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シリア停戦後へ米ロとトルコが三巴の勢力争い

ニューズウィーク日本版 2016年3月7日 17時0分

 内戦が続くシリアでパワーバランスに変化が起きている。昨年9月、ロシアがシリア空爆に踏み切ったことが決め手となり、形勢は確実にアサド政権側に有利に傾いている。国連の仲介によるシリア和平協議中もシリア政府軍の攻勢は続いた。ロシア軍の戦闘機が反政府派の拠点を空爆して援護するなか、政府軍はイラン革命防衛隊の後ろ盾を得て、反政府派が支配する北部の要衝アレッポを包囲した。

「シリア軍機は銃を使う。ロケット弾を撃ち込んでいるのはロシア軍機だ」と、アレッポ在住の神経外科医ラミ・カラジは言う。「この4日間は精神的につらかった。毎日少なくとも2~3回は爆撃が行われ、1日に40~50人が病院に搬送された」

 政府軍はアレッポに近いヌブルとザハラの制圧に乗り出し、アレッポとトルコを結ぶ反政府派の補給路を遮断する構えだ。戦闘が激化する前にアレッポを脱出しようとする住民も逃げ道を断たれる恐れがある。国連によれば、反政府派が制圧しているイドリブでは数万人が家を追われ国内避難民となったのに加え、今月1~9日の間に4万5000人を超える難民がトルコとの国境に押し寄せた。

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 トルコのレジェップ・タイップ・エルドアン大統領は、シリア難民が「トルコ国境にたどり着き、ほかに選択肢がないなら、トルコは受け入れる義務と用意がある」と発言。だが実際にはトルコ当局は大挙して押し寄せる難民のごく一部にしか入国を許可しておらず、新たな難民の大部分は国境のシリア側にある大規模な難民キャンプに足止めされている。トルコ政府は資金援助の見返りに難民受け入れを求めるEUにもかみついている。

「トルコはシリアとイラクから難民300万人を受け入れている。EUは何人受け入れたのか」と先日の首都アンカラでの演説で、エルドアンはトルコに新たな難民受け入れを迫る国連を激しく非難した。「シリア内戦はジェノサイド(集団虐殺)の様相を呈している。悪いのはアサド政権だ。なのに国連は『トルコは押し寄せる難民に国境を開放しろ』と言うのか」

 アレッポでのシリア軍の攻勢を受けて、ジョン・ケリー米国務長官が主導する国際的な和平工作にも新たな動きがあった。ドイツ・ミュンヘンで開催された関係国会合は今月中旬、1週間以内に「敵対行為」の中止を呼び掛けることで合意。これで反政府派の勢力地域での人道支援活動は可能になったものの、ロシアによる空爆の停止は合意内容に含まれなかった。

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 ロシアは合意内容を原則支持しているが、実際には裏で全力を挙げてシリア軍を支援するのではと、多くの識者は懸念する。

空爆で破壊されたアレッポの小学校には児童のカバンが残されていた Khalil Ashawi-REUTERS

「援護」は空爆以外でも

 合意内容の実施後もロシアは「テロリスト」を標的にした空爆を継続できる。誰がテロリストか決めるのはもちろんロシアだ。「ロシアは相手を油断させて消耗させる作戦を取っている」と米オクラホマ大学の中東専門家ジョシュア・ランディスは指摘する。「敵に停戦を呼び掛けておいて、とどめを刺しにいこうという魂胆だ」

 ロシア国防省によれば、ロシア軍機はアサド政権の支配地域にあるラタキア付近の空軍基地から1週間に約510回のペースで出撃している。それでもロシア外務省の報道官は、「シリアでのロシアによる空爆の結果、民間人が死亡したと確信するに足る証拠は提示されていない」との主張を崩さない。

 ロシアは最新鋭のT90戦車もシリア軍に派遣。「おかげで優位 に立ったアサド派の部隊は、アレッポと首都ダマスカスを結ぶ道路に近い要衝の町を包囲している」と、イランの政府系のファルス通信は報じた。

 アサド派とかつての敵との連携強化にもロシアが一役買っている。シリア国営通信は、2月上旬ロシア軍将校とクルド人自治区政府高官がシリア北東部で会談し、アサド政権との軍事協力について協議したと伝えた。

 報道によれば、ロシアはロシア軍が使用予定の空港の強化・拡張のため、ロシア軍兵士200人をトルコとの国境に近いクルド人支配地域の都市カミシリに配備。それと時を同じくして、13年に事実上の自治権を獲得した「ロジャバ・クルド人自治区」の国外代表部第1号がモスクワに開設されている。

