アメリカは「フリースピーチ」の国だ。合衆国憲法修正第1条で「言論の自由」を保障しているこの国では、不動産王ドナルド・トランプのように罵り言葉を叫びながらでも共和党の大統領選候補者レースのトップを独走できることが証明された。
とはいえ、アメリカにも現状を危惧している人たちはちゃんといる。こんな人物が大統領になった暁には、全世界が見守るホワイトハウスの記者会見で放送禁止用語を連発し、画面からは「ピーピー」といったかぶせ音しか聞こえてこない――とでも言いたげなテレビCMが、このほど「反トランプ」団体によって製作された。
【参考記事】「トランプ大統領」の危険過ぎる訴訟癖
「The Best Words(名言集)」と題された30秒のCMでは、まず仮想大統領のトランプが「名門大学を卒業した高学歴の自分は最高の言葉ばかりを使う」と自己紹介する。どんな名スピーチが披露されるのかと思いきや、その後に続くのは英語でタブーとされている言葉のオンパレードだ。さすがに書き起こすのは憚られるので、ピーピー言っているのを観て内容を想像していただければ......。
反トランプCM「The Best Words」(3月7日公開)
【参考記事】「トランプ現象」を掘り下げると、根深い「むき出しのアメリカ」に突き当たる
こういったテレビCMは、米大統領選の風物詩とも言える「ネガティブキャンペーン」の一環だ。11月の大統領選本選に向けて、これから民主・共和両陣営による世にもゲスな誹謗中傷合戦が本格化していくことになる。
ネガティブキャンペーンは同じ党内の候補者同士でも容赦がない。先に紹介した反トランプCMを製作したのは、「American Future Fund Political Action」という保守系の非営利団体で、「政治活動委員会(PAC)」と呼ばれる政治資金管理団体の1つ。トランプ降ろしを掲げてはいるが、支持政党はトランプが所属する共和党だ。
「スーパーPAC」は巨額の献金を受け付ける強力な集金マシーン
さて、選挙シーズンにやたらと耳にするこの「PAC」という団体。おさらいしておくと、アメリカでは企業や組合、団体などが政党や政治家に直接献金することが禁止されている。それでも選挙活動に資金援助ができるよう、政治献金の受け皿となるべく組織されるのがPACだ。政治献金の合法的な抜け道ともいえる。
長らくPACへの献金額は1人年間5000ドルまでとされていたが、2010年の最高裁判決でこの上限が撤廃されて無制限に受け入れ可能となった。こうしてPACは「スーパーPAC」と呼ばれるようになり、今や大企業や裕福な個人から巨額の献金を受け付ける強力な集金マシーンと化している。
一方で、PACからスーパーPACになっても、候補者やその選挙活動に直接資金援助したり、候補者と連携して行動することは禁じられたままだ。つまり、ある候補者の「公式サポーター」になることはできない。そのためスーパーPACは、お目当ての候補者に直接ラブコールを送るよりも、ライバルをこき下ろすことによって支持する候補者を逆説的に応援するという宣伝活動に注力する。その最たる例が、テレビCMを駆使したネガティブキャンペーンだ。
例えば、反トランプCMを製作したスーパーPACの「American Future Fund Political Action」は、反トランプを掲げてはいるものの、特定の候補者への支持は公表していない。ただ、調査報道機関Open Secretsによれば、これまでに共和党の複数の候補者についてネガティブ広告を作っていながらマルコ・ルビオ上院議員だけは攻撃していないことから、現在はルビオの非公式サポーターだと見られている。この反トランプCMは3月15日のフロリダ州予備選を前に同州で放映が開始されていて、フロリダはルビオが地元議員として勝負をかける決戦の地だ。
【参考記事】トランプとの「お下劣舌戦」で撃沈したルビオ
今年の大統領選でも、スーパーPACが黒幕となって仕掛けるネガティブキャンペーンは過熱の一途をたどるだろう。PACが「スーパー」になって初めての大統領選となった2012年には、1000以上のスーパーPACが民主・共和の両陣営に合計約6億2900万ドルを投入したとされる。この巨額の資金のほとんどがライバル候補に対する誹謗中傷広告に使われた。
