スマートフォンの普及によって、だれもが場所と時間を問わずインターネットに接続できる環境が実現し、ビジネスのインフラに本質的な変化が訪れようとしている。
本誌ウェブコラム「経済ニュースの文脈を読む」でお馴染みの評論家であり、『これからのお金持ちの教科書』(CCCメディアハウス)を上梓した加谷珪一氏によれば、それにより「10年後には、すべてのビジネスパーソンが『起業家』になっているかもしれない」。
これから日本に増えてくるであろう起業家たちにとって、一種のロールモデルになるかもしれない2人の若い起業家と、自身も若くして起業したコンサルタントであるソーシャル・デザイン代表理事の長沼博之氏に集まってもらい、座談会を行った。
ふたりの起業家は、オリジナル家電・家具のメーカーであるUPQ(アップ・キュー)の中澤優子氏と、オーダーメイドのスーツやシャツなどを販売するECサイト「LaFabric(ラファブリック)」を運営するライフスタイルデザインの森雄一郎氏である。長沼氏を含め、3人とも80年代生まれだ。
【参考記事】起業家育成のカリスマに学ぶ成功の極意
加谷氏をモデレーターとして実施した座談会「これからの日本の起業家たち」を、前後編の2回に分けて掲載する。
※座談会・前編:日本にもスタートアップの時代がやって来る
◇ ◇ ◇
加谷 ところで、森さんは学生起業家ですが、どういう経緯で、自分でビジネスをやろうと思ったんでしょう?
森 僕は4年制の国立大学を出たんですが、就職活動をしなかったんです。というより、そういう意識がなかった。いま考えると、それが良かったのかどうか......って感じもしますが(笑)。
もともとアパレルが好きだったんで、大学時代からブログメディアを始めていて、自分でファッション情報を発信していました。かなりのPV(ページビュー)を稼いでいて、ニューヨークやパリにも取材に行ったりするくらいでした。
そうやって実際にファッション業界に足を突っ込んでみて、やっぱりこの業界が面白いと思って、東京にあるファッション企画会社に入りました。でも、2年間は給料ゼロでした。アルバイトもしながら働いて、そのときにアパレルの「中間流通の多さ」という課題を知ったんです。
それを解決したいと思ったときに、友達がITの会社をやっていて、その世界は若くして活躍できることを知りました。それで、アパレルとITを融合して、なおかつ社会性とか公益性がある事業はなにかと考えて、このビジネスにたどり着いたわけです。会社設立が2012年で、サービスを開始したのは2014年です。
加谷 私が(コンサルタントとして)独立したのは30歳のときなんですが、自分で会社を立ち上げることに結構ビビったんですね。そういうのは、おふたりはなかったですか? 特に中澤さんは、もともとメーカーに勤めていらっしゃったわけですが。
「自分で会社を立ち上げることにビビるようなことはなかった?」(右:加谷珪一氏)、「起業っていうのはもっとカジュアルにしてもいいと思っている。ぶっちゃけ、スキルは関係ない」(左:森雄一郎氏)
中澤 私がいたカシオの開発現場っていうのは、まわりは15歳以上も年上の、40代や50代の男性社員ばかりだったんです。そこでいつも言われていたのは、「きみは捨てるものがないから気楽でいいよな」っていうことでした。あまりにも言われ続けたので、そのうち、自分でも「そうなのかな」って思うようになったんです。
2012年にカシオが携帯端末事業(カシオと日立とNECの合弁会社NECカシオモバイルコミュニケーションズ)から撤退することになり、カシオメンバーはNECに転籍することになったとき、会社に残ることもできたんですが、携帯はもう作れない。どこに配属されるかもわからない。私にとってはあり得ないことでした。
じゃあ、明日から給料がなくなっても大丈夫かな、って考えたとき、うん、たぶん大丈夫だなって思えたんです。どうせ捨てるものもないんだから。そのとき、私は27歳だったんですが、当時は希望退職の枠を20代にまで広げていたので退職金ももらえたし、いろいろ計算してみるとカフェくらいできるじゃんって。
それで、カフェを立ち上げたんです。だから、なにも不安がなかった。もし失敗しても、自分だけの責任だし、そうなったら深夜はファミレスでアルバイトして、朝から派遣で働いてもいい。エクセルもパワポも使えるから、普通の事務職ならなんとかなるだろうって思っていました。
「捨てるものがない」って言われてきたから、それはこういうことだろうって、勝手に勘違いしていたんでしょうね。
加谷 私の世代だと、やっぱりそうはいかなかったんですよね。とにかく事務所を持たないと会社じゃない、っていう雰囲気がまだまだあったので、やっぱり大変だったんですよ。長沼さんはご自身でも独立していらっしゃいますが、いま起業する方のマインドってどうなっていると思いますか?
