Infoseek 楽天

欠陥品の銃で大けがしたら

ニューズウィーク日本版 2016年2月29日 19時35分

 米ニューメキシコ州アルバカーキに暮らすジュディ・プライスが自分の銃に撃たれたのは、09年の感謝祭の2日前のことだった。プライスはその夜、愛犬を連れてリオグランデ川そばの高台を散歩した。銃携帯許可証を持つ彼女はそのときも、護身用の半自動式拳銃をおなかに巻いた銃ケースに入れていた。

 自宅に戻ると着替えるために寝室に入った。トレーナーを脱ごうとしたとき、ケースに引っ掛かって拳銃が落下。プライスは銃口に炎がちらつくのを見た。銃弾は胃から右半身の内臓を貫通し、肝臓に達した。もう少しで脊柱に届くところだった。銃弾は今も肝臓に残っている。

【参考記事】テレビ通販で銃を売るってアメリカは正気?

 最近の銃は、地面に落ちたときに暴発しないようになっている。プライスが言うには、彼女の拳銃トーラスPT140は不良品だった。

 事故の翌年、プライスは世界有数の銃メーカーであるブラジルのトーラスと、その米子会社を訴えた。11年には和解が成立。プライスは2社の担当者に、「深刻な問題だ」と伝えた。「リコールをして、問題に対処する必要がある。次は死人が出るかもしれない」

 だが担当者の1人は答えた。「わが社はリコールするつもりはありません」

 トーラスの欠陥銃で負傷したと主張するのは、彼女だけではない。同社はほかにも被害を受けたとする人々と和解に至っている。現在は複数の個人訴訟のほか、和解が成立しそうな集団訴訟も抱えている。

 この件についてトーラスの広報担当者はコメントを拒否したが、それも当然だろう。銃メーカーは、アメリカで販売した製品に欠陥の可能性がある場合でも責任を取る必要はない。ほかの業界では考えられないことだ。


【参考記事】アメリカの銃をめぐるパラノイア的展開

 議会は一貫して、銃のロビー団体や全米ライフル協会(NRA)の主張に沿う立場でいる。消費財を管轄する連邦機関の安全規制から、銃を事実上除外する特例を法律で定めてきた。

 トースターから車や医療機器までアメリカで売られるほぼすべての商品と違い、銃は欠陥品の可能性があってもリコールを強いる権限は連邦政府にない。アメリカ人が所有する推定3億丁の銃が安全に作動することを保証する機関もない。銃のリコールはあくまでメーカーの裁量で行われ、銃所有者に警告する手順さえ決められていない。

 昨年12月半ば、暴力政策センター(ワシントン)は40以上の安全警報とリコール警告を発表した。対象となったのは、ウィンチェスター・リピーティングアームズやスミス&ウェッソン、スターム・ルガーなど13の銃メーカーの製品だった。

 欠陥品の銃で死傷した人の正確な数は専門家も分からない。全米の追跡データがないからだ。

 内臓を撃ち抜かれたプライスは、3年間で12回の手術を受けた。医療用メッシュで臓器を支えているところは今もうずく。なのに、トーラスが欠陥品とされる銃を各家庭から引き揚げる措置を取ったのはつい最近だ。

訴訟と「銃反対」は別物

 トーラスは昨年7月、集団訴訟で和解し、100万丁近い銃をリコールすることに同意した。訴訟を起こしたのはアイオワ州の警官クリス・カーター。トーラスの拳銃のいくつかのモデルは設計に欠陥があり、落としたときに発砲することがあると申し立てていた。

 そこでは9つのモデルが取り上げられており、プライスの事故を起こしたPT140も含まれている。被害者側の弁護士によれば、05年以降で少なくとも13人が似たような状況で負傷し、11歳の少年が死亡している。


【参考記事】銃乱射犯に負け犬の若い男が多い理由

 和解は間もなく裁判所に承認される予定だ。そうなれば所有者は拳銃をトーラスに返し、代金の払い戻しを受けるか、引き金の安全が確認された銃と交換することができる。ただしトーラスは今も、銃が不良品だったとは認めていない。

 和解が成立したもう1つの集団訴訟では、レミントン・アームズ社が700万丁以上を修理することを発表している。

 カーターの訴訟では、原告側弁護士が約500時間のテストを専門家に依頼。高速度カメラを使って、トーラスの銃を落としたときの結果を捉えた。その映像で「衝撃を受けると、誰かが引いたように引き金が後ろへ動く」ことが分かったと、カーターの弁護士は言う。

 難しいのは、欠陥品の銃に対する訴訟と「銃反対」は別物だと、銃保有者に納得させることだ。「訴訟は個人の武器所持・携帯の権利とは何の関係もない」と、プライスやカーターの代理人を務める弁護士のトッド・ウィールズは言う。「これは欠陥製品の訴訟だ。人を傷つけたり殺したりしたら、料理用ミキサーでも訴訟を起こす」


【参考記事】ノルウェー警察が10年間一人も射殺していない理由

 プライスは事故の後、手術で胃に開いた穴や、筋肉がないため膨らんだ腹部を示したチラシを銃の展示会で配っている。ネットには、事故当時のことやけがから回復する様子を伝える動画を投稿。思いがけず活動家になった、といえるだろう。「あの事故は起こるべきじゃなかったと思っている。ほかの人にあんな経験をしてほしくない」

 プライスは約20丁の銃を所有し、トーラス製ではないが銃の携行も続けている。トーラスへの怒りで、銃を持つ権利を支持する考えが揺らぐことはなかった。銃を持ち歩くと「力を手にし、被害者にならなくて済む」と感じられるという。

 口にはしないが、銃が地面に落ちただけで被害者になるのはおかしいとも思っているはずだ。

[2016.2. 9号掲載]
キャサリン・ダン

この記事の関連ニュース