また、こうしたネガティブキャンペーンで潤うのが(特に激戦州の)テレビ局であることは言うまでもない。テレビ映えするトランプは視聴率男であるだけでなく、トランプ降ろしのためのCM放映料まで稼いできてくれる。トランプを批判する手前、大きな声では言えないだろうが、トランプ旋風が吹き荒れれば荒れるほどテレビ局が儲かるという不都合な真実がある。
もちろん、「みんな私のことが大好きだ」というのが口癖のトランプが自分への攻撃を黙って見ているはずはない。トランプ陣営はスーパーPACではなく自分たち自身でルビオ批判のテレビCMを製作し、反トランプCMが狙いを定めるフロリダ州でほぼ時を同じくして流し始めた。
「Corrupt Marco(腐敗したマルコ)」と題されたこのCMでは、ナレーションがルビオのことを「口先だけで行動しない、腐敗した政治家」と呼ぶ。同じ党内でこれだけ辛辣な誹謗中傷合戦が繰り広げられるのも、自由の国アメリカならではだろう。
ちなみにだが、今シーズンで一番センスが光る中傷CMを選べと言われれば、民主党のヒラリー・クリントンを攻撃しているこちらの作品を推したい。
反クリントンCM「It Feels Good to Be a Clinton」(2月12日公開)
軽快なラップをBGMに、黒いパンツスーツ姿のクリントン(に見せかけた女性)がコンピューターをボッコボコに破壊する。クリントンが国務長官時代、公務に私的な電子メールアカウントを使用し、さらに私用サーバーから電子メールのデータがすべて削除されていたことから「隠蔽疑惑」を追及された問題を想起させる映像だ。なおこのCMは、99年のコメディー映画『リストラ・マン』でサラリーマンたちがFAXマシーンを破壊するシーンのパロディーだそうだ。
これまた品格に欠けるCMだが、製作したのは共和党候補者選びで2番手につけているテッド・クルーズ上院議員の選挙陣営。暴言王トランプでなくともこんな公式CMを武器に大統領を目指すのだから、アメリカはやっぱり自由の国だ。
小暮聡子(ニューヨーク支局)
とはいえ、アメリカにも現状を危惧している人たちはちゃんといる。こんな人物が大統領になった暁には、全世界が見守るホワイトハウスの記者会見で放送禁止用語を連発し、画面からは「ピーピー」といったかぶせ音しか聞こえてこない――とでも言いたげなテレビCMが、このほど「反トランプ」団体によって製作された。
【参考記事】「トランプ大統領」の危険過ぎる訴訟癖
「The Best Words(名言集)」と題された30秒のCMでは、まず仮想大統領のトランプが「名門大学を卒業した高学歴の自分は最高の言葉ばかりを使う」と自己紹介する。どんな名スピーチが披露されるのかと思いきや、その後に続くのは英語でタブーとされている言葉のオンパレードだ。さすがに書き起こすのは憚られるので、ピーピー言っているのを観て内容を想像していただければ......。
反トランプCM「The Best Words」(3月7日公開)
【参考記事】「トランプ現象」を掘り下げると、根深い「むき出しのアメリカ」に突き当たる
こういったテレビCMは、米大統領選の風物詩とも言える「ネガティブキャンペーン」の一環だ。11月の大統領選本選に向けて、これから民主・共和両陣営による世にもゲスな誹謗中傷合戦が本格化していくことになる。
ネガティブキャンペーンは同じ党内の候補者同士でも容赦がない。先に紹介した反トランプCMを製作したのは、「American Future Fund Political Action」という保守系の非営利団体で、「政治活動委員会(PAC)」と呼ばれる政治資金管理団体の1つ。トランプ降ろしを掲げてはいるが、支持政党はトランプが所属する共和党だ。
「スーパーPAC」は巨額の献金を受け付ける強力な集金マシーン
さて、選挙シーズンにやたらと耳にするこの「PAC」という団体。おさらいしておくと、アメリカでは企業や組合、団体などが政党や政治家に直接献金することが禁止されている。それでも選挙活動に資金援助ができるよう、政治献金の受け皿となるべく組織されるのがPACだ。政治献金の合法的な抜け道ともいえる。
