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シャープ買収を目指す鴻海の異才・郭台銘は「炎上王」だった

ニューズウィーク日本版 2016年2月26日 19時40分

 2016年2月25日、この日はシャープと鴻海(ホンハイ)精密工業に振りまわされた一日だった。

「シャープ、鴻海傘下入りが決定」というニュースが流れたかと思うと、間もなくして「鴻海、正式契約を見合わせ」との報道。夜には米紙ウォール・ストリート・ジャーナルが「約3500億円の偶発債務リストが24日になってシャープから開示されたため、精査するために鴻海は契約延期」と報じる......という展開。どんでん返しが相次ぐミステリーのような筋書きだ。

 2012年のシャープ出資案の際には、後出しジャンケンで鴻海が条件を変えてご破算になったが、今回も同じだ。相手が引いている時は情熱的に押してくるのに、相手がその気になると焦らしてくる。鴻海は油断ならない交渉相手だ......という印象を持った方も多いのではないだろうか。

【参考記事】シャープを危機から救うのは誰か

 実は、こうした不信感は台湾側にもある。2012年の出資案がぽしゃったのはシャープが債務情報を正確に伝えなかったため。今回もまったく一緒ではないか。そもそも鴻海は事業売却はしない、40歳以下の雇用は守るなどの好条件を提示しているが、抜本的なリストラをしないで赤字体質のシャープを改革することなどできるのか。鴻海は高値づかみさせられているのでは......といった具合。

 日本と台湾、どちらの見方が正しいのかはさておくとして、疑心暗鬼に陥っていることは間違いない。しかも世論だけではなく、シャープと鴻海の関係者ですら疑念にかられているという。台湾メディアは「3500億円の債務も引き受けろってありえない!」という鴻海関係者の嘆きを報じている。

 これほどの疑心暗鬼になりながらも、よくぞ交渉が最終段階にまでこぎつけたものだと感心するが、それもひとえに鴻海のワンマン経営者、郭台銘(テリー・ゴー)会長の豪腕ゆえと言えるだろう。郭会長とはどのような人物なのだろうか?

炎上王の迷言珍言

 郭台銘氏は1950年生まれの65歳。1974年に母親が「標会」(台湾版「無尽講」。メンバーが毎月お金を出し合い、一人ずつ順番に受け取ることでまとまったお金を手にするという民間金融)で手にした資金を元手に工場を設立。まずは白黒テレビ用部品の製造から始め、その後はPC用コネクターの製造で成功。そして中国本土での電子機器受託生産(EMS)に進出し、2005年には世界最大のEMS企業へと成長した。

 PC需要が陰りを見せた後は、積極投資で工場を進化させ、アップル社のiPhone組み立ての主軸を担うようになった。テレビ、PC、スマートフォンと時代の変化にもまれながらも勝ち続けている、まさに立志伝中の人物だ。

 これだけの成功を収めた人間が普通であるはずがない。というわけで、その強烈なキャラクターは数々の迷言珍言を残している。

「(飛び降り自殺の原因は)若者が打たれ弱いから」

 鴻海傘下の中国EMS企業フォックスコンでは2010年1月から11月にかけて、労働者14人が次々と飛び降り自殺する事件が起きた。フォックスコンの深圳工場は当時40万人もの労働者を抱え、あたかも一つの都市のような規模だった。

 非番の時間も工場敷地内で休息を取るのみ。朝から晩までスマートフォンを組み立て続ける非人間的な生活に疲れ果てたのでは、と批判されていた。郭会長はメディアのインタビューに答えて「最近の出稼ぎ農民は打たれ弱いんですよ」と発言して批判されている。

「尖閣諸島を買収してもいい」

 2012年、鴻海によるシャープへの出資が取りざたされていた時のエピソード。郭会長は株主総会で、シャープと提携すれば韓国のサムスンを倒せると発言。日台関係の懸案である尖閣問題については、「尖閣諸島を買収してもいい。そして日本と共同開発する」と言った。

 日台関係を改善したいという思いからの発言と思われるが、領土問題を金で解決するという発想に台湾ネットユーザーから一斉にツッコミが入る一幕となった。

「新卒給与が7.5万円以下の企業なんて聞いたことがない」

 台湾の格差問題を象徴するキーワードが「22K」だ。2010年頃からの問題だが、大卒初任給が2万2000台湾ドル(約7万5000円)に抑えられている企業が多いとの意味である。過酷な受験競争を生き抜いた末に、この給料では生きていけないというわけだ。

 2014年、郭会長は「新卒給与が22K以下の企業なんて聞いたことがありません。そんな会社があれば私が買収して36Kにまで上げますよ」と発言した。ところがこの後、ネットでは「私の給料は22K以下なんですが」との書き込みが殺到。さらには鴻海グループに勤める会社員が「私の給料は16Kです。早いところ買収してください。あれ、もう傘下だったっけ?」と暴露し、大騒ぎとなった。

「民主主義ではメシは食えない」

 学生たちによる議会占拠、いわゆる「ひまわり学生運動」が終わって約1カ月が過ぎた2014年5月の発言。

台湾経済は実際のところそんなにひどくもない。経済構造は転換しないとだめだがね。それなのに1回の街頭運動でどれだけの社会資源を消耗していることか。民主主義ではメシは食えない。民主主義は経済力に依存しているんだ。競争力、向上力、各種活動の背後にはいずれもコストがあるが、(デモなどの)見えないコストがどれだけ国家のリソースを消費しているか。
(...)民主主義はGDPには何の役にもたたない。民主主義が国家の重要な人材、政府のエネルギー、治安維持の警察力を無駄に浪費されている。

 まあ読めばわかるとおりに人の逆鱗に触れる発言で見事に炎上。

「(民進党が勝ったら)台湾での投資を縮小せざるを得ない」

 2014年秋に台湾では統一地方選挙が行われた。中国本土と距離を置くべきだと主張する野党・民進党の優勢が伝えられるなか、テレビに出演した郭会長は、台湾の問題は「政治の理屈で経済を考えていること」「中台の信頼関係が後退していること」だと発言して民進党を牽制。こんな状況では台湾での投資を縮小せざるを得ないと発言した。

【参考記事】「台湾は中国の島」という幻想を砕いた蔡英文の「血」

 これが「私に台湾との離別を強要するな」との見出しで報じられ話題に。ネットでは「もうなんでもいいから出て行け」との書き込みが集まった。

好き嫌いの分かれる直言型の経営者

 台湾で「炎上王」としての地位を確立している郭台銘会長。思ったことをそのまま発言してしまう直言型の経営者と言えそうだ。蛇蝎のごとく忌み嫌う人も少なくないが、一方で「身もふたもないが正論を話している」と理解を示す人もいる。

 なにせ創業から30年あまりで台湾ナンバーワン、世界でも有数の大企業を作り上げた異才である。強烈なキャラクターがあってもむしろ当然と言うべきか。もしシャープの買収が成功したら、「和を以て貴しとなす」日本の企業文化に爆弾のような影響をもたらすことは間違いない。それが良いことなのか悪いことなのかはともかくとして、停滞する日本社会を変える人材であることは間違いない。

[筆者]
高口康太
ジャーナリスト、翻訳家。1976年生まれ。千葉大学人文社会科学研究科(博士課程)単位取得退学。独自の切り口から中国・新興国を論じるニュースサイト「KINBRICKS NOW」を運営。著書に『なぜ、習近平は激怒したのか――人気漫画家が亡命した理由』(祥伝社)。


高口康太(ジャーナリスト、翻訳家)

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