覚えている人もいるかもしれないが、5年前、日本の観光庁が国外向けに日本のPR映像を作って、外国人から失笑を買った「事件」があった。映像では、人気グループ「嵐」のメンバーがそれぞれ日本の観光地を訪れ、招き猫の真似をして「ニャー」と鳴く。
当時、仏フィガロ紙の東京特派員で辛口親日家であるレジス・アルノー氏は、本誌に「嵐がニャーと鳴く国に外国人は来たがらない」と題するコラムを寄せ、観光庁の勘違いぶりをこう嘆いた。「日本はなぜ『最高の顔』で自分を売り込もうとしないのか。洗練された職人や建築家、知識人、画家、料理人ではなく、国内限定のスターを宣伝に使うなんて」
観光庁は、その映像をニューヨーク・タイムズスクエアの大型ビジョンを皮切りに全世界133カ国・地域以上で流していくと豪語していた。その後ニューヨークに赴任した私は、あの映像が世界最高のエンターテインメントが集結するこの街のど真ん中で流れていたのかと赤面したものだが、同時に外国人を虜にする日本の「最高の顔」とは何かと考えを巡らせてきた。
【参考記事】日本の本当のPR役は嵐でもSMAPでもない
4年後の東京オリンピックに向けて、今後は開閉会式のパフォーマー選びが加速するだろう。確かに嵐は観光庁が訪日客のターゲットにしている東アジアでは人気だが、残念ながら「世界に通じる」とは言いがたい。
【参考記事】東京五輪まで「5年しかない」現実
もっと幅広い層の外国人を取り込める「顔」はないものか――そう思っていたところ、先日ついに目撃してしまった。嵐とは別の"サムライ集団"が、目の肥えたニューヨーカーたちを熱狂させている姿を!
その精鋭たちとは、日本人の和太鼓集団『DRUM TAO』。男性26人、女性8人から成るTAOは、一般的な知名度こそまだまだかもしれないが、実は日本だけですでに11万人ものファンクラブ会員を抱える人気グループだ。その彼らが今月10日、満を持して「ブロードウェイ」デビューを果たしたのだが、それが単なるブロードウェイではなかった。アメリカの巨大ネットワーク局「CBSテレビ」の視聴者を前に、ブロードウェイのエド・サリバン劇場でパフォーマンスを披露したのだ。
TAOが出演したのは、CBSの夜の看板番組「ザ・レイトショー」。昨年デービッド・レターマンからスティーブン・コルベアが司会役を引き継いた長寿番組で、毎晩「旬な」ゲストを迎えてトークを繰り広げる。TAOと同じ日に出演したのは、映画『ズーランダー2』のプロモーションに訪れた人気俳優ベン・スティラーと、米大統領選で民主党の候補者指名争いに出馬しているバーニー・サンダース上院議員だ。そんな大物たちと同じ枠内でコルベアから紹介され、和太鼓の演奏をメインにしたド迫力のステージを展開して観客から喝采を浴びた。
2月10日放送の「ザ・レイトショー」
私自身も2月11~14日にニューヨークのオフ・ブロードウェイで行われたTAOの公演『DRUM HEART』の最終日に足を運んだが、その圧巻のパフォーマンスに観客が度胆を抜かれ、スタンディングオベーションを繰り返すのを目の当たりにした。
約2時間の公演中、舞台の上で奏でられるのは数種類の和太鼓に三味線、琴や篠笛といった伝統楽器。しかも、単なる演奏に留まらず、アクロバティックなパフォーマンスあり、ファッションショーさながらの華やかな衣装ありと「魅せる」ポイントが満載で、そのどれもが外国人のツボにはまる。TAOが彼らを総立ちにさせるのは、そこに「クールジャパン」の要素がたっぷり詰まっているからだ。
例えば、黒髪を振り乱しながら長刀を操ったり、ミュージシャンというよりアスリートのように鍛え上げられた肉体で和太鼓を叩きまくる日本男児たちは、外国人から見ればまさに「サムライ」そのもの。公演の前半が終わった休憩中、客席の若い白人女性が「Oh my gooood! I am obsessed!!(ヤバイ!ハマっちゃったー!!)」と叫んで目をハートにさせているのを見て、私は思わずニンマリした。「太鼓を叩くEXILE」のような勇ましいサムライたちが、男女を問わず観客をウットリさせているのである。
