大統領選予備選の開幕戦とも言えるアイオワ、ニューハンプシャー、サウスカロライナの3州は、ここで実力を発揮できなかった候補がドロップアウトする「足切り」としても機能する。特にニューハンプシャー州の予備選は特徴的なため、共和党が重視している。
ニューハンプシャーのモットーは、「Live Free or Die(自由に生きる。さもなくば、死を)」。住民は権威を嫌い、自分の意見を貫くことに誇りを抱く。そのためか、有権者の40%が自称「無所属」で、投票当日まで投票する候補を決めない有権者が多いことで知られる。また、この州の予備選は、有権者がどちらの党の予備選に投票してもいい「open」システムなので、事前に両党あわせて複数のイベントに参加して候補を比較する住民が多い。
政治家が有権者に接するイベントで代表的なのが、「タウンホール・ミーティング」と「ラリー」だ。
【参考記事】「ブッシュ王朝」を拒否した米世論2つの感情
タウンホール・ミーティングはもともと「市役所(タウンホール)」で行われる公開集会のことで、選挙では「政治家が市民と対話する公開の集会」という意味で使われている。公立学校の体育館などを利用することが多く、参加者は数十人から200~300人程度の少数に限定される。質疑応答や写真を一緒に撮影する機会もある。
ニューハンプシャーでのタウンホール・ミーティングに最も力を入れたのは、オハイオ州知事のジョン・ケーシックで、なんと106回も行ったという。
対照的なのがドナルド・トランプだ。彼がニューハンプシャーで行ったタウンホール・ミーティングは、候補者の中でもっとも少ない8回で、そのかわりに数千人規模の大集会「ラリー」を11回も開いている。ケーシックは選挙前夜と当日以外には一度もラリーは開いていない。
共和党のニューハンプシャー予備選の結果は、1位は世論調査で予想されていたとおりトランプだったが、2位は、直前まで確実だと見られていたマルコ・ルビオではなく、ダークホースのケーシックだった。この善戦で、ケーシックは突然メディアや共和党エリートから注目された。
トランプのラリーでは、参加者が盛んにトランプの画像、映像を収めようとカメラを構えている(筆者撮影)
両陣営の戦略の違いは、20世紀後半のアメリカの国民性と、インターネット時代の国民性の違いも象徴している。
インターネット時代の群集心理を最大限に活用しているのがトランプだ。彼は、移民、女性、イスラム教徒、ライバルなどへの暴言を繰り返すが、これは彼自身の意見を反映しているだけでなく、資金を効果的に使うための戦略でもある。
「自分の資金だけで選挙運動をしている」というトランプの主張には誇張があるが、キャンペーンのコストパフォーマンスが良いのは事実だ。アイオワ州の予備選では、ジェブ・ブッシュが1票の獲得に費やしたコストが5200ドルだったのに対し、トランプは共和党のライバル候補の中で最少の300ドルだった 。トランプは、ほとんど何もキャンペーンをせずにアイオワの予備選で2位になっている。そして、その武器はツイッターを中心にしたソーシャルメディアだ。
トランプは、政治にかぎらずその時話題になっていることについて、素早く極端な意見をツイートする。たとえば、ケイティ・ペリーが離婚したときには、直接本人に「ラッセル・ブランドみたいなルーザー(負け犬)と結婚するなんて、いったい何を考えていたんだ?」と批判するし、エボラ熱が話題になると、オバマ大統領を名指しして「エボラ熱が流行っている国からのフライトを止めろ」と命じるといった調子だ。
【参考記事】トランプは今や共和党支持者の大半を支配し操っている
こうしたツイートは必ず炎上するので、テレビ番組はトランプの動向を連日何時間も語り、インターネットにもトランプの記事があふれる。ライバルたちが、あまり効果がないコマーシャルに数百万ドルもかけているあいだに、トランプはタダでメディアに無料PRをしてもらっているようなものだ。
日本でも、暴言や他人との言い争いが多い人のほうがツイッターのフォロワーは多くなるが、トランプは大統領選に出馬する前から経験としてそれを知っている。無料のツイッターでフォロワーを集め、マスメディアに無料のPRをさせ、1回で数千人を集めることができるラリーで時間とコストの節約をする。それがトランプの巧妙な戦略だ。
ニューハンプシャー予備選までそのトランプと正反対の選挙戦を行っていたのが、ケーシックだ。
政治家としてのキャリアが長く、44歳のマルコ・ルビオや45歳のテッド・クルーズのような新鮮さはない。そして、企業からの資金もジェブ・ブッシュにははるかに及ばない。有力候補とみなされていなかったケーシックは、テレビで話題にならず、ディベートでもなかなか意見を言う時間を与えられなかった。そんな彼がメッセージを伝える場は、タウンホール・ミーティングしかなかった。
