Infoseek 楽天

アメリカは孤立無援のメルケルを救え

ニューズウィーク日本版 2016年2月25日 18時33分

 ヨーロッパの問題はドイツに任せる──アメリカがそういう態度を取ってきたために、アンゲラ・メルケル独首相は否応なく欧州の指導的地位に昇り詰めた。だが欧州大陸が歴史的な危機に揺さぶられている今、メルケルにはアメリカの助けが必要だ。

 ドイツ統一前の89年、当時のジョージ・H・W・ブッシュ米大統領(父ブッシュ)は西ドイツのマインツで演説を行い、アメリカと共に国際社会で「リーダーシップをとるパートナー」になろうとドイツの人々に呼び掛けた。冷戦が終わりを迎えるなか、米政府は統一後の新生ドイツが欧州のリーダーになることを期待したのだが、当時のドイツにはまだそれだけの力もなかったし、大役を務めることにためらいもあった。

 それでも今日のドイツは、その役目を担わざるを得なかった。

 バラク・オバマ米大統領はヨーロッパにおけるアメリカの役割を縮小し、暗黙のうちにH・W・ブッシュの呼び掛けを繰り返した。アメリカが自国の負担を軽減するためにドイツに欧州の舵取りを任せてきたのは明らかだ。実際、近頃のホワイトハウスでは欧州問題の議論で真っ先に飛び出すのは「メルケルの考えは」というセリフだ。

 オバマ政権がドイツ任せに徹したため、メルケルは想定外の一連の危機で豪腕を振るわざるを得なかった。その奮闘なしには、EUは債務危機の最悪の時期を乗り切れず、ギリシャはユーロ圏に残れなかっただろう。ロシアのウクライナ侵攻に対してEUが厳しい経済制裁を科したのも、EU内部で制裁解除を求める声が高まるなかでも制裁延長ができたのも、メルケルの強力な指導力のおかげだ。

【参考記事】世界を滅ぼすドイツ帝国?いや、今こそ日独同盟の勧め

 ミュンヘン安全保障会議が閉幕したばかりのドイツを訪れたが、、ドイツの人々、少なくともメルケルの周りを取り巻く人々が自国の果たす役割を自覚していることは明らかだった。世論はこの役割を必ずしも歓迎していないが、メルケル政権の幹部はドイツが率先して欧州の問題に対処しなければ何ひとつ解決しないことを知っている。問題が起きるたびに条件反射的にアメリカにお伺いを立てるような姿勢はみじんも見られない。

有能な指導者も孤立すればお手上げ

 とはいえ、ヨーロッパが今直面する危機はメルケルが独力で乗り切れるようなものではなさそうだ。ヨーロッパは今、第2次世界大戦後最悪の人道危機に見舞われている。

【参考記事】ケルンの集団性的暴行で激震に見舞われるドイツ 揺れる難民受け入れ政策

 メルケルは欧州のリーダーとして難民受け入れの姿勢を断固として貫いてきた。その結果、昨年ドイツには100万人を越える難民が殺到。今やEU加盟国は軒並み受け入れを制限しており、メルケルは孤立無援の状態にある。

 どんなに有能な指導者も、孤立すればお手上げだ。

 メルケルは今も自らが率いるキリスト教民主同盟(CDU)と国内政治の主導権を握っている。自分を蹴落としそうな人間を慎重に排除してきたこともあって、今すぐ彼女に取って代われる指導者はいないと、大半のドイツ人は見ている。それでも、支持率は昨年4月の75%から年初には46%まで落ち込んだ。

 保守的なCDUの内部では以前からメルケルの穏健路線に批判的な声が多かった。そうした状況でも党指導部は集票力のあるメルケルをもり立ててきたが、世論の後押しがなくなれば、党内での立場も危うくなる。Brexit(ブレグジット、イギリスのEU離脱)をめぐる議論の行方しだいでは、あるいは新たなユーロ危機が勃発するか、春になって再び難民が大量に流入すれば、メルケルはたちまち足をすくわれかねない。

【参考記事】ドイツがアフガン難民の大半を本国送還へ

 ドイツでは来月、3州で選挙が実施される。有権者の判断しだいではメルケルが支持基盤を固めて混乱の収束に道を開くことができるだろう。

ドイツ人の人道精神にも限度がある

 それを助けるのがアメリカの役目だ。ロシアのウラジーミル・プーチン大統領がウクライナに侵攻し、NATO(北大西洋条約機構)の東端の国々に攻撃的な姿勢を見せたときには、やむなく、だが決然としてNATOの旗振り役を務めた米政府だが、難民危機にはこれまで口出しを控えてきた。

 今春に予定されているオバマのドイツ訪問は、アメリカがEUの団結を助ける伝統的な役割を取り戻すチャンスになる。オバマは「リーダーシップをとるパートナー」としてメルケルに協力し、難民危機への対応策を打ち出すべきだ。寛大な資金援助は既に行っているが、それだけでは足りない。

 米政府はドイツ政府とともにヨーロッパの端で大勢の難民を受け入れてきたトルコとギリシャを助け、エーゲ海を通じて押し寄せる難民の数を減らし、シリアの近隣諸国のキャンプにいるさらに多くの難民たちを支援することで、秩序立った帰還や第三国定住を始めるべきだ。

【参考記事】難民の子供の水死、2カ月で90人

 この混乱をある程度収拾できる力を見せなければ、ドイツ人は人道的精神を維持することができない。そうなれば、大変なことになるだろう。

 ブッシュは統一ドイツを支持していた。だが、共にリーダーシップを担うには、ドイツはまだ弱い存在だった。メルケルは、注意深いながらも指導力を発揮する準備を遂に整えた。だが米政府は、真のパートナーとしてメルケルと共に世界をリードする代わりに、頼り切ってしまった。

 オバマ政権の難民危機や欧州情勢一般に対する姿勢は、危機がほどほどの程度に留まっているうちは適当かもしれない。しかしヨーロッパは今、危機の奔流のなかにある。その中心にいるのは依然としてメルケルだが、彼女とEUの運命は、アメリカの指導力と積極的関与に関わっている。

Damon M. Wilson is executive vice president for programs and strategy of the Atlantic Council.

デーモン・ウィルソン

この記事の関連ニュース