長沼 私が独立したのは26歳のときですが、コンサルティング業務なので、大きな固定費があるとか初期費用がかかるといったこともなくて、やっぱり恐れはなかったですね。
おふたりの話を聞いていても思ったのは、私自身もそうだったけれど、フリーランスとして独立するハードルがものすごく低くなっているということです。「労働集約型」というか、在庫をもったり、大きな固定費をかけたりすることなく、自分という労働力だけでやれるビジネスが増えているんじゃないでしょうか。
ただ、そこから新しいサービスを作るとか、メーカーを立ち上げるといったことは、もう一歩進んだ飛躍ですよね。フリーランスからモノづくり、つまり、独立から起業への飛躍というのは、まさに加谷さんのおっしゃる「プチコングロマリット」だと思います。
「全然寝ないし、家にも帰らないし、プライベートのときもずっと考えている。ライフワークだと思っているから、つらくない」(左:中澤優子氏、手に持っているのはUPQのLEDライト「Q-gadget LT01」)、「フリーランスとして独立するハードルがものすごく低くなっている。ただ、そこから新しいサービスを作るとか、メーカーを立ち上げるといったことは、もう一歩進んだ飛躍」(右:長沼博之氏)
加谷 確かに、経営や起業について大学でちゃんと勉強して、MBAを目指しているような人にとって、いきなりプロダクトを作るなんて話は、かなりすごいことだと思います。おふたりは結構シームレスに進んできているように見えますが、実際にはそんなことはないですよね?
中澤 私の場合は、カフェの資金も退職金だったし、すべて自己資金スタートです。そのへんは古い体質で、負債を抱えてモノづくりするのが嫌で、通期で赤字になるのも絶対に嫌なんですよ。だから、赤字にならないようにやればいい、できないことはやらないって決めています。
基本的に、なんにもわかっていない状態で始めていて、カフェも、やろうと決めてから「営業許可ってどうやって取るんだろう?」とか「食品衛生法ってなに?」とか、そんな状態です。わからないからいろいろ調べて、そこで調べ方すらも学んでいく。なにか課題があったら、それを最短で解決する方法に知恵を絞っていく、という感じです。
実体験を通して学んで、いろいろ工夫して解決策を考えていくのが面白いんです。特にUPQは、いまこの瞬間だれもやっていないことをやっているんだなと感じることが多々あるので、だれかがやったことを学んでも応用できないことのほうが多いと思っています。それに、どうやったらできるんだろう?って考えていくことが楽しい。だから、いつも「答えは言わないで!」って感じですね(笑)。
【参考記事】「解決策を100個考えなさい」とティナ・シーリグは言った
気楽そうに聞こえるかもしれませんが、実際には相当なスピードで走っているので、全然寝ないし、家にも帰らないし、プライベートのときもずっと考えているし......でも、仕事だと思っていません。ライフワークだと思っているから、つらくない。それって実は、カシオ時代も同じなんです。だから、私にとってはなにも変わっていない感覚です。
森 僕は、起業っていうのはもっとカジュアルにしてもいいと思っています。
日本はこの20年くらいGDPがまったく上がっていませんが、アメリカは2.5倍くらいになっています。同じ先進国でこの差が出るのは、起業した人数の差じゃないかと思っているんです。だから、起業を重く考えずに、リスクととらえずに、もっと軽くやってほしいと思っています。
動かないと経験できない。動いて失敗しても、その経験が次につながって、新しいことやより多くのことができるようになるんです。
いまの日本は、たとえばコンビニで時給1000円のアルバイトをしているだけでも、とりあえず死なないじゃないですか。それって、ものすごく恵まれた環境だから、独立するリスクは少ないと思うんです。
就職して人生のスト―リーを与えられる時代は終わった
加谷 森さんは一見、突っ走ってきたように見えるけど、実はフリマアプリ「メルカリ」の立ち上げに携わっていたりと、体系的に進んできていますよね。その経験を踏まえて、これから起業したいと思う人は、どういう勉強や経験を積めばいいと思いますか?