長らくPACへの献金額は1人年間5000ドルまでとされていたが、2010年の最高裁判決でこの上限が撤廃されて無制限に受け入れ可能となった。こうしてPACは「スーパーPAC」と呼ばれるようになり、今や大企業や裕福な個人から巨額の献金を受け付ける強力な集金マシーンと化している。
一方で、PACからスーパーPACになっても、候補者やその選挙活動に直接資金援助したり、候補者と連携して行動することは禁じられたままだ。つまり、ある候補者の「公式サポーター」になることはできない。そのためスーパーPACは、お目当ての候補者に直接ラブコールを送るよりも、ライバルをこき下ろすことによって支持する候補者を逆説的に応援するという宣伝活動に注力する。その最たる例が、テレビCMを駆使したネガティブキャンペーンだ。
例えば、反トランプCMを製作したスーパーPACの「American Future Fund Political Action」は、反トランプを掲げてはいるものの、特定の候補者への支持は公表していない。ただ、調査報道機関Open Secretsによれば、これまでに共和党の複数の候補者についてネガティブ広告を作っていながらマルコ・ルビオ上院議員だけは攻撃していないことから、現在はルビオの非公式サポーターだと見られている。この反トランプCMは3月15日のフロリダ州予備選を前に同州で放映が開始されていて、フロリダはルビオが地元議員として勝負をかける決戦の地だ。
【参考記事】トランプとの「お下劣舌戦」で撃沈したルビオ
今年の大統領選でも、スーパーPACが黒幕となって仕掛けるネガティブキャンペーンは過熱の一途をたどるだろう。PACが「スーパー」になって初めての大統領選となった2012年には、1000以上のスーパーPACが民主・共和の両陣営に合計約6億2900万ドルを投入したとされる。この巨額の資金のほとんどがライバル候補に対する誹謗中傷広告に使われた。
また、こうしたネガティブキャンペーンで潤うのが(特に激戦州の)テレビ局であることは言うまでもない。テレビ映えするトランプは視聴率男であるだけでなく、トランプ降ろしのためのCM放映料まで稼いできてくれる。トランプを批判する手前、大きな声では言えないだろうが、トランプ旋風が吹き荒れれば荒れるほどテレビ局が儲かるという不都合な真実がある。
もちろん、「みんな私のことが大好きだ」というのが口癖のトランプが自分への攻撃を黙って見ているはずはない。トランプ陣営はスーパーPACではなく自分たち自身でルビオ批判のテレビCMを製作し、反トランプCMが狙いを定めるフロリダ州でほぼ時を同じくして流し始めた。
「Corrupt Marco(腐敗したマルコ)」と題されたこのCMでは、ナレーションがルビオのことを「口先だけで行動しない、腐敗した政治家」と呼ぶ。同じ党内でこれだけ辛辣な誹謗中傷合戦が繰り広げられるのも、自由の国アメリカならではだろう。
ちなみにだが、今シーズンで一番センスが光る中傷CMを選べと言われれば、民主党のヒラリー・クリントンを攻撃しているこちらの作品を推したい。
反クリントンCM「It Feels Good to Be a Clinton」(2月12日公開)
軽快なラップをBGMに、黒いパンツスーツ姿のクリントン(に見せかけた女性)がコンピューターをボッコボコに破壊する。クリントンが国務長官時代、公務に私的な電子メールアカウントを使用し、さらに私用サーバーから電子メールのデータがすべて削除されていたことから「隠蔽疑惑」を追及された問題を想起させる映像だ。なおこのCMは、99年のコメディー映画『リストラ・マン』でサラリーマンたちがFAXマシーンを破壊するシーンのパロディーだそうだ。
これまた品格に欠けるCMだが、製作したのは共和党候補者選びで2番手につけているテッド・クルーズ上院議員の選挙陣営。暴言王トランプでなくともこんな公式CMを武器に大統領を目指すのだから、アメリカはやっぱり自由の国だ。
小暮聡子(ニューヨーク支局)