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「人民よ、いもを食べろ!」中国じゃがいも主食化計画のワケ

ニューズウィーク日本版 2016年3月4日 13時42分

 2016年2月23日、中国農業部は「じゃがいも産業開発推進に関する指導意見」を公表した。小麦、米、トウモロコシに続く第四の主食としてじゃがいもを位置づけるというもの。2020年までにじゃがいもの作付面積を1億ムー(約667万ヘクタール)以上に拡大すること、その30%以上を主食に適した品種とすること、主食消費量の30%をじゃがいもにすること、といった数値目標を掲げている。

 つまり「1日3食のうち1回はじゃがいもを食うべし」と政府が大号令をかけたのである。SNSやネット掲示板をのぞくと、「主食にじゃがいもは勘弁して欲しい」と嫌がる声が多数だ。政府が無理やりいもを食べさせる。北朝鮮や戦後直後の日本を想起させる話だが、いったい中国政府の狙いは何なのだろうか。

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食料安全保障と耕地面積防衛ライン

 ペルーに本拠を置く非営利団体(NPO)「国際ポテトセンター」(CIP)は2010年、北京市に太平洋アジア地区センター(CCCIP)を開設した。中国各地の風土に適した品種を共同開発することが狙いだ。また、じゃがいもの作付面積を増やした農家への補助金支給も実施された。少なくとも6年前から、中国政府はじゃがいも主食化計画への取り組みを続けていたことになる。

 動機の一つとなったのは食料安全保障だ。13億人をいかに食わすかが政府にとっては最大の課題。「自由貿易の時代なのだから輸入すればいいではないか」派と「戦争や天災などの食糧危機に備えて自国での供給体制を整えておかなくては危険」派が対立する構図は中国も日本も変わらないが、図体が大きい分だけ中国のほうが危機感が強い。

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 中国政府は「18億ムー(約1億1200万ヘクタール)の耕地面積防衛ライン絶対死守」を大原則とし、農地を潰しての住宅地・工業用地開発に歯止めをかけている。開発を進めたい地方政府は、山を切り開いて畑を作ったり、農村部に集合住宅を作って空いた住宅用地を畑にしたりするなどして新たな耕地を捻出。そのバーターとして都市近郊の畑を潰すといった苦肉の策を続けている。

 もっとも耕地面積絶対死守というだけならば、他の作物でもいいはずだ。なぜじゃがいもなのだろうか。

戦争並みの「水不足」

「じゃがいも産業開発推進に関する指導意見」を読むと、「全面的な小康社会建設という目標の実現には"腹いっぱい食べる"から"よい食生活をおくる"への転換が必要。じゃがいもは栄養豊富である。小康社会主食文化を打ち立てよ」といった美辞麗句もあるが、率直に具体的な問題を表明している個所もある。

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 一つはトウモロコシの問題だ。華北、西南、西北の荒涼地ではトウモロコシが主要作物となっているが、輸入品との価格競争が深刻だ。政府による買い上げで農民の収入確保をはかっているが、在庫増加も問題となっている。そこで一部をじゃがいも生産に切り替えようという発想だ。

 そして、もう一つの問題が水不足。むやみやたらな耕地拡大と工業用水の需要増加、さらに水質汚染によって、中国北部では水資源が枯渇している。中華文明を育んできた大河である黄河も下流域では干上がってしまっている時期が多い。ならばと地下水の利用が進められてきた。華北では水使用量の75%以上を地下水に依存しているが、その影響で大規模な地盤沈下が起きている。北京市では地下水の水位が年13メートルのペースで低下しているとの報告もあるほか、華北平原の半分以上で地盤沈下が確認されているという。

 だったら水が豊富な南部から運んでこようと、巨大土木プロジェクト「南水北調」計画が実施された。長江の水を北部まで運ぶ用水路を作る壮大な計画だが、5000億元(約8兆7000億円)という巨額の建設費を考えるとペットボトルの水よりも高くつくとの試算まである。それでも作ったのならば使うしかないが、際限なく使い続ければ、南部の水資源まで危うくしてしまう。

 そこで栽培にあまり水を必要としないじゃがいもを栽培すれば、「農業用水逼迫の圧力を軽減し、農業生態環境を改善し、永続的な水資源利用を実現しうる」(指導意見)というわけだ。まるで戦時を思わせる「じゃがいも主食化」計画だが、水不足の深刻さはまさに戦争並みと言えるかもしれない。

中国共産党は人民の胃袋を支配できるか

 水不足対策という中国政府の思いはよく分かるのだが、問題は国民がじゃがいもを主食としてくれるかどうかにかかっている。千切り炒めをはじめ中華料理にはさまざまなじゃがいも料理があるが、あくまで「野菜の一種」というのが大多数の中国人の感覚だ。主食としていもをもりもり食べろと言われると抵抗感は強い。

 SNSをのぞくと「じゃがいもは好きだけど毎日はちょっと」「米食わないと食事した気にならないんよ」「やっぱり米が好き」「2020年にはじゃがいも生産過剰のニュースで持ちきりになってるだろうな」といった否定的な反応が目立つ。

 そこで、じゃがいもの生産量を増やすだけではなく、消費量を増やす取り組みも始まっている。中国農業部は2015年にじゃがいも入りマントウ(蒸しパン)の開発成功を発表した。じゃがいも30%、小麦粉70%という配合なのだとか。一般販売を開始したというが、まったく普及してはいないようだ。

 そこで今年6月に雲南省昆明市で開催される中国国際イモ業博覧会では「じゃがいも美食百選」なるコンテストが開催される。じゃがいもを主成分とした麺や餃子、パンなどの主食、さらに飲料やデザートなどのレシピを募集するというもの。果たして中国人の胃袋を満足させるメニューは登場するのだろうか。

 絶大な権力を誇る中国共産党だが、果たして人民の胃袋をもコントロールする力を持っているのだろうか。わずか4年後にはその成否が明らかになる。もしじゃがいも主食化計画が成功したならば......。2020年には私たちが想像するものとはまったく別の中華料理が誕生しているかもしれない。

[筆者]
高口康太
ジャーナリスト、翻訳家。1976年生まれ。千葉大学人文社会科学研究科(博士課程)単位取得退学。独自の切り口から中国・新興国を論じるニュースサイト「KINBRICKS NOW」を運営。著書に『なぜ、習近平は激怒したのか――人気漫画家が亡命した理由』(祥伝社)。


高口康太(ジャーナリスト、翻訳家)

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