ心配なのは香港だ。中国企業が低金利の香港ドルを借りまくって人民元に換え、本土での不動産投機にふけっている。借金の総額は1兆ドルにも及ぶと推定される。ところが香港ドルは米ドルと連動制を取っているため、人民元が下がると香港ドルでの返済額が膨れ上がり、借り手も貸し手も破綻しかねない。
これを防ごうと中国政府が強権的に米ドルとの連動をやめさせ、香港ドルを人民元と連動させようとするとどうなるか。中国と世界のカネの流れの唯一の窓口である香港の金融市場は混乱し、資本移動は大きく阻害され、香港の存立基盤自体が失われるだろう。
[2016.2.16号掲載]
河東哲夫(本誌コラムニスト)
日本は対中輸出に「依存」し、これが「壊滅」すると日本経済は危ないのだろうか。影響は確かにあるだろう。日本は14年、全輸出の約24%、17兆円分を中国(香港を含む)に向けていて、これはGDPの3.5%に相当するからだ。しかし貿易が壊滅するのは、中国が長期の内戦になるようなときだけ。たとえ尖閣諸島で日中が戦っても、中国は輸入をやめない。日本からの部品や機械は、中国国内で組み立てている自動車や電気製品の生産に不可欠だからだ。
【参考記事】鉄鋼のたたき売りに見る中国の危ない改革先延ばし体質
欧米や中国の識者は、「日本は自動車や電気製品を輸出して成り立っている国だ」と思い込んでいるが、これはもう20年以上前の話。今の日本企業は自動車の70%近くを海外で生産しているし、電気製品の輸出は大きく減って(多くの分野で競争力を失っている)、今では最終製品製造のための機械や部品を輸出してしのいでいる。
14年の輸出上位10品目に家電・オーディオ製品は入っていない。部品類は合わせて全輸出の16%で、最終製品で首位の自動車(約15%)をしのいでいる。日本の対中輸出においても、輸出上位10品目のうち(13年、香港を除く)、最終製品では自動車で5200億円強、科学光学機器で8000億円強が入っているだけ。首位の「半導体等電子部品」9800億円強をはじめ、部品、原材料のたぐいで占められている。中国市場で消費され、中国自身の景気に売れ行きが左右される最終製品の比率は小さいのである。
【参考記事】中国進出の外資企業、景気減速でも巨大マーケットの消費者に熱視線
米長期金利に影響はない
「中国に手荒なことをすると、米国債を投げ売りされる」というのも、在米の中国ロビーがよく使う呪文だ。中国が保有する米国債は昨年8月時点で約1兆2700億ドル 。これを投げ売りすると、米金利は大きく上昇して不況になる。
確かに中国は最近人民元の下落を防ぐために、元買いドル売り介入を繰り返している。昨年11月には1カ月だけで外貨準備が872億ドル減ったのもおそらく介入のためで、その際には米国債も売却しただろう。しかし、この程度の売却ではアメリカの長期金利に影響はないどころか、下落傾向さえ示している。
たとえ中国が米国債を大量に投げ売りしても、日本が買えばいい。03~04年、日本は計40兆円分もの円を売って米国債を購入し (平成の大介入)、アメリカのイラクでの戦費を維持。同時に円安を実現して輸出を増やし、小泉政権下で景気回復を演出した。
こうして中国経済に関する呪文を検討してみると、中国の対日、対米経済関係が急激に変わる可能性は低い。少なくとも日米に壊滅的打撃を与えることはないと言える。原油など、中国の1次産品の輸入が急減して値崩れを起こし、世界の資金の流れを乱しているが、これはそのうち静まりそうだ。
むしろ心配なのは香港だ。中国企業が低金利の香港ドルを借りまくって人民元に換え、本土での不動産投機にふけっている。借金の総額は1兆ドルにも及ぶと推定される。ところが香港ドルは米ドルと連動制を取っているため、人民元が下がると香港ドルでの返済額が膨れ上がり、借り手も貸し手も破綻しかねない。
これを防ごうと中国政府が強権的に米ドルとの連動をやめさせ、香港ドルを人民元と連動させようとするとどうなるか。中国と世界のカネの流れの唯一の窓口である香港の金融市場は混乱し、資本移動は大きく阻害され、香港の存立基盤自体が失われるだろう。
[2016.2.16号掲載]
河東哲夫(本誌コラムニスト)