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 シリアのクルド民主連合党(PYD)は北部国境地帯の多くの地域を支配下に置いている。PYDはトルコで分離独立を目指すクルド労働者党(PKK)と密接な協力関係にある。

 シリアのクルド人部隊はアラブ系やアッシリア系の反政府勢力と同盟を結び、シリア民主軍を結成。アメリカもこの新組織を支援している。

 クルド人部隊はシリアとイラクの地上戦で活躍してきたし、シリアの反政府派の中で最も穏健な勢力であることも分かっている。それでもアメリカはNATOの仲間であるトルコに気兼ねして、クルド人部隊への支援を抑制せざるを得ない。

 PYDにすれば、ロシアであれどこであれ、支援してくれる相手は大歓迎だ。ランディスによると、支配地域の拡大を目指すPYDにとって、「アメリカは当てにならない同盟相手」だ。

 バシャル・アサド大統領はクルド人の分離独立を認めないだろうが、ロシアにとってはクルド人部隊へのテコ入れはメリットがある。ロシア空軍とシリア政府軍の連携でシリアの反政府勢力を追い込めたように、テロ組織ISIS(自称イスラム国、別名ISIL)掃討では、クルド人部隊との連携で大きな戦果が期待できる。

介入をためらうトルコ

 一方、エルドアン政権が恐れているのは三重の災難だと、トルコの全国紙ヒュリエトのコラムニスト、ムスタファ・アクヨルは指摘する。アサド政権が延命し、難民の大量流入は止まらず、おまけに国境地帯にクルド人国家が誕生するという事態だ。NATOでアメリカに次ぐ軍備を誇るトルコ、この三重苦を防ぐためにシリアに地上部隊を派遣するだろうか。

 ロシア国防省のイーゴリ・コナシェンコフ報道官は先日、「トルコがシリアへの軍事侵攻に向けて精力的に準備を進めていることを示す重要な証拠」があると述べ、警戒感をあらわにした。衛星画像でトルコがシリアとの国境地帯に兵員と武器を集結させていることが確認されたというのだ。

【参考記事】シリア情勢に影を落とすロシアとトルコの歴史的確執

 真偽はともかく、現段階でトルコが地上部隊を派遣することは考えづらいが、少なくとも限定的な介入を検討したことはあるようだ。14年、軍事介入を正当化するための挑発工作を話し合う官僚の密談とされる録音テープがYouTubeに流出し、政府は一時アクセスを遮断した。

エルドアンは、今も介入の意欲をのぞかせている。先日の記者会見では、イラク戦争当時に提唱されたアメリカとトルコが協力してイラク北部に緩衝地帯を設ける計画(トルコ議会の反対で実現しなかった)を引き合いに出し「トルコ軍がいれば、イラクは今のような状況にならなかった」と述べた。さらに「必要なら(介入できる)権限が既にトルコ軍に付与されている」ので、議会の承認は不要だとまで明言した。

 とはいえ、シリアにおけるゲームチェンジャーはロシアの空軍力であり、ロシアの存在がトルコの出番を奪うだろう。「この5年間にトルコがシリアに介入しそうな局面が何回かあったが、政府はいつも土壇場で踏みとどまった。ロシアが首を突っ込んだ今は、なおさら慎重になるはずだ」と、アクヨルは見る。

【参考記事】アサドやISISより多くの民間人を殺したロシア

 トルコは「共通の敵に立ち向かう」ためにサウジアラビア、カタールと軍事同盟を結んだばかりだ。しかし、この中東の2国がアメリカの許可なしでシリアに介入することはあり得ない。

 アメリカ国内ではトルコと協力してシリア北部に「安全地帯」を設ける案が声高に叫ばれているが、ロシアと直接対決になるリスクが大き過ぎる。

「ロシアが空爆を開始した時点でオバマ米大統領は『シリアをロシアとの代理戦争の場にすべきではない』と明言した」と、ランディスは指摘する。「これがアメリカの方針であり、今後も変わらない」

 シリアでは政府軍の攻勢が続いている。経済制裁を解除されたイランも、イラクのシーア派とシリアのアサド政権へのテコ入れを強化するだろう。地元の記者によれば、アレッポの反政府派の支配地域では燃料不足が深刻だという。

 12年に反政府派がアレッポを掌握した時点ではアサド政権の崩壊は時間の問題に見えたが、血みどろの内戦を経て、今や形勢は逆転している。

 ミュンヘンでの停戦合意はシリア政府軍によるアレッポ制圧の序章になるだろう。そしてイラン・イラク戦争以来、中東で最大の犠牲者を出し続ける紛争は終わりの始まりを迎える。

[2016.3. 1号掲載]
オーエン・マシューズ

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