森 ぶっちゃけ、スキルは関係ないと思っています。そういうのは、起業してから苦労することのほうが圧倒的に多いので。だから、やっぱり"思い"ですね。業界に対する思いとか、製品に対する思いとか。それが、起業するのにいちばん大切だと思います。
どんな業界でも10年くらい勤めていれば、そこに関しては、一般の人に比べればプロフェッショナルだと思うんです。そこで、たとえば業界への不満とか、あるいは納得感とか、そういうものがあれば起業の動機になると思うんです。
【参考記事】悪行をやり尽くした末、慈善活動家になった男の話
すでに課題が見えているんだから、他の人がやるよりもうまくいくはず。そう思えれば、恐れることはないと思います。
中澤 私は、要領の良さが大事だと思っています。学校の勉強はできなくっても、要点をつかむ力がある人、という意味です。たとえばグーグル検索をするにしても、どういうキーワードを入れたらいいかわからないっていう人、結構いますよね。でも、うまくやれば一発で欲しい情報が出てくる。そういう要領の良さを身につけたほうがいいと思います。
私自身、いつまでも知らないことはいっぱいあるけれど、いまは大体のことはネットで調べられます。調べられないことも、今後なんらかの形で与えられるようになる。そのときに、だれよりも早く欲しい情報をピックアップできて、それをアイデアに変えて、形にしていけるような人、そういう人がこれから新しいビジネスをやっていくには向いているんじゃないかと思います。
長沼 実は、いまの小学生が大学を出て卒業するときには、65%の子どもがいまは存在していない職業に就く、という話があるんです(注:米マッカーサー財団のキャシー・デビッドソン教授がニューヨーク・タイムズ紙のインタビューに答えた発言――「2011年度にアメリカの小学校に入学した子どもたちの65%は、大学卒業時にいまは存在していない職業に就くだろう」)。
よく大学生と話をしていて思うのは、自分で物語をつくっていく時代になっている、ということです。これまでは、人生のストーリーっていうのは、就職した時点で与えられるものだった。それが、いまはストーリー自体も多様化しているし、自分で選んでつくっていかなくてはいけない。
だから、若いうちから自分自身のストーリーをしっかりと見つめておかなくてはいけない、そう思います。
加谷 そういう意味で、自分の子どものころの経験で、いまになって大きな影響があったと思うものはありますか?
森 僕が小学生のときなんですが、家に帰ったら親がめちゃくちゃ泣いていて、どうしたのって聞いたら、9.11のテロがあったんです。テレビでは飛行機がビルに突っ込んでいる映像がずっと流れていて、僕にとっても衝撃的で、それが強烈に残っています。
そのときに思ったのは、形ある物ってなくなってしまうんだな、ということでした。最近も大企業が次々に危なくなっていますけど、安心っていう保証はないんだなとわかったんです。
だったら、人生は一度きりだし、自分のやりたいことをやったほうがいい。そのためのスタートを切るのは、いつだって遅くないって思います。
中澤 私の父は教師なんですけど、今年で定年退職なんです。6歳で小学校に入ってから、ずっと学校のことしか知らない。外の世界を知らないんです、きっと。で、60歳になってなにをやるのかと思ったら、私のカフェに立ちたいって言っているんです。面白そうだからって。
父の友人には、60歳から起業しようとしている人もいるらしくて、そういうのを見ていると、私は何歳まで働くんだろう?って思ってしまいますが、どういうふうに働くにしろ、どう生きていくにしろ、自分で区切る必要はないと思うんです。
私たちひとりひとりがこれからやっていくことが、今後の社会を変えていく可能性を秘めている。社会は人がつくるものだから、人の動きが社会を変えていくんです。だから、60のおじさんがいきなりカフェを始めたら、なにかが変わるかもしれない(笑)。