さらに、男性ばかりの舞台をキリリと締めるのはクールなアジアンビューティーを身にまとう4人の女性たちだ。座長でもある西亜里沙が叩く太鼓にはその日で一番しびれたし、彼女たちが奏でる琴や篠笛は男性的な舞台に女性的な柔らかさを加えていた。次々と変わる「斬新な和装」を思わせるステージ衣装も格別で、「ファッション大国」としての日本の顔を惜しみなく披露する。
外国人も声を挙げて笑う絶妙なユーモアさえ登場するTAOの舞台は、まさに世界に通じるエンターテインメント。それもそのはず、『DRUM HEART』(日本では昨年『百花繚乱 日本ドラム絵巻』として上演)を演出したのは宮本亜門であり、衣装を手掛けたのは国際的ファッションデザイナ―のコシノジュンコだった(宮本による演出は今作が初めてで、コシノとは2012年からタッグを組んでいる)。
まるで「太鼓を叩くEXILE」のような勇ましさ © DRUM TAO
結成は95年、当初から海外を見据え、22カ国で650万人を動員
さてこのTAO、一体何者なのか。
大分県を本拠地とするTAOのプロダクション事務所によれば、男女34人のパフォーマーは18~45歳の平均25歳。入団希望者は年間100人に上るが、狭き門をくぐって入団できるのはそのうち10人程度だ。ほとんどが和太鼓経験者だが、前職はロックバンド、美容師、バーテンダー、自衛隊員などさまざま。彼ら全員が大分県竹田市久住町の山奥に建設された複合施設「TAOの里」で共同生活を送りながら、毎年新作のオリジナル舞台を作っているという。
ちなみにTAOの里は稽古場やステージ、トレーニングジム、スパ、ゲストハウスなどを備えているが、住居空間は研修生だと集団でログハウス、新人はプレハブ、中堅はホテルの客室のような部屋に1人ずつ、ベテランは高級マンションと、出世するごとにランクアップしていくというから面白い。
TAOは結成時から海外を見据えていた。もともとはラスベガスにチャレンジしたいという和太鼓グループがその夢を実現できず、路頭に迷っていたところに、外資系商社や大手流通企業で勤務経験のある藤高郁夫氏が手を貸す形で95年に活動を開始。太鼓とは無縁だった藤高氏が社長となり、舞台演出や音楽制作など総指揮を執って現在のTAOを作り上げたという。
日本でも全国ツアーをするなど多くの公演をこなしているが、2004年には初の海外公演を果たし、スコットランドで毎年開かれる世界的な芸術祭「エジンバラ・フェスティバル・フリンジ」に参加。1800団体が集う同フェスティバルでその年と翌年のチケットセールスNo.1を樹立するほど人気を博してワールドツアーを開始し、現在までにアジアを含む世界22カ国で650万人以上を動員してきた。21年目での「ブロードウェイ」デビューは、むしろ遅すぎたと言えるほどかもしれない。
当然のことながら、当初は伝統芸能を現代的なエンターテインメントに昇華させるTAOのやり方には各地の和太鼓保存会などから賛否両論あったという。とはいえ、TAOの舞台が日本の和太鼓ファンにとどまらず、世界で受け入れられているのは事実だ。TAOが今後向かうのは、アイリッシュダンスとアイルランド音楽の世界的ショー『リバーダンス』のような道かもしれない。アイルランドの「顔」にまで成長したリバーダンスは、TAOと同じ95年の初演以来、全世界で2500万人以上を魅了してきた。
TAOは「日本の顔」になれるのだろうか。14年には観光庁から「観光庁長官表彰」を送られたというが、政府はどうか、全世界に放映されるオリンピックで「嵐のニャー」と同じ轍は踏まないでほしい。TAOにはCBSとニューヨーカー、国外のファンたちが太鼓判を押している。少なくとも、外国人から失笑されることはないはずだ。