対照的にケーシックは小規模なミーティングで有権者に語りかけている(筆者撮影)
筆者は、公立高校の食堂を会場に使ったケーシックのタウンホール・ミーティングを取材した。トランプのラリーには空港なみのセキュリティチェックがあったが、ここは出入り自由だ。ステージのようなものはなく、予定の時間に登場したケーシックは、仕事を終えてネクタイを外してくつろいでいる普通のおじさん、という雰囲気で来場した人に挨拶した。
ケーシックは、「政治では、求めるものをすべて手に入れることは不可能だ。異なる意見の人とも一緒に仕事をし、妥協もしなければならない。今の政治家はそれをしないから、議会が膠着状態になり、その結果損をしているのは国民だ」と「協働」をよびかける。
また、共和党の他の候補は、予備選のライバルや民主党候補を激しく批判し、自分との違いを際立たせようとするが、ケーシックは有権者から質問されても、「自分の政策については話すけれど、他の候補については語りません」と、きっぱり拒否する。
会場の人々の意見に耳を傾けていると、ケーシックの人気がジワジワと上昇してきたのは、トランプへの反動として「品性がある政治家」を求める動きなのだと理解できた。1980~90年代には、共和党、民主党、どちらの党にもケーシックのような政治家は多かったのだが、それが消えつつあることを嘆く人も少なくない。ケーシックはそんな有権者層を狙っている。
トランプの強みは、弱点でもある。
ソーシャルメディアは広まるのも速いが、忘れられるのも速い。トランプはそれを知っているから、毎日のように炎上するネタを探している。だが、政策よりもパフォーマンスに惹かれて集まったファンは、似たようなパフォーマンスを繰り返されると飽きてしまう。
20日のサウスカロライナ州予備選でも勝ったトランプの人気は、当初考えられていたような一時的なものではなさそうだ。しかし彼の戦略の危うさを考えると、たとえ予備選で勝ったとしても、有権者の目がさらに厳しくなる本選でトランプが持ちこたえられるかどうか、疑念を抱かざるを得ない。
<ニューストピックス:【2016米大統領選】最新現地リポート>
≪筆者・渡辺由佳里氏の連載コラム「ベストセラーからアメリカを読む」≫
渡辺由佳里(エッセイスト)
ニューハンプシャーのモットーは、「Live Free or Die(自由に生きる。さもなくば、死を)」。住民は権威を嫌い、自分の意見を貫くことに誇りを抱く。そのためか、有権者の40%が自称「無所属」で、投票当日まで投票する候補を決めない有権者が多いことで知られる。また、この州の予備選は、有権者がどちらの党の予備選に投票してもいい「open」システムなので、事前に両党あわせて複数のイベントに参加して候補を比較する住民が多い。
政治家が有権者に接するイベントで代表的なのが、「タウンホール・ミーティング」と「ラリー」だ。
【参考記事】「ブッシュ王朝」を拒否した米世論2つの感情
タウンホール・ミーティングはもともと「市役所(タウンホール)」で行われる公開集会のことで、選挙では「政治家が市民と対話する公開の集会」という意味で使われている。公立学校の体育館などを利用することが多く、参加者は数十人から200~300人程度の少数に限定される。質疑応答や写真を一緒に撮影する機会もある。
ニューハンプシャーでのタウンホール・ミーティングに最も力を入れたのは、オハイオ州知事のジョン・ケーシックで、なんと106回も行ったという。
対照的なのがドナルド・トランプだ。彼がニューハンプシャーで行ったタウンホール・ミーティングは、候補者の中でもっとも少ない8回で、そのかわりに数千人規模の大集会「ラリー」を11回も開いている。ケーシックは選挙前夜と当日以外には一度もラリーは開いていない。
共和党のニューハンプシャー予備選の結果は、1位は世論調査で予想されていたとおりトランプだったが、2位は、直前まで確実だと見られていたマルコ・ルビオではなく、ダークホースのケーシックだった。この善戦で、ケーシックは突然メディアや共和党エリートから注目された。
トランプのラリーでは、参加者が盛んにトランプの画像、映像を収めようとカメラを構えている(筆者撮影)
両陣営の戦略の違いは、20世紀後半のアメリカの国民性と、インターネット時代の国民性の違いも象徴している。
インターネット時代の群集心理を最大限に活用しているのがトランプだ。彼は、移民、女性、イスラム教徒、ライバルなどへの暴言を繰り返すが、これは彼自身の意見を反映しているだけでなく、資金を効果的に使うための戦略でもある。