実際、社会はどんどん変わっているから、自分がこれからどういう働き方をして、なにを楽しいと思ってライフワークにしていくのかを、これまでの枠の中で語らなくていいと思っています。実際、みんなもすでにそっちを向いているんだなっていうことを、60歳の父を見て学びました。
長沼 僕たちの世代って、生きているうちはずっと働く時代だと思うんです。だから、むしろ人生の本番は60歳以降で、そこで人生を判断されるようになると思います。それが21世紀の特徴です。
そうであれば、ある種ギャンブル的に、どんどん小さなビジネスを立ち上げていくことも否定はしないんですが、次の世代から見たときに、「この人たちのような生き方をしたい」って思われるかどうかが大事になっている気がします。
その意味で、おふたり自身の生き方と、おふたりの会社は、次世代のロールモデルになっていくんじゃないかと期待しています。
◇ ◇ ◇
座談会を終えて
日本はいつの時代においても起業するのが難しいと言われてきたが、それでも毎年、一定数の起業家は生まれてくる。現状に対する問題意識や、好きな仕事を極めたいという情熱が起業の動機になっているのも世代を超えた共通項である。その意味で「今の時代は」といってあえて話を区切る必要はないのかもしれない。
ただ、あえて「今」という時代を考えてみた時、過去との最大の違いになっているのは、多くのビジネス・インフラがすでに揃っており、ネットを使ってこれらにアクセスすることが容易になっているという現実だろう。
UPQの中澤さんは、個人でモノづくりができる環境が整ってきたことを起業のきっかけのひとつとしているし、ライフスタイルデザインの森さんは、どんな業界であっても、働くことを通じて見えてきた課題はすべて起業のテーマになるとの見解だ。ソーシャル・デザイン代表理事の長沼さんは、自分でストーリーをつくれる時代だと評している。
多くの仕事がネット上で完結するようになると、短期的には仕事がなくなったり、価格破壊が起こるといった弊害が出てくるかもしれない。だが、同じビジネスをより少ないリソースで実現できるということは、余ったリソースを新しい価値の創造に活用できる社会ということでもある。そういった変化の影響や新しい時代の生き抜き方については、『これからのお金持ちの教科書』で詳述したつもりだ。
近い将来、まったく新しい消費経済のメカニズムが出来上がり、経済政策に対する考え方すら変わっているかもしれない。そんな期待を持った座談会であった。
(加谷珪一)
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『これからのお金持ちの教科書』
加谷珪一 著
CCCメディアハウス
ニューズウィーク日本版ウェブ編集部
本誌ウェブコラム「経済ニュースの文脈を読む」でお馴染みの評論家であり、『これからのお金持ちの教科書』(CCCメディアハウス)を上梓した加谷珪一氏によれば、それにより「10年後には、すべてのビジネスパーソンが『起業家』になっているかもしれない」。
これから日本に増えてくるであろう起業家たちにとって、一種のロールモデルになるかもしれない2人の若い起業家と、自身も若くして起業したコンサルタントであるソーシャル・デザイン代表理事の長沼博之氏に集まってもらい、座談会を行った。
ふたりの起業家は、オリジナル家電・家具のメーカーであるUPQ(アップ・キュー)の中澤優子氏と、オーダーメイドのスーツやシャツなどを販売するECサイト「LaFabric(ラファブリック)」を運営するライフスタイルデザインの森雄一郎氏である。長沼氏を含め、3人とも80年代生まれだ。
【参考記事】起業家育成のカリスマに学ぶ成功の極意
加谷氏をモデレーターとして実施した座談会「これからの日本の起業家たち」を、前後編の2回に分けて掲載する。
※座談会・前編:日本にもスタートアップの時代がやって来る
◇ ◇ ◇
加谷 ところで、森さんは学生起業家ですが、どういう経緯で、自分でビジネスをやろうと思ったんでしょう?