小暮聡子(ニューヨーク支局)
当時、仏フィガロ紙の東京特派員で辛口親日家であるレジス・アルノー氏は、本誌に「嵐がニャーと鳴く国に外国人は来たがらない」と題するコラムを寄せ、観光庁の勘違いぶりをこう嘆いた。「日本はなぜ『最高の顔』で自分を売り込もうとしないのか。洗練された職人や建築家、知識人、画家、料理人ではなく、国内限定のスターを宣伝に使うなんて」
観光庁は、その映像をニューヨーク・タイムズスクエアの大型ビジョンを皮切りに全世界133カ国・地域以上で流していくと豪語していた。その後ニューヨークに赴任した私は、あの映像が世界最高のエンターテインメントが集結するこの街のど真ん中で流れていたのかと赤面したものだが、同時に外国人を虜にする日本の「最高の顔」とは何かと考えを巡らせてきた。
【参考記事】日本の本当のPR役は嵐でもSMAPでもない
4年後の東京オリンピックに向けて、今後は開閉会式のパフォーマー選びが加速するだろう。確かに嵐は観光庁が訪日客のターゲットにしている東アジアでは人気だが、残念ながら「世界に通じる」とは言いがたい。
【参考記事】東京五輪まで「5年しかない」現実
もっと幅広い層の外国人を取り込める「顔」はないものか――そう思っていたところ、先日ついに目撃してしまった。嵐とは別の"サムライ集団"が、目の肥えたニューヨーカーたちを熱狂させている姿を!
その精鋭たちとは、日本人の和太鼓集団『DRUM TAO』。男性26人、女性8人から成るTAOは、一般的な知名度こそまだまだかもしれないが、実は日本だけですでに11万人ものファンクラブ会員を抱える人気グループだ。その彼らが今月10日、満を持して「ブロードウェイ」デビューを果たしたのだが、それが単なるブロードウェイではなかった。アメリカの巨大ネットワーク局「CBSテレビ」の視聴者を前に、ブロードウェイのエド・サリバン劇場でパフォーマンスを披露したのだ。
TAOが出演したのは、CBSの夜の看板番組「ザ・レイトショー」。昨年デービッド・レターマンからスティーブン・コルベアが司会役を引き継いた長寿番組で、毎晩「旬な」ゲストを迎えてトークを繰り広げる。TAOと同じ日に出演したのは、映画『ズーランダー2』のプロモーションに訪れた人気俳優ベン・スティラーと、米大統領選で民主党の候補者指名争いに出馬しているバーニー・サンダース上院議員だ。そんな大物たちと同じ枠内でコルベアから紹介され、和太鼓の演奏をメインにしたド迫力のステージを展開して観客から喝采を浴びた。
2月10日放送の「ザ・レイトショー」
私自身も2月11~14日にニューヨークのオフ・ブロードウェイで行われたTAOの公演『DRUM HEART』の最終日に足を運んだが、その圧巻のパフォーマンスに観客が度胆を抜かれ、スタンディングオベーションを繰り返すのを目の当たりにした。
約2時間の公演中、舞台の上で奏でられるのは数種類の和太鼓に三味線、琴や篠笛といった伝統楽器。しかも、単なる演奏に留まらず、アクロバティックなパフォーマンスあり、ファッションショーさながらの華やかな衣装ありと「魅せる」ポイントが満載で、そのどれもが外国人のツボにはまる。TAOが彼らを総立ちにさせるのは、そこに「クールジャパン」の要素がたっぷり詰まっているからだ。
例えば、黒髪を振り乱しながら長刀を操ったり、ミュージシャンというよりアスリートのように鍛え上げられた肉体で和太鼓を叩きまくる日本男児たちは、外国人から見ればまさに「サムライ」そのもの。公演の前半が終わった休憩中、客席の若い白人女性が「Oh my gooood! I am obsessed!!(ヤバイ!ハマっちゃったー!!)」と叫んで目をハートにさせているのを見て、私は思わずニンマリした。「太鼓を叩くEXILE」のような勇ましいサムライたちが、男女を問わず観客をウットリさせているのである。
