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「不法移民防止の壁」で死にゆく野生動物

ニューズウィーク日本版 2016年3月9日 15時33分

 テキサス州マッカレン近郊のロウアー・リオグランデ渓谷国立野生生物保護区。高さ2.5メートル弱の鉄鋼の杭が約10センチ間隔で立ち並んでいる。メキシコとの国境に建設された壁の一部だ。テッド・クルーズ、ドナルド・トランプら共和党の大統領候補はこの壁の延長を主張している。

 建設の目的は不法移民の流入と密輸の防止だ。効果の程は不明だが、確実に言えるのは公有地と私有地を横切る壁が野生生物の生息地を分断していること。結果的にこの地域の重要な観光資源である豊かな自然が失われかねない。

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 リオグランデ川の中流から下流まで約2000キロは国境沿いを流れている。その一部、メキシコ湾に注ぐ下流域の約200キロの一帯がリオグランデ渓谷だ。ここは北米で屈指の生物多様性に富む地域で、年間の観光収入は4億6300万ドルに上る。

 ここには脊椎動物だけでも700種以上が生息。鳥類は約500種を数える。09年に壁の建設が開始される前にテキサス州公園・野生生物局が環境影響評価を行い、連邦や州レベルで絶滅が危惧されている多くの動植物が打撃を受けると警告した。それでも建設は実施された。

 ペンシルベニア州立大学の研究者ジェシ・ラスキーらが11年に発表した調査では、一部の動物の生息域は最大で75%も縮小した。ラスキーらによると、国際自然保護連合(IUCN)のレッドリストに載っているアロヨヒキガエル、カリフォルニアアカアシガエル、ゴマダライモリ、ブチイシガメ、アメリカとメキシコで絶滅危惧種に指定されている小型のヤマネコ、ジャガランディの生存が危ぶまれる。

無視できない経済損失

 アリゾナ州の国境地帯スカイアイランド地域では、アメリカグマなど大型哺乳類の移動範囲が大幅に狭まっているとみられている。移動範囲が狭まれば遺伝子の多様性が失われ、感染症で全滅するリスクが高まる。

 テキサス州最南端のブラウンズビル近郊に環境NPOの自然保護協会が設置した保護区では、オジロジカとクビワペッカリー(イノシシ亜目)の数が増えた。これは喜ばしい現象ではない。野生の生息地を奪われた個体が保護区に逃げ込んでいると考えられるからだ。

 リオグランデ渓谷には国立の保護区が3カ所あるが、その70%が壁の影響を受けている。今のところはまだ壁の所々に抜け道が残っている。ボブキャットはその抜け道を利用して、多くの場合1日に何回も壁の両側を行き来している。

「動物は無駄な移動はしないと考えられている。わざわざ遠回りしてまで壁の向こうに行くのは生存に必要な何かがあるからだろう」と、米内務省の魚類野生生物局(FWS)の生物学者ヒラリー・スワーツは指摘する。抜け道を閉ざせば、ボブキャットはその何かを得られなくなる。

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 リオグランデ渓谷には50頭ほどのネコ科のオセロットも生息する。アメリカに残された唯一の野生オセロットの個体群だが、その運命も風前のともしびだ。

 オセロットは草木の茂った場所を移動するが、壁の両側には帯状の裸地がある。抜け道があっても、オセロットは裸地を通って壁の向こうに行こうとはせず、メキシコ側にいる仲間とは交配できなくなるだろう。

 豊かな生態系が失われれば、地域の住民と産業は大きな経済損失を被る。国境を超える商業的・文化的な交流も失われる。誰のため、何のための壁なのか。地域の人々はそう問い掛ける。

[2016.3. 8号掲載]
メリッサ・ガスキル

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