森 僕は4年制の国立大学を出たんですが、就職活動をしなかったんです。というより、そういう意識がなかった。いま考えると、それが良かったのかどうか......って感じもしますが(笑)。
もともとアパレルが好きだったんで、大学時代からブログメディアを始めていて、自分でファッション情報を発信していました。かなりのPV(ページビュー)を稼いでいて、ニューヨークやパリにも取材に行ったりするくらいでした。
そうやって実際にファッション業界に足を突っ込んでみて、やっぱりこの業界が面白いと思って、東京にあるファッション企画会社に入りました。でも、2年間は給料ゼロでした。アルバイトもしながら働いて、そのときにアパレルの「中間流通の多さ」という課題を知ったんです。
それを解決したいと思ったときに、友達がITの会社をやっていて、その世界は若くして活躍できることを知りました。それで、アパレルとITを融合して、なおかつ社会性とか公益性がある事業はなにかと考えて、このビジネスにたどり着いたわけです。会社設立が2012年で、サービスを開始したのは2014年です。
加谷 私が(コンサルタントとして)独立したのは30歳のときなんですが、自分で会社を立ち上げることに結構ビビったんですね。そういうのは、おふたりはなかったですか? 特に中澤さんは、もともとメーカーに勤めていらっしゃったわけですが。
「自分で会社を立ち上げることにビビるようなことはなかった?」(右:加谷珪一氏)、「起業っていうのはもっとカジュアルにしてもいいと思っている。ぶっちゃけ、スキルは関係ない」(左:森雄一郎氏)
中澤 私がいたカシオの開発現場っていうのは、まわりは15歳以上も年上の、40代や50代の男性社員ばかりだったんです。そこでいつも言われていたのは、「きみは捨てるものがないから気楽でいいよな」っていうことでした。あまりにも言われ続けたので、そのうち、自分でも「そうなのかな」って思うようになったんです。
2012年にカシオが携帯端末事業(カシオと日立とNECの合弁会社NECカシオモバイルコミュニケーションズ)から撤退することになり、カシオメンバーはNECに転籍することになったとき、会社に残ることもできたんですが、携帯はもう作れない。どこに配属されるかもわからない。私にとってはあり得ないことでした。
じゃあ、明日から給料がなくなっても大丈夫かな、って考えたとき、うん、たぶん大丈夫だなって思えたんです。どうせ捨てるものもないんだから。そのとき、私は27歳だったんですが、当時は希望退職の枠を20代にまで広げていたので退職金ももらえたし、いろいろ計算してみるとカフェくらいできるじゃんって。
それで、カフェを立ち上げたんです。だから、なにも不安がなかった。もし失敗しても、自分だけの責任だし、そうなったら深夜はファミレスでアルバイトして、朝から派遣で働いてもいい。エクセルもパワポも使えるから、普通の事務職ならなんとかなるだろうって思っていました。
「捨てるものがない」って言われてきたから、それはこういうことだろうって、勝手に勘違いしていたんでしょうね。
加谷 私の世代だと、やっぱりそうはいかなかったんですよね。とにかく事務所を持たないと会社じゃない、っていう雰囲気がまだまだあったので、やっぱり大変だったんですよ。長沼さんはご自身でも独立していらっしゃいますが、いま起業する方のマインドってどうなっていると思いますか?
長沼 私が独立したのは26歳のときですが、コンサルティング業務なので、大きな固定費があるとか初期費用がかかるといったこともなくて、やっぱり恐れはなかったですね。
おふたりの話を聞いていても思ったのは、私自身もそうだったけれど、フリーランスとして独立するハードルがものすごく低くなっているということです。「労働集約型」というか、在庫をもったり、大きな固定費をかけたりすることなく、自分という労働力だけでやれるビジネスが増えているんじゃないでしょうか。
ただ、そこから新しいサービスを作るとか、メーカーを立ち上げるといったことは、もう一歩進んだ飛躍ですよね。フリーランスからモノづくり、つまり、独立から起業への飛躍というのは、まさに加谷さんのおっしゃる「プチコングロマリット」だと思います。
「全然寝ないし、家にも帰らないし、プライベートのときもずっと考えている。ライフワークだと思っているから、つらくない」(左:中澤優子氏、手に持っているのはUPQのLEDライト「Q-gadget LT01」)、「フリーランスとして独立するハードルがものすごく低くなっている。ただ、そこから新しいサービスを作るとか、メーカーを立ち上げるといったことは、もう一歩進んだ飛躍」(右:長沼博之氏)
加谷 確かに、経営や起業について大学でちゃんと勉強して、MBAを目指しているような人にとって、いきなりプロダクトを作るなんて話は、かなりすごいことだと思います。おふたりは結構シームレスに進んできているように見えますが、実際にはそんなことはないですよね?