さらに、男性ばかりの舞台をキリリと締めるのはクールなアジアンビューティーを身にまとう4人の女性たちだ。座長でもある西亜里沙が叩く太鼓にはその日で一番しびれたし、彼女たちが奏でる琴や篠笛は男性的な舞台に女性的な柔らかさを加えていた。次々と変わる「斬新な和装」を思わせるステージ衣装も格別で、「ファッション大国」としての日本の顔を惜しみなく披露する。
外国人も声を挙げて笑う絶妙なユーモアさえ登場するTAOの舞台は、まさに世界に通じるエンターテインメント。それもそのはず、『DRUM HEART』(日本では昨年『百花繚乱 日本ドラム絵巻』として上演)を演出したのは宮本亜門であり、衣装を手掛けたのは国際的ファッションデザイナ―のコシノジュンコだった(宮本による演出は今作が初めてで、コシノとは2012年からタッグを組んでいる)。
まるで「太鼓を叩くEXILE」のような勇ましさ © DRUM TAO
結成は95年、当初から海外を見据え、22カ国で650万人を動員
さてこのTAO、一体何者なのか。
大分県を本拠地とするTAOのプロダクション事務所によれば、男女34人のパフォーマーは18~45歳の平均25歳。入団希望者は年間100人に上るが、狭き門をくぐって入団できるのはそのうち10人程度だ。ほとんどが和太鼓経験者だが、前職はロックバンド、美容師、バーテンダー、自衛隊員などさまざま。彼ら全員が大分県竹田市久住町の山奥に建設された複合施設「TAOの里」で共同生活を送りながら、毎年新作のオリジナル舞台を作っているという。
ちなみにTAOの里は稽古場やステージ、トレーニングジム、スパ、ゲストハウスなどを備えているが、住居空間は研修生だと集団でログハウス、新人はプレハブ、中堅はホテルの客室のような部屋に1人ずつ、ベテランは高級マンションと、出世するごとにランクアップしていくというから面白い。
TAOは結成時から海外を見据えていた。もともとはラスベガスにチャレンジしたいという和太鼓グループがその夢を実現できず、路頭に迷っていたところに、外資系商社や大手流通企業で勤務経験のある藤高郁夫氏が手を貸す形で95年に活動を開始。太鼓とは無縁だった藤高氏が社長となり、舞台演出や音楽制作など総指揮を執って現在のTAOを作り上げたという。
日本でも全国ツアーをするなど多くの公演をこなしているが、2004年には初の海外公演を果たし、スコットランドで毎年開かれる世界的な芸術祭「エジンバラ・フェスティバル・フリンジ」に参加。1800団体が集う同フェスティバルでその年と翌年のチケットセールスNo.1を樹立するほど人気を博してワールドツアーを開始し、現在までにアジアを含む世界22カ国で650万人以上を動員してきた。21年目での「ブロードウェイ」デビューは、むしろ遅すぎたと言えるほどかもしれない。
当然のことながら、当初は伝統芸能を現代的なエンターテインメントに昇華させるTAOのやり方には各地の和太鼓保存会などから賛否両論あったという。とはいえ、TAOの舞台が日本の和太鼓ファンにとどまらず、世界で受け入れられているのは事実だ。TAOが今後向かうのは、アイリッシュダンスとアイルランド音楽の世界的ショー『リバーダンス』のような道かもしれない。アイルランドの「顔」にまで成長したリバーダンスは、TAOと同じ95年の初演以来、全世界で2500万人以上を魅了してきた。
TAOは「日本の顔」になれるのだろうか。14年には観光庁から「観光庁長官表彰」を送られたというが、政府はどうか、全世界に放映されるオリンピックで「嵐のニャー」と同じ轍は踏まないでほしい。TAOにはCBSとニューヨーカー、国外のファンたちが太鼓判を押している。少なくとも、外国人から失笑されることはないはずだ。
小暮聡子(ニューヨーク支局)