「自分の資金だけで選挙運動をしている」というトランプの主張には誇張があるが、キャンペーンのコストパフォーマンスが良いのは事実だ。アイオワ州の予備選では、ジェブ・ブッシュが1票の獲得に費やしたコストが5200ドルだったのに対し、トランプは共和党のライバル候補の中で最少の300ドルだった 。トランプは、ほとんど何もキャンペーンをせずにアイオワの予備選で2位になっている。そして、その武器はツイッターを中心にしたソーシャルメディアだ。
トランプは、政治にかぎらずその時話題になっていることについて、素早く極端な意見をツイートする。たとえば、ケイティ・ペリーが離婚したときには、直接本人に「ラッセル・ブランドみたいなルーザー(負け犬)と結婚するなんて、いったい何を考えていたんだ?」と批判するし、エボラ熱が話題になると、オバマ大統領を名指しして「エボラ熱が流行っている国からのフライトを止めろ」と命じるといった調子だ。
【参考記事】トランプは今や共和党支持者の大半を支配し操っている
こうしたツイートは必ず炎上するので、テレビ番組はトランプの動向を連日何時間も語り、インターネットにもトランプの記事があふれる。ライバルたちが、あまり効果がないコマーシャルに数百万ドルもかけているあいだに、トランプはタダでメディアに無料PRをしてもらっているようなものだ。
日本でも、暴言や他人との言い争いが多い人のほうがツイッターのフォロワーは多くなるが、トランプは大統領選に出馬する前から経験としてそれを知っている。無料のツイッターでフォロワーを集め、マスメディアに無料のPRをさせ、1回で数千人を集めることができるラリーで時間とコストの節約をする。それがトランプの巧妙な戦略だ。
ニューハンプシャー予備選までそのトランプと正反対の選挙戦を行っていたのが、ケーシックだ。
政治家としてのキャリアが長く、44歳のマルコ・ルビオや45歳のテッド・クルーズのような新鮮さはない。そして、企業からの資金もジェブ・ブッシュにははるかに及ばない。有力候補とみなされていなかったケーシックは、テレビで話題にならず、ディベートでもなかなか意見を言う時間を与えられなかった。そんな彼がメッセージを伝える場は、タウンホール・ミーティングしかなかった。
対照的にケーシックは小規模なミーティングで有権者に語りかけている(筆者撮影)
筆者は、公立高校の食堂を会場に使ったケーシックのタウンホール・ミーティングを取材した。トランプのラリーには空港なみのセキュリティチェックがあったが、ここは出入り自由だ。ステージのようなものはなく、予定の時間に登場したケーシックは、仕事を終えてネクタイを外してくつろいでいる普通のおじさん、という雰囲気で来場した人に挨拶した。
ケーシックは、「政治では、求めるものをすべて手に入れることは不可能だ。異なる意見の人とも一緒に仕事をし、妥協もしなければならない。今の政治家はそれをしないから、議会が膠着状態になり、その結果損をしているのは国民だ」と「協働」をよびかける。
また、共和党の他の候補は、予備選のライバルや民主党候補を激しく批判し、自分との違いを際立たせようとするが、ケーシックは有権者から質問されても、「自分の政策については話すけれど、他の候補については語りません」と、きっぱり拒否する。
会場の人々の意見に耳を傾けていると、ケーシックの人気がジワジワと上昇してきたのは、トランプへの反動として「品性がある政治家」を求める動きなのだと理解できた。1980~90年代には、共和党、民主党、どちらの党にもケーシックのような政治家は多かったのだが、それが消えつつあることを嘆く人も少なくない。ケーシックはそんな有権者層を狙っている。
トランプの強みは、弱点でもある。
ソーシャルメディアは広まるのも速いが、忘れられるのも速い。トランプはそれを知っているから、毎日のように炎上するネタを探している。だが、政策よりもパフォーマンスに惹かれて集まったファンは、似たようなパフォーマンスを繰り返されると飽きてしまう。
20日のサウスカロライナ州予備選でも勝ったトランプの人気は、当初考えられていたような一時的なものではなさそうだ。しかし彼の戦略の危うさを考えると、たとえ予備選で勝ったとしても、有権者の目がさらに厳しくなる本選でトランプが持ちこたえられるかどうか、疑念を抱かざるを得ない。
<ニューストピックス:【2016米大統領選】最新現地リポート>
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渡辺由佳里(エッセイスト)