中澤 私の場合は、カフェの資金も退職金だったし、すべて自己資金スタートです。そのへんは古い体質で、負債を抱えてモノづくりするのが嫌で、通期で赤字になるのも絶対に嫌なんですよ。だから、赤字にならないようにやればいい、できないことはやらないって決めています。
基本的に、なんにもわかっていない状態で始めていて、カフェも、やろうと決めてから「営業許可ってどうやって取るんだろう?」とか「食品衛生法ってなに?」とか、そんな状態です。わからないからいろいろ調べて、そこで調べ方すらも学んでいく。なにか課題があったら、それを最短で解決する方法に知恵を絞っていく、という感じです。
実体験を通して学んで、いろいろ工夫して解決策を考えていくのが面白いんです。特にUPQは、いまこの瞬間だれもやっていないことをやっているんだなと感じることが多々あるので、だれかがやったことを学んでも応用できないことのほうが多いと思っています。それに、どうやったらできるんだろう?って考えていくことが楽しい。だから、いつも「答えは言わないで!」って感じですね(笑)。
【参考記事】「解決策を100個考えなさい」とティナ・シーリグは言った
気楽そうに聞こえるかもしれませんが、実際には相当なスピードで走っているので、全然寝ないし、家にも帰らないし、プライベートのときもずっと考えているし......でも、仕事だと思っていません。ライフワークだと思っているから、つらくない。それって実は、カシオ時代も同じなんです。だから、私にとってはなにも変わっていない感覚です。
森 僕は、起業っていうのはもっとカジュアルにしてもいいと思っています。
日本はこの20年くらいGDPがまったく上がっていませんが、アメリカは2.5倍くらいになっています。同じ先進国でこの差が出るのは、起業した人数の差じゃないかと思っているんです。だから、起業を重く考えずに、リスクととらえずに、もっと軽くやってほしいと思っています。
動かないと経験できない。動いて失敗しても、その経験が次につながって、新しいことやより多くのことができるようになるんです。
いまの日本は、たとえばコンビニで時給1000円のアルバイトをしているだけでも、とりあえず死なないじゃないですか。それって、ものすごく恵まれた環境だから、独立するリスクは少ないと思うんです。
就職して人生のスト―リーを与えられる時代は終わった
加谷 森さんは一見、突っ走ってきたように見えるけど、実はフリマアプリ「メルカリ」の立ち上げに携わっていたりと、体系的に進んできていますよね。その経験を踏まえて、これから起業したいと思う人は、どういう勉強や経験を積めばいいと思いますか?
森 ぶっちゃけ、スキルは関係ないと思っています。そういうのは、起業してから苦労することのほうが圧倒的に多いので。だから、やっぱり"思い"ですね。業界に対する思いとか、製品に対する思いとか。それが、起業するのにいちばん大切だと思います。
どんな業界でも10年くらい勤めていれば、そこに関しては、一般の人に比べればプロフェッショナルだと思うんです。そこで、たとえば業界への不満とか、あるいは納得感とか、そういうものがあれば起業の動機になると思うんです。
【参考記事】悪行をやり尽くした末、慈善活動家になった男の話
すでに課題が見えているんだから、他の人がやるよりもうまくいくはず。そう思えれば、恐れることはないと思います。
中澤 私は、要領の良さが大事だと思っています。学校の勉強はできなくっても、要点をつかむ力がある人、という意味です。たとえばグーグル検索をするにしても、どういうキーワードを入れたらいいかわからないっていう人、結構いますよね。でも、うまくやれば一発で欲しい情報が出てくる。そういう要領の良さを身につけたほうがいいと思います。
私自身、いつまでも知らないことはいっぱいあるけれど、いまは大体のことはネットで調べられます。調べられないことも、今後なんらかの形で与えられるようになる。そのときに、だれよりも早く欲しい情報をピックアップできて、それをアイデアに変えて、形にしていけるような人、そういう人がこれから新しいビジネスをやっていくには向いているんじゃないかと思います。
長沼 実は、いまの小学生が大学を出て卒業するときには、65%の子どもがいまは存在していない職業に就く、という話があるんです(注:米マッカーサー財団のキャシー・デビッドソン教授がニューヨーク・タイムズ紙のインタビューに答えた発言――「2011年度にアメリカの小学校に入学した子どもたちの65%は、大学卒業時にいまは存在していない職業に就くだろう」)。
よく大学生と話をしていて思うのは、自分で物語をつくっていく時代になっている、ということです。これまでは、人生のストーリーっていうのは、就職した時点で与えられるものだった。それが、いまはストーリー自体も多様化しているし、自分で選んでつくっていかなくてはいけない。
だから、若いうちから自分自身のストーリーをしっかりと見つめておかなくてはいけない、そう思います。
加谷 そういう意味で、自分の子どものころの経験で、いまになって大きな影響があったと思うものはありますか?
森 僕が小学生のときなんですが、家に帰ったら親がめちゃくちゃ泣いていて、どうしたのって聞いたら、9.11のテロがあったんです。テレビでは飛行機がビルに突っ込んでいる映像がずっと流れていて、僕にとっても衝撃的で、それが強烈に残っています。
そのときに思ったのは、形ある物ってなくなってしまうんだな、ということでした。最近も大企業が次々に危なくなっていますけど、安心っていう保証はないんだなとわかったんです。
だったら、人生は一度きりだし、自分のやりたいことをやったほうがいい。そのためのスタートを切るのは、いつだって遅くないって思います。
中澤 私の父は教師なんですけど、今年で定年退職なんです。6歳で小学校に入ってから、ずっと学校のことしか知らない。外の世界を知らないんです、きっと。で、60歳になってなにをやるのかと思ったら、私のカフェに立ちたいって言っているんです。面白そうだからって。
父の友人には、60歳から起業しようとしている人もいるらしくて、そういうのを見ていると、私は何歳まで働くんだろう?って思ってしまいますが、どういうふうに働くにしろ、どう生きていくにしろ、自分で区切る必要はないと思うんです。
私たちひとりひとりがこれからやっていくことが、今後の社会を変えていく可能性を秘めている。社会は人がつくるものだから、人の動きが社会を変えていくんです。だから、60のおじさんがいきなりカフェを始めたら、なにかが変わるかもしれない(笑)。
実際、社会はどんどん変わっているから、自分がこれからどういう働き方をして、なにを楽しいと思ってライフワークにしていくのかを、これまでの枠の中で語らなくていいと思っています。実際、みんなもすでにそっちを向いているんだなっていうことを、60歳の父を見て学びました。
長沼 僕たちの世代って、生きているうちはずっと働く時代だと思うんです。だから、むしろ人生の本番は60歳以降で、そこで人生を判断されるようになると思います。それが21世紀の特徴です。
そうであれば、ある種ギャンブル的に、どんどん小さなビジネスを立ち上げていくことも否定はしないんですが、次の世代から見たときに、「この人たちのような生き方をしたい」って思われるかどうかが大事になっている気がします。
その意味で、おふたり自身の生き方と、おふたりの会社は、次世代のロールモデルになっていくんじゃないかと期待しています。
◇ ◇ ◇
座談会を終えて
日本はいつの時代においても起業するのが難しいと言われてきたが、それでも毎年、一定数の起業家は生まれてくる。現状に対する問題意識や、好きな仕事を極めたいという情熱が起業の動機になっているのも世代を超えた共通項である。その意味で「今の時代は」といってあえて話を区切る必要はないのかもしれない。
ただ、あえて「今」という時代を考えてみた時、過去との最大の違いになっているのは、多くのビジネス・インフラがすでに揃っており、ネットを使ってこれらにアクセスすることが容易になっているという現実だろう。
UPQの中澤さんは、個人でモノづくりができる環境が整ってきたことを起業のきっかけのひとつとしているし、ライフスタイルデザインの森さんは、どんな業界であっても、働くことを通じて見えてきた課題はすべて起業のテーマになるとの見解だ。ソーシャル・デザイン代表理事の長沼さんは、自分でストーリーをつくれる時代だと評している。
多くの仕事がネット上で完結するようになると、短期的には仕事がなくなったり、価格破壊が起こるといった弊害が出てくるかもしれない。だが、同じビジネスをより少ないリソースで実現できるということは、余ったリソースを新しい価値の創造に活用できる社会ということでもある。そういった変化の影響や新しい時代の生き抜き方については、『これからのお金持ちの教科書』で詳述したつもりだ。
近い将来、まったく新しい消費経済のメカニズムが出来上がり、経済政策に対する考え方すら変わっているかもしれない。そんな期待を持った座談会であった。
(加谷珪一)
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『これからのお金持ちの教科書』
加谷珪一 著
CCCメディアハウス
ニューズウィーク日本版ウェブ編集部